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相思旅路

 忘れてしまう。何度も。

 手記を読み返しても、写真を見ても。

 思い出せなくなる。蜃気楼のように。

 だから「その話」は、きっと最後の記憶だったのだろう。



 人々の記憶が集まる『忘却の岬』。

 そこには、様々な漂流物がある。

 例えば、装飾品。例えば、ボトルメール。そして稀に、マイラ達が作った音箱も。

 その稀な例にうっかり再会したマイラは、苦笑して箱を拾い上げる。蓋を開けると、歪な音が鳴った。

「うん……うん。そうか。持ち主は、望んで捨てたんだね。なら、仕方ないな」

 マイラはそれを持っていた袋に入れた。そもそも、海に物を投げ捨ててはいけないのだ。自分達が作った物なら、責任を持って処分する。

 マイラもスタイラも、音箱の主が分かる為、こうして捨てられた場合は、基本的にその人物は二度と店に入れないようにする。こちらが丹精込めて作った物を何度も捨てられたくは無いからだ。

 マイラは部品探しに戻ろうとして、いつの間にか人が居ることに気付いた。

「あれ、あなたも拾い物ですか? それとも、探し物?」

 気さくに声をかけると、相手はぼうっとしていたのか、数秒してハッとした顔になり、頭を横に振る。

「いかん、いかん。……儂は、思い出しに来たんじゃ」

「忘れるための場所へ、思い出しに?」

「ああ。少年、儂の昔話に付き合ってはくれんか? なに、拾い物をしながらでいい」

「まあ、いいですけど……長居はしませんよ」

 見ず知らずの少年に聞き手を求めるとは、もしかして独身で家族も居ないのだろうか。

 ともあれ、浜辺を物色しながら、マイラは老人の話に耳を傾ける事にした。

「儂は昔、旅人じゃった。たった数日の滞在で終わった場所もあれば、数ヶ月長居した所もある。その度に、この手帳に日記を付けていたんじゃ」

 そう言って老人が懐から取り出したのは、ボロボロの手帳と、それに挟まった古い万年筆。

 それを開くと、びっしりと文字が描かれていた。

「じゃがな。これを開いても、最近は記憶が曖昧なんじゃよ。これが『老い』というものかもしれんの。しかし、儂は忘れたくはないのじゃ」

 マイラは、どうしたものか、と困惑した。自分達の店は、通常、見つけてもらう事がメインだ。客寄せめいた事をするつもりもない。

 しかし、目の前の老人は本気で困っているようにも思う。

「忘れたくないのは、思い出全て、ですか?」

「そうさの……。欲を言えば、その通りじゃ。どれもかけがえのない旅路、儂の人生じゃからの」

「では、たった一つだけ残せるとしたら?」

「これはまた、難解な選択じゃの。生涯覚えていられるのならば……おお、そうじゃ。たった一夜の夢、じゃの」

 思い出したように老人は語る。

「あれはいつじゃったか。この手帳のどこかにも書いてあるじゃろうが、とある村に立ち寄ってな。そこの祭りに参加したのじゃよ。当時の儂はまだまだ若く、じゃが、色恋には疎かった。村娘の誘いに乗り、祭りを楽しみ、酒に飲まれてしまってのう。恥ずかしい限りじゃが、あれは夢じゃった事にしよう、と、儂は朝早くにその村を去ったんじゃ」

「それは……娘さんが望んだからですか?」

「いいや。儂の独断……のはずじゃな。どちらにせよ、村には残らんかった。それからは気を付けておったが、気付けばこの歳。この街に腰を落ち着け、偶然出逢った嫁と、その息子と、穏やかに暮らしておる」

 マイラはそれを聞いて首を傾げた。満足しているようなのに、何故、過去に執着しているのだろうか。

 老人もその疑問に行き着いたのか、短く笑い、頷いて答える。

「儂の半生は、旅じゃ。語れるものは、旅路しか残っておらぬ。この手帳も埋め尽くし、筆も長く使っておらん。そしてこの先もそれは変わらんじゃろう」

「では、何故、そんなにも寂しそうなのですか?」

「郷愁、というものじゃよ。しかし、忘れてしまえばその感情も薄れる。現に儂は、この手帳に書かれたほとんどを、忘れかけておるのじゃ。儂はそれが嫌での」

「何か一つでも、語れる旅を残したいんですね」

「ああ、そうじゃ。このような老いぼれの記憶でも、宝には変わらんのでな」

 手帳と万年筆をしまいながら、老人はそのまま、しばし黙り込んでしまう。

 その数十秒後に、ハッとして顔を上げた。

「む、すまぬ。少年、儂は長くない。今こうして会話しておるが、明日には忘れてしまうであろう」

「記憶の保持には、限界がきてるんですね」

 それだと、依頼を受けても難しいかもしれない。

 そして何より、記憶の劣化が激しいと、正確な音が作れなくなる事が問題だ。

「おじいさん。もし、本当に残したい記憶がありましたら、音箱屋という店を探して下さい。今のおじいさんなら、ギリギリ作れますよ」

「おお、本当か! それはいい事を聞いた。是非とも、立ち寄らせてもらおうかの」

「……じゃあ僕は、そろそろ行きますね。そちらも、お気を付けて」

「うむ、ありがとうよ、少年」

 あらかた拾い物が終わったマイラは、そのまま帰宅する。

 そして、いつも通りの作業や接客を始めるのだった。



 岬での奇妙な邂逅から二週間後。

 スタイラがカウンターに居る時間に、珍しい客が訪れた。


「すみません。こちらが思い出の一箱を作ってくれるお店ですか?」


 初老の女性が、店の雰囲気に呑まれそうになりつつも入ってきた。

「合ってるわよ。あなたも、音箱を作りに来たの?」

「そうとも言えますし、そうでないとも言えます……。実は、夫が亡くなり、遺品整理をしていたら、こちらを見つけて」

 女性はカバンから古びた手帳と万年筆を出す。

「本来の持ち主は夫でした。しかし、夫は物忘れが多く、亡くなる直近には己のことすら忘れかけていた程でした。ですから、これを使って、夫の記憶を一部でも再現出来たらと」

「もう亡くなった人の事でしょう? これらの持ち主があなたでなければ、箱は開かないわよ」

「いいえ。私が居るはずなのです、この中に」

 何故か自信ありげに女性が語る。

「かつて彼が旅をしていた時に立ち寄った村の一つ。そこであった出来事が記されていたのなら、きっと持ち主の相続も可能なはずですから」

 そこまで言うなら、とスタイラは手帳に触れた。

 そこに刻み込まれた記憶の残滓を読み込んでいく。そして――辿り着いた。

「あった……」


『××××年、××月×日。

 私としたことが、一時の過ちを犯すとは。大事になる前にここを去ろう。どうか、新たな命が芽生えない事を祈る。身勝手で申し訳ない気持ちだが、せめてもの避妊薬を置いていく』


「無責任ね」

 スタイラは吐き捨てるように言った。

 しかし女性の方は首を横に振り、告げる。

「私はその薬を飲みませんでした。結局、新しい命は芽生えませんでしたし、私、本気で引き止めたくて深酒をさせたんですよ」

「こ、行動的なのね。それで、どうやって居場所を突き止めたのよ」

「はい。彼の後を追いかける形で、聞き込みなどを通して足取りを掴んでいきました。そうしてやっと会えた時、彼は私の事を忘れていて……。あれほど、悲しかった事はありません」

 それはそうだろうな、とスタイラも納得する。

 好いた男の為に長い時間をかけたのだ。報われなくては、悲しいだけである。

「なので、半ば押しかけで妻にしてもらいました。彼も旅を辞めたところだったので、ちょうどいい頃合いだったのだと思います」

 そこからは普通の家族として過ごしてきた。

 だが、夫が徐々に物事を忘れ始め、それが加齢による弊害と知った時、いつかは自分や息子さえも忘れるのは必然だった。

 息子もいい年だ。そろそろ嫁の一人でも連れてくるだろう。

 そういった思い出の一つずつが夫の中で消えていくのは、寂しいに違いない。

 スタイラは、万年筆を手に取ると、手帳からその記録だけを抜き取り、女性に返した。

「ご依頼、確かに承りました。一月後、取りにいらして下さい」

「よろしくお願いします……」

 そうして、女性は店を後にした。

 スタイラは奥に行き、マイラに声をかける。

「ねえ、また変な依頼が来たんだけど」

「あれ、その万年筆……。ご老人かい?」

「違うわよ。初老の女性。持ち主は亡くなったそうよ。なに、知り合い?」

「うん、まあ一応。そっか……」

 少しばかり落ち込むマイラの背中を叩いて、スタイラは言う。

「さ、仕事するわよ。ちゃんとしたの作らないと、ね」

「そう、だね」

 ぎこちなく笑って、マイラは万年筆を受け取ったのだった。



 一ヶ月後、マイラはとある屋敷に来ていた。

 終わったら届けて欲しい、と一週間前に手紙が届き、完成したオルゴールを持って来たのである。

 そこそこ立派な屋敷は、まだ喪中の為か、屋敷全体に黒いカーテンが下ろされている。

 通行証として家名入りのカードが付いてきた為、それを使う事にするが、それにしても三人で住むには広すぎやしないか。

 そんな疑問は、家の中で解消された。

 応対した依頼客の女性が言うには、屋敷のあちこちに置かれる物を、生前、主人だったあの老人が集めていたらしく、傍目にはガラクタにしか見えないものから、見るからに芸術品といったものまで、雑多に置かれているらしい。

 売るにも捨てるにも困っているらしいが、さすがに今回の品は手放さないと言っていた。

 改めて、ラッピングされた箱を置くと、その場で女性はラッピングを広げていく。

 そして箱から取り出されたオルゴールをしげしげと見つめて、そっと蓋を開ける。

「ま、まぁ……」

 流れる音色はどこか蠱惑的な雰囲気があり、夜の夢、といったイメージにも合っている。

 これをあの老人が聴いていたら、どんな反応を見せただろうか。

 だが、もうそれを見る事は叶わない。全ては過ぎ去った幻想。奏でられているのは、あくまでも思い出だ。

「お気に召しましたか?」

「ええ。良い曲ね。昔の私に戻ったみたい」

「それは何よりです。どうか長く、大切になさって下さい」

 これで仕事は終わりだ。支払いを受け取り、マイラは最後に、とある場所を聞き出して、その足で目的地へと向かった。



 墓地はどれが誰のか、すぐにはわからない。

 しかし生前寄与で、ある程度のお金を出している人は、立派な墓石が建てられていた。

 その中の一つの前で、マイラは立ち止まる。

「お客様の中でも、特別にお作りしました。どうか、天国までこの音が届きますように」

 あの女性に渡した物とは別の、小さなオルゴール。タダ働きだとスタイラは言っていたが、色々な条件の代わりに作ってくれた。

 小さなオルゴールの音は、静かに墓碑の前で流れる。

 それは静かながらも長い旅路を辿ってきた、まさしく彼のような曲。

 蓋を開いたまま、マイラはその場を立ち去る。そのオルゴールが捨てられるか風化しない限りは、流れ続けるだろう。彼の死を悼み続けるように。



 忘れて欲しくない。それは誰もが持つ感情。

 覚えていたい。それも、当たり前の心。

 だが、人はいずれ忘れられる。覚えていられなくなる。

 それを拒む物たちの為に、音箱屋は今日も、店を開ける――。


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