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狂幻ワルツ

 悲しくない。最初から独りぼっちだから。

 淋しくない。いつか来る終わりを知っていたから。

 だけど、だけど――。



『ねえ、どうして無視するの?』

 囁く声は届かない。

『約束はどうなるの? ねえ!』

 嘆きももはや、虚空に響いて。


『だから人間なんて、嫌いなんだ!!』


 そうしてまた、繰り返すと頭では分かっていた。

 仲間達は割り切っている。楽しんでさえもいる。自分には、どうしてもそれが出来ない。先は長いのに、擦り切れてしまいそうだ。

 妖精にとって、楽しむ心は無くてはならないもの。そしてそれを失って黒い妖精になってしまえば、退治されてしまう。

「……なるほど。つまり、その繰り返しを止めたくてここに来たのかな。妖精さんは」

 妖精の話にマイラが苦笑して、目の前でクッキーを齧る小さい体に羽根の生えた少年姿の妖精を見やる。

「そうだよ。人間はすぐにボクらから離れる。もう、うんざりなんだ。だから、一番楽しかった記憶だけをずっと聴いてれば、新しい出会いも無くなるよね?」

 妖精はため息を盛大についた。クッキーやお茶がいくら美味しくても、気持ちが晴れないのは人間のせいだ。

 仲間達のようになれない理由は分からないが、人ならざる者が持ってきた情報通りなら、この店で自分は変われるはず。

「うーん、そうとは言い切れないけれど、確かに妖精の在り方としては辛いよね。でも、妖精はお金が払えないだろう? 僕たちも慈善事業でやってないよ」

 マイラの言葉に、妖精はクッキーを皿に置いて、くるりと一回転した。

 キラキラした光と共に、宝石のようなものが現れる。

「妖精の涙さ。ボクは皆よりも悲しい思いをしてるから、簡単に生み出せる。でも、本来ならとっても珍しい代物だよ。これでどう?」

 雫の形をした虹色の小さな宝石を手にして、マイラが少し考えて頷く。

「……うん、これでも充分かな。君の体に合わせるとかなり小さい音箱になるけど、思い出の品はあるの?」

「あるよ。……これ」

 妖精はまた一回転して、全く別の宝石を出した。

「こっちは、ボクの思い出をそのまま埋め込んだ宝石さ。これを手放したら、楽しかった記憶ごと消えるけれどね」

 空色の宝石もまた、小さいが煌めいている。妖精にとっては大事な思い出だ。

「スタイラを待つまでもないみたいだね。じゃあ、ちょっと時間がかかるけど……一ヶ月。また一ヶ月後においで。代金は前払いって事にするよ」

 どうやら、引き受けてもらえるらしい、と妖精は喜んだ。宝石を渡した途端、どこか空虚な気持ちになったが、この先を考えたらむしろいいのかもしれない。

 そうして店を出た後、いつもの場所に戻った妖精は、少し疲れて、花の上で眠ってしまった。



 人間は、嘘つきだ。

『また遊ぼうね!』

 そう言ったくせに、居なくなる。

 そんな風に裏切られてを繰り返しては泣いて、仲間にも笑われた。

『人間を信じ過ぎだよ』

『あたし達が騙さないと』

 悪戯も下手で、すぐ気付かれてしまう。

『何してるの!? 出ていけ!』

 妖精は嫌われ者なのだ。好きだと言う人間の方が珍しい。

 だから、その珍しさに虜になってしまった。

 優しさを知ってしまった。

『可愛い! 話し相手になってくれるの?』

 ずっとベッドに居た少女は、いつでも待ってくれていた。

 花をプレゼントしたら、押し花の栞にしていた。

 いいよって言われたから悪戯をしたら、笑ってくれた。

 本当に、本当に楽しかったのだ。あの日までは。


『居ない……?』


 ある日、少女はベッドに居なかった。むしろ、ベッドしか無かった。

 がらんとした空気の中で、妖精は少女を待った。明るかった外が真っ暗になっても彼女は居ないままだった。

 理由も分からず、ただ、もう二度と会えないと分かって妖精は泣いて帰った。

 あの日以来、妖精と出会う子供達は、ある日突然居なくなるのが通例で。

 今度こそ、と思っても同じ結末を繰り返していく度に、泣きながら黒い何かに呑み込まれそうになっていた。

 そんな妖精の元にある日、珍しい通りすがりがやって来た。


『あれまあ、危険な妖精が居るやないの』


 獣の耳を持つ、人の姿をした、そうではない存在。

『何故に、そのようになってるんや? あっちに話してみい。気ぃ紛れるかもや』

 鬱屈していた妖精は、人間への恨みつらみを吐き出した。途中からは泣きながらだった。

 太陽が天辺から西に傾く頃にやっと話を終えた妖精に、人でない者は告げた。

『あんた、このままでは呑まれてしまうんとちゃう? そんな気配がするわ。今から言うとこ、探してみ? もちろん、お代は必要やけどな』

 ――そうして、妖精は辿り着いた。


「……行かなきゃ」

 一ヶ月後に、どこか虚ろな目をして呟く妖精の周りに、仲間は居なかった。



 普段よりも気を遣ったオルゴールは、指で摘めるほどに小さい。

 だがその分豪奢で、キラキラとしていた。

 マイラは持ち主を待っていたが、ドアが開いた瞬間、気を張り詰める。

「……妖精さん」

「……ボクの、宝物を……ちょうだい、早く」

 一ヶ月前よりもずっと淀んだ空気に包まれた妖精は、今にもどうにかなってしまいそうだった。

 マイラは慌てて、オルゴールの蓋を開けて言う。

「ほら、君の思い出だよ」

 流れる音は、日差しのように煌めいていて、どこか切ない。

「う、うぅっ……うあぁっ!」

 だが妖精は頭を抱え、振り乱す。苦しんでさえいるようだった。

「ああっ、うわあぁん、うわぁ……っ!」

 そして泣きながらオルゴールを奪うように抱えて、店を飛び出して行ってしまった。

「……黒い妖精、か。さよなら。気の毒な妖精さん」

 一ヶ月前から、兆候はあった。あの妖精の周りには、黒い靄がかかっていたのだ。

 これでも急いだ方だが、やはり、手遅れだったらしい。

 この先元に戻る事もなく、あのオルゴールだけを抱えていくのだろう。

 自分達の作ったものの末がこういう時は、マイラでも哀しく思う。

 だが、それさえも経験として、必要として、同じく抱えていくしかないのだ。

「もしかしたら、変われるだけいいのかな……。いや、そういう話でもない、か」

 マイラの独り言は、店の空気に溶けて消えた。



 噂がいつからか流れ出した。


『森の奥にある大木には、近づいちゃいけないよ』

『何故かって? その大木から音が聞こえたら、そこには黒い妖精が居る。不幸になるよ』


 どこかの小さな村の近くの、大きな森。

 オルゴールの音が聞こえたら、すぐに引き返せと、村人は口を揃えて言う。


 そこには、気の狂った黒い妖精が居るから――……。

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