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一夜限り、奏でて

 あれは過ちだった。

 否、あれは果たして過ちなのか。

 答えは出ないまま、彼女は舞台に上がる。



「……で、これが『アノールの紹介状』なわけね」

 封筒をひらひらと振るのは、呆れた目をしたスタイラだ。

 まだ開けてないのは、嫌な予感しかしないからである。

 しかし、マイラは苦笑してその封筒をスタイラの手から引き抜いた。

「諦めよう、スタイラ。アノールの悪戯好きは今に始まった事じゃないよ」

 そう言って、封を開ける。アノール手製の封蝋が一瞬、赤色に輝いた。

 中から出てきたのは、普通の手紙。


『やっほー双子達! 元気ー? 今回の依頼客、そっちのが向いてると思って紹介状出しといたから、後はよろしくねー! あ、今度余った部品もらいに行くからー!』


 友達にでも出すようなノリで書かれたそれは、マイラとスタイラが目を通すと煙のように封筒ごと消えた。

「証拠を残すのが嫌なら、客もちゃんと受け持ちなさいよ。そのうち査問官に来られたらどうするつもりなのかしら」

「スタイラ」

 今その話はするな、と強く思わせるマイラの呼びかけに、スタイラが頭を軽く振って頷く。

「そうね。で、あなた」

「はっ、はい! レイデンと!」

 呼びかけられた青年は、まだ若く、いかにも好青年といった雰囲気だ。

 そんな事は関係なく、スタイラが続ける。

「ええ、それで、どんな思い出を残したいの? 言っとくけど、うちはオルゴールしか作らないわよ」

「はい! え、ええと……その、実は……子供の君達に言っていいか分からないけど、一夜限りの過ちを犯してしまってね」

 既に椅子に座り茶と菓子が用意された席で、レイデンという青年は多少ながら過激な事を告げた。

 スタイラが、呆れた眼差しを今度は青年に向ける。

 マイラは苦笑して頷いた。

「大丈夫ですよ。続きをどうぞ」

「あ、ああ。その相手が……最近流行りの歌姫でね。知ってるかい? アイラという名前なんだが」

「知ってるわ。けどその人、男を取っ替え引っ替えしてるって噂でしょ。一晩くらいよく遊ぶんじゃない?」

「い、いや、その、実は……その噂、僕との後から出てきた噂なんだ」

 うなだれるように、レイデンが俯く。

「もしかしたら、僕のせいなのかと思ってね。それまで彼女には、浮いた噂が無かったんだ。けれど、それ以降からどんどん有名にもなり始めた。僕は彼女が駆け出しの頃からファンだったから、急に遠くなった気がして」

「よくある話じゃない。これからも応援してあげたら? それとも、出来なくなった?」

「応援は、今でもしてる。ただ……彼女は忘れたんだろうな、って。僕との事なんて、とっくに」

「それで、自分だけでも覚えていたい、と?」

「ああ。お願い出来ないだろうか? 確か……これを渡せば、作ってもらえるんだろう?」

 ポケットを探って取り出したレイデンの手には、ネクタイピンがあった。

「記念の夜に、プレゼントされたんだ。彼女も酔ってたし、僕は要らないと最初は言ったんだけど……押し切られてね」

 なるほど、と双子は顔を見合わせた。要するにこの青年は、未練を断ち切りたいのだろう。

「よろしいのですか? 余った分は返せませんが」

「あ、ああ。……僕には、過ぎた代物だからね」

「分かったわ。それじゃ、引き受けるわね。マイラ、期日は?」

「うーん、三週間かな。お客様も、それでよろしいですか?」

「も、もちろん! お願いするよ!」

 そうして、青年は何度もお辞儀をしながら店を後にした。

 片付けをしながら、スタイラが怪訝そうに呟く。

「そういえば、アノールはあの依頼、何で断ったのかしら。錬金術師なんだから、似たような物くらい作れるでしょうに」

「うーん、確かに。僕らでも作れるなら、彼女も作れると思うけど、何かあったのかな」

 マイラもスタイラの疑問に同意する。

 アノールは「時柩屋」であるクロッカーと同じように、自分たちの『お仲間』だ。どこぞに工房を構えて、錬金術師をしているらしい。

 稀にこうして客を紹介状付きで寄越されるのは、大抵、終わった後にその理由が分かる。

 今回も何となく、そうだろうな、と二人はぼんやり思うのだった。



 連日で客が来るのは珍しい。しかもそれが有名人なら、尚更だ。

 アイラと名乗った女性は、妖艶な雰囲気を纏い、優雅に椅子に座る。

 そんな気迫にも動じないスタイラは、お茶を出してマイラと話を聞く事にした。

「これ、分かる?」

 アイラが出してきたのは、久しぶりに見る記録媒体だった。

 しかしアイラは生身の人間である。どういう意図で作ったのか。

「ええと、記録媒体……ですね」

「何が入ってるの?」

「あたしの歌よ。それも、駆け出しの頃の」

 双子は揃って目を瞬かせる。彼女が残したい思い出にこれを使いたいのは分かるが、返す事は出来ない。

「あの、お客様。申し訳ありませんが、これを後に返すのは……」

「ああ、いいわそれで。もう聴く事も無いから」

 あっさりと捨てるかのように言うアイラは、本当に思い出を残したいのだろうか。

「それともう一つ。オルゴールのメロディーはこの歌にして」

「!?」

 さすがに今の言葉には、スタイラがぎょっとした。

 ここでの暗黙の了解として、メロディーに口出しをしない、というのがある。

 初見だし知らないのだろうが、これにはスタイラも黙ってられない。

「それは難しいわ。あなたの思い出を音にするのが私の仕事なの。無理矢理別の音に変えたら、記憶が歪むわよ」

「もう歪んでるかもしれないから、構わないわ。何しろ最初の一人目の事だったから」

「最初の……って、あの噂は本当なんだ……。じゃなくて! 元からある音楽で作っても意味は無いのよ。それこそただのオルゴール屋に頼んで」

 マイラも眉を寄せて記録媒体を見ながら言う。

「お客様は、思い出を形に残したいのですよね。僕達が作るのは、唯一無二の、それこそ代えがないオルゴールです。必然的に、音にもその影響は現れます。この記録媒体を使ったとしても、お客様の望み通りの品になるかは明言出来ません」

「何よ、出来ないって言うの?」

「この記録媒体を再生する機械もありませんし、あったとしても、作成した場合、その通りのメロディーになるとは限りません。音を取るか、思い出を取るかのどちらかです」

「正直に言えば、これを聞いて思い出せるなら、ここに来る必要はないって事よ」

 スタイラの直球な発言に、アイラは顔をしかめた。

「それじゃもう、限界なのよ。これを聴く暇も無いほど歌わされて、やってらんないの。人気だから何? 男と遊んでるのは、酒も煙草も禁止されてるあたしの、唯一の発散方法なのよ!」

「そうですか。では、オルゴールを聴いてる暇も無いでしょうに、今ここに居ますがそれは?」

「抜け出してきたのよ! あぁもう、この際音は何でもいいわ! 出来ればそこだけ残したかったけど、時間が無いの。作って!」

 だんだんとアイラの語気が荒くなる。どうやら、思い出をどうしても残したいらしいのは伝わったので、双子は肩をすくめた。

「分かったわ。返品とかは受け付けないから、よろしく」

「それでは、こちらはお預かりいたします。一ヶ月半……その頃においで下さい」

 そう告げると、明らかに安堵した顔でアイラは立ち上がった。

「そう、じゃあ頼んだわよ! 半端な物作ったら、承知しないんだから!」

 そうしてバタバタと店を後にするアイラを見送り、双子は同時にため息を吐く。

「めんどくさい客ねぇ……。おまけにうるさかったし」

「たまには居るよ、そんなお客様もね。さ、片付けて作業に入ろうか。少し忙しくなるよ」

「そうね。それにしても、奇妙な縁もあったものね。一晩の過ちを犯した男女がそれぞれ来るなんて」

 もっとも、鉢合わせる事は無いだろうが、と双子は片付けをしながら考えていた。



 それからおよそ一ヶ月半。

 マイラもスタイラも、確認作業をしながら顔を見合わせていた。

「これ、偶然かしら」

「それは無いと思うよ」

 先に作った青年のオルゴールとほぼ同じメロディーが、あの歌姫のオルゴールからも流れたのだ。

「じゃあ、二人とも同じ気持ちだった、って事?」

「多分? 僕達は作っただけだから……」

 関係ある人間達が別々にやってきても、こうも音が似たりする事は稀だ。

 それくらい、あの二人にとっては忘れられない夜を過ごしたのだろう。

「……ま、まあ、たまにはあるわよね、たまには」

「珍しい、としか言えないな。さて、あの歌姫さんは来れるのか……」

 音の確認もしたし、と待っていると、チリン、とドアが開く音がした。

「居る? 引き取りに来たわよ」

「お客様、ちょうど準備が終わりました。ご確認下さい」

 マイラがオルゴールの蓋を開くと、メロディーが流れる。

 それを聴いたアイラは、ぽろ、と涙をこぼした。

「な、何よ……出来るじゃないの……」

「そうだったのですか?」

「ええ。間違いなく、あたしのあの歌よ。……初めてだったの。『ファンです』って真っ赤な顔で言われて」

 ハンカチを目頭に当ててアイラは語る。

「その男は、純粋にあたしの歌を好きでいてくれてた。この顔や体目当ての奴らと違って……ああ、だからこそあの夜は……」

「特別になったのですね」

「そうよ。男遊びも、あれ以上の情熱的な夜は無いの。なのに、記憶はどんどん忙しさで薄れていって……忘れたく、なかった!」

 わっと泣き崩れたアイラが、嗚咽混じりに言葉を紡ぐ。

「もう、男遊びなんて、やめるわ。無意味だもの。このオルゴールさえ、あれば……それで……!」

「オルゴールの修理は、いつでも承っておりますよ」

 ラッピングを終えたマイラが静かに声を掛ける。

「あぁ、お代がまだだったわね……。はい、これくらいでいいかしら」

 涙を拭いたアイラが立ち上がり、金貨をざらりと出す。それを見て、マイラは苦笑しながら告げた。

「少しばかり多いですよ」

「迷惑料よ。悪かったわね、みっともない姿を見せて。それと、お礼も兼ねてるから」

 遠慮なく受け取って、と返すアイラはオルゴールを手にして、店から去っていった。

 予想外の収入に半分苦笑、半分上機嫌になったマイラは、お金をしまうと奥へ向かう。

 その外では、奇妙な邂逅がある事も知らずに。



「やーっほー、親愛なる双子達ー!」

「うげ……来たわね」

「部品の交換だね? こちらは袋にまとめてあるよ」

「助かる! うちのはこっち。ダメなのはクロッカーにでもやっちゃって!」

 後日、手紙の宣言通りに突然来たのは、赤い髪と目をした白衣の女性だった。彼女こそアノールである。

「いやぁ、街中でも引きこもりだと、情報に疎くてね! 知ってるかい? 絶賛人気の歌姫が結婚だってよ!」

「それ三日前の情報じゃないの」

 スタイラが苦い顔で突っ込むが、当人はあっけらかんとした様子だ。

「お相手は一般人の男性! 写真見て、コーヒー吹きそうになったよね! 何せ、うちらのとこの客だったんだから!」

「あー、そういえばあの男性、そっちの紹介状からよね。何でだったの?」

 スタイラがマイラと共にずっと疑問だった事を尋ねると、アノールは手をヒラヒラと振ってあっさり答えた。


「いつもの勘!」


「また!?」

「ああ、なるほど……。君がお得意な勘なら、確かに間違いなくうちが適任だったね」

 スタイラが呆れ声を上げるが、マイラは納得したように頷いた。

「そゆこと! じゃ、またね! うちはここから地味に遠いからさ」

「あっそ。じゃあね」

「うーん、スタイラちゃんのその対応、必死で好き!」

「はぁ!?」

 袋を手に、アノールは足取りも軽やかに店を出て行った。

 アノールが持ってきた袋をマイラが軽く覗くと、そこそこにいい物も混ざっている。あとは使えるかどうかだ。

「必死じゃないし! 本当に他の奴らは腹立つわね!」

「まあまあ、スタイラ。もっと余裕のある態度を持てって事だよ。……どうせ、これ以上の成長はしないんだから」

「そうは言うけど、マイラは子供扱いに腹立たしくならないの?」

「ならないよ。見た目通り、子供だしね。それに、変わらない事を憤っても仕方ない」

 兄の言葉に、スタイラは引っかかるものを感じた。

 マイラのそれは、おそらく『諦念』。彼はもう、子供である事を、成長しない事を諦めている。

 抗う自分とは正反対のその感情に、スタイラはやるせなさを感じて唇を噛み締めると、少しして頭を軽く振った。

「たまにはお茶でも飲みましょ。その後で、アノールの部品を見繕えばいいわ」

「うん、そうだね」

 現状を深く考えてはいけない。きっと、そうしたら兄のようになってしまうから。

 奥に向かいながら、スタイラは今後も自分を変えない事を深く決めたのだった。



 歌姫の記録媒体は、日に日に売れている。

 そんな彼女を支えるのは、真っ先に彼女の歌を見初めた男。

 今日もどちらかのオルゴールが、夜の部屋に鳴り響く――。

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