表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

継承輪音

 耳に残ったままの音がある。

 それが消えたら、全部終わりに出来る。そんな気がしていた。

 音箱屋の店内は、いつも静かだ。

 置いてあるオルゴールは閉じられたまま、音を奏でない。それは特殊な理由からだが、訪れる客人には関係の無い事だ。

「……で、このオルゴールを部品にしたい、と」

「そう。出来るかい?」

 テーブルに置かれたのは、マイラ達が昔作ったオルゴールだ。

 何でも、目の前の少女ことノエルの、父親の遺品らしい。

 ノエルの父親は先日、不幸な事故で亡くなったばかりだそうだ。

「あたしが開けようとしても開かないし、聴けないなら意味は無いからね」

「はい、そのようにお作りしてますので。ですが、よろしいのですか? 形見では?」

「いいんだよ。使える形見にしてくれ」

 オルゴールを『使える』という言い方はなかなか無いが、マイラ達にも言いたい事は分かった。

 ただ、問題はここからだ。

「ですが、お客様。ここは思い出をオルゴールにする店です。どの思い出にするかは、決めてますか?」

 問われたノエルは、一瞬、ぽかんとした。

 だが、すぐに我に返り、頷く。

「……死んだ親父は、こればっかり聴いてた。あたしを構うでもなく、こいつを聴く度に泣いて、そんで曲が終わったらいつも通りで。そんな親父しか見てこなかったから、それが思い出って事でもいいかい?」

「お客様が本心から残したい思い出でなくてはなりません。ですので、よくお考え下さい」

「えぇ? ダメって事かい?」

「それでいい、ではなく、それがいい、なので」

 念押しをマイラがすると、ノエルはしばらく考え込んで、やがてぽつりと呟いた。

「……子守歌」

「子守歌、ですか」

「あぁ。小さい頃から、親父はそればっかり歌っててよ。今じゃあたしも歌えるようになっちまった」

 ノエルは肩をすくめて、苦笑する。

「思い出って言うくらいだ。幸せな気持ちになってなんぼだもんな。親父がよく歌ってた子守歌が思い出さ。どうだい?」

「それですと、難しくなりますね。歌の場合は、記録媒体が必要になりますし、このオルゴールもお返しになるかと」

「はは、それはねえよ。オルゴールの音楽と子守歌のメロディーはほとんど同じだからね」

 マイラはスタイラと顔を見合わせた。スタイラは肩をすくめつつも頷いてみせる。可能、という事らしい。

「……分かりました。では、こちらのオルゴールを元に、お客様のオルゴールをお作りします。重ねて言いますが、残った部品などはお返し出来ません」

「構わないよ。じゃあ、よろしく頼むね」

「ええ。記憶を預かるわよ」

 スタイラがいつも通りに相手から記憶を借りる。ふっと一瞬だけ、ノエルの目から光が消えてすぐに戻った。

「……今のが不思議な力かい。奇妙な感覚だ」

 ノエルはそう呟いて、オルゴールを指差す。

「なぁ、あんた達ならこれを開けられるのかい?」

「出来ますが……」

「開けるのはダメよ。おかしな副作用が出ても困るわ」

「やっぱりかい。まぁいいや、よろしくね」

 そう言ってノエルは店を出て行った。

 マイラはオルゴールを手にして呟く。

「何でだろう。あまり気乗りしない気がするよ」

「同感。なーんかあの子、適当なのよね。父親が死んだってのに、悲しむ素振りも無いし」

「そこもなんだけど、何だろうね。雰囲気かな。……何かが、引っかかるよ」

 今回の依頼がどう転ぶかは、まだ分からない。

 帰宅すると、荒れた室内が出迎えた。

 父親の葬儀が終わってから、ろくに片付けも掃除もしていない。する気になれないままだ。

 ノエルは子守歌を歌おうとして、気付く。

「はは……本当に思い出せねえでやんの、子守歌」

 散々、父親が歌っていたし、オルゴールでも聴いていたのに、ぽっかりとそこだけ穴が空いたようだった。

 だが、それでいい。やっと終わりに出来る。

 乱れたシーツの広がるベッドに寝転び、ノエルは涙で滲む目を乱暴に擦る。

「親父、ごめんな。弱い娘で」

 ぽつりと呟く声は、部屋に吸い込まれて消えた。

 傍のテーブルには、遺書と長いロープが置かれている。これから使われる為に。


 ――それから数時間後。一人の少女が、瀕死の状態で発見されたという。

「違和感の正体が、希死念慮だったとはね」

 一ヶ月後、依頼を終えたマイラが呟く。

「投げやりにもなるわけだ。父親が心の拠り所だったんだから」

「迷惑な話だわ、全く! まあ、奇跡的に助かったし、オルゴールも引き取ってもらえたから今回だけは良しとするけど!」

 スタイラは自分達の力を利用されたことに怒り心頭だ。オルゴールを作成する前に死なれたら、預かった思い出は空中分解しかねないのである。

 そういう意味では、マイラも別に許してはいない。やはり、気乗りしない依頼は断るのがいいのだろう。

 紅茶で喉を潤しながら呟く。

「しかし、本当に偶然とはいえ、近所の幼馴染が見つけたというのは幸運だったよ。もう少し遅かったら死体となっていたわけだし」

「本当ね。まあ、死んだ父親が知らせたのかもしれないんじゃない? うら若い娘を早死にさせたくはなかったでしょうから」

「そうだね。今回は亡くなったお父さんに免じて、ってところかな」

 もっとも、件の少女は出禁である。当然だが、当人にも言い渡した。


『やっぱり、楽な道を選ぶと碌なことにならないね。悪かったよ、迷惑かけて』


 ノエルはそう言って、オルゴールを手に店を後にした。

 付き添いの青年が居たようだが、その人物が助けた幼馴染なのかもしれない。

 だが、全て終わった事だ。

「さて、次の仕事に入ろうか」

「ええ。次の依頼主はまともそうだから安心ね」

 双子は今日もオルゴールを作る。思い出の詰まった唯一無二を。

 それから数年後。オルゴールが鳴り響く部屋の中で、歌声が重なっていた。

 子守歌と母親が呼ぶその歌を聴きながら、幼い少女がソファで眠っている。

 それを見ていた父親が、そっと少女に毛布を掛けた。


 それは小さな、確かな未来の幸福。

 終わりのその先にあるものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ