表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

偽音の報酬

 特別だと思っていた。

 後悔は未来にしか訪れない。

 ただの人には過ぎたるものだったのだ。



 いつもの朝、新聞を読んでいたマイラは、ふと目についた広告に眉を寄せた。

「スタイラ、君は新聞社に広告なんて出してないよね?」

 のんびりお茶を飲んでいたスタイラを見やると、彼女は怪訝そうな顔で肯定を返す。

「するわけないじゃない。私達はそういうの、許されてないでしょ」

「そうだね。見て、これ」

 マイラが広告を見せると、スタイラは顔をしかめた。

「何これ」


『あなたの記憶、オルゴールにしませんか?』


 目立つ大きさの文字で書かれた中身は、マイラ達の仕事と同じだ。

 だが、マイラ達と同じなはずがない。それに、この職を近くの領域に二つも置くはずがない事も、二人は知っていた。

 であれば、可能性は他にある。

「たまたま同じような力を持ってる誰かか、ただの詐欺か……」

 どちらにしても、商売敵になってしまうのは否めない。

 かといって対抗するのも違うので、マイラは嘆息しつつ新聞を閉じた。

「僕達の贖罪を邪魔しなければ、別にいいんだけどね」

「そりゃそうだわ。私達だって、慈善事業やってるわけでもないし」

 スタイラもお茶を飲み干す。そろそろ開店の時間だ。

「ただ、気にはなるかな。僕達と同じ事が出来るなら、どんな人かってね」

「私は興味無いわ。にしても、いきなり現れるなんて嫌な気分」

 片付けながらスタイラがぼやく。

 マイラも新聞を棚の上に重ねて肩を軽くすくめた。

「さあ、店を開けようか」

 そうして表の札を『開店』にすると、程なくして客が入ってきた。

「失礼、ここが広告にあった店かな?」

「いえ、違いますが、同じ事は出来ますよ」

「何っ? いや、違うならいいんだ。それに、君のような子供がやっているとは……信じがたい」

 紳士服の男性はわずかに狼狽えて、そそくさと店を出て行ってしまった。

「やれやれ……。見た目で判断しないで欲しいな」

 だが、それを皮切りに、この日は何人も広告の店目当ての来客があり、大半がそちらへと流れていってしまったのだった。

 昼までに二桁を超える来客の相手に、流石にマイラも辟易して昼食のパンを齧る。

「困ったものだね。店の表に貼り紙でもした方がいいかな」

「っていうか! 広告の店の場所もこの近くなんて知らなかったわよ!」

 先ほどマイラも確認したが、広告には住所が書いてあり、それが近所だと判明したのだ。やけに間違いが多かったのは、そのせいもあるだろう。

「うーん、このままじゃ支障が出るね。いっそ、午後から僕がその店に行ってみようか」

「マイラが? 行ってどうするの?」

「うん、直接見てみないと分からない事も多いからね。確か向こうの店の名前は……『リンフォークス』だったかな」

 歩いて三十分もかからない距離だ。少しの間だけスタイラ一人に店を任せる事になるが、大丈夫だろうとマイラは頷く。

「うん、行ってくるよ。ついでに広告の通りか確かめてみよう」

「分かったわ。それなら、表に貼り紙しておくわね。間違いで来られるのは迷惑だもの」

「お願いするよ」

 そうして、昼食後にマイラは広告の店へと向かったのであった。



 パニーショには、昔から不思議な力があった。

 それは、他人の記憶を覗ける力。

 最初は不気味がられたが、長年を経て、その力の使い道を思い付いたのだ。

 それが、他人の記憶を覗いた時に聞こえる音を、オルゴールに組み込む事だった。

 物音だろうが声だろうが、関係ない。音楽としてそれらを適当に組み込めばいいだけだ。

 あとは記憶の持ち主が勝手に解釈してくれる。

 必要だったのは、技術と金だけだった。

 それももう心配ない。

「いやはや、出資者が出てくれるとは」

 あまり大きくない店は、人で埋まっている。

 今日の新聞広告で訪れた客ばかりだ。

 新聞に広告を打つにはそれなりの金が要るが、出資者のおかげでそれも叶った。

 おかげでいつもより大変だが、何とかなるだろう。何しろ、自分以外の技術者も抱え込んでいる為、制作に遅れはさほど出ないのだから。

「すみません」

 と、そこに幼い声がした。

 見回すと、足下に随分と幼い少年が立っている。

「何だね君は。迷子かね?」

「いいえ。客として来ました」

 少年は淡く微笑んでいるだけなのに、薄ら寒さしかしない。

 不気味に思ったパニーショは、しっしっ、と手を振った。

「ここは子供が買えるような品を置いてない。私の技術は特別なのだよ。帰りたまえ」

「知ってます。新聞の広告を見ましたので。……おかげで、うちの店が困ってます」

「店?」

 怪訝になったパニーショに、少年は続けた。

「僕達の店は、ずっと前からあるんですけどね。あなたの広告のせいで、店を間違える人が殺到して、大変なんです。せっかく広告を出したのなら、その辺りもしっかりして貰えませんか?」

 噂には聞いた事がある。自分のように、思い出をオルゴールにする店だと。だが、近所だとは知らなかった。

 パニーショはそれでも態度を変えずに、少年の肩を掴んでドアへと向ける。

「知った事じゃない。第一、君のような子供が私のように特別な力を扱えるものか。さあ、帰った帰った」

「あ、お金ならありますので、せめて一品くらい」

「断る。人の店にケチを付けに来た子供に作ってやる品など無い」

「この店ではこんなに沢山のお客様を、一手に引き受けるんですか? 随分と記憶の扱いが雑なんですね」

「もちろん、大事な客人には丁寧な対応をするとも。そちらがどうかは知らんがね」

 さあさあ、と背中を強く押して少年を追い出したパニーショは、定位置のカウンターに座り、ため息をついた。

「とんだ子供だ。特別な店は一つでいいのだよ。潰れようが知った事か」

 小さい独り言は、店のざわめきに掻き消えて。

「すみません! あの、記憶をオルゴールにしてくれるんですよね? 是非、お願いしたいのですが」

 カウンターに来た若い男性に、パニーショは少年の事など即座に頭から消え失せて、満面の笑顔で頷いた。

「おお、いらっしゃいませ! どんな記憶ですかな?」

「つ、妻と結婚した時の記憶を……!」

 パニーショは男性の顔をじっと見つめる。すると、結婚式の記憶が見えてきた。

 幸せそうに誓いを交わす二人を、鐘の音が祝福する。

 なるほど、と頷いてメモを取った。

「はい、十分ですよ。ただ、今はこの通り繁盛してましてね。お時間を頂きます」

「は、はい! あ、お値段は……」

「そうですな。お客様の場合ですと、このくらいかと」

 こそこそと金額を囁くと、男性はぎょっとした。

「そ、そんなに!?」

「ええ、何せ特別ですからね。嫌なら仕方ないですが」

「いえ! は、払います! ですから、お願いします!」

「いいでしょう。お名前をこちらに」

 予約名簿を差し出すと、男性はそこに署名して帰っていった。

 それからも似たような依頼を受けながら、パニーショは自身の成功に内心でほくそ笑むのだった。



 それから一ヶ月後。パニーショの店には完成を待っていた人々が押し寄せた。

「はい、順番ですよ! ええ、こちらになります。毎度あり!」

 そう言いながらオルゴールを売り捌くパニーショを見ていた裏方の人間達は、げっそりしていた。

 当然である。特別な力を持っているパニーショ自身は、大口の依頼しか取り扱わず、その他大勢の依頼人の分が一気に彼らに押し寄せてきたのだから。

 ろくな食事も睡眠もとれなかった彼らは、怨嗟を吐く。

「何が特別だ……!」

「俺らでも作れんのなら、そんなの、何の意味もねぇだろうがよ」

「さも自分が頑張ったような振る舞いしやがって……」

 パニーショが広告なんて出さなければ、まだマシだったのに。そう口々に彼らは言う。

 しかも、極めつけはオルゴールの難易度だ。

 適当なメモだけで一人一人の音楽を作る事が、どんなに大変だったか。

 そのくせ自分だけは、大口依頼人のしっかりしたメモを取って作っていた。量どころか質さえも違うのである。

 それでも、この一ヶ月を乗り切ったなら、と彼らも今回は口を噤む事にした。

 それから先が地獄だとも知らずに。



『当店は、広告を出しておりません。ご留意下さい』

 そんな貼り紙の付いた扉を、一人の男性が開けた。

「あ、あの……!」

「はい、いらっしゃいませ」

 たまたまショーケースの整理をしていたマイラが立ち上がる。

 それを見た男性は、唐突に泣き出した。

「うっ、うっ……騙された! この店しかもう、無いんだ……!」

「落ち着いて下さい。一体、どういったご用ですか?」

 ショーケースを元に戻したマイラが近付くと、男性はマイラの小さな肩を掴んで膝から崩れ落ちる。


「俺の妻との思い出を、間違えられたんだ!!」


「……どういう事ですか?」

 彼はここの客ではないが、思い出、と聞いては黙ってもいられない。

 恐らくはあの店の客だったのだろうが、何があったのか。

「二ヶ月前に、俺はリンフォークスってオルゴール屋に行ったんだ。そこで、妻との結婚式の記憶をオルゴールにしてもらったんだが、いざ出来上がった音を聴いても、何も思えない。それどころか、自分のものじゃないって思えたんだ」

 説明しながら、男性は懐からオルゴールの小さな箱を取り出す。手のひらに収まるサイズのそれを開けると、音が流れた。

「……? 何だか、歪な音がしますね」

 マイラにとって、それはただの音の羅列だった。音楽ですらない。

「そんなもんかと思ったんだが、妻がこれを聴いて、不愉快になってしまったんだ。こんなのじゃない、って」

「これだけ不協和音が混ざれば、そう思うかと」

「それで、俺、あの店に行ったんだ。本当に俺のなのか。そうしたら、あの店主……!」


『おやおや、もしかしたら、うちの職人が間違えたのかもしれませんな』


「あっさりと、自分が作ってないって認めたんだ! なのに返品も返金もしないと言われて、ふざけるなって思ったら、この店にでも行けばいい、と言われたんだ!」

 なるほど、とマイラは納得した。そして、すぐに危惧した。

「まいったな……」

 ――近いうちに、似たような客が何人も訪れるかもしれない。

 そしてそれらを一々引き受けていたら、それこそマイラ達の手が回らなくなる。忙しくなるにも限度があるのだ。

 しかし今、目の前にいる客人まで追い返すつもりは無い。

「お客様は、その記憶をどうしたいんですか?」

「出来るなら、今度こそ俺と妻の思い出をオルゴールにして欲しい! 金は……足りなければ工面する! いくらだ!?」

「まだ引き受けるとは言ってませんよ。第一、肝心な物がありませんよね」

 この店でオルゴールを作るには、記憶だけでは足りないのだ。きっと、それも逐一説明しなければならなくなる。しかも、短時間にいっぺんに来る客、一人一人に。

 そう思うと、いくらマイラでも既にうんざりだった。

「肝心な物?」

「はい。お客様の思い出にまつわる、大事な品が無ければ、当店では作れません。それに、記憶もお預かりします」

「そ、そうなのか? その、思い出の品と、記憶さえあれば、作ってくれるのか!?」

「ええ、あとは少々お時間を頂く事になります。僕達の仕事は、ここまで雑ではありませんので」

 男性の手にあるオルゴールを見ながらマイラが言うと、男性は立ち上がって顔を袖で拭った。

「そういう事なら……! 明日にでもまた、店に来ます!」

「分かりました。お待ちしております」

 男性は、明るい様子になって店を去った。

 それを見送ったマイラは、スタイラの所へ行く。

「スタイラ、しばらく忙しくなるかもしれないよ」

「何だかうるさかったわね。どうしたの?」

「向こうの店がしくじったみたいだ。皺寄せが僕達に来るかもしれない」

「はあ!? 冗談じゃないわよ、他所の店の尻拭いなんて!」

「僕としても望まないけれど、この店を求めるお客様まで門前払いする訳にはいかないよ」

 そんな会話をしている間に、ドアのベルが聞こえてきて。


『すみません! 店主さんは居ますか!』


 今度は若い女性の声。切羽詰まった様子に、二人は顔を見合わせてため息をついた。



 あの広告を出してから四ヶ月。今や店の中には、客など居なかった。

 代わりに店の外からは怒号が聞こえてくる。

『店主は出て来て謝罪しろ!!』

『大事な記憶を踏み躙りやがって!』

『金返せ! 詐欺師!!』

 ――そう、今や、パニーショの店は開けられる状態ではなくなっていた。

 抱えていた職人達も全員辞めてしまい、出資者も手を引き、店を開けたが最後、苦情と怒りを抱えた客達が殺到するだろう。

「何故……何故だ。私の特別な力で、成功したはずだったのに」

 呟きに返る答えも無い。

 パニーショはひたすら店の中に閉じこもって、夜が更けた頃に裏口からこっそり帰る日々を送っていた。

 どこで間違えたのか分からない。ぐるぐると巡る思考の中、ふと思い出したのはあの少年。

「……そうだ、あの子供の呪いなんだ、これは」

 薄ら寒い笑みを浮かべて自分を見ていた少年。記憶を覗いていたら、何が見えていたのか。今となっては知る術もない。

「私は呪われたのだ、あの少年に! 呪いだ! あれは子供の姿をした化け物だったのだ!」

 そう自分を納得させたパニーショは、また夜が更けるのを待って裏口から逃げ出す。そして自分の家に帰ると、持てるだけの財産をかき集めた。

「逃げてやる。こんな、呪われた街から!」

 必死の形相で荷物を抱えたパニーショが外に出ると、そこには。


「パニーショ氏ですね? あなたを、詐欺の容疑で拘束します。抵抗しないように」


 ――複数の警邏人が待ち構えていたのだった。



「彼、捕まったらしいよ。詐欺罪だってさ」

 朝食のパンを齧りながら、マイラが新聞をスタイラに向ける。

「へー。ま、あんな雑な仕事してたら、当然よね」

 依頼客の一人が、もう要らないからと言って、例の店のオルゴールをくれたので、スタイラが分解してみたのだ。

 それは何の仕掛けもない、しかも適当な仕事としか思えない造りのオルゴールだった。

 しかも高値で売り捌いていたのだから、客達の怒りは最もだろう。

 おかげで二人は、当分仕事には困りそうにない。

「記憶は繊細なものなのよ。片手間で扱おうなんて、ふざけてるわ」

「彼には分からなかったと思うよ。いや、大半の人間は分からないんじゃないかな。記憶がどれだけ大事なものなのか」

 パンを食べ終え、マイラは言う。

「一時を永遠にするには、代償が伴う。彼はその代償の価値さえも分からなかったんだろうね」

「そうね。私達でさえ、終わってから知ったもの」

 今日も少し早いが、仕事が詰まっているので作業を始める。これから半年は予約が入っているのだ。客人達も、よく待てるものである。時間を犠牲にしてでも、大事な思い出を形に残したいのだろう。

「さ、しっかり頑張ろうか。スタイラ」

「ええ、マイラ。私達はきっちり仕事をするんだものね」

 もう、扉の貼り紙はもう必要無い。あるのは『音箱屋』の看板だけだ。



「私は呪われているのだ……この力も呪われた……」

 薄暗い牢の中、独り言が響く。

「呪われた国から出してくれ……。私は悪くない……」

 看守が、ちっ、と舌打ちをして男の居る檻を叩く。

「黙れ!」

 だが、男は意に介さず、ぶつぶつと呟いているままだ。

「助けてくれ……あの化け物が追ってくるんだ……あの不気味な笑顔で……」

「イカれやがって。詐欺師のくせに」

 虚ろなままで、男は嘆き続ける。後悔する。

 一人の少年と出会った事だけを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ