『見者縁起』序
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今は昔、この世に人の消ゆる時代ありけり。
朝に目覚むれば、隣に居たる者、影も形もなく消え失せたり。
父も、母も、子も、友も。
ある日突然に、この世より消え去りぬ。
かくして世は、混沌へと沈みたり。
人、消え続け。
国、崩れ続け。
秩序、失われ続けたり。
飢えと、渇きと、争いの絶えぬ世となりぬ。
人々、恐れ慄き、明日は我が身かと怯え、互いを疑い、奪い合いたり。
明日なき世界にて、人の心もまた荒みたりける。
かかる折、ある男、空を仰ぎ見たりけるに。
空の彼方より、何ものか男を見返したりとぞ。
それが何なりしか、今となりては誰も知らず。
ただ、その夜を境に、男、変わりたりける。
――
男の目には、他者の姿見ゆるようになりぬ。
遠く離れたる場所に居る者。
会いたることもなき者。
ただ、見ゆ。
そして、男が見たる者のみは、消えざりけり。
人の消ゆる世にありて。
男が見たる者のみ、この世に留まりたり。
――
やがて男、もう一つの不思議なる力に気づきたり。
望めば、雨降りぬ。
願えば、食べ物生まれぬ。
心に思い描きたるもの、現となりぬ。
男、言いけるは。
「我は選ばれたる存在なり」
と。
――
男、人々を救わんとせり。
飢えたる者に食を与え、渇きたる者に水を与えぬ。
病める者を癒し、絶望する者に希望を与えたり。
人々、男を崇め奉り、王すらも男を求めたりけり。
男は、世を救う者となりぬ。
――
されど、長き年月を経て。
男の心、変わりたりけり。
「もはや、救うに値せず」
とのみ言いて、国より去りぬ。
――
後に、他国より使者の参りたりけるに。
男の居たりし国、人一人として残らざりき。
血の跡もなく。
死骸もなく。
ただ、静寂のみ。
されど、ただ一人の少女のみ、生き残りたりとぞ。
――
かくして世は、再び混沌へと沈みぬ。
――
なにゆえ男は去りしか。
なにゆえ人は消えしか。
なにゆえ少女のみ残りしか。
誰も、知らず。
ただ、男の去りし後。
世には「魔女」なるもの生まれたりとぞ。
男と同じ力を持つ者ども。
これぞ、観測者と魔女の始まりの物語なり。
――かく語り継がれたる、となむ言い伝えたる。
『見者縁起』第一章 第一節「男」




