019話 総長、マッチポンプのラ・メール攻略戦①(東都ザラデタン襲撃、前編)
<ザラデタン侯爵サイド>
魔物の東都ザラデタン襲撃に備えて、昨日から住民の移動を開始して我が邸宅地下へ、数万の住民の避難を終了した。
地下通路網は金竜襲撃以来ここ200年で充実している。
現在、邸宅の地下には3階層の巨大な地下空間が有り、一時的に最大10万人の収容が可能である。
状況に応じて地下通路を移動して、レオンハル王国方面や西都方面、ラ・メールの森方面へ移動することも出来る。
ちなみに、この天界の人々は大気中にあるエーテルを接種すれば生きていける。
基本的にトイレや飲食の必要がない為、大人数の収容が可能なのである。
その避難の最中に、遅まきながらも
「女神への信仰を失ったことで加護が消え魔物達が活性化している」
と説明、女神信仰の大事さを訴えている。
まあ、その言葉を伝えるまでもなく住民達は女神の加護を失ったことを実感している。
なぜなら昨日から水の浄化機能が失われたからだ。
いままでは、どんなゴミでもそれこそ糞尿(飲食をすれば出る)ですら水につければ綺麗な水に浄化されたのだ。
だが今は、水で体を洗っても汚れも臭いも取れないし、何より水自体が臭くて人体に害すら出そうな程だ。
住民達にはこれが大きなショックだったようだ。
自分たちが女神の手厚き庇護下にいたことを初めて知り、その偉大なるお方を侮蔑して一方的に縁を切ったのも自分たち自身だと。
今更ながらようやく知ったのだ。
我々貴族も女神信仰は国の上層部が信仰していれば加護に問題ない、という気持ちがあった。
だが、貴民一丸で感謝し信仰するべきだったのだ。
あのバカ王になってから貴民問わずの女神蔑視が王都から蔓延してしまったことが悔やまれる。
民達はようやく女神様の御力を実感出来た。
だがもう遅い、避難先で魔物襲撃の恐怖に震えながら、我らはその女神様に縋る資格もない、と知った。
女神様の加護なき世界で、自らの力だけで生き抜けるのだろうか?
いや、まずは今の危機を乗り越えることだけ考えよう。
そう気合を入れ直して、騎士達と共に魔物を警戒を密にしていたのに、気がつけば東都上空に暗黒竜が現れていた。
黒き宝石のような美しい姿で神々しい波動を放つ存在だが、今の私達には恐怖しか感じられない。
我らの命を刈り取る神、まさに死神なのだから。
『ラ・メール王国の民よ。お前らには感謝の言葉を送る。常に生きとし生けるものの事を考えているあの慈愛深き女神様を【ボロ雑巾】と卑下し信仰を捨てた厚顔無恥さにだ。おかげで我らは自由になったぞ!』
暗黒竜の言葉に、グサリ と何かが胸に突き立った。恥知らずだった自身が恨めしい。
『だが我らが支配するにあたり、厚顔無恥な恩知らずなど・・いらぬ!』
『我ら魔物より、腹黒く、汚らしく、見苦しい恩知らず共よ!お前らに生きる価値などない!女神に成り代わりすべてを浄化してやろう。くらえ!』
その言葉の後、暗黒竜の口から漆黒のまばゆきブレスが東都に放たれ、視界が暗転する。
更にブレスが地面に到着すると、黒き光が視界のすべてを占拠した。
膨大なエネルギーにもかかわらず、衝撃波もない、音もない。
だが、まばゆき黒光が収まった後には・・巨大なクレーターが出来ており、その一撃で東都の4割が消失していた。
『闇の力、【殲滅光】だ。闇に消される気分はどうだ?慈愛深き女神にすら背を向けられたゴミ掃除にふさわしいだろう?ぐはははは!』
確かにな。我らには聖なる光などふさわしくない。まさに暗黒竜の言う通りだ。
グサリ、グサリと、後悔の刃が胸に刺さり続ける。
心が軋むが、今はそれどころではない。
レオンハル様との約束を果たすタイミングはここだろう。
「生贄を用意しろ!」
鎖に繋がれた29名の闇属性の面々を準備して暗黒竜の下に向かう。
騎士達と、生贄となる闇属性の民、それを見つめる数多の民達から、怒りや侮蔑の視線を浴びせられる。
ごく一部の民たちからは期待に満ちた視線を向けられるが・・バカが!
この29名以外は不要だ、という事実が分からんのか。
闇属性の面々は闇落ちしないように特に女神様への信仰心が深い。
暗黒竜は最低でもこの面々を救うおつもりなのだろう。
「一応生贄と言っているが、その心配はない。今後も女神信仰を大事にな」
闇属性の者たちにそう声を掛けると失笑された。まあそうだろうさ。
「不信心者に言われるとは・・何度生まれ変わっても我らは女神マーキュリー様の信者であり続けますよ。平和な生活を送れているのはすべて女神様のギフトですから」
「そうか、羨ましいよ。女神信仰を貫けなかった私は後悔しかない」
「200年ほど遅すぎます」
「その通りだ」
移動しながら、その一歩一歩毎に命が、魂が削れるような気分だ・・その償いは我が生命でお返しいたしますぞ、女神様!
邸宅を出て、空を飛ぶ暗黒竜の直下までゆっくりと移動したが、それに併せて暗黒竜はゆっくりと下降してきた。
さて・・演技を続けよう。
「暗黒竜様!闇の力を持つ生贄を用意致しました・・これでどうかお鎮まり下さい」
『生贄だと?うむ、恐怖に慄きながらも目が死んでいない。女神信仰を失わずとは・・素晴らしい!』
『ふふふ、女神の真民よ、お前達を王都の女神教会に送ってやろう。お主ら、女神の神徒と共に最後まで戦いたくはないか?』
「よ、よろしいのですか!?」
生贄、と思っていた闇の民達に希望の火が灯る。
なぜなら、女神教会の復活の噂を聞き
『私達も参加するぞいざ王都へ!』
というタイミングで捕縛されてしまったからだ。
『不信心者共に囲まれて無様に死ねば、お主らの綺麗に輝く魂が穢れる。女神を崇める真の仲間とともに戦い抜け!そして生き残って皆で女神に感謝を捧げるのだ!』
「「「は、はい!」」」
『良い返事だ(「実は私も女神が大好きなのだ」「え!?」)ついでに闇の加護を授けてやろう・・次は王都で相まみえようぞ!』
暗黒竜が右手をかざし、黒き光、祝福の光に包まれながら・・喜色に満ちた闇属性の人々は消えていった。
『私の唯一の心残りは無くなった・・さあ、ゴミ掃除だ。残りすべての民は死ね!』
覚悟を決めた、もう恐怖はない。
ならば敵わぬ相手に無謀な戦いを挑むとしよう。
娘は王都にいるので心置きなく戦って死ねる。
いや、必ず生き残って改めて女神様に詫びよう。
「これで私の最後の仕事は終わりだ。女神様、我が不徳を生命に変えてお詫びいたしますぞ!」
ん?暗黒竜がニコニコしているように見えるのは気のせいだろうか?
だが、この思考は中断される。ここで救助が入ったからだ。
我らが英雄!始祖竜王レオンハル様が来てくれたのだ!
レオンハル様急襲による暴風の中、暗黒竜に対する英雄のその姿を、一瞬たりとも見逃すことが無いように踏ん張り視界に留める。
『暗黒竜よ!これ以上の犠牲は出させぬ!我と勝負だ!』
『ほう・・始祖竜王レオンハルか。少しは歯ごたえがありそうだな。ならばお前から死ね!』
周囲の大気に影響を与えること無く、素早く、静かに飛び立った暗黒竜。
これから空中戦が始まるようだ。
とりあえず、生き残ったようだ。
ならば決着がつくまでは貴族としての責務を全うすることにしよう。
「行くぞ!」
邸宅に向けて走り出しながら指示を出す。
「すぐに民達をレオンハルと森へ逃がせ!西都方面は襲撃を受けている可能性がある、封鎖だ」
「騎士達よ、敵は強大だ。レオンハル様が負けたら我らが最後の砦。総攻撃を開始する」
「私に対して言いたいことがあると思うが、それは生き残ったら聞いてやる。その際は無礼講だ!」
「「「「は!」」」・・なら一発殴っても?」
「かまわん!」
「親父ーーー!!!私も一緒に戦うぞーーー!!!」
ぎゃ!なんで王都に居るはずのミリエールがここに!?
「な!?」
「私は騎士団長です。それと女神様への贖罪の機会を!」
ぐぬぬう、お前さえ生きてくれたら心残りはなかったのに!
だがしかし、以前のミリエールとは何か違う、成長を感じる。ここは・・ええぃ仕方ない。
「では騎士団長、民の避難が終わるまで邸宅を守りつつ戦闘準備だ!」
「っ!?・・・はい!」
嬉しそうなミリエールと対象的に、私は苦々しいものが込み上げてくる。
<始祖竜王レオンハルサイド>
さあ、我より強いものと戦うのは金竜戦以来だ。
しかも、今回は金竜すら雑魚と思える強敵!
『初手から全開でいかせていただきますぞ、発氣!』
体から白い靄のような発氣が溢れ出す。
全身に満ちるこの万能感!
だが眼の前の敵は我の力の差異など感じられていないだろう。
『・・・10点。放てばいいという訳では無い。まずは圧縮して研ぎ澄ませ・・このようにな!』
暗黒竜殿から一瞬で周囲100mに溢れ出す膨大な金の靄、これが伊月の発氣か。
あまりの濃密な氣に震えが来るのに・・・それを一気に圧縮して暗黒竜殿の体にきっちり収まった、一滴たりとも余剰していない正確なコントロール。
『発氣を常に体に馴染ませれば、どんどん体力がつく。常に使い続けろ、常に体内を循環させておけ』
『分かりました・・あの、騒動が終わりましたら我が国でご指導をお願いします』
『あいつらうざいからな〜、行きたくはないけど・・王国には改めて人族の取り纏めをお願いしたいし・・分かったよ、行くよ』
よし、言質は取ったぞ。【竜帝王】伊月を連れて帰らないと国に戻れないからな。
これで我が国の民は狂喜することだろうけど、確かにしばらくは鬱陶しそうだ。
『さあ、戦闘の始まりだ。レオンちゃんはついてこれるかな?』
『食らいついて見せる!』
暗黒竜の構えは胸の前に軽く握った両手を配置して、いつでも拳を付き出せる体勢だが、それではパワーが足りんのでは?牽制にしか使えないだろう。
と思ったが、神速とも言えるその拳の突き出し、ジャブというらしいが。
その一撃で気を失いそうになった、何故だ!?
その小さな動きでそこまで力を乗せられるのか?
私のその疑問に対して『仕方がないな』と、見せられたのは力の流動というテクニックだった。
僅かな体のひねりを下半身から上半身に流動・増幅しながら最終的に拳で爆発させる。
足なら上半身から下半身に流動・増幅させるのだ。
そのため最小限の動きで最大の効果を発揮。
避けることが難しい神速ジャブの一撃が、肉をえぐる程に強烈なのだ。
ん?なら、あのムチのようにしなる足蹴りが当たったら・・頭、破壊されないよな!?
しかもだ、流動している力を発氣で増幅、更には魔法で強化まで掛けている。
体技はなんとかなるだろうが、これほどの微細なコントロールを我が10年修行しても会得できるか?・・正直自信はない。
だが、弱点もあった。
この流動は集中して見ていれば分かるのだが・・・
『見やすいようにしているんだ』
と鼻で笑われた。
しかも、当然ながらその場に留まってくれるわけではない。
次はよく分からない移動方法によりボコられた。
『これは【大空の覇者】というスキルを解析した移動方法だ。風精霊に餌(魔力)を与えて使役する。餌が気に入ると専属になってくれる』
これは必ず覚えておけ。と言われましても・・
そもそも見えもしない風精霊との交渉をどのように行うのだろうか?
正直に聞いたらため息を吐かれた。
私の部下の四天凰はその辺りの感知に長けているらしい。
「知らんかった」
って言ったら観戦していた四天凰達に殴られたぞ。
最後に・・・
『発氣は身体強化だけでは無く、こういう使い方もある。攻防一体の便利な技だ』
背中から生えた、発氣のみで構成された腕や足を見せられた。
確かに仮の手足なら攻撃を避けるために犠牲にしたとしてもまったく問題がない。
防御力の低い我には必須だろう。
だが複数操作のコントロールが課題か。
攻撃面では、発氣のみで構成された腕や足が魔法で隠蔽された状態で視覚外から、しかも魔法付与までされて襲ってくるのだ。
つまり、何がいいたいか?と言うと・・習得のためしっかり見ようとした結果、四方八方から攻撃の雨あられをすべて食らってしまい大地に伏している。←今ここだ。
『発氣がどうとか教える前にその紙装甲を鍛え直さないとな』
・・・仰る通りだ。
『だが発氣の筋はいい。女神の盾、期待しているぞ』
その言葉に喜び、そのまま意識を失った我は四天凰達に担がれて逃げのびたそうだ。




