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恋に堕ちた音

 恋は落ちるものではない。落とすものだ。

 そう自分は信じていた。



「今期の活躍も目を見張るものがありますね。リーヴェ」

「ありがとうございます」

 上司からの言葉に、笑顔でリーヴェは答える。

「引き続き、運命に結ばれし人々を導くのですよ」

「はいっ!」

 上司や自分の使命、仕事は「人間の恋を成就させる事」だ。

 その数が多いほど、昇進の機会も増える。

 人はその知られざる存在を「キューピッド」と呼んだりもしていた。

 定例報告も済み、回廊を歩いていると、ばったりと仲間に出くわした。

「……キュイロ」

 人との恋を繋ぐ役割を持ちながら、どこか鬱々とした雰囲気の同僚も、別の上司への定例報告が終わったのだろう。

「その様子だと、絶好調か。いいな、何も考えずに言われた通りやってりゃいいだけの奴は」

 ギスギスした気持ちを隠しもせず、キュイロは吐き捨てるように言う。

 その言われようにムッとして、リーヴェは言い返した。

「私達の仕事は、人間の恋を繋ぐ事でしょ。嫌々やる理由なんかどこにあるのよ」

「優等生には分からねえか。俺は俺達の在り方に疑問しかねえんだよ。神様に許されてるからって、何やってもいいもんか、ってね」

「神様が私達にそれを使命として与えたんだもの。正しいに決まってるわ」

 はっ、とキュイロが鼻で笑う。彼はきっと、その使命を忠実にこなしてなくて、上司からも散々説教をされたばかりなのだろう。うんざりした顔をしている。

「大体、疑問を持つ事自体がおかしいのよ。私達は仕事をしているだけなのに、どうして疑問なんて持つの?」

「おかしくない。お前は見てないのか? 俺達の仕事が、人間にどんな影響を与えているのか」

「見てるわよ。私が射った矢が刺さった彼らが、真実の愛に目覚めて恋に落ちているわ」

「……本当にそれだけなら、俺は疑問なんて持たなかったんだよ」

 キュイロが俯いて、背を向ける。

「お前も一度、本当の意味で見てみろよ。上の奴らが言う『恋は落とすもの』の意味が理解できるさ」

 そう言ってキュイロは立ち去った。その背を見つめながら、リーヴェは眉を寄せる。

「何よそれ。意味分からないわ」



「……それで、急に光ったと思ったら、彼はもう、その場に居た別の女性に一目惚れしていたの。女性の方も同じで……こんなのって、あんまりだわ!」

「……うちは恋愛相談所じゃないんだけど」

「まあまあ、スタイラ。その話がここに来た理由なんだから」

 音箱屋は今日も客が来ていた。しかし、とても記念的な思い出話とは思えない内容である。

 マイラもスタイラも、それがどんな仕様かは理解していたが、口にはしない。

「だから、もう恋なんてこりごり。彼がくれたネックレスを使って。私、告白されたあの瞬間の楽しさだけを思い出に生きていくわ」

「……本当によろしいのですね? 仮に不要になって廃棄などなさった場合、二度とここには来られなくなりますよ」

 いつも通りマイラが釘を刺すが、女性はこくこくと頷いた。

 そこからはいつもの流れである。スタイラがネックレスを手にした途端、女性の記憶はスタイラに預けられ、一ヶ月後にまた、と約束が交わされ、客は帰っていく。

 それにしても、と嘆息したスタイラが呟いた。

「キューピッドの奴ら、相変わらずね。運命の相手ならいいってものじゃないでしょ」

「彼らの仕事だし、それは仕方ないよ。むしろやらないと怒られてしまうんじゃないかな」

「それで傷付く人間はどうでもいいっていうのが、気に入らないのよ」

「うん、そこは同意かな」

 先ほどのような人間も生み出す、キューピッドの存在。彼らは悪気など一切無い。ただ、正しいと信じて仕事をしているだけだ。

 もっとも、強制力で繋がれた運命など、幸せかどうか甚だ疑問ではあるが。



 リーヴェは人間界の空を飛びながら、仕事を探していた。

 運命を待つ者は数多いる。だから、暇で困ることは無い。

 ただ、少し前のキュイロの言葉は少し引っかかっている。

「本当の意味で、か……。あっ、発見!」

 この仕事は、成功させる条件がある。

 一つは、運命で繋がれた二人が揃う事。

 もう一つは、その二人に矢を刺す事だ。

 近くに行くと、そこには運命ではない者同士が仲睦まじい様子を見せていて、もう片方の運命の相手は関心すら向けていない。

「どうしてこんなに近くなのに分からないのかしら。分からないから、私達が導くんだけど」

 金色の弓と矢をつがえ、狙いを定める。彼らの胸めがけて、鋭く矢が刺さった。

 瞬間、運命が繋がれた事を示す光が放たれる。

「よっし、これで――」

 ぐっ、と拳を握ったリーヴェだが、次の瞬間、違和感を抱いた。


「ど、どうしたの!? ねえ!」

「うるさい、僕は今、運命をこの人に感じたんだ!」

「そ、そんな、酷いわ! 私を捨てるの!?」

「捨てるだなんて。僕は今まで間違っていただけだ。さよなら」

「うああああ! 嫌よぉ!!」


「……あれ?」

 今までは達成感と共に、嬉しさしか生まれなかった。

 だが、今はちっとも嬉しくない。

 さっきまで仲睦まじかった人間達が、今度は仲違いをしている。

 そんな光景はいくらでも見てきたはずだった。

「なんで、だろ?」

 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、リーヴェはその場から飛び去る。

 その後も成功はしたものの、さっきの光景がずっと頭に引っかかって、気持ちは晴れなかった。

 天界に戻ったリーヴェは、キュイロとまた出くわした。

「どうした? いつもと違って浮かない顔だな」

「ね、ねぇ、キュイロ。今から仕事?」

「……一応な」

「あの、私もついてっていい? 今日の仕事分は終わったけど、まだ時間あるし」

 彼と一緒ならモヤモヤの正体が分かるかも、と期待を込めてリーヴェは彼に言う。

 キュイロは少し考え、「仕事に勝手に手を出さないなら」と要求を呑んだ。

 そして再度、人間界へと降りたリーヴェは、キュイロの後をついて飛ぶ。

 彼はいくつかの運命の繋がりを無視し、仕事を進める。それがまず、リーヴェには不思議に見えた。

「ねえ、彼らは放っておくの?」

「あれでいいんだ。勝手にやるなよ」

「うん……」

 言われた以上、手出しはしない。だが、何か意味があるのかと思ってよく観察していると、ある事に気付いた。

(あ……まさか)

 仕事が一区切りついたところで、木の上で休みながらリーヴェはキュイロに尋ねた。

「あなた、既に相手が居る人間には矢を射たないのね」

「やっと気付いたか。ああ、俺はそう決めた。運命だけじゃ、人間は幸せになれない」

「……矢を射った瞬間、人間は容易く心変わりしてしまう。それが嫌なんでしょ」

「ああ。俺もそれに気付いてからは、それを見たくなくて、選別する事にした」

 キュイロの言葉に、リーヴェは目を瞑る。

「そっか……。私も今日、何となく嫌だなって思ったの。運命の人が両方揃えばいいのに、って」

 そんな奇跡はなかなか起きない。そう分かっていても、誰か一人だけが不幸に陥るのは、気鬱になってしまった。

 だが、そんな選別なんてしていたら、いつまでも仕事はろくにこなせないはずだ。今日だって、結局彼は二桁以上の運命を見過ごしている。

「でも、やらないと。だって、やれなかったら私達……」

「ああ、長くはもたないやり方だって、分かってる。けど、俺が決めた事だからな」

 ぽろ、と涙がこぼれる。彼が居なくなるのは、寂しい。嫌だ。

「だめだよ。我慢して、やろうよ。少しだけでもさ……!」

「やらない。俺は、お前みたいに優等生にはなれない」

 仕事の続きだ、と彼は羽ばたく。

 リーヴェもついて行こうとしたが、彼には止められた。

「この程度で泣かれていたら、ただでさえやれる仕事が減る。邪魔だから帰れ」

 さすがに邪魔は出来ない、とリーヴェはそのまま泣きながら天界へと帰ったのだった。



 それから数ヶ月後。

「いらっしゃいま……え?」

 音箱屋に訪れたリーヴェは、泣きながら一枚の羽根を両手で持って言った。


「お願い……これで、思い出を形に残して」


 ついに、その時が来たのだった。

 彼が断罪される時が。

 リーヴェは彼を庇った。だが、あまり庇うと同罪とされる、と言われ、最後にこの羽根一枚だけを持つ事を許された。

 もう、彼はどこにも居ない。あれから何度も行動を共にし、互いを理解し合えると思った矢先の出来事だった。

「……ここの制約はご存知ですか?」

「知ってるわ。だからこそ、お願いしたいの」

「分かりました。持ち歩けるような大きさがいいですね。二週間ほどになります」

「ありがとう……」

「そう思うなら、誰彼構わずくっつけるの、やめたら? 地味に客は増えるから、こっちとしてはありがたいけど、同じくらい捨てられてるのよね」

「ごめんなさい……。逆らえないの。逆らったから、彼は……」

 背任、と決め付けられ、断罪された絶望は大きい。

 だがそれ以上に、彼の言葉が大きかった。


『リーヴェ。お前は……俺の分もよろしくな。優等生』


 彼の後を追う訳にはいかない。だが、このままでいいとはもう思ってなかった。

 長い時間がかかるだろう。もしかしたら、途中で失敗するかもしれない。

 それでも、変えたいと思った。今の、自分達のやり方を。

 運命だけではない、人の繋ぎ方を。



 どこかでまた、新たな噂が流れる。

 誰も居ないはずの場所で、もしもオルゴールが聴こえたら。

 近くに誰かの為のキューピッドが、居るかもしれない、と――。

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