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ある日の夕方

作者: 雉白書屋

 夕方、妻に頼まれ、夕食の支度の間、騒ぐ幼い息子を近所の公園へ連れて行った。辺りはセピア色に染まり、一枚の古い写真のように静かだった。カラスの鳴き声だけが響き、どこか遠い世界にいるような気分になる。

 夕日を見ながら一日の終わりを感じつつ、息子と少し遊んだあと、「そろそろ帰ろう」と声をかけた。すると、息子は唇をとがらせ、ぐずり始めた。


「ほらほら、帰るぞ。おなかすいただろ?」


「やーだ!」


「なあ」


「やだ! やだ! やだ!」


「父さんはおなかすいちゃったよお……」


「やーだー!」


 情けない声で訴えても駄目か……じゃあ、次は――


「いーですねえ」


「えっ」


 不意に背後から声がした。ぎょっとして振り返ると、カメラを首から下げた男が立っていた。


「いー息子さんですねえ、元気があって、実にいい」


「あ、ああ、どうも……ははは、いや、元気があり過ぎて困っちゃいますけどね」


「実にいーじゃないですかあ。よろしければ、一枚撮らせていただけませんか?」


 男はカメラに手を添えながらそう言った。にこりと笑っているようだが、夕日が彼の顔に影を落とし、また、おれの顔を照らすせいで表情がよく見えない。


「まあ、いいですよ。なあ」

「うん!」 


 息子の機嫌を直すのに協力してくれるのだろう。褒めたのはお世辞だろうが、悪い気はしない。もしこれが女の子なら警戒したかもしれないが、息子だし、客観的に見て特別整った顔立ちでない。写真を悪用される心配はないだろう。


「じゃあ、撮りますよお、ほい! はぁぁい!」


「あはは!」


「ぬー……ふっ!」


「あははは!」


「ほほい!」


「あの、ははは、何をしているんですか? 撮らないんですか?」


 おれは相手の気を悪くしないように笑いながら訊ねた。

 男は太極拳のような動きをしながらカメラを構える仕草をするばかりで、一向にシャッターを切ろうとしないのだ。


「いやあ、最高の一枚を撮るために、まず緊張をほぐしてもらおうと思いましてねえ。ほほい!」


「あはははは!」


「ああ、なるほど……」


 男は次々に大袈裟なポーズを取り、息子はそのたびに大笑いした。


「はいっ!」


「あははははは!」


「すぁぁい!」


「あははははははは!」


「はん!」


「あははははははははは!」


「ぬふん!」


「あははははははははははは!」


 息子は涎を垂らしながら笑い続けた。その様子に、おれはふと寒気を覚えた。まるで、狂ったように笑っているのだ。


「いーですよお、魂が出てきました。では……あっ!」


 おれは息子を抱え、走り出した。息子は公園を出たあとも笑い続け、その振動でおれの腕が震えた。いや、この震えはそのせいではない。

 誰も信じないだろうが、おれは確かに見たんだ。

 あの男がカメラを構えた瞬間、口が耳元まで裂け、その奥に鋭い牙が並んでいるのを……。

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