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虚想の中身

 二年前の雪の日に、彼と出会って。

 自分達は密かに想い合ってきた。

 それなのに何故、彼は遠くへ行ってしまうのだろう。

 そんなのは、耐えられなかった。



 イルーナには、想い人がいる。

 優しくて紳士的で、少し恥ずかしがり屋な人だ。

 そんな彼と初めて出会ったのは、彼が働く大きな宝石店だった。

 大人になった自分へのご褒美として、宝石のついたネックレスを買いに行ったのが、その店。

 長い時間をかけて真剣に悩んでいた自分に、彼は根気よく寄り添ってくれた。

 そして選んだのが、真っ青なサファイア。彼と同じ目の色。

 そう言うと彼は喜んでくれた。その笑顔に心惹かれたのだ。

 それからはお守りのように毎日、欠かさずネックレスをつけている。

 そうしてイルーナは彼に、恋をした。

「それでね、これが新しいプレゼントなの」

「真っ赤なルビーのブローチ、ですね……」

「うっ……」

 思い出をオルゴールにする店、という噂を聞いて、イルーナはすぐに思い立った。

 辿り着いたのは、本当に小さな店。そして目の前の少年と少女が、店主らしい。

 だが、少年は顔を曇らせ、少女は口元を押さえて俯いている。どうしたのだろうか。

「ね、ねえ。あなた、それ本当にプレゼント?」

「そうよ! 私と彼の邪魔をする女が居たんだけど、それを彼は取り上げて、私にくれたの!」

「その際、その邪魔をした人は……?」

「さあ? 居なくなったわ」

 消えた事は確実だ。だが、その直後に悲しい事が起きた。

「でも、彼は他国の支店に行ってしまったの。私までついて行く事は出来ないって言われて……この間、国を出てしまったわ」

 あっという間だった。このルビーをイルーナが貰ってから、すぐに彼は遠くへ行ってしまった。

 寂しい気持ちはあるが、どこの国に行ったかも分からない。

 そんな折にここの噂を聞いたのだ。これはもはや、運命だろう。

「そう、ですか。……スタイラ、やれそうかい?」

「え、ええ……何とか」

 大きな宝石を前に、たじろいでいるのだろうか。

 二人の顔色は良くないが、作ってもらわねばならない。

「お願いね? お礼は弾むわ」

 イルーナの言葉に、二人は頷いた。

「じゃ、じゃあ……記憶を、預かる、わね」

 少女がそう言うと、ふっと何かが抜けた気がした。

「半月で出来上がります。お忘れなきように」

「あら、半月もかかるのね。分かったわ」

 一つ一つ、手作りしているのだ。ある程度の期間が必要なのは、仕方ないだろう。

 少年の言葉に頷いて、イルーナは店を後にした。

 帰る途中で、ふと思い立つ。

 彼の行方が分からないなら、あの宝石店で働けばいいのではないか。

「そうね、そうすれば、あの人の行方も分かるわ」

 そう呟き、軽い足取りで帰路につくのだった。



 しかし、現実は甘くなかった。

「不採用って、どうしてですか!」

「悪いね。専門家でもない人間には、任せられないんだ」

「そんなの、これからいくらでも勉強します!」

「何と言われても、無理なものは無理だよ。それに君、この間転勤した彼に付き纏っていたらしいね。そんな危険な人間はどっちにしろ、雇えない」

 付き纏い、と言われてイルーナはショックを受けた。彼とは相思相愛のはずなのに。

「そんな! 誤解です!」

「とにかく、面接は以上だ。引き取ってくれ」

 にべもなく、イルーナは店を追い出される。

 それにしても、ひどい言いがかりだった。

「失礼ね! 付き纏ってなんかいないわよ!」

 吐き捨てて、家路につく。

 しかし、これでは彼の居場所が掴めない。

 元の彼の家に行けば、何か手掛かりがあるだろうか。

 そう考えて、道を変える。

 歩いている途中で、声を掛けられた。

「お姉さん、ちょっといいですか?」

「……誰?」

「警邏の者です。最近あった殺人事件について、調査しているんですが」

「はぁ、すいません、この辺はよく知らないです。それに私、今から恋人の家に行くので」

 イルーナはそんな事件に興味など無かったし、知りもしない。

 何より彼の家に行く時間の方が大事なので、先に断りを入れると、警邏の男は首を傾げた。

「恋人ですか? それなのにこの辺をよく知らないと?」

「ええ。それが何か?」

「おかしいですね。恋人の家に行くのにこの道を使うなら、少しは知ってるはずでは?」

「そんな事言われても。知らないものは知らないので」

 噛み合わない会話に、イルーナは苛立つ。まさかその、殺人事件の容疑者にでもされているのだろうか。

「もしかして、疑ってるんですか? たまたま通りがかった私を? ひどい!」

「あ、いや、そういうつもりではないですが」

「じゃあもういいですよね!? 失礼します!」

「ちょ、ま、待って……!」

 噛み付くように言ったイルーナは、再び歩き出す。後ろから追いかける声も無視だ。

 彼の家に着くと、合鍵を出して中に入る。

 家の中はほとんど何も残ってない。それでも、何か無いかとイルーナは家中を探し回った。

 そして、置き去りの棚の奥から、日記を見つける。

 開いてみると、そこにはその日その日の事が書かれていた。


『今日は彼女が家に来てしまった。知られたくなかったのに』

『今日は俺の愛する人が失われた。この悲しみを癒すには、どうすればいいんだ』

『他国への転勤が決まった。やっと彼女から解放される』


「……は?」

 イルーナは違和感に声を出す。

 この日記が彼のものなら、何かがおかしい。

 そして日記は、転勤先について何も書いてない。

 バシッと日記を床に叩きつけ、イルーナは親指の爪を噛んだ。

「あり得ない……! そうよ、日記なんて大事なものを、忘れるわけが無いわ。これは他の誰かの日記よ!」

 冷静に考えればそんなはずはないのだが、イルーナにとっては、もはやそれは彼の物ではない。

 それ以上はどれだけ探しても、手掛かりになるものはなかった。



 約束の半月が経ち、イルーナはオルゴールを受け取りに店へやってきた。

 中に入ると、双子が揃って待っていた。

「受け取りに来たわよ」

「はい、ではお代をお願いします」

 受け皿に金貨を数枚入れると、代わりにオルゴールが差し出された。

「どうぞ、記憶をご確認下さい」

「言っておくけど、あなたが望んだ記憶じゃなくても、こちらの責任じゃないわよ」

 引っかかる少女の言葉をよそに、美しい箱の蓋を開ける。

 途端に、全てを思い出した。


『ねぇ、あなた』

『はい……? どちら様ですか?』

 女は華奢で、背の高い美人だった。

『あなた、彼の何?』

『恋人、ですけど……』

『は? 恋人は私よ! 嘘は言わないで!』

 恋人なんて、あり得ない。自分以外になど。

 イルーナはそう信じて女に言い切った。なのに。

『あなたこそ……最近、彼に付き纏っているっていう女性ですか!? すぐにやめて下さい! 彼、迷惑してるんです!』

『違うわ! 私は彼を見守っているだけよ!』

『彼は優しいから、強く出られないんです。それに、もうすぐ彼はこの国を出ます。だから大事にならないようにしてるんです!』

 彼が居なくなると聞いて、目の前が真っ暗になった。

 それ以上に、自分さえ知らなかった事実を、女が知っていた事に嫉妬して。

『そう……私と彼の邪魔をしていたのは、あなたなのね』

 気付けば、護身用だったはずのナイフを握っていた。

『ひっ……! だ、誰か……!』

『消えなさい! 消えろ! 消えてしまえ!!』

 今なら、鮮明に思い出せる。人を刺した感触。何度も、何度も。

 そう、それで、彼が後から来て。

『な、何てことだ……!!』

『ねえ、邪魔な女を消してあげたわ。これからはずっと一緒よ』

 そっと声をかけたのに、その手は弾かれて。

『許さない! もしやこのブローチが目当てか!? ああいいとも、くれてやる!』

 投げ付けられたようにブローチを渡されて、イルーナは嬉しかった。

 彼が贈ってくれた、と思い込んだ。

『ありがとう……大事に、大事にするわ……うふ、ふふふ』

 あの時すぐに捕まらなかったのは、人気が少ない場所と時間だったからだ。

 返り血まみれの自分の姿さえ直視出来なかったイルーナが捕まらなかったのは、奇跡のようなものだった。


 ――そこまで思い出したイルーナは、その場でオルゴールを床に叩きつけた。


 がしゃん、と大きな音が店内に響く。

「認めない……! 認めないわ! 違う! 本当にブローチは彼から貰ったものよ!」

 ガンガンとオルゴールを蹴り付けるイルーナに、冷徹な声が掛けられた。

「お客様。せっかく作られたオルゴールをその様に扱うのならば、お客様に二度と当店を使う事は認められません。それでは」

 ぐにゃり、と一瞬だけ視界が揺らぎ、気付けばイルーナは外に居た。

 地面に転がるオルゴールが、歪んだ音を鳴らしている。

 それが耳障りで、イルーナは更にオルゴールを蹴り付けた。だが、はっと背後を見ると、そこはただの壁。

「ちょっと! 作り直しなさいよ! こんなんじゃないわ! 私が欲しかったのは……!」

 壁を叩いても、何も無い。

 その時、背後から肩を叩かれた。


「失礼。イルーナさんですね? あなたを殺人及び迷惑行為の容疑で逮捕します」


「は……?」

「名前と容姿の判断に時間がかかりましたが、間違いありませんね。実は少し前に通報が入りまして。殺人事件のあった夜に、血まみれの女性が街を歩いていた、と」

「え? ちょっ……と?」

「詳しい話は後ほど。さ、行きましょうか。おや? こちらのルビーは……」

「あぁっ! ダメよ! 彼から貰ったルビー! 大事な、大事な贈り物なんだから!」

 ひしゃげたオルゴールから転がり出たルビーの欠片を、イルーナは慌てて拾う。

 その肩を掴む警邏が、厳しい声で言った。

「犯人はルビーのブローチを持っていた、と証言が入っています。まさかオルゴールに細工とは。余罪はまだありそうですね。行きますよ」

「嫌っ! 嫌よ! 私は彼の所へ行くの! 行くんだったらぁー!!」

 人目も気にせず喚きながら警邏に引き摺られていくイルーナは、誰の目から見ても正気では無かった。

 そしてイルーナは、あえなく殺人犯として捕まったのである。



「久しぶりに直接の出禁をしたよ」

「そうね。まあ、あれは現実を直視しなかった報いでしょ」

 悪質な客には、相応の対応をする。それが二人のルールだ。

 二人にとって、あの客は最初から厄介ごとでしかなかった。

 血の匂いがする品は出来れば取り扱いたくなかったが、依頼は例外を除いて、受けなければならない。

 加えて、スタイラは記憶を扱う為、ほぼ最初でこうなる事を予想していた。

「目の前で商品を壊されるの、何度見ても腹立つわね」

「そうだね。度し難いよ」

 次に来る客はまともだといい、とスタイラがこぼす。

 マイラもそれに同調して、残っていたブローチの部品をゴミ入れに投げ捨てた。

「今回は早めにゴミの処理をしないとね」

「そうね。ま、お金は手に入ったから良しとしましょ」

 そうしてまた、音箱屋の入口は開かれる。


 彼らの品を必要とする、誰かの為に。

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