表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/107

第八十七話 開戦




 令和11年1月1日・5時55分。


 空は徐々に白み始め、やがて初日の出が顔を出そうとしていた。


 ある人は神社へと行き、ある人は家で寝ている。

 しかしながら、自衛隊の隊員たちには、浮ついた空気は一片もない。


 後に『アルカディア革命戦争』と呼ばれる戦いが、遂に幕を開けようとしていた。



~~~



 カチ、カチと時計の針が時を刻む。

 1秒が数十秒にも感じる中で、静寂だけがその場を支配していた。


「……」


 どんなに体感時間で長く感じようとも、時は平等に流れる。

 誰しもが『時よ止まれ』と祈っても、時間が止まる事は決して無い。


 故に、必然として時は進み、時計の針は遂に06:00を指す。…………指してしまう。


 緊張の糸がピンと張りつめ、誰しもが言葉を発しない。


 だからこそだろう。全無線に入った一つの通信が、異様に良く聞こえたのは。


『こちら統合作戦司令部、全隊へ通達。これより『天誅てんちゅう』作戦を開始する!各部隊は作戦フェーズ1・コードネーム『天衝てんしょう』を発動せよ!繰り返す……』


 この無線が流れた瞬間、作戦は正式に開始された。 

 直後、それぞれの指揮系統を通じて、指令室から陸、海、空、自衛隊に命令が発せられていく。


「砲撃第一連隊、第二連隊、第三連隊、目標照準固定!」


 相模湾の東側の第一連隊、北側の第二連隊、西側の第三連隊が、それぞれアルカディア人工島に照準を合わせた。


『砲撃管制、オールグリーン!』

『よし、全砲門、撃ち方用意!』


 三方向からアルカディア人工島を狙う陸自の砲撃部隊が、一斉に臨戦態勢に入った。

 砲口が微細な調整を繰り返しながら標的を捉え、すべての部隊が発射準備を完了する。


『第一連隊、弾種確認! HEAT弾、装填完了!』

『第二連隊、HEAT弾、装填完了!』

『第三連隊、HEAT弾、装填完了!』


 HEAT弾(対戦車榴弾)。その名の通り、装甲貫通力に優れた砲弾である。

 本来は戦車に対して用いる兵器だが、敵の防衛施設や想定される装甲設備を破壊するため、今回の砲撃に採用された。


『全砲門、発射カウント開始!』


 統合作戦司令部からの指示を受け、各砲撃部隊の指揮官が声を張り上げる。


「撃てぇぇぃいっ!!」


 指揮官の声と共に、それぞれの隊員は引き金を引く。


 その瞬間、何十、何百にも重なる砲撃音が空気を激しく揺らした。

 まさに、地震ともゴジラの咆哮とも似た音の壁は、体中を揺らす。


 マフラーを巻いているのにも関わらず、耳をつんざく轟音でめまいすら起こしそうだ。


 そして、そんな轟音と共に発射されたHEAT弾は、夜明け前の空に、炎をまとった砲弾が軌跡を描き、一直線にアルカディア人工島へと降り注ぐ。


「だんちゃーく、………………今!」


 観測主の声と同時、アルカディア人工島の上空に複数の光の閃きが走り、続いて島の周囲で激しい炎が噴き上がる。

 衝撃波が水面を叩きつけ、周囲の海に円形の波紋を広げていく。


 目視では見えない距離にあるが、砲撃地点の観測用スクリーンには、確かに目標へ命中したことを示す爆光が映っていた。


 数秒後、その映像に合わせて、遥か遠くから遅れて振動のような重低音が地面を伝ってくる。


『第一連隊、着弾確認!』

『第二連隊、着弾確認!』

『第三連隊、着弾確認!』


 すべての照準が正確に合い、すべてのHEAT弾がアルカディア人工島に命中した。

 訓練通りに動けている事に安堵しながらも、動きを止める事はしない。


『こちら射弾観測、着弾を確認。照準そのまま、次弾装填を継続せよ!』


 通信が入ると同時に、砲撃部隊はすぐさま次弾の装填作業に入る。


『砲撃管制、オールグリーン!』

『第二波、準備完了!』


 砲弾の熱気がまだ消えぬうちに、次なる一撃が放たれようとしていた。

 しかし……。


『……観測班より報告!目標地点の破壊状況を確認……!?』


 観測班の声が一瞬詰まり、ノイズ混じりの通信が微妙な間を作る。


「何があった!報告しろ!」


 陸自指揮官は声を張り上げる。


『……おかしい……目標に損傷が見られません!』


 その言葉が響いた瞬間、指揮官たちは一斉に顔を見合わせた。


「何……?」


 射弾観測のモニターには、無人偵察機から送られてくるアルカディア人工島のリアルタイム映像が映し出されていた。


 そこには、確かに砲撃が直撃したはずの地点が映っている。

 だが、映像に映るその場所には、通常ならば見られるはずの爆撃の爪痕が存在しなかった。


 クレーターもなければ、瓦礫すらも飛び散っていない。

 まるで、砲弾が空に消えたかのような光景だった。


『……ありえない!着弾は確認されているのに、何も破壊されていないだと!?』


 観測班が驚愕の声を上げる。


「……まさか、迎撃されたのか?」


 陸自指揮官は、眉間に皺を寄せたまま息を飲む。

 だが通常の迎撃であれば、空中爆発や破片の飛散が観測されるはずだ。


 それすらもないとなれば、説明はつかない。


「射弾観測班、続報を送れ!敵に迎撃の兆候はあったか!?」

『……いいえ!こちらの観測範囲内では対空砲火、迎撃ミサイルの発射は一切確認されていません!』

「では、いったい何が起こったというのだ!?」


 指令室に混乱が広がる。

 そんな時だった……。


『!!』


 より観測を密にするために近寄った無人偵察機のカメラが、異変を捉えた。

 モニターの映像が一瞬だけざらつき、次のフレームには新たな変化が映し出される。


 アルカディア人工島の中央にそびえる『世界樹』と呼ばれる巨大構造物の地表部分が、淡い光を帯び始めていた。


『……なんだ、あの光は……?』


 オペレーターが思わず声を漏らした直後、人工島全体が微かに震えたように見えた。

 次いで、島の中心にそびえる巨大施設『世界樹』から、柔らかな光が漏れ始める。


 その光は即座に広がり、世界樹を中心としてドーム状の半透明の膜が出現した。


『バリア……!?』


 無線越しに聞こえたその声には、戸惑いと恐怖が滲んでいた。


 空気が……いや、空間がたわむような違和感を伴いながら、ゆらりと波打つそのバリアは、現実とは思えぬ美しさがある。

 そして、それに名前を付けるとするならば……。


『……これは……サンクチュアリか?』


 日本語に直せば『聖域』と言う意味の言葉。まさにこの状況を表すにふさわしい言葉だと、誰しもが思った事だろう。


『……な、なぜ……こんなものが……!』


 自衛隊の指揮官たちが愕然とする中、追加情報が次々と入ってくる。


『観測班より報告!エネルギー反応を解析中……』

『スペクトル分析の結果、これは何らかの『防御フィールド』と推測されます!推定出力……不明!規模……推定直径10km以上!』

「そんなバカな……人工島全体を防御するほどのバリアだと!?この世界はSFでは無いのだぞ!?」


 あまりに非現実的なことに、誰しも思考が追いつかない。


『ま、待て!ではさっきの砲撃は……!』

『……おそらく、すべてバリアで無効化された可能性が高いでしょう』


 震えるような声が、無線越しに漏れ聞こえる。

 そして、その予期せぬ無線は、現場の誰もが薄々感じていた『最悪の予感』を、静かに確信へと変えていった。


 それから数秒の沈黙。

 やがて、陸自指揮官が低く、静かに命じた。


「……全砲撃部隊、砲撃中止。次の指示があるまで待機せよ」


 すぐさま彼は通信チャンネルを切り替え、統合作戦司令部へ連絡を入れる。


「こちら砲撃部隊、異常発生。直ちに対応を求む」

『……本部確認済み。砲撃を継続せよ』

「了解!」


 短く簡素なやり取りは、異常事態でも落ち着いて対応できる練度の現れだった。

 だからこそ、指揮官も落ち着きながら部下に命令を下すことが出来る。


「前砲撃隊、砲撃再開!目標地点への継続射撃を実施せよ!」


 すでに次弾は装填済みで、準備は整っている。


 それ故に、再開の命令と共に、再び砲門が火を噴いた。


 何十、何百二も重なる砲撃の衝撃が地面を震わせ、大気を貫いて弾丸が飛び立っていく。

 しかしそのすべては、何かに触れることすらできず、先ほどと同じようにバリアに吸い込まれ、虚無へと消えていった。


 しかし、それが税金の浪費だと分かっていても、砲火を緩める事はしない。

 そのすべてが無駄だとしても、10分間、その砲撃が止む事は無かった。



~~~



 海面に浮かぶイージス艦。

 その艦橋に立ち、双眼鏡越しにアルカディア人工島を見据える男がいた。

 この艦隊の総指揮を担う、海上自衛隊の司令官・海将である。


「……しかし、あれがバリアか……」


 まだ太陽は海の向こう側に沈んでおり、空は徐々に赤みを増し始めている。

 そんな光を受けて赤く輝く半透明のバリアは、まさに神秘的と評すのが正しく思えた。


「……まさに砲弾の雨と表すにふさわしい絨毯爆撃を、ああも容易く防ぐとは……」


 距離こそあれ、肉眼でも確認できるほど大規模な絨毯爆撃ですら揺らぎもしないバリアに、呆れてしまう。

 あの火力ならば、山手線内側の全てを耕す事も可能なレベルだ。


 それを考えれば、あのバリアがいかに頑丈かを思い知らせる。

 そして、それはミサイルの1発や2発程度では、焼け石に水だろう。


 だが、それが分かっていても、指揮官として不安の感情を表に出すわけにはいかない。


「……海将、攻撃予定時刻が迫っています」


 副官の報告に、海将は軽く頷くと、冷静に命令を発した。


「了解。全艦、目標座標を最終確認。射撃管制、最終チェックを行え」

『各艦、最終確認……発射準備完了!』


 イージス艦5隻、護衛艦10隻。計15隻と言う大艦隊が一斉に火器管制システムを稼働させ、アルカディア人工島への照準を即座に完了させる。

 さらに、水面下では潜水艦10隻が魚雷発射管を開放し、海中からの支援態勢を整えていた。


「目標座標、ロック完了。発射命令を」


 緊張を孕んだオペレーターの声に、海将はもう一度だけバリアを見つめる。


「……」


 その表情に迷いはないが、内心には確信めいた不安が広がっていた。


 陸自の砲撃で破れなかったバリアを、海自のミサイルで突破できる自信は、海将には正直ない。


 精密誘導によるピンポイント攻撃、極超音速ミサイルによる衝撃波、対艦ミサイルの炸裂効果。

 一番安くとも1発1億円を軽々と超え、中には30億円にも迫るミサイルを何百発と打ち込む。


 それで効果がなければ、我々に対抗する策など……無い。


 だからと言って、攻撃しないと言う選択肢はない。

 それが分かっているからこそ、海将は緊張して硬く結ばれた口を静かに開いた。


「……全艦、攻撃開始」

『ミサイル発射!!』


 その号令と同時に、艦隊全体が一斉に動き出す。


 イージス艦と護衛艦の甲板から、複数の垂直発射管が開かれ、次々とミサイルが打ち上げられていく。

 重低音とともに海上が揺れ、炎を尾に引いた誘導弾が天を突き抜けるように上昇した。


 続いて潜水艦も定時に動く。

 1隻につき6門の魚雷発射管から魚雷が発射され、60個のスクリューが白い泡を立てて進む。


 これは、海と空の同時攻撃でアルカディア人工島を上下から挟撃する、いわば挟撃式波状攻撃だ。


『ミサイル着弾まで……残り10秒……!』


 統合作戦司令部、陸自指揮所、空自の管制室。すべての司令部が固唾を呑んで見守っていた。

 そして……。


『5秒前!4、3、2……今!』


 その瞬間、空と海が一斉に光に包まれた。

 火球が弾け、閃光が水平線を割る。


 1秒後には、衝撃波の白い幕で覆われアルカディア人工島を隠した。

 だが、それもすぐに晴れる。そこには……。


「……まさか」


 無傷のアルカディア人工島と、揺らぐこと無いバリアが、依然として存在していた。


『全弾、着弾しました!…………目標への損傷は……ゼロです』


 その報告が、まるで時を止めたかのように艦内の空気を凍らせる。

 海将をはじめ、誰もが言葉を失った。


「全弾無効化……だと……?」


 想定はしていた。それでも、希望は捨てていなかった。

 だが、現実はあまりにも残酷だ。


 空と海から大量に撃ち込まれたミサイルと魚雷。さらには地上部隊の砲撃も続いている。

 だというのに、それら全てが存在しなかったと言わんばかりの、無傷のバリアとアルカディア人工島。


「これは……我々の手には負えん」


 絞り出すような声で、海将は呟く。

 その言葉には、敗北の悔しさと同時に、相手の力への率直な恐怖が込められていた。


 そして、海軍の渾身の一撃は、一発の傷も残せぬままに、幕を閉じた。



〜〜〜


 

 F-35に搭乗するあるパイロットは、通信を通じてバリアの存在を知っていた。


 いや、それだけではない。第5世代ステルス戦闘機に搭載された高度なセンサーが、アルカディア人工島の周囲に展開されたバリアをはっきりと捉えていた。


 未だに断続的な砲撃が閃光と轟音を伴って島を包み込む中、上空から見るバリアには揺らぎすら見えない。


『隊長、あのバリア、海自のミサイル一斉攻撃すら弾いたそうですぜ。1発10億円のミサイルが効かないんじゃ、俺たちのミサイルなんてオモチャですよ!』


 生意気な部下が、冗談めかして無線で話しかけてきた。


「ハハ、確かにな。我々のミサイルは1発2億円。1機に4発、30機分合わせても海自の火力には到底及ばないな」

『F-35よりもF-15の方が良かったかもしれないですぜ』

「確かにそうだな。後は第二爆撃部隊のF-15、F-2の計170機に任せるとしようではないか」


 軽口を叩きながらも、隊長の内心は真剣だった。

 

 F-35は世界最高峰のステルス性能と電子戦能力を誇るが、それは敵の防空網を突破するためのものだ。

 故に、兵装なども制限され、正面から防御を打ち砕く力はF-15やF-2の方が優れている。


 だが、それでも……。


「……だからと言って、手ぶらで帰るわけにはいかん」

『え?え? このミサイルじゃ無理でしょう……』


 部下が困惑気味に応じるが、隊長は静かに答えた。


「我々は軍人だ。できるかどうかで判断するのではない。やるしかないのだ。しかし……このまま撃っても、海自の二の舞になるのは明白だ」

『じゃあ、どうするんです?』

「陸自の砲撃も、海自のミサイルも、すべてが側面に着弾していた。ならば、世界樹の真上は攻撃が通る可能性がある」

『……でも隊長、それでダメだったら、俺たちの攻撃も無駄になっちまいますよ?』

「それでも構わん。可能性があるなら試すべきだ」


 隊長は一瞬、ミッションディスプレイに目を走らせながら思案する。


 F-35が搭載しているJDAM(精密誘導爆弾)は、通常、地上の標的に対して正確に命中する兵器だ。

 この兵器が、果たしてあのバリアを突破できるのかどうかは、試してみるまで分からない。


 だが、それでもやるのだ。


「全機に通達。攻撃目標を変更する。アルカディア人工島の中央部、『世界樹』の頂点に向けて、編隊を維持したままJDAM爆撃を実施する」

『隊長、編隊を維持したままですと、対空迎撃があった場合は逃げられませんが……?』

「分かっている。だが、今のところ敵の対空迎撃は確認されていない。可能性があるなら、攻めるしかない」

『……了解。全機、ターゲットを世界樹の頂点にセット』


 F-35の部隊は、ゆるやかに旋回しながら高度を上げていく。

 攻撃機の編隊が上空へと向かう様子を、海上の護衛艦からも確認することができた。


『目標高度まであと3000フィート……2000フィート……1000フィート……全機、攻撃準備完了』


 高度が十分に確保され、全機のJDAMが投下可能な状態になる。


『隊長、対空砲は確認できません』

「よし……やるぞ」


 隊長は深く息を吸い込むと、無線で最終指示を出す。


「全機、投下!」


 次の瞬間、30機のF-35から一斉にJDAMが投下された。


 精密誘導爆弾は空気抵抗を最小限に抑えるよう設計されており、猛烈な速度で標的へと向かっていく。

 狙いは一点。アルカディア人工島の中央、『世界樹』の頂点。


 微細な調整をしながら、落ちてゆくJDAMは、一切の狂いなくプログラムされた軌道を描いた。


 そして……。


『3、2、1……着弾!』


 次の瞬間、夜明け前の空に、巨大な爆発が巻き起こった。

 上空からの攻撃が炸裂し、閃光が空と海を照らす。


 爆風が渦巻き、まるで新年を告げるかのような強烈な輝きだった。


『……やったか?』


 F-35部隊のパイロットたちは、期待と不安が入り混じった感情でモニターを注視する。

 しかし……。


「な!……」


 視界が晴れると、そこには依然としてゆらめく虹色の半透明のバリアが広がっていた。

 上空からの攻撃ですら、完全に防がれていたのだ。


『クソッ……ダメか!』


 部下の悔しそうな声が無線越しで聞こえてくる。

 だが、隊長は冷静に判断をくだした。


「……全機、撤退するぞ。これ以上の損耗は許されん」


 攻撃のすべてが無力だったと判明した今、無意味な犠牲を払うわけにはいかない。

 F-35部隊は即座にフォーメーションを組み直し、静かに戦域を離脱していった。



~~~



 自衛隊が全力をもって攻撃を続けるその頃、アルカディア人工島の内部には、まるで別世界のように静かな空気が流れていた。


 外では幾千もの砲弾とミサイルが降り注ぎ、空と海を焦がしているというのに、内部の疑似世界樹室内では、その轟音どころか、振動ですらほとんど伝わってこない。


 モニターには、半透明のバリア表面で跳ね返る爆炎の映像が淡々と流れているだけで、現実味はまったく無い。


「……バリアはしっかりと作動しているようだな」


 モニターに映る計測値を見つめながら、俺は静かに呟いた。


 そんな呑気な俺と比べ涼太はさらに酷く、モニターの隅でポテトチップを頬張りながらジュースを片手にくつろいでいる。

 彼の態度からは、外で繰り広げられている戦争の緊張感など微塵も感じられない。


「でも、ちゃんと『不可侵領域』が作動してくれて良かったよ」

「だな」


 『不可侵領域』


 それは、このアルカディア人工島を覆う半透明な防御バリアの名称だ。


 この魔法は、第一回アメリカ実践テストで失敗した『神域』を基に、改良・発展させたものだ。

 『変化しない』という『不変性』を持たせることで、いかなる攻撃を受けても決して崩壊しない仕様になっている。


 そんな便利で万能な魔法なのだが、唯一にして最大の弱点がある。それは……。


「とはいえ、魔素の消費量がシャレにならんな。1カ月分蓄えていた魔素が、もう10分足らずで底をつきそうだ」


 モニターの隅で点滅する魔素残存量のゲージが、警告ラインに差しかかろうとしていた。


「まあ、それは仕方ないね。この規模の魔法なら、それ相応のコストは必要だよ。……むしろ、魔素を無限に使える正吾のほうが、イカれてると思うけど」

「おい、それは言い過ぎだろ」


 軽く笑いながら肩をすくめたが、コストの問題は無視できない。


 そもそも、この『不可侵領域』は、とある兵器『アマテラス』の防御を行うために開発された魔法だ。それもあって、使用魔力が途轍もない事になってしまった。

 現在は改良を行っている最中なのだが、流石に戦争までに完成はしなかったのは致し方ない。


「……そろそろ魔素も切れそうだな」


 俺はそう呟き、モニターを見つめる。


「涼太、基盤の魔素を最低限残して不可侵領域に回してくれ」

「分かった……て言うか、もう切り替えは済んでるよ」


 言うまでもない……か。流石と言わざる負えないな。


「そっか……あと『トンボ』を試すから、準備しておいてくれ」

「え?……あれ、試すの?まだ試作品だけど……?」


 涼太が驚いたように振り返る。

 その顔には、不安そうな目と、好奇心に揺れる無邪気な口元が浮かんでいた。


「ああ、そうだ」

「……OK、分かった」


 涼太は不安半分、興奮半分といった様子でキーボードを操作する。

 素早いスピードで入力を終えて、最後にはエンターキーを押し込んだ。




今日から3日間、1日2本投稿でいきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ