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共鳴装置

 新作は旧作を超える。

 ならば、いずれはこの体も不要とされるのかもしれない。

 その前に――遺したかった。



 音とは、記憶の一部だ。

 動物の鳴き声、雑踏の音、そして時には静寂さえも。

 だからスタイラは、どんな音も不要としない。

 他のどんな人間が不快に思おうとも。

 そして、音を生むのが記憶である。

 スタイラは音箱の中の音を担当しているが、それを鳴らす装置も同様に彼女が作っていた。

 依頼があった分を終えたスタイラは、たまに店でマイラの代わりに立つ。接客は得意ではないが、箱作りに没頭している彼ばかり働かせるわけにはいかない。

 カウンターに出たと同時に、扉が開いて小さな鐘の音を鳴らした。

「いらっしゃいませ」

 一応の挨拶をすると、目深に帽子を被った、背の小さい客がキシキシと音を立てて歩いてくる。

 その音は床ではなく、客自身から聞こえてきて、スタイラは怪訝になった。

「あノ、ここが、人々の間デ噂に聞く、不思議ナ音箱の店、デすカ?」

 カウンターまで来た客は、どこかおかしな口調と声で問いかけてくる。

 しかしスタイラとて、長年この店をやってない。胡乱な客の問いにすぐ頷いた。

「ええ、『記憶をオルゴールにする店』なら間違いなくここよ」

「それハ良かった。実は依頼ヲしたくて参りマした」

「……そう。まずは話を聞こうかしら」

 スタイラはそう言って、扉の外へ出る。閉店、の札にして扉を閉めると、客をソファに座らせて、ふと思い出したように尋ねた。

「あなた、お茶は飲める?」

「……いエ。不要です」

「そう。じゃあ少しだけ待ってて」

 客の返答にそう告げて、一旦マイラの様子を見にスタイラは戻る。

「ねえマイラ、新しいお客様だけど」

「ごめん、手が離せないんだ」

「分かったわ」

 マイラは本当に忙しい場合、普段よりそっけなくなる。それはけして不機嫌だからではなく、作業に割く意識を最大限にしているからだ。

 一人で客の所に戻ったスタイラは、そのまま自分もソファに座り、真正面から相手を見て言った。

「さて、あなたの依頼について話してもらえるかしら」

「マず、ワタシはヒトではありまセん。ワタシの識別番号は『P-1』でス」

「ぴーわん? 不思議な発音ね。それにかなり高度な人型機械……オートマタのようだけど、この国にそんな機関や研究所があったかしら?」

 他国からはるばるやって来る依頼人も居るが、流石に機械は初めてだ。内容次第では引き受けられないかも、とスタイラは思い始める。

「知らナくとも、仕方アりません。ワタシの居る研究所は、個人ノもの、でスので。名前は呼びにくイならバ、お好きナようにドうぞ。この機体も、そう長クはありマせんシ」

「いえ。大丈夫よ。じゃあ、あなたはどんな思い出を残したいの?」

 改めてスタイラが問うと、P-1は首を傾げた。

「思い出? トは?」

「……あー、そうね。残したい記憶、記録、とかはあるかしら」

「候補ハありマすが……人は、思い出をドうやっテ決めらレるのでスか?」

「人それぞれよ。でもあなた、機械じゃない。記録媒体みたいなのあるんなら、残す必要はないでしょ」

「いいエ!」

 がたん、とP-1は立ち上がる。だが、我に返ったのか、座り直すと帽子を取り、こめかみ付近にある突起を示して言った。

「ワタシの記録なド、マスターはモう、必要なイのデす。じきニ、新シい個体が……ワタシよりも優秀な後継機ガ、出来ルのデすから」

 がっくりとうなだれたP-1は、ぽつぽつと話を始めた。



 思えば、それは人にとって奇跡だったのかもしれない。

 ただの記録媒体と自動人形として作られた自分が、意思を持って行動したのを見て、マスターは確かに喜んだ。


『すごい、すごいぞ! オレの予想以上だ!』


 子供のようにはしゃぐマスターは、だが同時に落胆もした。自分は人間と同じように飲食までは出来なかったからだ。

 その分を機械だからこそ可能な限りで補ってきたつもりでいた。

 だが、知ってしまった。その事がいかに、マスターの心理的負担になっていたかを。

『止めろ、お前にこれ以上を求めたりしてないんだ』

 マスターの拒絶は、無いはずの痛覚を胸に感じた。そして、深夜にそっとマスターの工房を覗き込むと、そこには新しい組みかけの機械があって。

『次さえ……出来上がれば、きっと……』

 自分はどんどん、不要になっていく。

 そして気付いたのは、人間と同じく心がある自分にも、負の感情がある事。

 怒り、情けなさ、不安、恐怖。そういうものを抱えてしまっていると知って、しかもそれはこの体を余計に軋ませていると分かって、どうしようもなくなった。

 これ以上深く思考してはいけない。そうして、しなくとも良い買い出しなどをしながら聞こえてきたのは、奇妙な噂話。


『隣街に、不思議なオルゴールを作る店があるらしい』


 詳しく尋ねると、どうやらその店では記録媒体を作っているらしかった。

 それだ、と思った。形に残しさえすれば、マスターの心にも遺ると。

 どうあれ、何か自分だったものを残したくて、自分は音箱屋と呼ばれるこの店に来た。それだけの意思で。

 問題は、噂以上に複雑な仕様だった事だろう。

 持ち主以外には開ける事も出来ないのが普通。更に思い出と呼ばれる、たった一つの体験のみしか形に出来ない。それにも、記録の損失を伴うという。

 心を持ってしまったオートマタの道は、ここで行き止まりになってしまったのだった。



「まあ、自律思考が可能なオートマタなんて、そうそう居ないから、あんたの出来は凄いんじゃないかしら。それに、感情があるのは明らかだし、記録を使って作る分にはいいわよ。ただ、思い出だけはどうにか自分で決めて。こっちが勝手に決められるものじゃないから」

 話を聞いたスタイラは、同情も無くきっぱりと言う。

 元より、マイラよりも他人に共感しないのだ。機械相手でもそれは変わらない。

 しかし、説明の手間を省く事はしなかった。

「そのメモリ装置とかいうの、全部の記憶入ってるんでしょ。それが人間の記憶そのものと同じなの。こっちも商売だから、きっちり理解して依頼してもらわないと困るのよ」

「ア……」

 P-1が困惑して、帽子を握りしめる。

「思い出……大事な記録……ア!」

 だが、ふと思い出したように、帽子を深く被って立ち上がると、深くお辞儀をした。

「そうイう事でしタら、思い当たル物がありマす。また後日来まスので!」

 そう言って、キシキシと音を立てて出て行ってしまった。

 呆然と見送っていたスタイラは、だがハッとして頭を振る。

「やれやれ、とんだお客ね。一体何を持って来るのやら」


 そして数日後、P-1が持って来た物をスタイラはメモリ装置の一部記憶と共に預かることとなる。



「P-1。お前をオーバーホールする事にしたよ」

「そレは、こノ体ヲ、廃棄すルと?」

「似たようなもんだ。新しい体は用意してある。だから安心して――」

 ああ、遂にこの時が来てしまったか、と軋んだ音を立ててP-1は頷く。

「知っテます。わカり、マした」

 あれからすっかり、体は更に歪んで、メンテナンスも追い付けなくなっていた。

 それでも、間に合った。耳に接着した部品を見せて、マスターに言う。

「お願いガ、ありマす。新しイ機体に、このパーツを組み込んデ下さイ。そレが無いト、音箱ガ起動しナいのでス」

「何を言うんだ? お前は……」

「ソれではサようナら、マスター。ワタシは、幸せ、デした」

 作業寝台に、自ら体を横たえる。目を閉じて、自分を呼ぶマスターの声を遠ざけながら、体の機能が次々とシャットダウンされていく。

 そして全てが闇と静寂になり、P-1はその機能を全停止したのだった。



「はー、今回は骨が折れたわ」

「でも面白い依頼だったね。スタイラはてっきり、断ると思っていたよ」

「何言ってんのよ。仕事は仕事。そこら辺はきっちりしないと」

 機械の記憶をオルゴールにするのは、少しだけ手間がかかった。

 何しろ初めての試みだ。上手くいかなければ記憶を返却する事になるが、その時にはもう存在していないかも、と言われていたのだ。それでは困る。

 だが、苦労の甲斐あって、音箱は完成した。

「でも謝礼が不要の部品ってのだけは、釈然としないけどね!」

「仕方ないさ。とはいえ状態もいいし、僕たちの作る音箱の部品として加工するには文句なしだ。材料費が浮いたと思おう」

 普段の請求は金銭なのだが、あのオートマタはお金が無いと言って、そこそこいい部品をかき集めて持って来たのだ。足元を見たのではなく、それしか無かったのだろうが、しばらくは節約かもしれない。

 と、その時、ベルの音が聞こえた。

 二人で出てみると、そこには見知らぬ男性。

 白衣を纏ったその男性は、清潔感こそあるものの、クマが深い。

「……前の娘が、世話になったらしいな。これは礼だ」

 どさりと袋がカウンターに置かれる。中身を確認すると、なかなかの額の金貨だった。

 しかしこんな大金を貰う心当たりがない。

「前の娘……?」

「ああ。来ただろ。キシキシ音のちょいチビな奴が」

 言われてスタイラが思い出す。キシキシ音、で覚えていたのだ。

「……ああ! あのオートマタ! じゃあ、あなたがマスター?」

「おう。で、噂によっちゃここでの支払いは下限からの言い値らしいじゃねえか。前の娘は不要な部品をかき集めてたから、もしやと思ってな」

 二人は顔を見合わせた。例のオートマタは、やはり不要として捨てられてしまったのだろうか。

「前の娘さんとやらは?」

 試しにスタイラが尋ねると、あっさりと男性は答える。

「オーバーホールした後、今の娘になったんだよ。今日は留守番させてるがな。ああ、安心しろ。オーバーホールってのは、機械を延命させる為の全部品の手入れだ。あいつは勘違いしてたようだから、誤解が無いように言っておく」

「へえ……それなら、良かったわ」

 何となくスタイラはほっとした。下手をすれば捨てられるかも、みたいな思い詰めた事も言っていたから。

「でも、いいんですか? これからも研究費などで必要でしょうに」

「そいつはお国からのおこぼれってヤツだ。気にすんな。しかしいい腕だ、あんたらの音箱ってヤツも。それに見合った値に、まさかケチ付けねえよな?」

「とんでもない。当店の腕を買って頂き、ありがとうございます」

 手放しに褒められ、マイラが一礼する。

 スタイラも、少し遅れて一礼した。

「前の娘さんと同様に、今の娘さんをどうぞ、お大事に」

「言われんでも。じゃ、達者でな。ありがとさん。……いい音をこれからも作れよ」

 ヒラヒラと手を振って、男性は店を出て行った。

 金貨の袋を奥に持っていき、二人は中で手を取り合った。

「やったわ、マイラ。今月一番の報酬じゃない?」

「お金に溺れるのは良くないけれど、価値や腕が認められて僕も嬉しいよ。スタイラ」

 節約が遠のいた。今夜くらいは贅沢な食事にしてもいいかもしれない。そう思ったが。


『すみませーん、どなたかいますかー?』


 ……そんな声が店の中から聞こえて、やっぱりいつも通りの夜になりそうだな、と二人は苦笑して次の客の前に出るのだった。



 オルゴールを開く度、自分の体からキシキシという音が聞こえるような気がして、いつも確かめる。

 だが実際はもう、そんな音は鳴らない。全ては前の体の記憶だ。

 機械にさえ錯覚を起こすこのオルゴールの音色は、耳に装着されたイヤリングと共鳴して記憶を鮮明に呼び覚ます。

 このイヤリングとピアスは、マスターからの初めての贈り物だった。人間に興味を持ち、そして服飾品に惹かれたかつての自分に、マスターが作ってくれた。この音箱を開く度に、その記憶が鮮明なものとして記録に上書きされる。

 新たな名前――今度は人間らしいものを与えられた、かつてP-1だった彼女は、音が止むと同時に白い天井を仰ぐ。

「記憶の定期定着、完了。また一ヶ月後に同様の行動をリマインドします」

 音の止んだ音箱の蓋を閉じる。蓋には、ピアスだった装飾品が取り付けられていた。


 音箱は何度でも奏でる。

 同じ音色、同じ記憶を。


 だから決して、前の自分は無為では無かったのだと、そう信じ続けられるのだ。

 そうして小さな音箱は、専用のケースに仕舞い込まれる。再び鳴る時を待ちながら。


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