静かに続いてしまう放課後
翌週の月曜、放課後。俺は特に理由もなく、あの時間が気になって、また教室に残った。
帰るタイミングを外したふりをして、ノートを閉じずに待ってみる。やがて、周囲の人影が消えて、いつものように教室が静かになる。
そして、いた。
みつきは、先週と同じ席に、同じ姿勢で座っていた。まるで一度もそこから動かなかったかのように。
「よ」
俺が声をかけると、みつきは本を閉じずに、目だけこっちを向けた。
「ともくん、また来たんだ」
「……来ちゃダメだった?」
「ううん。来るかなって、ちょっと思ってた」
みつきはそう言って、ページを指で挟んで、ゆっくり閉じた。
「今日も“ともだち”する?」
「10分限定のやつな」
「そう。じゃあ、始まりの合図して」
「合図?」
「なんか言ってよ。今日も10分よろしく、とか」
「……お前さ、そういうの好きだよな」
「僕は“ちゃんと決めて始める”のが好きなんだよ」
ため息をつきながら、俺は机に肘をついて、みつきを見た。
「……今日も10分、よろしく」
「うん。よろしく」
その“よろしく”の響きが、なんだかちょっと嬉しそうに聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。
俺たちはまた、机を挟んで座った。前より少しだけ、距離が近づいた気がした。
沈黙が落ち着いてくると、自然とみつきが口を開いた。
「ともくんって、何考えてるかあんまり顔に出ないよね」
「よく言われる」
「でも、なんとなく分かるときもある。今日とか、ちょっと疲れてる感じ」
「……それも、よく言われる」
「じゃあ、疲れてるんだ?」
「まあ、テスト前ってのもあるし、部活やめてからちょっとダラけてて。色々、うまくいかないって感じ」
「そういうの、ちゃんと口に出せるの偉いと思う」
「え、褒められるようなことじゃなくない?」
「ううん。僕は、出さずに溜めるタイプだから」
みつきの言い方は、まるで誰かのことを遠回しに言ってるみたいだった。自分自身のことなのに、どこか他人事っぽい。
「たとえば今日、朝から気圧低かったし、教室もざわついてたし、休んだ子もいて。何もかも“ちょっとずつ”違ってたんだよね」
「それって……しんどいやつ?」
「しんどいってほどじゃない。ただ、静かな場所がほしかった」
「それでまた、教室に残ってたんか」
「うん。ともくんが来なかったら、きっとすぐ帰ってたけど」
「俺が来てよかった?」
「うん。ちゃんと“ともだち”が来た感じがして、ちょっと安心した」
「……お前、そういうのちゃんと言うのな」
「言っとかないと、伝わらないでしょ」
そう言ってみつきは、ふと目を伏せて窓の外を見た。
「ねえ、ともくん」
「ん?」
「来週も来てくれる?」
「……来てもいいの?」
「うん。来てくれたら、“10分”じゃなくてもいいよ」
俺は少し黙ってから、笑いながら答えた。
「そう言われると、逆に来づらいわ」
「……なら、来ないで」
「それも困る」
俺たちはまた、くだらないやり取りでちょっとだけ笑って。それでも、その笑いが本物だったことは、ちゃんと分かった。




