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第八十五話 開戦前夜1




 令和11年12月31日午後11時00分。


 新たな年の幕開けとともに、日本は歴史の大きな転換点を迎えようとしていた。


 世間は恐怖と興奮が入り混じった異様な空気に包まれている。

 ニュース番組やSNSでは、アルカディアと自衛隊の戦争が話題の中心だった。


 そんな世間とは切り離された統合作戦司令部では、まるで凍りついたかのような緊張感が、張り詰めている。

 オペレーターたちは端末に向かい、黙々と作戦準備を進めていた。


 誰もが無駄な言葉を発しない統合作戦司令部において、ただ決められた手順を淡々とこなしていくキーボード音だけが響く。


 そんな統合作戦司令部の中心に立つのは、統合幕僚長の遠藤正樹だ。


 どんなに激務の数日を過ごしても、軍服は一切の乱れが無い。

 目の下にはクマが出来ているが、地図を見る遠藤幕僚長の目は鋭かった。


 そんな遠藤幕僚長が鋭い目で見ていたのは、部屋の中央に置いてあるタブレット式作戦地図だ。

 そこには、今回の戦争の目標地点である『アルカディア人工島』が映し出されている。


「……作戦の最終確認だ」


 低く、それでいて確固たる意志を持った声が、統合作戦司令部に静かに響く。

 応じたのは、陸将補だった。


「はい、戦力の再確認をいたします」


 そう言って話し始めた陸将補は作戦地図を操作して、現在の状況を説明し始める。


「現在、陸上自衛隊3万名、海上自衛隊7000名、航空自衛隊5000名の配置が完了しました。海上自衛隊・航空自衛隊はすべての準備を終えております。

 陸上自衛隊の車両類については一部遅れが出ていますが、3時間ほどで配備を完了する見込みです」

「……そうか。……では、問題などは起こっているか?」


 遠藤幕僚長がそう問うと、陸将補は気まずそうにしながらも、口を開いた。


「……問題となっているのは、やはり『士気』でしょうか。ここ数日で、脱走兵が1000名近く出ています。あの精鋭部隊である第一空挺団からも3名の脱走兵を許している状況です」


 遠藤幕僚長はわずかに目を細めた。

 たった数日でこれほどの脱走者が出るというのは異常だ。


「……対策は?」

「士気の問題に対して、有効な手立てはありません。脱走兵の刑罰を重くすれば、それがさらなる士気低下につながる可能性もあります」


 淡々と答える陸将補に、遠藤幕僚長は歯を噛みしめる。


 まるで一本の糸でかろうじて繋ぎとめられているような状況。

 この戦争が、いかに綱渡りの状態で進んでいるのかがよく分かる。


「……そうか」


 遠藤幕僚長は、静かに息を吐き、作戦地図から目を外した。

 数秒間、天を仰ぐように見上げられた瞳は、疲労からか閉じられている。


 しかし、ゆっくりと下ろされる顔と共に、瞼と覚悟の幕が上がった。


 その瞬間、遠藤幕僚長の瞳を見た者は全員が慄き、震えあがる。それは、恐怖からか、あるいは興奮から来る震えかは分からない。だが、確実に体は震えていた。


「……一つだけ……。一つだけ士気を上げる方法がある」


 低く落ち着いた声だったが、部屋の空気が一瞬でざわめいた。


「私が、前方指揮所に赴く。そうすれば、いくばくか士気も上がるだろう」


 その言葉を聞いた瞬間、幕僚たちの顔色が変わる。


 それもそのはずで、軍のトップの指揮官である統合幕僚長が前線に立つなど、前代未聞だ。それは指揮官としての役割を放棄している事に等しい。


「それはあまりにも危険です、閣下……!」

「私も反対です!あまりにも危険すぎます!あなたが居なくなった場合、全体の統制が混乱しかねません!」


 次々に上がる反対の声を、遠藤幕僚長は手のひらを下げて静めた。


「前線とは言っても、あくまで後方数キロの前方指揮所だ。現地で直接、指揮官たちと顔を合わせ、兵士たちにも姿を見せる。私の言葉が、彼らに届けば、それだけで意味がある」


 遠藤幕僚長の言葉にも一理はある。


 しかし、それに伴うデメリットが大きすぎるが故に、幕僚たちはなおも反対する。

 だが……遠藤幕僚長が続けた言葉を聞いた瞬間に、その場にいた全員が口を閉ざした。閉ざすことしかできなかった。


「……それで数%でもいい。0.1%でも勝率が上がるのであれば、私はやる。やるべきだと思う」


 その言葉には、遠藤正樹と言う一個人としての覚悟が詰まっていた。

 それは、男の覚悟でもあり、人間としての覚悟でもある。だが、それでも幕僚たちの顔には、反対の意志が滲んでいた。


「それは理屈の上では理解できます。しかし、それと現実は別です。もし万が一、遠藤幕僚長が前線で倒れるようなことがあれば、我々は……」


 彼は言葉を切った。言い切るのが、怖かったのかもしれない。


「……全軍が崩壊します」


 その言葉は、この場に居る全員が抱いていた思いだった。

 しかし、それを加味したうえでも、1人の幕僚が賛成の意見を言う。


「……確かにそうですが……兵たちにとって、最高指揮官が戦場に足を運ぶだけで、『見捨てられていない』と感じ、ある程度の士気回復の効果はあるかもしれません」

「しかし、そのリスクが大きすぎる!」


 幕僚たちの間で、賛否両論の議論が白熱する。

 それを止めたのが、この議論の発端者でもある遠藤幕僚長だ。


「……ここに居る皆に聞いて欲しい」


 白熱していた声の間隙をついて発せられた言葉は、異様なまでに響き渡る。

 そして、幕僚たちはヒートアップしていた声を止め、遠藤幕僚長の方に向き直った。


「……私も危険な事は百も承知だ。しかし、このまま士気が低下し続ければ、軍自体が崩壊してもおかしくはないと、私は考えている」


 確かに今現在の士気が低く、一人また一人と脱走兵が出ている状況には違いはない。

 しかし、それでも統合幕僚長が前線まで出向くリスクに比べたら、マシと言わざる負えない。


「……遠藤幕僚長、貴方が言う事も理解は出来ます。しかし、私は反対です。あなたが死んだ場合、1万名の死者に匹敵するほどの被害となるのです!」


 1人の幕僚が一歩前に出ながら言った。だが……。

 

「私は、この作戦がどれほど危うい綱渡りか、理解しているつもりだ。だからこそ、自衛隊である前に、1人の人間として、国民に、部下に、人々に向き合いたい。でなければ、最前線で命を賭ける者たちに、私は胸を張って会う事など出来ない」


 その言葉に、先ほど反対の声を上げた幕僚が、俯いたまま拳を握りしめる。


 幕僚たちは、止めることが仕事だと脳では理解できる。しかし、遠藤幕僚長の覚悟と意志の前で、止める事を魂と感情が拒んでしまった。


「……私は、この命をもって彼らの背中を押したい。それが私の責任であり、覚悟だ」


 誰かが、小さく息を呑んだ。


 数秒の沈黙。

 重々しい椅子の軋む音とともに、1人の幕僚が立ち上がった。


「……私は統合幕僚長……いえ、遠藤正樹に敬意を表します」


 そして、静かに敬礼をした。


 その姿に続くように、また一人、そしてもう一人が立ち上がり、無言で敬礼を掲げる。


 波のように、感情が広がっていく。

 恐れ、不安、葛藤。それらすべてを呑み込んだ上で、今この場にいる誰もが、覚悟を共有しようとしていた。


「……私も共に、行かせてください!」

「私も……幕僚長と共に!」


 声が、合わさり、重なっていく。

 やがて、統合作戦司令部全体に、敬礼の波が満ちた。


 それは命令でも、指示でもなく。

 1人の覚悟が、もう1人の心に火を灯していった結果だった。


 だからこそ、遠藤幕僚長は彼ら一人一人を見て、ゆっくりと礼を返していく。それしか何かを返す術がなかったからだ。


「……ありがとう」


 その笑みは、ただひとりの人間としての笑みだった。



~~~



「……いよいよ明日か」


 第一空挺団が泊まっている宿舎。

 その宿舎の裏手にある簡素的なベンチに腰掛ける座る三浦拓真は、戦闘を目前にしながらも、まだどこか現実味を感じられずにいた。


 空を見上げると、冬の空気が刺すように冷たく、吐く息が白く浮かんだ。

 基地の外では、静かに年が暮れていくように、月が地平線の向こうへ沈もうとしていた。


 しかし、彼らにとっては年越しも正月も関係ない。

 今日の朝……戦争が始まる。


「おい、拓真。まだ起きてるのか?」


 背後から声をかけられ、振り返ると、先輩がそこにいた。


 手には、缶ビールを握っている。

 本来なら禁止されているはずだが、今夜ばかりは誰も気にしない。


「……眠れそうにないんです」

「だろうな。俺も同じだ」


 先輩は自虐的に苦笑しながら、拓真の隣に腰を下ろした。


「やっぱり、まだ怖いか?」

「……はい」


 拓真は正直に答えた。


 怖くないと言えば嘘になる。


 実戦に出たら、自分はどうなるのか?

 本当に敵を撃てるのか?

 命を奪うという行為に、自分の手が動くのか?


 そう考えるほどに、胸が重くなる。


「……先輩は……怖くないんですか?」


 拓真の問いに、先輩は少し間を置いてから、静かに答えた。


「正直、怖いさ。こうやって酒を飲んで誤魔化すぐらいにはな。……明日死ぬかもしれない。誰かを殺すかもしれない。そう言った恐怖はあるさ。でもな……」


 そう言いながら、先輩はポケットから1枚の写真を取り出した。


「俺には、守りたい人がいるんだよ」


 街灯の薄暗い光に照らされた写真には、漫勉の笑みで微笑む少女が映っていた。

 よく見てみれば、その少女は、どことなく先輩と似ている様な気がする。


「……もしかして、妹さんですか?」

「ああ、そうだ。清奈って名前で。今年高校一年生になる」


 先輩は、どこか優しい表情で写真を見つめる。


「俺の妹はな、先天性の心臓病を患っているんだ」


 その言葉に、拓真は思わず息を呑む。

 

「先天性の心臓病……ですか?」

「そうだ。そのせいで学校にもロクに行けず、病室で過ごすしかない……」

「……」


 拓真は何も言えない。

 先輩がどの様な心境でいるのかを察することは出来るが、その気持ちを真に理解してあげられることは……出来ない。


「妹は手術をしないといずれ死んでしまう。何一つとして普通の事をさせてやれないまま……な」


 先輩は苦笑しながら、写真を見つめる。


「でもな、手術には莫大な金がかかる。ドナーも必要だ。親も必死に働いてるが、全然足りないんだよ」

「……だから、先輩は自衛隊に?」

「そうだ」


 先輩は缶ビールをゆっくりと飲み干し、息を吐く。

 その横顔には、何とも言えない感情が浮かんでいた。


「俺はさ、バカだからよ。お偉い仕事は出来ないんだ。そんな俺が唯一体を動かすのは得意だったから、自衛隊になったんだよ」


 先輩は続ける。


「……国のためとか、大義のためとか、そんなの正直どうでもいいんだ。ただ……妹の未来を守るために戦ってる。それだけだ」

「…………」


 拓真は言葉を失った。


 自分はこれまで、『国を守る』という教科書通りの答えしか知らなかった。

 だが今、目の前にいる先輩は、もっとずっと小さくて、個人的で、もっと切実で強い理由で戦おうとしている。


 先輩は大切な人を『守る』ために、銃を握りしめて……戦う。


「……拓真、お前は何のために戦う?」

「俺は……」


 拓真は、自分の手を見つめる。


 この手で、明日から『人を撃つ』。

 それが『正しい』のかどうかも、いまだ分からない。


「俺は……自分が何のために戦うのか、まだ分かりません」


 そんな玉虫色な答えに、先輩は優しく笑った。


「……そうか……。でも答えを急いで出す必要はないさ」


 拓真はその言葉を、ただ静かに噛み締めた。



~~~



「……いよいよ始まるな」


 俺は世界樹の最上階、バルコニーに立ち、静かに夜空を見上げていた。

 隣には、同じように空を見つめる玲奈がいる。


 黒く染まる海の向こう側。

 あの暗闇の中には、日本政府の軍勢が迫っているのだろう。

 あと数時間もすれば、戦争が始まる。


「……なんだか、昔のことを思い出してきた」


 ぽつりと呟いた俺に、玲奈は視線を外したまま、静かに問いかける。


「昔のことですか?」

「ああ……ラブホへの近道を通ったことから、全てが始まったんだよな」


 思えば、最初の一歩はまったくの偶然だった。


 ラブホへの道をショートカットしようとして、ダンジョンに転落した所から、この物語は始まった。


「すべての始まりは偶然だった。……いや、人生のすべては偶然の上に成り立っているのかもしれない」


 しみじみと言いながら、俺は玲奈と出会った日を思い返す。


 あの日は、少し早めにダンジョンから上がり、久々の休日に横浜美術館へと向かった。

 ウキウキな気分で絵を楽しもうと横浜美術館に入ったとき、俺と玲奈は出会った。


 正直言って、最初に会った時の印象は最悪だった。

 あの頃は、アイツのことを『ヤバい女』だと思ったし、今も思ってる。


 けれど、いつの間にか玲奈は、俺にとって『最強の相棒』になっていた。


 一緒にダンジョンに潜り始めて、ほんの1カ月ほどで、俺はレベル100に到達。

 人類初めてとなる転生をした時、それを引き金にスタンピードが発生した。


 あの時は急なアクシデントに慌てふためいたが、それを逆に利用した結果、『聖女セイント』を世に知らしめることが出来た。

 その時に『ダンジョン教会』の礎を築く事になり、結果論的には良かったと思う。 


 それから紆余曲折を経て、国会にまで呼ばれる事態となったが、振り返ってみれば、それも悪くない出来事だったのだろう。


 ダンジョン教会を設立してから、俺たちはダンジョンオークションの設立に追われていた。

 そんな時に、政府が『ダンジョン開放』をしたことで、ダンジョン教会も本格的に動き始めることになる。


 オークションを立ち上げたり、経済を回したり、慌ただしい日々の中でも、どこか楽しく過ごしていた。


 DOSの設立が終わったことで、涼太に余裕が出来た。

 それを機に涼太が初めてダンジョンに挑戦することになる。


 涼太自身も自覚していたようだが、涼太には戦闘の才能は無かった。


 俺からしてみれば、それ以外の才能が溢れている涼太だから気にする事は無いと思ったのだが、涼太自身は少なからずとも悩んでいたようだ。


 だが、それでも自分なりに合ったスキルを見出し、少しずつ?成長していった。


 それが功を奏したのか、それとも男のロマンがそうさせたのかは知らないが、『人型兵器ディアノゴス』を開発した。

 現代兵器とは根本から全て違う兵器は、まさしくダンジョン教会を象徴する兵器と言えるだろう。


 そんな兵器だが、アメリカとの交渉の末、実践テストを行う事となった。


 そのテストは、問題点の洗い出しと言う本来の目的を達成し、さらなる発展の礎になった他、アメリカにダンジョン教会の技術力を見せつけて、世界一の国家を交渉のテーブルに着かせる事すら成し遂げた。


 アメリカから帰ってきた後は、優雅な日々を過ごせるかと思っていたが、途中で仲の悪かった高校の同級生と出会うという、バッドイベントが起こった。

 あの時の嫌な感情は、今でも鮮明に覚えている。


 しかしそれでも、俺はただでは立ち上がらずに『俺らダンジョン冒険隊』の彼らで『個人用携帯武器』のテストも出来た。


 今振り返ってみれば、あの頃の俺たちは、驚くほど順調だったんだと思う。


 そして、2度目のアルカディア実践テストをアメリカで終了し、日本に帰って来た時、事態はいきなり動いた。


『警察による家宅捜索』


 あまりにも急な事態過ぎて、あの時の記憶は曖昧だ。


 気が付いた時には指名手配までされ、組み立てていた計画が途中でへし折られた事に動揺しながらも、前々から徐々に進めていた『アルカディア構想』を動かすと決断した。


 日本と言う国を奪う為に『金融戦争』を仕掛け、円を徹底的に潰した後、『D.pay』と言う俺たちの通貨を世間に浸透させた。


 通貨と物流を抑えた事で、完全に日本を奪取した俺たちだったが、日本政府は最後の足掻きとして、『宣戦布告』をしてきた。


 それに呼応するように、俺たちも『最終警告配信』を行い、戦争が始まる事が決定した。


 そして、それから1週間の準備期間が過ぎ、明日戦争が始まる。


「……人生って、分からないもんだよな」


 俺の言葉に、玲奈が首を傾げる。


「何がでしょうか?」

「だってさ。まさか、俺がこんなことをすることになるなんて、1年前の俺に言ったら、笑い飛ばされると思うぜ」


 たった1年だ。


 1年前の俺は、刑務所に居て、暇な時間は読書と筋トレばっかりの毎日を過ごしていた。

 それが今や、日本政府と戦争をしようとしている。国の命運を左右する立場に立っている。


「……正吾さんは、後悔していますか?」


 玲奈の真っすぐな視線が、俺の横顔を捉える。

 少し考えてから、俺はゆっくりと口を開いた。


「後悔……か。正直、考えたこともなかったな」


 玲奈は黙って俺の言葉を待つ。


 一呼吸の間を開けて、空を見上げる。

 暗い夜空には、冷たい星々が瞬いていた。


 かつて、俺が何の気なしに見上げていた空と、何も変わらない。

 だが、その下にいる俺は、もうあの頃の俺とはまるで違う。


「刑務所から出てきた俺は、このまま惰性で生きていくと思っていた。それが気が付いたら、『国を変える』立場に立っているのだから、笑える話だ」

「……」

「でもな、玲奈。もし俺があの時、何もしなかったら……もし、お前と出会わなかったら……」


 俺はゆっくりと目を閉じる。

 そして、瞳をゆっくりと開け、もう一度、玲奈を見た。


「……俺は、きっと今ごろ、何も変わらない日々を送ってたと思う」


 もしも、もしもだが、ダンジョンが現れなかったら、俺は涼太を誘って起業していたと思う。

 それでも、別にやりたいことが無かった俺は、そこそこの成果とお金を手に、遊んで暮らしていた事だろう。


 もしかしたら、また、くだらない犯罪に走っていたかもしれない。


 それが……今はどうだ?


「俺は、この1年で、お前と一緒に戦って、色んなものを背負って、ここまで来た」


 俺は、玲奈の目をまっすぐに見つめる。


「後悔なんかしてる暇はねぇよ」


 玲奈は一瞬、驚いたような顔をして、ふっと微笑んだ。


「……そうですか」

「ああ。俺は、もう止まらない。止められない」


 そう。俺はもう、何をするべきか分かっている。だからこそ、躊躇はしない。


「……正吾さん」


 玲奈は俺の隣に立ち、同じように夜空を見上げる。

 その横顔は、どこか穏やかだけれども、幸せで満ち溢れていた。


「私は、正吾さんの隣に立てて、すごく幸せなんですよ。もしも、あの時正吾さんと出会わなければ、つまらない学校生活を送っていた事でしょう」


 玲奈は、夜空を見ながら続けた。


「私をあの地獄から連れ出してくれて、ありがとうございます。私は、今までの人生で、一番幸せな時間だったと胸を張って言えるでしょう」


 玲奈は、ふと振り返る。

 その顔に浮かぶ笑顔は、どんな宝石よりも、どんな財宝よりも美しく輝いていた。


「……それは、俺もだ。21年間生きてきた中で、この数か月間が一番楽しくて輝いていたよ」


 だからこそ、玲奈には感謝をしている。

 気恥ずかしくて口には出さないが、自分以上に大切に思った初めての人だ。


「……玲奈、ありがとな」


 俺がそう口にすると、玲奈は驚いたように目を瞬かせた。


「なんですか?急に」

「いや、なんか言葉に出しておきたいと……ふと思ったんだ」


 玲奈は一瞬だけ目を丸くして、すぐに小さく笑った。


「……フフ、正吾さんがセンチメンタルとは、性に合わないですね」

「うるせぇ……」


 思わず顔を背けて空を仰ぐ。

 顔が少し火照っているのが、自分でもわかる。


 しばらく沈黙が流れたあと、俺は何かを誤魔化すように口を開く。


「……これから、もっと面白くなるだろうな。戦争はあくまで前座だ。世界が変わった後が楽しみでならないよ」


 そんな言葉に、玲奈がくすりと笑った。


「フフ、セリフが悪役ですよ。……まあ、悪役なんですけどね」

「おいおい、悪役ってのは世界を壊したりするやつの事を言うんだぜ。俺は世界を救おうとしているんだ。正義の味方さ」

「正吾さんが正義の味方ならば、きっとこの世は地獄か魔界のどちらかですね」

「「……ハハ」」


 2人笑い合いながら夜空を見上げる。


 遠くから響く、かすかな鐘の音。


 その音が新しき年の始まりを知らせてくれる。

 そして、それは戦争へのカウントダウンを知らせる音でもあった。




評価ポイントが144、リアクションが256。なんかいいね。

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