感傷の綺羅星
消えることはない。いずれ終わる日が来ても。
消す事は出来ない。空に浮かぶ星灯りと同様に。
この罪も、重ねていく清算の時間も。
※
カンカン、と木槌の音が鳴り響く。
『被告人に言い渡す。判決は――有罪』
裁判長の声が無情に告げた中身に、スタイラは拳を握り締めた。
自分達は、取り返しのつかない罪を犯した。それは理解している。
そしてこの場が、現世のそこではないことも。
『無期懲役を言い渡す。詳細は追って、監察官から告げられる』
無慈悲な裁判は、そうして呆気なく終わった。
双子の兄であるマイラは、終始穏やかな表情だった。全てを受け入れるのだろう。
スタイラは俯く。涙は出ない。
ただ、悔しい。抗った結果が罪人となった事実が。
そこから、スタイラはマイラと共に、贖罪の日々を送る事になったのだった。
※
ちりん、とドアベルの音が鳴る。マイラは作業中なのでスタイラが出ると、そこに居たのは客ではなかった。
「……監査の日だったのね。どうも、ヴェイラさん」
「ああ、励んでいるようで何よりだ。もう一人は?」
「作業中よ。今は手が離せないわ」
質問に答えて、スタイラは奥の席を示す。監査の日は報告をしなくてはならないのだ。
「お茶の用意をしてくるわ。少し待ってもらえるかしら」
「お構いなく……と言いたいが、お言葉に甘えさせてもらおうか」
軍服のようなかっちりした服を着た女性は、被っていた帽子を脱ぐと奥の席に向かう。
スタイラは一度工房に戻って、マイラに言った。
「ヴェイラさんが来たわ。今日は私が対応しておくわね」
「ああ、お願いするよ」
手元から目を離さず、マイラは短く返す。
お茶と菓子と書類を盆に乗せて戻ると、ヴェイラはスタイラが座るのを待ってから告げた。
「いつものように、報告を頼む」
「そうね、変わりないわ。ただ、おかしな客も増えたから、店の制限が少し厳しくなったわね。はい、収支報告書よ」
スタイラは書類をヴェイラに渡す。彼女はそれを受け取ると、ざっと目を通した。
「ふむ、制限を強めたと言っていたが、贖罪に支障は無いようだな」
「ええ。厄介な客が減ったからむしろプラスね」
「そのようだ。しかし、思いの外、長く続いているな。当初はどうなるかと思ったが」
書類をテーブルに置き、ヴェイラは腕を組む。
「師匠が根気強かっただけよ。私もマイラも、最初から出来たわけじゃないもの」
「それはもちろんだが、君達は子供だろう。子供とは、飽きるものだ。たとえ義務だとしても」
「もうとっくに、子供としての自我は捨てたわ」
スタイラは自身が淹れた、香り高いお茶を飲む。これくらいは簡単に出来るし、置いてある茶菓子だって失敗せずに焼けるようになって長い。
子供だからと温情を与えられた記憶も無い。あったのは、ひたすら技術を磨いて、作った物の品物としての価値を上げていく時間。
その師匠の元から独立して、どれだけの時間が過ぎたか。
「それはすまなかった。職人としてのプライドがあるんだな」
「ええ。いつまで続くか分からない贖罪を、一日でも早く終わらせたいもの」
「残念ながら、まだだ。鐘は鳴らない」
何千、何万とオルゴールを作っても、終わりは来ない。無期懲役とは、そういうものだ。普通の人間と違って、老衰で死ぬ事も無い。ただ年月だけが過ぎていく。
「思い出を封じ込めるオルゴール、か。……客ならば、相手は問わないか?」
「この店に入れるならね」
「では、私も依頼してみようかな」
「は?」
スタイラは胡乱な目でヴェイラを見やる。
自分の監査する相手に依頼など、普通はやらない。
だが、ヴェイラは手首に着けていたブレスレットを外して、テーブルに置いた。
「次の監査の時に依頼したかったんだ。これで、私の思い出をオルゴールとして作ってくれないか?」
「理解しているの? ちゃんとお金も取るし、残った部品は返さない。何より、ちゃんとした思い出が無ければ意味がないのよ」
「ああ、れっきとした思い出だよ。昔話に付き合ってくれるかい?」
ヴェイラはそう言って、話し始めた。
※
ヴェイラは、何人も監査対象を見てきた。根っからの悪人も居れば、底無しの善人のような人物も居た。だが、どれだけ善人めいて見えても、罪人である。
故意か、悪意か、歪んだ善意か。罪の方向性も人それぞれだった。
そんな中でも、とりわけおかしな罪人が居た。
「そうか、僕は何者かになれたのか」
ひどく嬉しそうに言う姿は、とても罪を悔いているようには見えなかった。
彼の犯した罪は、よくある殺人。とはいえ、普通に裁かれるような罪の中身ではなかった。
冥府の法廷で開かれる裁判は、現世では裁けない重さの罪だ。犯した者は例外なく、永遠に近い贖罪が待っている。
どんな形で罪を償うかは、特別な装置を使って決められる。それを伝えるのも監察官の役目だ。
そして何者かになりたかったらしい彼に与えられた罰は、『宝石加工人』という職だった。
ただの、ではない。依頼人が手放したい感情を宝石にして加工するのだ。完成品は持ち主の手に戻ったり、そうでなかったり、様々だ。
「いやあ、楽しいね! 人の感情って似たようなものかと思っていたけれど、そうでもないよ」
監査に行く度、ショーケースの宝石は入れ替わっていた。誰のかも分からない感情の宝石でも、欲しがる物好きは居るらしい。
ヴェイラはそんな彼が楽しそうに仕事をしているのを見て、少し羨ましくもあった。
自分は与えられた責務を全うしているだけで、何の楽しみも見出せていない。だから、贖罪を楽しむ彼の気持ちがよく分からないのだ。
「捨てたい感情があれば、僕が引き取ってあげるよ! それをこの世に二つとない至宝にしてあげるからね!」
生憎ながら、捨てたい感情はヴェイラには無かったので、その時は丁重に辞退させてもらった。
だが、ついこの間の監査の時だ。鐘が鳴った。
ゴーン、ゴーン……。そんな音が、店の中から響いたのだ。
それは、贖罪の終わりの合図。最後の監査の時を示す音だ。
正直、早すぎる。そう思って扉を開けると、相変わらず楽しそうな彼がカウンターに居て。
「ねえ、今の音は何?」
何も知らない彼は、無邪気にそう訊いてきた。
「……君の贖罪は、終わりだ。私がここに来るのも、これが最後になる」
ヴェイラが苦い声で告げた途端、彼の目はまん丸になった。
「えっ、この楽しい仕事、もう終わりなのかい?」
「……ああ。近いうちに、迎えが来るだろう。後の事は考えなくていい。君は転生の列に並ぶだけだ」
「転生? 興味無いけど、それが決まりなら仕方ないなぁ。あ、ちょっと待って」
一旦奥に引っ込んだ彼は、戻ってきた時に紙包みを手にしていた。
「いつか渡そうと思ってたんだ。あげる」
「これは一体?」
「僕も一応、人の姿で人と同じ感情を抱えて生きてきたんだよ。捨てたい感情だって、出てくるものさ。形見じゃないけど、貰って欲しいな」
そう言って彼は、紙包みをヴェイラに手渡してきた。
貰うなという決まりは無いが、捨てたい感情の行き先にされるのは困る。
「迷惑なら、売るなり捨てるなりしていいよ。あ、でも僕の見てないところでね」
「何故、私に?」
「監察官さんだからかな。無意味なものじゃないよ」
半ば強引に受け取らされたそれを手に、ヴェイラは店を後にした。
監査の必要が無くなったこの店は、ひっそりと消え去るのみである。
そして数日後、監査完了の報告書を提出したヴェイラの手首には、鮮やかな赤い宝石の粒があしらわれたブレスレットが着けられていた。
※
「ふぅん……贖罪が早く終わるケースもあるのね」
件のブレスレットを手にしたスタイラは、それをまじまじと見つめた。
そして、ヴェイラに問う。
「本当にいいの? その人の形見みたいなものなのに」
「ああ。後から分かったんだが、この感情は、私には荷が重い。かと言って捨てるのも売るのもしたくなくてね。有り体に言えば、持て余していたんだ。だから、せめて違う形にして、残したいと思ってね」
「分かったわ。それで、肝心の思い出の部分だけど……」
ヴェイラの答えに嘆息するスタイラの言葉に、彼女は苦笑と共に告げた。
「ああ、彼との最後の日を頼むよ」
「そう」
スタイラは頷いて、彼女から記憶を預かる。
「期限は…二ヶ月。少し時間がかかるわ。このアクセサリー、ただの代物じゃないから」
「問題ないよ。じゃあ、よろしく頼む」
そう言って、ヴェイラは立ち上がると、帽子を被り、書類を手に店を出て行く。
スタイラはそれを見送ってから、テーブルを片付け始めた。
「……執着、ね。確かに荷が重い話だわ」
ブレスレットの宝石に触れた時、感情がふわりと流れ込んできた。そういう仕組みなのか、スタイラだからなのかは分からない。
何にせよ、この真っ赤な石は、話に出てきた彼とやらの執着心だった。何に対してなのかは知らないし、知らなくていい。
ただ、取り扱いが厄介なのは、間違いなさそうであった。
※
『君達のような子供が、随分と残虐な真似をしたものだね』
最初に出会った日に、ヴェイラがそう言ったのをまだ覚えている。
『無期懲役なだけ、マシだと思った方がいい。子供だから、ではなく、君達の背景を鑑みての判決だろう』
二度と転生出来ない可能性すらあった、と言われても、スタイラ達にはどうでも良かった。
ただ、終わりが見えない始まりが幕を開けた事だけが事実。
『君達の贖罪は、思い出を残す事だ。装置にて決定された』
最初は何の事か、分からなかった。だが、話を聞いているうちに、人の記憶をオルゴールにする事だと分かる。
それが何故、贖罪になるのかは今でも分からない。
『罪に向き合うように。そうでなければ、終わらないのだから』
マイラは向き合えているのだろうか。スタイラはまだ、向き合えていないままだ。向き合っても分からない、の方が正しい。
贖罪はまだ続く。鐘の音が聞こえる、その日まで。
※
小さな箱から流れる音は、まとわり付くような錯覚を引き起こす。
仕方ない事だ。あの宝石に従って作られたなら、これが正しい音色だろう。
ヴェイラは感覚とは別に響く優しい音を、目を閉じて聴いていた。
最後まであっけない態度だった彼は、今頃、転生が終わっただろうか。それともまだ、順番待ちの途中か。
どちらにせよ、彼の贖罪は終わっている。彼の仕事は、新たな罪人が請け負う事になるのだろう。
「因果な仕事だね、まったく」
一通り聴き終えたヴェイラは、オルゴールの蓋を閉じて席を立つ。そろそろ、仕事の時間だ。今日も罪人の監査をしなければならない。
罪人がいる限り、ヴェイラの仕事は終わらない。気の遠くなるような時間を、ヴェイラは過ごす。
いつか、終わりの鐘が自分に鳴る日まで。




