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孤独な報復

『遺産はどうなるんだ』

『葬儀なんて、簡単でいいわよね? お金が勿体無いわ』

 なんて、なんて無体な言葉か。

 あんな彼らに遺産を残したくない。その為なら。

「……手段は、問わないわ」



 最近、妹の作業の腕が上がった。

 マイラとしては喜ばしいが、同時に複雑な気持ちでもある。

 急に腕が上がるなんて事は、職人ならまず無い。なら単にスタイラがこれまで全力を尽くして無かったのかと問われれば、否だ。

 では何が彼女をそうしているのか。答えは、焦りだろう。

 何かにせき立てられるように、スタイラは作品を作る量も速度も増やしていた。

 元より出来はいいスタイラの作る音がより澄明に聴こえるようになり、浮かぶ思い出の鮮明さも明確に違う。

 だからこそ、分からない。彼女をそうした何かが、何なのか。

 このままでは、自分の装飾技術が劣って見えてしまう。それはバランスとして良くない事だった。

 おまけに最近は休憩もろくにしないためか、少しずつ疲れが見え始めている。

 マイラは兄としても、職人の片割れとしても、スタイラを心配していた。

 だが、マイラが休憩に誘っても断られる。どうしたものか、と困惑しながら自分の作業を進めていると、ちりん、とドアベルの音が聞こえた。

「僕が出るよ」

「……そう」

 手元から目を離さないスタイラをそのままに、マイラはカウンターへと出る。

 入り口に立っていたのは、老婦人だった。

「こんにちは。あらまあ、随分と若い店主さんなのね」

「はい。いらっしゃいませ。オルゴールのご依頼ですね?」

「ええ。私はサリアというの。ここでは特別なオルゴールを作って頂けるそうね」

 つばの広い帽子を外した老婦人ことサリアは、穏やかに告げる。

「とっても大事な思い出があるの。出来れば墓場に持って行きたいくらいの」

「では、話を伺いましょう。奥のソファへどうぞ」

 マイラはいつも通り、客人の席にサリアを案内して、店を一時閉店にする。そしてスタイラに声を掛けた。

「スタイラ、お客様だよ。お茶をお願い出来る?」

「分かったわ。すぐに準備するわね」

 あっさりとスタイラは作業を中断して、立ち上がる。だが、そこで多少ふらついた。

「スタイラ、無理なら……」

「大丈夫よ。ずっと座りっぱなしだったからでしょ」

 よく見ると顔色も悪い。大丈夫だろうか、と思ったが、客人を待たせている以上は、彼女にも頼らなくてはならなかった。

 お茶の準備をしてからマイラ達が店の奥に戻ると、サリアは並べられたオルゴールを手にしていた。

「お客様、当店の品にはお手を触れないようにお願いします」

「あら、ごめんなさい。確かめておきたくて」

「確かめる?」

 すぐに元の場所にオルゴールを戻したサリアは、ソファへと座る。

 そこにスタイラがお茶を出しながら言った。

「思い出の持ち主以外は、開けられない仕組みなの。壊す事は出来るけどね」

「あら、噂通りね。それなら安心だわ」

「……それで、思い出の品はありますか?」

「ああ、そうね。……これを」

 サリアが懐から出したのは、シンプルなデザインの指輪だった。

「どんな思い出があるんですか?」

「これはね、うちに代々伝わる指輪なの。私も母から譲り受けたわ。その時に決まった言葉を交わすのよ」

「決まった言葉、ですか」

「ええ。それは口外出来ないけれど、この指輪を受け取った時の胸の高鳴りは、今でも覚えているわ」

 マイラは怪訝になる。代々伝わる物を、一個人の思い出に使ってしまっていいのだろうか。

 スタイラも同じ気持ちだったようで、サリアに問う。

「次の代に渡さなくていいのかしら? それとも独り身なの?」

 すると、サリアの目が鋭さを帯びた。


「私の代で終わらせてしまうのよ。残っているのは、金の亡者ばかりだもの」


 マイラとスタイラは顔を見合わせた。とりあえず話の続きを聞くことにする。

「事情を伺っても?」

「ええ。私がこの間、風邪で寝込んだ時のことよ。少し重い風邪だったけど、回復し始めた頃に、聞こえてしまったの。……遺産がどうとか、ね」

「ああ、大方、あなたがそのまま亡くなったら遺産をどう分配するか、とかそんな話かしら」

 スタイラが納得したように頷く。

 それに頷き返したサリアは、お茶を口にしつつも、吐き捨てるように続けた。

「その通りよ。誰も私の心配はしていなかった。遺産の心配ばかり。そんな人達に、遺産も、この指輪も残したくないわ」

「なるほど。本音はそちらですか」

「ごめんなさいね。でも、この指輪が残っていても、良いことは無いの。だから、自由が利くうちに、始末をつけてしまおうと思って」

 マイラは苦笑せざるを得ない。思い出を残したいと言いながら、本当の目的は親族への仕返しなのだから。

「私が死んだら、オルゴールも棺に入れてもらうわ。責任はちゃんと取るつもりよ」

「それは責任というより、わがままじゃないかしら。マイラ、受ける?」

「もちろん。断るだけの理由も無いしね」

「あら、話が分かる子達で良かったわ。じゃあ早速お願いね。どのくらいかかるかしら?」

「そうですね、三週間ほどかと」

「じゃあ、記憶を預かるわ」

 そうして、サリアは店を出て行った。

 テーブルを片付けながら、スタイラが問いかけてきた。

「……記憶に、例の言葉とやらがあったけど、聞く?」

「いや、やめておくよ。珍しいね、君がそんな事を言うなんて」

 断りながら、マイラは少しだけ怪訝になる。

「……あの人がちょっとだけ気の毒になったのよ」

 スタイラが誰かに同情するのもまた、珍しい。

 そうして、制作が始まった。



『あのばあさん、まだ生きてるのか』

『次に病にかかったら、放置しましょ』

『待て待て、遺言なんか残されていたら面倒だ。少しは思いやりを見せておかねば』

 聞こえてくるのは、いつもの言葉だ。

 愛した夫は居ない。もう死んでしまった。

 可愛がっていた息子は、毒婦に引っかかって金に目が眩んでいる。

 その毒婦は、こっそり別の男と逢引きしている。そう、自分だけは知っているのだ。

 遺言はもちろん残す。でなければ意味が無い。

 孫が居てくれれば良かったのだが、そうはならなかった。

 だから、誰かが居ても自分は孤独だ。孤独なまま、余生を過ごして死ぬ。

 死後の楽しみは、彼らの醜くなるであろう争いを特等席である天国から見下ろす事だけだ。

 もっとも、こんな考えでは地獄行きかもしれないが。

「あと少しの辛抱だわ」

 オルゴールの完成を楽しみにしながら、今日もサリアはベッドで過ごす。



 がたん、と音がして、マイラは驚く。

 音の方を見ると、スタイラが机に突っ伏していた。

「スタイラ!」

 慌てて体を支えに行くと、顔が赤く息も荒い。熱が出ているのは間違いなかった。

 何とか背負ってベッドに寝かせると、毛布を被せる。

「今、医者を呼ぶから」

「へ、いき、よ。それ、より、オルゴール……あとは、組み込む、だけ」

 焦るマイラの服を掴み、スタイラは掠れた声で言う。

「でも!」

「私、たちはどうせ、しなない。だから、依頼を、先に」

「……スタイラ」

「期限は、まもら、ないと」

 スタイラの言う通りだ。あと数日もすれば、この間の老婦人の依頼期日がやってくる。

 だが、それは妹を放置していい理由にはならなかった。

「いくら僕達が特殊でも、辛いものは辛いんだ。医者を呼んでくるし、依頼は僕に任せて」

「……ごめん、マイラ」

 マイラは急いで近くの医者を探して、連れてくる。

 医者に診てもらっている間に、作業を少しでも進めた。

 ややして、出てきた医者はしかめ面でマイラに言う。

「重度の疲労が溜まっていたようですな。ここの仕事はそんなに過酷なのですか?」

「いや、そんな事はないです……でも、最近、妹はろくに休まずに作業していて」

「今はとにかく休養する事ですな。睡眠と栄養をたっぷり摂らせて下さい」

「はい……」

「ご家族なら、もっと様子を見てやるべきです。では、お大事に」

 医者が去った後、マイラはぎゅっと拳を握った。もっとちゃんと妹を見ておくべきだったと、後悔する。

 それに、強制的に休ませれば良かった、とも。

 だが、今はそれを悔やんでいる暇などない。今のうちにオルゴールを仕上げなければ。

 マイラはスタイラの机から、出来上がった部分を取り出す。

 音を確かめて、自分の作っている箱に収めながら、慎重に組み上げていった。

 途中、スタイラの様子を見ながらの作業になったが、それでも期限内には何とか、オルゴールは完成した。

 そして翌日、あの老婦人はやってきた。随分と痩せこけた姿で。



 ――あれから数日。熱も下がり、起き上がれるようになったスタイラは、パン粥を啜りながら、置かれていた新聞の見出しに目を留めた。


『大資産家の逝去! 後継人決まらず泥沼か』


「……まぁ、そうなると思ったわ」

 あの指輪は、老婦人の家の後継人の証だった。交わした言葉そのものに誓約が込められていたのだ。

 当然だが、それを持ってないのなら、誰も資産を継げない。今頃、指輪の行方を探しているだろうが、それはとっくに土の下だ。

 後はあの老婦人の計算通りに物事が動くだけだろう。

「スタイラ、具合はどう?」

「もうすっかり元気よ。いい加減、仕事をしないと鈍っちゃうわ」

 マイラがやって来て、空になった器の乗ったお盆を持つ。

「あと数日くらいは休んで。しばらく働かせ過ぎたからね」

「心配性ね。どうせ過労死なんて無いのに」

「だからこそ、だよ。僕達の心身は、決して頑丈じゃない。贖罪が終わる前に心が壊れてしまったら、意味が無いだろう?」

 スタイラは眉を寄せる。言いたい事は何となく分かるが、納得いかない。

「じゃあ、また後でね。暇つぶしに新聞でも読むといいよ」

「さっきちょっと見たわ。……あの人、死んだのね」

「ああ、受け取りに来た時点でとても痩せていたよ。……推測だけど、少しずつ、毒を盛られていたんじゃないかな」

「毒?」

「急すぎる痩せ方だったからね。そうだ、伝言があったよ」

 思い出したように、マイラが告げる。

「『欲しければ、あなた達に遺産を渡してもいいわ。要らないなら特に何もしなくていいけれど』……って。どうする? 名乗り出る?」

 最後の問いに、スタイラはすぐ首を横に振った。そんなものは望まない。

「要らないわ。大資産なんて、贖罪の足しにもなりゃしないもの」

「良かった、僕も同意見だよ。それじゃあ、指輪の秘密はこのまましまっておこうか」

「そうね。在処が知られたら、それこそ墓荒らしが出そうだし」

 望むのは、終わりの日を兄と迎える瞬間だけだ。

 その為にも、寝てる暇は無いはずなのに。

「スタイラ。頑張り過ぎなくていいよ。僕達は二人で一つの存在だからね」

「マイラ……」

「だから、今まで通りでいい。無理はしなくていいんだ」

 兄は優しい。だが、それは時に刃となる。

 スタイラは軋む胸を押さえて、首を横に振った。

「そんな訳ないわ。いいの、私、もっと頑張るから。頑張って、追いつくから」

「スタイラ、どうして」

「わかってる。今のままじゃ、駄目なんでしょ。だったら、もっと頑張るしかない……!」

 頭がぼうっとしてきた。マイラが強引に寝かし付けてくる。

「ほら、また熱が出てる。君は今、休むべきだ。休んで、そして回復したら贖罪の日々に戻る。いいね?」

「うん……分かったわ」

 朧げになっていく意識の中で、マイラの手がそっとスタイラの頭を撫でた感覚がした。



 ――墓守の中で、怪談が増えた。

「知ってるか? とある墓の側に行くと、オルゴールの音が聞こえるらしい」

「オルゴール? 何でまた」

「それが、例の大資産家の墓かららしいんだよ。墓の人間を守ってるのかねえ」

 鳴るはずのない、美しい音色のオルゴール。

 それは来る者を拒むかのように、突然鳴り響くらしい。

 真新しい質素な墓の前には、今日も誰も近寄らない。

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