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音箱屋へようこそ

 どこかの国の小さな街に紛れて。

 その店は、そっと、そこにある。

 明るい昼下がりの通りを、喪服姿の少女が歩く。

 黒いワンピースに黒いヴェールハットは、道ゆく人々が一度は振り返る程に浮いた格好だ。

 その少女――ミモリザが足を止めたのは、小さな店の前。

 ショーウィンドウも無く、シンプルな看板には、『音箱屋』と書かれていた。

 扉を押し開けると、チリン、とベルが鳴る。

 その店内は、オレンジの灯りで満たされていた。

「あ、あの!」

 ミモリザが声を上げると、奥からパタパタと小さな足音がやってきて、カウンターの後ろにある扉が開いた。

 ミモリザはその足音の主に驚く。

「いらっしゃいませ、お客様」

 にこっ、と笑って口を開いたのは、まだ幼いとすら思えるほどの、少年。

「ご、ごめんなさい。ここの店主さんにお会いしたいのだけど」

「店主なら僕と妹ですよ。お姉さん」

 噂は本当だったのか、とミモリザは唖然とした。

『この街には、ずっと前から不思議な店がある。その店の主人は幼い双子の兄妹らしい』

 その双子はずっと幼いままらしく、魔物か何かではないか、という疑惑まであるほどだ。

 それよりも、とミモリザは気を取り直して、懐から小さな髪留めを出しながら口早に用を告げる。

「あの、ここでは、思い出を形に残し続けられるって、聞いて……」

「出来ますよ。けれど、まずはお客様のお話を聞いてもいいですか?」

 少年は片手を突き出して言う。

「少々お待ち下さい」

 そうしてカウンターから出てから扉を一度開けて、すぐ戻ってきた。

「依頼人を何人も受け持ちは出来ないので、来客が居る時は閉じてるんです。さあ、こちらで座って下さい」

 お茶の用意をするからと、少年はまた奥に行く。

 ミモリザは一人がけのソファに座ると、改めて店内を見渡した。

 雑然とはしておらず、壁の方にいくつかのショーケースが置いてある。一番近くに見えるのは、豪奢な装飾の箱だった。

 ここに並べられているのは、主を待つものばかりらしい。これもまた、噂だが。

(すごい装飾……。こんな物が作れる職人なんて、そうそう居ないわ)

 手に取りたい衝動を堪える。開けて、音を聞いてみたい。

 だが、それは叶わない事も理解していた。

『あれは本来の持ち主の為に存在してるから、他人じゃ開かない。……そんな事を言われたらしいよ』

 この店に来た事がある人間の言葉も、噂と共に流れてくる。

 依頼の受け方が特殊な為に、客人は表に出ないのかもしれない、とミモリザはぼんやりと思う。

 その時、扉の音と共に足音が二つ響いた。

 やってきたのは、男女の、まさしく双子と呼べるほど瓜二つな二人。

「お待たせしました、お客様。こちら、紅茶になります」

「マイラ、もう敬語やめなさいよ。どうせすぐ剥がれる皮でしょ」

「スタイラ、最初だからこそ丁寧に接客しないと。……すみません、お姉さん。どうぞ」

「あ、ありがとう。いただくわ」

 湯気の立つ美しいカップを持ち上げ、その香りにほっとする。

 一口啜れば、いい茶葉と淹れ方をしているのがすぐ分かった。

「おいしいわ。いい腕ね」

「本当? それは嬉しいわ。……さて、話を聞きましょうか。あたしはスタイラ。音を作ってるわ」

「改めて、挨拶が遅れてごめんね。僕はマイラ。箱を作ってるよ」

 あの緻密な装飾はこの少年が手掛けていたようだ。小さく細い指先は、とても器用なのだろう。

「私はミモリザよ。よろしくね」

 カップを置き、ミモリザも名乗る。

 そして、先ほどは一度しまった髪留めを再び出して、テーブルに置いた。

「この髪飾りは、私の親友の形見なの」

 あしらわれた宝石は、彼女の髪色だった、薄い金色のシトリン。

「これはね、私と彼女……ハネイアとの、最初の思い出なの。二人で初めてお祭りに行って、お揃いで買ったのよ」

 自分の方は、今でも髪に着けている。それを示すと、双子は無言で頷いた。

 そこからは流れるように、ミモリザは思い出を口にする。

「お互いの髪の色の髪留めを買って交換してね。二人で出かける時はいつも一緒に着けてたの。そう、約束したから。……でも」

 親友の証だった。おばあちゃんになっても着けていようと、約束した。それなのに。

「あの子は……先に、神様の所へ行ってしまったの……! 病気になって、私だけ、置いて……!」

 枯れたと思っていた涙が流れる。葬式から三ヶ月経った今でも喪服のような格好なのは、忘れたくない為だ。

「もう私は、喪服を止めろと言われたの。でないと、お見合いが出来ないだろうって。この髪留めも、やめないなら捨てるって言われて……! だから、捨てられるくらいなら、って思って、ここに……!」

 我が父ながら、いくらなんでも酷いと思う。だが父は有言実行だ。抗わなければ本当に捨てられてしまうから、ここへ来た。

「だから、お願いします……! 大事な形見を捨てられたくないの。あなた達の手で、永遠の思い出にして下さい!」

 ミモリザは深く頭を下げた。たとえお金をふっかけられてでも、今のミモリザには必要だから。

 ――ややして、口を開いたのはスタイラだった。

「あなたの望みは、どちら? 親友を忘れたくないのか、親友との綺麗な思い出に浸りたいのか」

「え、ええと……?」

 質問の意味がよく分からず困惑するミモリザに、マイラが補足する。

「スタイラ、先に仕組みを説明しないと答えられないよ。お姉さんは、ここについてどれだけ知ってる?」

「噂で、思い出の品を使ったオルゴールを作ってくれるって事と、それは絶対に壊れない事……くらいね」

「うーん、やっぱり説明しないとね。まず、絶対に壊れない物じゃない。形になって存在するものは、等しく壊れる。これは理として覆せない。僕達のオルゴールも、その気になれば簡単に壊せる。勿論、その修理も承ってるよ」

「えっ」

「そしてもう一つ。対価は思い出の記憶も含まれる」

 こっちの方が重要だ、とマイラは告げた。

「思い出の品だけでは、依頼人の思った通りの品にならない。それに付随する依頼人自身の思い出が必要なんだ。品を差し出してしまったら、君はそれにまつわる思い出を忘れる事になるよ」

「忘れる⁉︎ そんな!」

 マイラの説明に、思わずミモリザは立ち上がる。だが、それを宥めるように彼は続けた。

「忘れるのは、その品に関する重要な記憶だけだ。君の場合、どうして買ったのかを忘れる。人は忘れたら気にするから、僕らの音箱を開く。そうすれば、音楽が流れたら一時的に思い出せるんだ。理屈は分かってもらえた?」

「……ええ、何とか……」

「で、その時に流れる音楽が、記憶の再生なんだ。スタイラが知りたかったのは、思い出した時に、写真を見返すようなものなのか、それともその時間に心ごと引き戻されるのか。似て非なる感覚だから、重要なんだ」

 思い出の中身をどうしたいか、と問われているのだと、やっとミモリザは理解した。

 人の記憶は徐々に風化していくという。ミモリザが最も嫌だったのは、完全にハネイアを忘れる事だ。

 だからこそ、思い出して繋ぎ続けたい。あの日の瞬間を、たとえまた忘れても、いつでも思い出せるように。

 ならば、答えは決まった。

「忘れても思い出せるなら、その時の想いごと」

 きっぱりと告げる彼女を見て、双子は顔を合わせて頷くと、揃って立ち上がり、一礼して告げた。

「承知致しました。必ずや、お望みの品をご用意します」

「ご依頼、ありがとうございます。では、この品とあなたの思い出をお預かり致しますね。一ヶ月後にご来店をお待ちしております」

「……ええ、よろしくね」

 髪留めを預け、ミモリザは店を立ち去る。

 帰宅した後、自分の髪留めを外したミモリザは、何かを忘れたような気持ちになった。

 髪留めは確かに今も大事な物だが、何故かはっきり思い出せない。あの店で言われた事は、本当だったようだ。

(でも、これで前へ進める。明日からは普通の服を着よう)

 そう思いながら、ミモリザはアクセサリー箱に髪留めを入れ。

 そして髪留めはそのまま、箱から持ち出される事は無くなった。

 一ヶ月後、ミモリザの家にある品が届いた。

 差出人は『音箱屋』からだという。

「あら? そうだったわ。私ったら、すっかり忘れていたなんて」

 早速、中身を確認する。それは小さなオルゴール箱で、装飾は眺めているだけでも美しく、手触りもいい。

 何より、とても目に付く位置に、親友だった少女の宝石が煌めいている。

 そして箱を開けた途端――オルゴールの音色が煌めいて、髪留めの記憶を鮮烈に呼び覚ました。

「あ、あぁ……!」

 涙が溢れて止まらない。どうして忘れていたのだろう。こんなにも愛しい記憶を。あの感動を。

 否、その為にこれを作ったのだ。何度忘れても、またこうして思い出したくて。

 音楽が終わった後、ふと箱にあったカードに目を向けた。

『お引き取りに来られなかった為、送らせて頂きました。今後はお気を付け下さいませ』

 そういえば、あの双子に身元は明かしていない。どうやってこの家を知ったのだろうか。

 だが、そんな事は正直どうでも良くて、ミモリザは箱を抱きしめる。

「ありがとう……」

 もうこれで、ハネイアとの繋がりは誰にも切れないだろう。

 その安堵に今はただ、浸っていたいのだった。

 とある国のとある街には、小さな店がある。

 箱のマイラ、音のスタイラ。その店の名は『音箱屋』。

 彼らの作るオルゴールは、唯一無二のものばかり。

 今日もまた、一人の客が扉を開く――。


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