窓ガラスの指紋
翌日。昼休み。
教室の片隅、みつきの席が空いていた。いつもは誰よりも早く座って、静かに弁当を広げてるのに。
なんとなく、その違和感がひっかかった。
でも先生の話が終わるまでは席を立てなくて、気づけば昼休みも半分くらい過ぎていた。
「……どこ行ったんだ」
まず俺は屋上へ向かった。
昨日もいたし、あそこなら静かだし、みつきが一人でいたいときにはちょうどいい。
でも鍵は閉まっていた。ドア越しに何も音はしなかった。
次に思い浮かんだのは、図書室だった。
そういえば、あいつ本好きっぽかったな。話してるとき、いつもカバンの中に文庫本が入ってた気がする。
俺は階段を下りて、図書室のドアをそっと開けた。
──いた。
窓際の席で、静かにページをめくっていた。
本に集中してるのかと思ったけど、視線はガラスの外に向いていて、指先で曇った窓をなぞっていた。
「……サボりか?」
俺の声に、みつきは少しだけ肩を揺らして振り向いた。
「いや、教室うるさかったから。昼休みくらい静かにしたくて」
「……まあ、わかる」
「ともくんこそ、なに、探しに来たの?」
「いや、別に。……昼休みに教室にいないって、お前にしては珍しいなって思って」
みつきは、本を閉じて俺を見た。
「そっか。ともくんが僕を気にするようになったの、ちょっと嬉しいかも」
「お前さ、ほんとそういうのサラッと言うよな」
「ともくんが受け取るかどうかは、ともくん次第」
窓から差す光が、教室よりもやわらかくて。静かで、本当に“放課後”みたいな時間だった。
「……今日の放課後、屋上行く?」
「うん。でも、少しだけ遅れるかも。図書委員頼まれてる」
「そっか。じゃあ俺、先に行ってる」
「うん。10分、守っててね」
「守れたら、な」
みつきは、ほんの少し微笑んでうなずいた。
放課後。
屋上のドアは今日も開いていた。
俺は先に上がって、風に髪をなぶられながら柵にもたれた。
時間が、ゆっくり過ぎていく。
ポケットのスマホが震えたのは、5分くらい経った頃だった。
──『ごめん、今日は行けないかも』
みつきからのLINEだった。
──『少し、気分悪くなって保健室寄る。大したことないから、また明日でいい?』
俺はスマホを見つめて、ゆっくりとタイピングする。
──『わかった。無理すんなよ』
……けど、そのまま屋上を離れようとは思わなかった。
10分くらい、風に吹かれてるだけの時間。でも不思議と、いつもより“ひとり”を強く感じた。
屋上を後にして階段を下りながら、ふと、図書室のことを思い出した。
まだあそこにいたりして――なんて、勝手な期待を抱きながら、今度は寄り道をする。
……けど、図書室にはもう誰もいなかった。
空っぽの窓辺。開いたままの椅子。
そして帰り際、ふと校舎の一階、廊下の窓に目をやると。
ガラスの向こうに、一瞬だけ“髪”が見えた気がした。
その色と形が、なんとなくみつきに似ていた。




