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いつか来る過去へ

 魔女は孤独だ。

 数百の時を生きても、それは埋まらない。

 だから彼女は残す。今ある未来の為に、特別な過去を。



 チリン、と来客のベルが鳴る。店番をしていたマイラは、読んでいた本から顔を上げると、ぱっと笑顔を浮かべた。そしてすぐ、奥へと声を上げる。


「スタイラ! ちょっと来てよ!」


 数秒して奥のドアが開き、妹が面倒そうに顔を覗かせたが、それも客人を見た途端、マイラと同じように喜色へと変わった。

「まあ! フレウおばさま! いらっしゃいませ!」

「ああ、二人とも変わりないみたいだね。歓迎してくれてありがとう」

 スタイラは「おばさま」と呼ぶが、客人ことフレウはまだまだ年若い美女にしか見えない。

 しかしフレウはその辺りを気にしていないらしく、その呼ばれ方でも文句を言ったことは無かった。

「それで、うちに来たということは、依頼か修理ですか?」

 マイラの質問に、フレウは頷く。

「今回は両方さ。こっちの修理と、もうじき旅立つ弟子の思い出さ」

「修理、承りました。あちらに座ってください。またお話を聞かせて貰いますので」

 出されたのは、少し古ぼけたオルゴール。かなり昔に作ったが、大事に使われているようでマイラも嬉しい。

 箱を受け取り、スタイラと一緒にお茶の準備をして、いつもの接待用のテーブルへと向かった。

「どうぞ。今日のお茶は東方の珍しい物にしたの。口に合うといいけど」

「ああ、いい香りがするね。どれ……うん、悪くない。腕も上げたね」

「ありがとう!」

 そんなやり取りも挟みつつ、今回の依頼内容がフレウの口から語られた。

「何年前だったかね。魔女に弟子入りしたいって、ある日押しかけて来た子が居てねえ。なるからには何でも出来るようにしないと、と思って厳しめに育てたんだよ。泣き言や弱音を吐いても、結局逃げ出さずに色々な試験を乗り越えて、この間やっと、最後の試験に受かったのさ」

 フレウは魔女の中でも長生きし、博識でもある。

 そんな彼女だからこそ、自ら弟子を取り、新たな魔女を世に送り出す事も多い。

 ただ、生きる時間に比例して記憶も蓄積し、それこそ最初の弟子の思い出などもほとんど記憶に埋もれかけているそうだ。

 そんな折にこの店を知り、弟子一人につき一つだけ、思い出のオルゴールを残す事にしたのだという。

 今回もまた、いつの間にか新たな弟子を取っていたらしい。

「ね、おばさま。その試験ってどんなものだったの?」

「魔女たるもの、自力で他人の願いを叶えるものさ。あの子にもそれをさせたんだけど、ちょっとばかり騒ぎになってねえ。あたしが出張る羽目になってしまったよ」

「それは合格だったんですか?」

「本質的には合格だったから、いいんだよ。まだまだこれからさ。それでね。今回は……こいつを使えないかい?」

 軽く指を弾いたフレウの手には、小さなドライフラワーのブーケがあった。

「昔、試験の時に薬草取りで山に一人で放り込んだんだよ。そうしたら、帰って来た時にこの花をプレゼントって言って差し出したんだ。……あの子は本が好きでね。この花束の意味も、きっと分かっていたんだろう」

「可愛い花ですね」

「花言葉は『尊敬』さ。ふん、あんな笑顔で渡されちゃ、無碍にも出来やしない。けど、このままじゃ朽ちてくばかりだ。ちょうどいいだろう?」

 少し照れくさそうに、だが思い出してるのか顔が緩むフレウの言葉に、そっとスタイラが手を伸ばした。

「大丈夫、おばさま。素敵な記憶と共に、また最高の音を作るから」

「そうかい。じゃあ、頼んだよ」

 フレウがそう言って花束をスタイラに渡した後、ふっと寂しげな顔をする。

「いつになっても、この感覚は慣れないねえ。今回はどのくらいかかる?」

「そうですね……今回はかなり繊細な物なので、三ヶ月ほどでしょうか」

「そうかい。じゃあ期待しているよ。よろしくね」

 そう言って魔女フレウは店を出て行った。

「うん、素敵な音が作れそうだわ。マイラ、箱もしっかりね!」

「もちろん。……うちを正しく利用出来ている、数少ないお客様でもあるしね」

 本来なら、思い出をいくつも作るのは良くない。

 だが、魔女は人間と違い、長くを生きながらも摩耗していく存在だ。

 だからこそ、制限を設けながらもいくつもの記憶を形に残すのは、魔女にとって最適な解の一つでもある。

 スタイラ程ではないにしろ、マイラもまた、魔女フレウには好感を抱いている。

 なにしろ、面倒ごとを一切持ち込まないタイプの客人なのだから。



 魔女は森の中に住むが、人が嫌いだからではない。フレウの場合は、だが。

 森のあらゆるものが、研究や実験に使えるし、更に近くの山に行けば食料もふんだんにある。最高の立地なのだ。

 そんな家の中でフレウは、新しい薬品の開発に勤しんでいた。

「ここにミーモの葉を刻んで入れて……うん、香りは申し分ないね」

 フレウの作る飲み薬は、とにかく香りが重要だ。味も大事だが、香りからして良くなければ、飲む気にもならないだろう。効用が最重要なのは言うまでもない。

 今回はハーブのすっきりした香りを付けている。

 後は効果がどれほどになるか。こればかりは実験しないと分からない。

 後は煮詰めるだけ、となった頃、扉が開いた。

「お師匠様、ただいま!」

「ああ、おかえり。どれ、見せてごらん」

「今日こそは間違えないで採取出来たと思います!」

 もうじきここを巣立つ弟子には、薬に使うキノコの採取を頼んでいた。何故かキノコの見分けは難しいようで、出来れば独り立ちしてからそこで失敗はしないでくれ、とフレウは思っている。

 魔法で浮かべたキノコ達を見て、やれやれ、とフレウはその中から数個弾いた。

「毒キノコがこんなに混ざってるよ。試験が通ったからといって、日常の細かい所をおざなりにしてないかい?」

「そ、そんなぁ……すみません……。どこが違うんだろう」

 毒キノコをひとまとめにした後は、混ざらないようにすぐに山の中へと魔法で移動する。

 他のキノコを乾燥させる場所に置きながら、フレウは弟子に言った。

「後で図鑑を見返すんだね。それと、そろそろ新しい薬が完成するよ」

「新しい薬……あっ、前から言ってた『思い出し薬』ですね! 実験、私がしましょうか?」

「うーん、あんたにかい? 毒にはならないと思うけど、何を思い出す必要があるんだい?」

「あっ、そうですよね……。でも、むしろ何を忘れたか思い出せたりして?」

 弟子の言葉に、はたとフレウは気付く。内容にもよるが、それは使えるかもしれない。

「なら早速、飲んでもらおうかね。スプーンひと匙程度をお茶に垂らして、と」

 いい具合に煮詰まった薬を、魔法で出したお茶に入れたフレウは、弟子にそれを渡す。

「いただきます!」

 躊躇いも無くそれを飲む弟子は、数秒後、沈黙した。

 俯いた様子に、フレウは怪訝になる。

「どうしたんだい? 大丈夫かい?」

「あ、は、はい! 効果はあると思います!」

「何か思い出したのかい?」

「まあ、ずーっと昔の事、ですね。でも、ちょっと今の私とは違う感じで、やっぱり私には必要なかったみたいです!」

「実験だからね。けど、思い出したところで、過去の事さ。これは、思い出せなくなった人間の為の薬だ。あんたは魔女になって、これから先、覚えておかなきゃいけない事も沢山ある。それよりも薬の効能がいつまで保つか分からないから、忘れたら言っておくれ」

 重要なのはあくまでも効果だと言い含めると、弟子は曖昧に笑って頷いた。

 だがその報告を受ける事なく、二ヶ月後に弟子はこの家を去って行った。

 新しい、自分だけの家を作り終えたらしい。

 時々遊びに来ます、と告げた弟子は、箒に乗って飛んで行ったのだった。

 そういえばそろそろ三ヶ月か、とフレウは思い出す。

 あの双子の店に行き、修理を頼んだオルゴールと新しいオルゴールを受け取らなくては。

 そう思い、出掛ける支度を始めた。



 店に行くと、双子がお茶の片付けをしていた。入れ違いで来客があったらしい。

「どうする? マイラ」

「引き受けた以上はやるけれど、気乗りはしないかな……。仕事を断れる事なんてまず無いしね」

 こちらに気付かずに会話をしている双子の表情は暗い。

 だがフレウもそのまま聞くわけにはいかず、声をかけた。

「邪魔してすまないね、お二人さん」

「あっ、おばさま……!」

「気付かなくてすみません。引き取りにいらしたんですよね。少々お待ち下さい」

 双子は驚いたと同時に、急いで奥に行くと、二つのオルゴールを持ってくる。

「こちらが修理した物で、こちらが新しい物です」

「念の為、いつも通り確認をお願いね」

 一つずつ試しに聞いて、フレウは頷く。問題は無さそうだ。

「うん、ありがとうね。お代はこれくらいで足りるかい?」

「はい、十分です。いつもありがとうございます」

 今回は時間もかけてもらったので、そこそこ上乗せしている。

 マイラが笑顔で頷き、スタイラもやっとそこで笑顔になった。

「そういえば、さっきは随分と浮かない様子だったね。大丈夫かい?」

「ああ、はい。……魔女様は、もしも永遠に消えない記憶があるとしたら、それをどうしますか?」

「永遠に?」

 それはまた、随分と問題のある話だ。忘れる事で、人は人として生きていける。もちろん全てにおいてでは無いが、残したくない記憶なら、永遠に残るのは苦痛でしかないだろう。

「それが嫌な記憶なら、何としてでも消したいだろうねえ」

「……ですよね。正しくない方法だとしても、それしか無いなら、縋りますよね」

「私達も、そんな事で音箱を作りたくはないけれど……最初で最後だから、って泣きつかれたの」

 何となくフレウにも読めてきた。何らかの事情で消せない記憶を持ってしまった誰かが、この店の噂を聞いて、藁にもすがる思いで来たのだろう。

 オルゴールを作ってもらえる事にはなったようだが、それはここ本来の目的ではないのだ。

 双子にとっても、依頼人にとっても、いい気分ではないだろう。

 そこでふと、フレウは自分が作っていた薬のことを思い出した。

「あんた達は思い出したい事があるかい?」

「……いいえ。必要な記憶は、忘れる事さえありませんから」

「そうね。私達がどうしてこの仕事をしているのか。それを忘れたら笑えないもの」

「そうかい。……それなら、いいんだよ。お互い、長きを生きる同士、これからもよろしく頼むよ」

 彼らに必要ならば譲っても良かったが、無用な心配だったようだ。

 フレウの言葉に、双子は静かに頷く。

 そして店を去ると、フレウは裏路地で箒に乗って空へと飛び立つ。

 魔女の姿は、多くの人間に認識される事は無いし、魔女もそれを望まない。

 ただ、こうして人々の行き交う道を見下ろすと、閑寂を時折抱く。

「そういえば、あの薬はどうしようかねえ」

 記憶の保持期間が曖昧なままな為、薬そのものは売るのを保留していた。

 あっという間かも、永遠かもしれない薬を、安全に売るのは無理がある。

「あたしが飲んでもいいがねえ……。その前に記憶を消す薬を作るか、それとももっと効果を限定的にした方がいいかもね。あの双子の客みたいな目には遭わせられないし」

 早速、帰ったら調合の見直しをしよう、とフレウは決める。

 まだまだ陽の高い空は、薄い雲がかかっていた。



 魔女は孤独だ。だが、永遠ではない。

 何故なら、時折孤独を紛らわす存在が居るから。

「す、すみません! 突然ですが、わたしを……弟子にしてみませんかっ!?」

 滅多に無い来客の中でも、とびきり珍しい来客だ。

 魔女はいつもの文言を口にする。

「魔女になるのは簡単じゃないよ。まずは家族も何もかも捨ててからでないとね」

「……家族は、居ません。荷物も、これだけです。お願いします! 魔女になって、一から人生をやり直したいんです!」

 必死な少女は、何があったのだろう。だがそれを、魔女はあえて聞かない。

「下積みに最低でも数年はかかるよ。そしてあたしの言葉は絶対だ。いいね?」

 念を押すと、少女は顔を輝かせて言った。


「はいっ! よろしくお願いします! お師匠様!」

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