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幻の妖怪飯  作者: Vasy
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5話 新たな道と追う影

宿に戻ったヒナタとユズは、部屋で静かに荷物をまとめていた。


「サエさんとの再会は避けたいな。明日にはここを出発しよう」


ヒナタが提案するとユズは少し残念そうな表情を浮かべた。


「岩手で座敷童子の妖怪飯の食材は見つけられませんでしたが……承知いたしました」


ユズの落胆した様子に、ヒナタは優しく微笑んだ。


「その代わり、ユズの好きな美味しいもの、たくさん作ってやるからさ。それに、座敷童子の妖怪飯の食材だって、諦めるわけじゃない。きっといつか見つけられるさ」


ヒナタの言葉に、ユズの顔に少し明るさが戻った。


「ヒナタ様は、本当にお優しいでございますね。……わたくし、ヒナタ様がそんなことばかりおっしゃいますと、襲いたくなってしまいますよ?」


ユズが頬を染めて見上げるとヒナタは苦笑いしながらユズの頭をそっと撫でた。


「はいはい、分かったから。早く荷物まとめよう」


「本当ですよ…?」


ユズは少しだけ、顔を膨らませていた。



その頃、フリーライターのサエは宿のデスクで岩手の森で撮ったばかりの写真を確認していた。


「くっ……やっぱりか」


撮れていたのは、確かに料理がかすかに光っているような一枚。

しかし、その輝きは弱く写真ではごくわずかな発光としてしか捉えられていない。

これだけでは記事にするにはあまりにも説得力がない。


「あの子供と、あの料理……一体何なんだろう?」


サエは撮った写真に写るヒナタとユズの姿をじっと見つめた。

どこかで、この男性の顔を見たことがあるような気がする。

おぼろげながら、雑誌の隅で料理に関する記事を読んだ記憶が蘇る。


「よし、調べてやる。この謎、必ず暴いてみせるわ」


サエの瞳の奥で、好奇心の炎が静かに燃え上がっていた。



翌日、ヒナタとユズは宮城県まで南下していた。

次の目的地はまだ定まっていないが、まずは腹ごしらえと、ヒナタは近くのスーパーで食材を調達することにした。

店内を回りながら、ヒナタはユズに話しかける。


「ユズは、今夜どんな料理が食べたい?」


「うーん……ヒナタ様が作ってくださるものなら、なんでも美味しいでございます」


他愛もない会話が弾む。

ヒナタは今日の献立を考えながらカゴに食材を入れていく。


その時、ヒナタとユズのすぐ隣を年配の女性が通り過ぎた。

白髪をきっちりと結い、どこか厳かな雰囲気を持つ女性だ。


ユズは、すれ違う一瞬その女性に視線を向けたが、すぐに目を逸らした。


「どうした?」


ヒナタが尋ねると、ユズは首を傾げた。


「いいえ、なんでもございません。気のせいでございます」


ヒナタはそれ以上追及せず、再び食材選びに集中した。


一方、その女性は通り過ぎたヒナタとユズの背中をじっと見つめ、何やら考え込んでいる様子だった。

特に、ユズの姿が彼女の目に留まったようだ。


宿では調理ができないため、二人は近くの川辺へと向かった。

澄んだ水が流れる静かな場所で、ヒナタは手際よく調理の準備を進める。


焚き火を起こし、香ばしい匂いが辺りに漂い始めた頃だった。


「やはり、あんたはそうなのじゃな」


背後から声がした。

ヒナタが振り返ると、そこにはスーパーですれ違った女性が立っていた。


彼女の視線は、真っ直ぐにユズに向けられている。


「あんた、妖怪じゃろ」


この言葉に、ヒナタの体に一瞬緊張が走った。

ユズは何も言わず、ただ女性を見つめ返している。


女性は二人の様子を見て、ふっと小さく笑った。


「安心しな。わしゃ、あんたらを害するつもりはない。わしも、山姥じゃからな」


山姥はそう言って、自らの正体を明かした。

ヒナタは驚きを隠せない。


「妖怪だと知っていて、なぜ共に過ごしているのかは謎じゃが、その様子からして、あんたは妖怪だと知っていてこの子供といるようじゃな」


山姥は続ける。


「わしはあんたらが何をしていようと、事情を探るつもりはない。ただ、妖怪に理解がある人間ならば、少しばかり手伝って欲しいことがあるんじゃ」


山姥はそう言って、川辺に座り込んだ。


「過去に人間たちが病で倒れた時によく薬草を調合したり、怪我の治療のために使っていた隠れ家があってのぉ。その小屋の中に、わしが昔から大切にしていた包丁が置き去りになってしもうてな」


「山で道に迷った人間が、わしの能力を誤解して、『妖しい呪術を使う鬼がいる』と村で触れ回ってしもうた。 それを信じた山伏たちが、わしを追い出そうと御札を貼り始めたんじゃ」


「御札のせいで、わしはもうあの小屋には入れなくなってしもうた。その包丁を、取りに行ってはくれまいか。小屋は、この山の中にある」


山姥はヒナタの目を見つめた。


「礼として、包丁以外は好きに持って行ってくれて構わん。あの小屋には、昔使っていた道具や、薬草なんかも残っているからな」


ヒナタはユズの方を向く。ユズは小さく頷いた。


「分かりました。引き受けさせていただきます」


ヒナタがそう答えると、山姥は満足そうに頷いた。


山姥に小屋の場所を聞きヒナタとユズは再び山の中を歩いていた。


「山姥の伝説って、どんなものがあるんだっけ?」


ヒナタがユズに尋ねる。


「山姥は、人里離れた山中に住み、旅人を助けたり、時には道に迷った人間を食らうとされたり、様々な伝承がございます。昔話では、優しい老婆として描かれることもあれば、恐ろしい鬼女として描かれることもございます」


ユズは淀みなく答えた。


「そうか。今日の山姥は、穏やかな感じだったな」


「ええ。ですが、あの山姥は相当な妖力をお持ちだと感じました。近づくまでは分かりませんでしたが」


しばらく歩くと、目的の小屋が見えてきた。

古びた木造の小屋には、至る所に白い御札がびっしりと貼られている。


「ユズも、ここには入れないだろうな」


「はい。わたくしでは、この御札を破ることはできません。ヒナタ様、わたくしはここで、外から守っておきます。何かあれば、すぐに声をかけてください」


ユズがそう言った時、ヒナタは小屋の入り口にたどり着いた。


「分かった」


ヒナタは慎重に小屋の中へと足を踏み入れた。


小屋の内部は、長年閉ざされていた土の匂いと燻んだ木材の香りが混じり合い、ひんやりとした空気が肌を刺す。

陽の光が届かないため、奥は薄暗く微かに舞う埃が光の筋の中でゆっくりと踊っていた。


足元には、朽ちかけたむしろや、使い古された木製の食器、薬草をすり潰すための石臼などが散乱している。

どれもが人の暮らしがあったことを物語っていたが、今はただ時間の流れに身を任せているようだった。


ヒナタは壁際を辿りながら、山姥の包丁を探し始めた。

奥の壁にかかっていた古びた棚には陶器の壺や、乾燥した薬草の束が並べられている。


その棚の、一番上の段。

鈍く光る銀色の刃が、埃を被りながらも確かにそこにあった。


それこそ、山姥が言っていた包丁だ。


包丁をそっと手に取ろうとしたその時、その包丁のすぐ隣に手のひらほどの大きさの黒ずんだ木箱が置かれているのが目に入った。


箱の蓋を開けると、中にはさらに布に包まれたものがある。

それを広げると、年季の入った古びた巻物と隣に手のひらサイズの小さな壺が添えられていた。


壺は薄い緑色の陶器製で、蓋を開けると微かに甘く、それでいてどこか土の香りがする白い粉末が詰まっている。


巻物には、これまで見た妖怪飯のレシピが書かれたものに酷似した、見慣れない文字と、この白い粉末のような調味料の絵が描かれているのが見て取れた。


「これって……!」


ヒナタは思わず声を上げた。それは、山姥の妖怪飯のレシピと、それに使うであろう、謎の調味料だった。


「これ持っていってもいいんだよな…!?」


ヒナタは、包丁と共にそのレシピと調味料を大切にバッグにしまい、小屋を後にした。


「ユズ!見つかったぞ!」


小屋から出てきたヒナタは、ユズに包丁とレシピ、調味料を見つけたことを報告した。

ユズも嬉しそうに頷いた。

二人は山姥の家へと向かう。


山姥の家に着くと、山姥は縁側に座っていた。

ヒナタは包丁を差し出す。


「山姥さん、包丁、見つけてきました」


「おぉ!まさにこれじゃ!すまんのぉ」


山姥は包丁を受け取ると、その刃を優しく撫でた。


「それにしても、レシピなんかで良かったのか? 小屋には金も置いてあったはずじゃが」


山姥が尋ねると、ヒナタは笑顔で答えた。


「はい! 俺は妖怪飯のレシピを集めているんです。だから、こんなに素晴らしいものをいただけて、すごく嬉しいです!」


ヒナタの純粋な言葉に、山姥は満足そうに目を細めた。


「そうか……。妖怪飯のレシピなら天狗が集めておったと聞いたことがあるな。ここから南に、天狗山と呼ばれる山がある。そこには、まだ天狗の集落が残っているという話じゃが……」


山姥の言葉に、ヒナタは目を輝かせた。天狗山…!


「ありがとうございます! これで次の目的地が決まりました!」


ヒナタは山姥の家を後にし、宿に戻る道でこれからの計画を練り始めた。


「よし、天狗山だ! 今度は洞窟で野宿とかにならないように、ちゃんと計画立てて、宿に泊まれるように動こうな!」


ヒナタが意気込むと、ユズはニヤリと笑った。


「ふふふ。ヒナタ様となら、どこでも致せますよ?」


「またそんなこと言って、からかうなよ!」


ヒナタは少し赤面し、ユズは楽しそうに笑うのだった。

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