狂幻ワルツ
悲しくない。最初から独りぼっちだから。
淋しくない。いつか来る終わりを知っていたから。
だけど、だけど――。
※
『ねえ、どうして無視するの?』
囁く声は届かない。
『約束はどうなるの? ねえ!』
嘆きももはや、虚空に響いて。
『だから人間なんて、嫌いなんだ!!』
そうしてまた、繰り返すと頭では分かっていた。
仲間達は割り切っている。楽しんでさえもいる。自分には、どうしてもそれが出来ない。先は長いのに、擦り切れてしまいそうだ。
妖精にとって、楽しむ心は無くてはならないもの。そしてそれを失って黒い妖精になってしまえば、退治されてしまう。
「……なるほど。つまり、その繰り返しを止めたくてここに来たのかな。妖精さんは」
妖精の話にマイラが苦笑して、目の前でクッキーを齧る小さい体に羽根の生えた少年姿の妖精を見やる。
「そうだよ。人間はすぐにボクらから離れる。もう、うんざりなんだ。だから、一番楽しかった記憶だけをずっと聴いてれば、新しい出会いも無くなるよね?」
妖精はため息を盛大についた。クッキーやお茶がいくら美味しくても、気持ちが晴れないのは人間のせいだ。
仲間達のようになれない理由は分からないが、人ならざる者が持ってきた情報通りなら、この店で自分は変われるはず。
「うーん、そうとは言い切れないけれど、確かに妖精の在り方としては辛いよね。でも、妖精はお金が払えないだろう? 僕たちも慈善事業でやってないよ」
マイラの言葉に、妖精はクッキーを皿に置いて、くるりと一回転した。
キラキラした光と共に、宝石のようなものが現れる。
「妖精の涙さ。ボクは皆よりも悲しい思いをしてるから、簡単に生み出せる。でも、本来ならとっても珍しい代物だよ。これでどう?」
雫の形をした虹色の小さな宝石を手にして、マイラが少し考えて頷く。
「……うん、これでも充分かな。君の体に合わせるとかなり小さい音箱になるけど、思い出の品はあるの?」
「あるよ。……これ」
妖精はまた一回転して、全く別の宝石を出した。
「こっちは、ボクの思い出をそのまま埋め込んだ宝石さ。これを手放したら、楽しかった記憶ごと消えるけれどね」
空色の宝石もまた、小さいが煌めいている。妖精にとっては大事な思い出だ。
「スタイラを待つまでもないみたいだね。じゃあ、ちょっと時間がかかるけど……一ヶ月。また一ヶ月後においで。代金は前払いって事にするよ」
どうやら、引き受けてもらえるらしい、と妖精は喜んだ。宝石を渡した途端、どこか空虚な気持ちになったが、この先を考えたらむしろいいのかもしれない。
そうして店を出た後、いつもの場所に戻った妖精は、少し疲れて、花の上で眠ってしまった。
※
人間は、嘘つきだ。
『また遊ぼうね!』
そう言ったくせに、居なくなる。
そんな風に裏切られてを繰り返しては泣いて、仲間にも笑われた。
『人間を信じ過ぎだよ』
『あたし達が騙さないと』
悪戯も下手で、すぐ気付かれてしまう。
『何してるの!? 出ていけ!』
妖精は嫌われ者なのだ。好きだと言う人間の方が珍しい。
だから、その珍しさに虜になってしまった。
優しさを知ってしまった。
『可愛い! 話し相手になってくれるの?』
ずっとベッドに居た少女は、いつでも待ってくれていた。
花をプレゼントしたら、押し花の栞にしていた。
いいよって言われたから悪戯をしたら、笑ってくれた。
本当に、本当に楽しかったのだ。あの日までは。
『居ない……?』
ある日、少女はベッドに居なかった。むしろ、ベッドしか無かった。
がらんとした空気の中で、妖精は少女を待った。明るかった外が真っ暗になっても彼女は居ないままだった。
理由も分からず、ただ、もう二度と会えないと分かって妖精は泣いて帰った。
あの日以来、妖精と出会う子供達は、ある日突然居なくなるのが通例で。
今度こそ、と思っても同じ結末を繰り返していく度に、泣きながら黒い何かに呑み込まれそうになっていた。
そんな妖精の元にある日、珍しい通りすがりがやって来た。
『あれまあ、危険な妖精が居るやないの』
獣の耳を持つ、人の姿をした、そうではない存在。
『何故に、そのようになってるんや? あっちに話してみい。気ぃ紛れるかもや』
鬱屈していた妖精は、人間への恨みつらみを吐き出した。途中からは泣きながらだった。
太陽が天辺から西に傾く頃にやっと話を終えた妖精に、人でない者は告げた。
『あんた、このままでは呑まれてしまうんとちゃう? そんな気配がするわ。今から言うとこ、探してみ? もちろん、お代は必要やけどな』
――そうして、妖精は辿り着いた。
「……行かなきゃ」
一ヶ月後に、どこか虚ろな目をして呟く妖精の周りに、仲間は居なかった。
※
普段よりも気を遣ったオルゴールは、指で摘めるほどに小さい。
だがその分豪奢で、キラキラとしていた。
マイラは持ち主を待っていたが、ドアが開いた瞬間、気を張り詰める。
「……妖精さん」
「……ボクの、宝物を……ちょうだい、早く」
一ヶ月前よりもずっと淀んだ空気に包まれた妖精は、今にもどうにかなってしまいそうだった。
マイラは慌てて、オルゴールの蓋を開けて言う。
「ほら、君の思い出だよ」
流れる音は、日差しのように煌めいていて、どこか切ない。
「う、うぅっ……うあぁっ!」
だが妖精は頭を抱え、振り乱す。苦しんでさえいるようだった。
「ああっ、うわあぁん、うわぁ……っ!」
そして泣きながらオルゴールを奪うように抱えて、店を飛び出して行ってしまった。
「……黒い妖精、か。さよなら。気の毒な妖精さん」
一ヶ月前から、兆候はあった。あの妖精の周りには、黒い靄がかかっていたのだ。
これでも急いだ方だが、やはり、手遅れだったらしい。
この先元に戻る事もなく、あのオルゴールだけを抱えていくのだろう。
自分達の作ったものの末がこういう時は、マイラでも哀しく思う。
だが、それさえも経験として、必要として、同じく抱えていくしかないのだ。
「もしかしたら、変われるだけいいのかな……。いや、そういう話でもない、か」
マイラの独り言は、店の空気に溶けて消えた。
※
噂がいつからか流れ出した。
『森の奥にある大木には、近づいちゃいけないよ』
『何故かって? その大木から音が聞こえたら、そこには黒い妖精が居る。不幸になるよ』
どこかの小さな村の近くの、大きな森。
オルゴールの音が聞こえたら、すぐに引き返せと、村人は口を揃えて言う。
そこには、気の狂った黒い妖精が居るから――……。