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手紙が生まれる場所



 港に近い丘の中腹に、古めかしいレンガ造りの大きな建物があった。

 そこには長い年月を経て黒く艶を帯びた銘板が掲げられている。


 朝の光を浴びてその建物は、堂々たる姿を見せていた。

 重厚なアーチ状の入口。高い天井の窓。

 しかし立派な外観とは裏腹に、その内部は夜明けから息つく暇もないほどの忙しさに満ちていた。


 建物の横手には、次々と郵便トラックが滑り込んでくる。

 荷台の扉が開けられるたびに、積み上げられた郵便袋がドサッと音を立てて降ろされる。

 作業員たちが掛け声を上げながら袋を担ぎ、台車に積み、館内へ急ぐ。


 館内に入ると、さらに喧騒は増した。

 高い天井の下、無数の郵便物が台車に乗せられ、流れ、散っていく。

 仕分け係の職員たちが、慣れた動作でハガキを束ね、封書を分け、大袋を運び、判子を押す。


 カタン、カタン、カタン――

 仕分け台の木箱が揺れ、郵便物が投げ込まれる音が連続して響く。


 そこは戦場のような熱気だった。

 どの職員も汗ばんだ額を拭いながら必死に手を動かしている。

 郵便会社とは、人々の思いを運ぶ巨大な機械であり、毎朝その機械は唸りを上げていた。


 だが、この喧騒の奥――

 厚いドアを一枚隔てた先に、別世界のような静寂があった。



階段を昇るとわずかに木の軋む音がする。その音を建てながら一人の男が階段を昇っていた。男は片足だけを少しなんとか持ち上げるようにして段を一つ一つ。そしてようやく昇り終えるとある部屋の前まで来た。ドアをノックして入っていく。


 その部屋は広くはないが、窓から柔らかな光が入り、紙の匂いとインクの匂いが混じる落ち着いた部屋だった。


 部屋は仕切り板でいくつかに区切られており、そこにはタイプライターを打つ幾人かの女性達がいた。机の上に整頓された便箋と封筒。そしてタイプライター。



 静けさの中で――

タイプライターのキーを打つ音だけが、規則正しく響いていた。


 カチ、カチ、カチャン――

 その音が小さな部屋の空気を支配している。


 ある女性が薄い青の制服の袖を整え、淡々とキーを叩いていた。

 凛とした横顔は無駄のない動きと同じく、とても静かで、どこか機械のような整然とした雰囲気を帯びていた。


男は背筋をやや丸め、郵便会社の帽子を胸に抱え、どこか申し訳なさそうに立っている。男の顔の左から首にかけてはひどい火傷のような痕があった。そのせいか口もやや左に吊っているようだった。


女性は男の姿を見るやすぐにタイプライターから手を離し、椅子から立ち上がった。


「アドリアンさん。どうぞ、おかけください。」


 その声音はやわらかく、代書部門特有の静けさに調和していた。

 館内の喧騒とはまったく異なる、穏やかな時間が流れている。


「忙しいときにすまないね。外はまるで嵐のような騒ぎだったよ」

口が少し引きつられているせいか話しにくそうでもあった。


「お気になさらず。ここはいつも静かですので」


 男は彼女の前に座ると帽子を脱いだままうろうろと視線をさまよわせ、

 少し間を置いてから、世間話を始めた。


「今日も忙しかったね…お昼休みもなんとか取れたよ…お休みだったんだね…どうだった…港の方は晴れてね、今日は客船が何隻も……」


「……それはよかったですね…」


 彼女の返事は素っ気なく、少しずれてもいたし淡泊だった。彼女は世間話が苦手だ。

 アドリアンもそれを知っているはずなのに、それでも話そうとする。


 気まずい沈黙が少し流れ、アドリアンは苦笑した。


「ああ、すまない。つまらない話をした。

 ……今日も、お願いできるかな…」


 その言葉に、彼女の表情がようやく仕事のものへと戻った。


「承知しました。では、お話を…」


 男は深く息をついた。

 言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。


 


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