表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/60

レーネとルーカス

二人はレーネの部屋にいた。

机の上に封筒が置かれている。

3通…

一通はレーネとルーカスの二人宛の手紙。

封筒は割と新しく少し華やかな香りがしていかにも女性が使いそうだった。

もう二通はレーネとルーカスそれぞれ別に宛名が書かれていた。

封筒は黄ばんでいて少しかび臭くもあった。見るからに古そうなその封筒に記された郵便会社の印章。

宛名はもうだいぶインクが剥げていた。

そして差出人の欄には今は国営化された郵便会社名そして 代書部門の担当者の名前があった。


「どうする?」レーネはルーカスに聞いた。

ルーカスは

「なにが?」

とそっけなく返事をした。

「手紙に決まってるでしょ」

「特にいいよ、俺は」

「あんたね!」

ルーカスレーネの口調の強さに少し驚いてレーネの方をみた。


結局ルーカスはとりあえず自分宛の古い封筒を渋々持って帰ることになった。

レーネは結局一人で手紙を預かることに。


その晩彼女は封筒を開けた。

まず初めは新しい封筒を。

そこには手書きのきれいな文字が並んだ便箋が入っていた。

『拝啓 レーネ様 ルーカス様…』

それから始まる一文。

そこには彼女の誠実さの溢れる言葉が綴られていた。

それとともに父親と同じ戦場体験者としての思いもそこにはあった。




父親からの手紙はなかなか開ける気がしなかった。怖かった…

生の父親など知らないから…

父親の思いや言葉を知るのが…

今更この時になっても…

父親の本当の姿を知るのが怖かった…

どんな赤裸々なものがそこにあるのか想像すると怖いと同時に気持ち悪くなる…

知らないほうがよかったと後悔するのも嫌だった…

あの本を読む前ならなにも考えずに封を開けたかもしれない…


何日か過ぎても封筒はそこにあった。





冒頭の形式的な文章――

「面談記録 第001号」「面談依頼者:アドリアン・ファン・デ・フリース」

それだけで、彼女の手が止まった。

「父さん?…」

「“面談記録? なにこれ……手紙?」

面談記録という表題に異常な不自然さと疑問を感じて感情が一気に冷めた。冷静になれた。

タイプライターの文字もそれに拍車をかけた。

そう、報告書のような感じさえもした。



けれど、ある部分にさしかかるとレーネは記憶を遡っていた。

あのとき…

祖父母になんとかお願いした…

もう父親には会ってなかったけど、街は戦争に行く人の話題でいっぱいだった。

幼いレーネにも友達同士の会話でもしかして父親ももうどこかへ行ってしまうのではと思っていた。

あの日…

たくさんの人が通りに出て見送っていた。

祖父母には父親に会いにとは言わなかった。

ただみんなを見送りたいとだけ…

あちこちで別れを惜しむ人がいた…

レーネにもそれは悲しむことだとわかった。

祖父なぜかは駅には連れて行ってはくれず、列車の見える丘に連れて行ってくれた。なんでかはその時はわからなかった。ただ従うしかなかった。

たぶん父親がそこにいたことを知っていたのだろう。

レーネは嫌がるルーカスを無理矢理連れて祖父母について行った。


遠くで汽笛がした。

列車が近づくのがわかった。

誰が乗ってるのかもわからない。

顔なんて見えない。

それでもレーネは必死に手を振っていた。

それは今日たくさんみた人々の真似かもしれなかった。

ルーカスはレーネにしがみついていた。

レーネがなにをしてるのかもわからなかったのかもしれない。

列車はだんだん遠ざかっていく。

それをずっとみながらレーネはずっと手を振っていたのを記憶から呼び起こしていた。


そうだ…あの時帰る時なぜか泣いてしまった…

それがなぜなのかはわからなかった…

それもたくさんの人が別れを惜しんで嘆いて泣いていたのを見て影響されたのかもしれない…


でも、今父親のこの手紙とは思えない体裁のものを読んであの列車に父親が乗っていたことを知った。

自分達を見つけてくれて、父親がどうしたかもそこにはあった。

それだけでレーネは父親とそこでつながった気がした。


ルーカスは最初は、丸めてゴミ箱に放り込もうとした。

悪意のせいではない。

もう小さな時の記憶すらうっすらとしかなくなっていた。 

存在しない存在…

それからの手紙のようなものに用はなかったからだ。

レーネと違って誰かからの手紙、どこからかの手紙だとしてもこの体裁が普通ではない。

関心を持とうとしなかった。

読み進めるうちに、ふと目を閉じた。



ルーカスはずっと立ったまま読んでいた。

涙は出なかった。懐かしさもなかった。

だが、存在しないものが今、存在を始め出した。

ただそれだけだった。

父親というものが本当にいたのだ。

それだけだった。

ルーカスは机の引き出しに手紙をしまった。

そしてその封筒は開けられることはなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ