殿下すごおおおい! ~一見幼稚な令嬢に天才王子はぞっこん
「殿下すごおおおい!」
「そ、そう?」
わたしの婚約者第一王子ウォルター殿下は天才なのです。
それもそんじょそこらの天才じゃなくて、トレノール王国の創始以来の才能と言われているんです。
ウォルター殿下の知識と発想は幅広い分野に及び、ウォルター殿下がいればトレノール王国一〇〇年の安寧と発展が保証されているとも。
すごいですよねえ。
本日は殿下が発明した魔法金属の説明を受けていました。
殿下はわたしみたいな凡人にも丁寧に教えてくれるのです。
とても素敵な方ですこと。
今日は陛下の信頼の厚い将軍オリヴァー様も同席しています。
「……魔力伝導抵抗率がマイナスになるのは、これまでの常識では考えられない画期的なことだということは理解しました。つまりどういうことでしょうか?」
オリヴァー様ったら困惑気味ですね。
ということは……。
ウォルター殿下がこっちを見てきました。
了解です。
「オリヴァー様。殿下の考案した魔法金属は、身体に触れてさえいれば劣化しないんですよお。装備者の体内の魔力を微量に吸収し、形状記憶により復元しますから。刃こぼれしない剣を作れちゃうってことです」
「な、何と!」
驚愕のオリヴァー様。
あ、再び殿下の説明です。
ふんふん、レックルマイトと迷輝石、重なる魔物の分布域、訓練場と保養地……。
「殿下すごおおおい!」
「そ、それがしには何が何だか……」
「その魔法金属に必要な石と魔物素材は、オリヴァー様の御実家のハーシェル伯爵家の領域外、ワオスラ南麓産なのですって」
「えっ? あの魔物が多いために放置されている?」
「はい。資源確保のために、ワオスラ山南麓までトレノール王国の領地に編入したい。また魔法金属を使った武器を軍に正式採用する際にも、オリヴァー様の協力を必要とするから、本日お呼びしたんですって」
「おお、ようやく得心いたしましたぞ!」
「必要な鉱石だけでなくて、魔物素材の流通も促進させたい。となるとワオスラ山南麓は有益ですから、軍の訓練場や冒険者ギルドの支部を置きたいのですって。また将来的には避暑地としても考えているんですって」
「なるほど、大規模な計画ですな。面白い!」
「オリヴァー様にはくれぐれもよろしくと」
「もちろんでございますぞ」
「殿下、大変ためになるお話をありがとうございました」
「い、いや、いいんだよ……」
天才なのに、ウォルター殿下はちょっと照れ屋さん。
何だか可愛いですね。
◇
――――――――――トレノール王国国王ブレイデン視点。
「いやはや、驚きました」
「で、あろう?」
「それがしの認識が間違っておりました。なるほど、これがマリー嬢なのかと」
トレノール王国一の驍勇を誇る将軍オリヴァーがすっかり兜を脱いでいる。
マリー・シンクレア伯爵令嬢をウォルターの婚約者に据えようとした時、あれほど反対したのにな。
「喋り方にすっかり騙されていましたぞ。マリー嬢の理解力は大変なものではないですか」
「いや、オリヴァーだけではないのだ。彼女の優秀さはあまり知られておらん」
「マリー嬢ほど聡明な令嬢がウォルター殿下の婚約者であることは、トレノール王国にとって大吉ですな」
「まさしく」
ウォルターの婚約者が決定するまでの三年間を思い出す。
当初は全く問題などないと思われていたのだ。
ウォルターは隠れなき天才であったし、年回りの合う高位貴族の令嬢も多かったから。
「ウォルターの婚約者が決まるまでは、本当に大変だったのだ」
「ハハッ、それがしも話には聞いておりましたが、何ほどのことかと思っておりました。本日殿下の説明を聞くまでは、ですが」
「わかる」
普段、ウォルターは無口な方だ。
王族の言葉は重いものだから、口が軽いよりはよほどいい、美徳だと思っていた。
気付いたのはいつだろう?
ウォルターが挨拶や上辺のやり取り以外の話をしないと。
要するにウォルターは天才過ぎるのだ。
専門家以外にウォルターの話す内容を理解できない。
ウォルターもまた噛み砕いて話すことができない。
専門家と言っても、もちろん自分の専門分野以外のことに詳しいわけじゃない。
どの分野についても天才であるウォルターの言うことを真に理解できる者はおらず、その内容判読には大変時間がかかってしまっていたのだ。
これではウォルターの天才を生かすことができない。
「殿下の婚約者候補だった令嬢は大変だったと思いますよ」
苦笑が漏れてしまう。
オリヴァーの言う通りだ。
高位貴族の令嬢なんて、皆それなりの教養とプライドを持ち合わせているだろう。
にも拘らず、ウォルターの言うことはサッパリ理解できない。
自信を失ってしまうのも仕方のないことだと言える。
候補者が次々と脱落した。
まるで想定の外にある、異例の事態だった。
そんな時だ。
ウォルター自らがマリー嬢を連れてきたのは。
伯爵家ではやや家格が低いと思わざるを得なかったが、まあそれはいい。
問題なのはマリー嬢自身の資質の方だった。
報告書を読んで頭を抱えた。
舌足らずな子供っぽい喋り方。
噂好きで何でも突っ込んで聞きたがる慎みのなさ。
とても将来の国母たる器量に思えん。
ウォルターはマリー嬢のどこを気に入ったのか?
「マリー嬢はゴシップ好きの軽薄な令嬢だと思いこんでいたのです。世間の噂は当てにならないものですな」
「いや、オリヴァーがそう思うのもムリはない。オリヴァーよりよほどウォルターの近くにいる予でさえ、マリー嬢の真価を理解するのには時間がかかったのだ」
「さようでしたか」
殿下すごおおおい! と大仰に驚くマリー嬢を見て、どこがいいのか全く理解できなかった。
しかしウォルターが初めて拘った令嬢だったので、少し様子を見て顔合わせを続けさせることにしたのだ。
『会話が続く? マリー嬢はウォルターの意味不明の話を嫌がる様子がない?』
『はい』
『ほう?』
顔合わせの様子を観察させていた従者からの報告にとまどった。
どういうことだ?
ウォルターの天才過ぎる話は、専門家が寄ってたかって時間をかけて、ようやく把握できるものだろうに。
マリー嬢は苦痛じゃないのか?
どうもこれまでのウォルターの婚約者候補とは違うようだ。
マリー嬢に興味が湧いた。
それから予自身もなるべくマリー嬢との会合には加わることにした。
……驚くべきことに、マリー嬢はウォルターの話す内容を理解しているようだった。
婚約者候補としてウォルターがマリー嬢の名を初めて挙げた時、予は全然マリー嬢を評価していなかった。
婚約者候補名簿に、一応名前だけ載っているという程度の伯爵令嬢だったから。
しかしウォルターとまともに話のできる、稀有な令嬢なのではないか?
ウォルターに聞いてみた。
『マリー嬢のどこを気に入ったのだ?』
『顔が好み』
冗談なのか本気なのか。
ウォルターの言うことは本当にわからん!
急ぎマリー嬢を再調査させた。
ややオーバーアクション気味の話し方は素。
好奇心旺盛で様々な話を聞きたがるのも事実だが、そのため雑多な知識が多く、物事を解釈するための判断材料をたくさん持つのではないか?
また高位貴族令嬢にありがちな、気位が高いということに関しては無縁。
だから素直に相手の言うことを吸収し、自分なりの解釈を導き出せるのではないか?
驚くべき才能だ。
ウォルターはマリー嬢の価値を正確に理解していたらしい。
いつからだろう?
ともかくマリー嬢はウォルターと話をするにつれその知識を吸収し、さらに理解度が上がっているらしい。
完全にウォルターの通訳が務まる!
『恐れ多いです。いいんですかあ? わたしなんかで』
『うむ、期待している』
『嬉しいです!』
にこやかな笑顔はまことに可憐だ。
悪く言えば幼稚に思える。
とてもウォルターの天才に釣り合うとは思えないが、人は見かけによらぬものだ。
こうしてマリー嬢はウォルターの婚約者となった。
事情を知らぬ者の中には、ウォルターとマリー嬢の婚約に難色を示すものが多かった。
どう見ても国母たる資格があるようには思えないと。
オリヴァーもその一人だった。
オリヴァーが大きく頷く。
「表面だけで本質を理解した気になっていたのは、一代の過ちでありました。猛省しております」
「まだマリー嬢のどこが優れているか、理解できていない者は多いのだ。いや、予自身も完全に掴んでいるとは言えぬであろうな」
「ハハッ、異才というものはなかなかに。でもよいのです。地位に相応しい能力があると納得できるのならば」
「うむ、オリヴァーの言う通りだな」
「周知させることは必要でしょうな。それがしの口からも、実際に会ってみればウォルター殿下の婚約者はマリー嬢以外にいないとよくわかる、と言っておきましょう」
「頼む」
ウォルターの言うことがチンプンカンプンであることと、マリー嬢ならばそれを解読できること。
これは実際に見てみないと理解できないことだと思う。
マリー嬢が認められない状況が続くのはよろしくない。
しかしオリヴァー将軍のような影響力の大きい者にマリー嬢の支持者が増えれば、現在の状況は徐々に変えられるだろう。
予にできることはそれくらいだ。
オリヴァーがいい顔を見せる。
「トレノール王国の未来は大変に明るいですな」
◇
――――――――――第一王子ウォルター視点。
「マリー嬢の理解者が増えてきたタイミングで、そなたの立太子だな」
「はい」
「すまんな。マリー嬢のどこがウォルターの婚約者に向いているのか、広く知らせることは案外難しいのだ」
これは頷かざるを得ない。
僕だって最初は理解していなかった。
可愛いけど鬱陶しい、バカっぽい令嬢だなとしか思っていなかったのだ。
貴族学校でたまたま話す機会があった。
『魔力栽培技術の触媒に必要な鉱石を得るための街道を敷設できれば、その街道沿いで染色・薬品・製紙等の新産業を起こすことができ、土地が肥えていないために放置されていたケイパス地方を発展させることができるのですね? 殿下すごおおおい!』
『強化魔物除けと癒術士育成技術を完成できれば、魔物の多いワオスラ山の峠を越えて、隣国でありながらほとんど関係のなかったハイスレアと交流を持てる可能性が? しかも技術供与と引き換えに、ハイスレアの港を租借できるかも? 殿下すごおおおい!』
あれっ? マリー嬢は僕の話をわかってくれるじゃないか。
僕の話は専門的な上に言葉足らず、しかも様々な分野に跨るので、理解させるのにすごく手間がかかるのだ。
専門家でさえ一部しか理解してくれない。
だから他人と話をするのが嫌いだった。
余計な時間を取られるのは苦痛だ。
マリー嬢と話をするのはすごく楽しいな。
つい調子に乗って様々なことを話してしまった。
『ありがとうございます。殿下のお話を楽しく堪能させていただきました。でもわたしに話してしまってよろしかったのですかあ? 我が国の将来に関わる構想がてんこ盛りでしたけど?』
よろしくはない。
が、ここで閃いた。
マリー嬢を関係者、つまり婚約者にすればよいと。
僕の婚約者選びは難航していた。
予想はしていた。
僕の話なんか、普通の令嬢が聞いて面白いことなんてないから。
一方で僕がファッションやスイーツの話をして何の役に立つか、という思いがあった。
僕の才はトレノール王国の発展に使うべきだ。
僕を補佐してくれるパートナーが必要だった。
マリー嬢ならピッタリだ!
早速父陛下に相談した。
『マリー・シンクレア伯爵令嬢? そなたの婚約者候補名簿にない名前ではないが……』
一番下の方なんだろうな。
マリー嬢はおそらくあの精神年齢の低そうな喋りで誤解されているのだ。
伯爵令嬢だから一応名簿に載ってるだけだと見た。
父陛下が聞いてきた。
『マリー嬢のどこを気に入ったのだ?』
『顔が好み』
『ウォルターの言うことは本当にわからん!』
いや、マリー嬢の良さを語るのは難しいの。
説明下手の僕が言ったんじゃ伝わらないと思う。
顔が好みなのは本当。
マリー嬢のすごいところは、興味の対象がメチャクチャに広いところだ。
もう手当たり次第。
一般の令嬢が好むようなことも当然網羅しているから、友達が多い。
僕は交友関係が狭いから、マリー嬢の顔の広さは地味にありがたい。
ややこしくて実現するのが難しいと思っていた計画も、マリー嬢がいればイケるのかも。
どこへ行くのでもマリー嬢を伴うようになった。
相手に話が通じやすいから。
父陛下もマリー嬢の有用性を理解してきた。
そう、マリー嬢は僕に必須。
マリー嬢は僕の婚約者になった。
いいんですかあ? と不安そうな顔を初めて見せたが、僕には君しかいないんだ。
決定すると弾けるような笑顔を見せてくれた。
その顔は大好き。
おまけに婚約後は、僕がどういう人間かということを拡散する役割も果たしてくれている。
無口と思われている僕は、社交も得意ではないからな。
でもマリーがいれば大丈夫。
「殿下、どうしたんですかあ?」
「いや、マリーがくたびれているかと思ってね」
今日のお妃教育が終わったタイミングで様子を見に来た。
でもマリーのジャンルを問わない知識と好奇心は、お妃教育にも有効らしい。
進捗も早いみたい。
おいしそうにお茶でのどを潤すマリーは、クリの実を抱えるペールシロリスに似ている。
ペールシロリスは人懐こいがために乱獲され、現在は希少種になっている。
保護区を制定できないものか。
いや、全然関係ないことだった。
マリーは可愛い。
「えへへ。平気ですよお」
「今日は将来の話をしようか」
「トレノール王国のですかあ?」
「広い意味ではそうだね。要するに僕とマリーの将来についてだけど」
マリーの顔が赤くなった。
今の僕の発言はわかりやすかったんじゃないかな。
マリーにおんぶに抱っこじゃいけない。
ともに歩んで行こうじゃないか。
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