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第八十一話 最終警告




 涼太と玲奈と別れてから、2時間が経過していた。


 細かな雑務を終わらせた俺は、配信専用室で玲奈の到着を待っている。

 時刻は午後4時を回り、冬の寒空が茜色に染まり始めていた。


「お待たせしました」


 背後から響くその声に振り返ると、そこにはセイントの衣装を纏った玲奈が立っていた。

 白を基調とした全身を覆うローブに、銀と金が悪趣味でない程度に散りばめられていて、玲奈の存在をより神々しさを演出している。


「……玲奈、か。お茶でもいっぱい楽しみたい所だが、時間が無い。さっそく配信内容を話すぞ」

「はい」


 玲奈をソファに座らせ、この2時間で作成した配信シナリオの資料を渡す。


 玲奈は表情ひとつ変えずに受け取ると、静かにページをめくり始めた。

 凄まじいスピードで瞳が動き、資料の内容に目を通していく。それはまさに機械と言いたくなるほど早く、10ページにも及ぶ資料をたったの5分足らずで読み切ってしまった。


「……なるほど、分かりました」


 資料をテーブルに置き、準備していた紅茶を一口すする。

 その表情からも疲労や緊張の一切を感じさせない様は、『流石は玲奈』と形容したくなるほどだ。


 だからこそだろう。俺は安心して玲奈に全てを任せる事が出来る。


「よし、行けるな。もう配信の準備は終わらせてある」

「分かりました。後はお任せください」


 そんな返事に、思わず笑みがこぼれてしまう。


 俺からしてみれば、安心してすべてを任せられるのは涼太の他に玲奈しか居ない。

 それほどまでに、俺は玲奈の事を信頼しきっている。だから……。


「じゃあ、後は任せた。俺は涼太の方に行ってくるから……」


 後の事をすべて任せ、他の仕事に取り掛かる事が出来る。

 それがどれ程まで俺を楽にさせているのかは、言うまでもないことだろう。



~~~



 正吾さんに配信を任された私は、姿見の前で身だしなみを整えていた。

 白いローブに、顔をベールで覆った姿は、まるで自分が自分では無いような感覚に陥らされる。


 これが『アイドル』の気分なのだろうか?と思いながらも、唯一見える口に淡いピンク色の口紅を手でなぞった。 


「……しかし、正吾さんは気づきませんでしたね」


 今日初めて口紅を塗ったのに、一切気付いてくれなかった正吾さんに不満を抱きつつも、自分に色気が無いのかと不安になる。


 だが、今気にする事では無いので、意識をきっぱりと切り替えることにした。


「さて、やりますか」


 正吾さんが準備してくれた配信を再度確認する。

 17時に配信が始まるようにセッティングされたノートパソコンを見れば、配信待機者数が500万人を超えていた。


「政府の宣戦布告があったにせよ、すごい数ですね」


 過去最高の待機者数にびっくりするが、緊張することは無かった。

 カメラの位置を最終チェックし、ソファーに腰掛ける。


 ゆっくりと息を吐き、軽く目を閉じれば、自分のスイッチが完全に切り替わった。

 次に目を開けた時には、もう『玲奈』ではなく『セイント』としての顔がカメラに映っている。


 時計を見れば、17時まで1分を切っており、配信まで秒読みだ。

 そして、時計の針が17時を指した瞬間に、配信が始まる。


「皆さんこんにちは、あるいはこんばんわ。私の名前はセイントです」


 いつも通りの挨拶から始まった配信には、多くのコメントが寄せられる。

 到底一つ一つに目を通してはいられないコメントだが、概ねが『政府の宣戦布告』に対するコメントだった。


「本日配信した理由は、皆さんもご存じの通り、政府によるアルカディアへの宣戦布告の件についてです」


 私がそう言った瞬間、やっぱりかと言わんばかりにコメント欄が加速した。

 そんなコメント欄を冷静に観察しながら、私は冷静に続きを口にする。


「まず初めに、この場を借りて宣言したいと思います……」


 一拍の間。


 その刹那の時間を置く事で、見ている者の意識を意図的に引き付ける。そうすることにより、次の言葉をより強く印象付けることが出来るのだ。


「……私たちアルカディアは、旧日本政府の一方的な軍事行動は容認しません」


 強い言葉で断定した事で、コメント欄は一気に爆発した。


 流れるコメントには『マジか?!』『戦争確定って事か……』『そりゃそうだろ』『頼む、兄が自衛隊員なんだ』と言った様々な意見が入り乱れる。


 しかし、私はその熱狂に流されることなく、落ち着いた口調で続けた。


「ですが、私たちは無益な争いを望んでいません。私たちはこれまでに政府と対話を試みようとしてきました。アルカディアがどのような理念で動いているのか、どのようにこの国をより良くしようとしているのか、何度も説明しようとしました。しかし……」


 一呼吸置き、私は静かに言葉を紡ぐ。


「……政府は、私たちの声に一度も耳を傾けることはありませんでした」


 沈黙が生まれる。

 コメント欄も、まるで凍りついたかのように一瞬止まる。


「皆さん、思い出してください。この1ヶ月間、政府はどのような行動をとってきたでしょうか? 彼らは混乱の中、国民の生活を守ることを優先しましたか? それとも、自分たちの権力を守ることを優先しましたか?」


 煽るような言い方はしない。

 ただ、事実を問いかけるように。


「私たちアルカディアは、国民を守るために活動してきました。政府が放棄したインフラを復旧させ、政府が見捨てた人々に食料を届け、政府が崩壊させた経済をダンジョンコインで立て直してきました」


 再び動き出したコメント欄は『そうだ!』『ダンジョンコインが無かったら、飢え死にしてた』『日本政府は何もしてくれなかった!』と言ったコメントが流れる。


 世論は既にアルカディア側に寄ってきている事を感じ取ると、すかさず言葉をつなげた。


「そうやって頑張ってきた私たちに政府は何をしたでしょうか?称賛でしょうか?それとも賛美でしょうか?いいえ、どれも違いました。政府がとった行動、それは……」


 息が詰まるほど悲し気に話すセイントに、見ている者は心が打たれる。

 心からの叫びだと分かるほど苦痛に口を歪める表情は、次の瞬間、冷酷無比で平坦な口調に変わった。


「攻撃でした」


 感情が抜け落ち、ただただ失望したと言う感情が言葉に乗る。

 その声色を聞いたもの全てが、鳥肌が全身を駆け巡ったことだろう。


「政府は、私たちアルカディアを『国家転覆罪』と認定し、軍を動かすと発表しました。しかし、これは事実を捻じ曲げた一方的な決定と言わざる負えないでしょう。我々は日本政府以上に国民の為に動いてきたのですから」


 セイントの言葉に、多くのコメントが賛同する。

 それは、確かにこの1カ月で勝ち取った『信頼』と『信用』から来ている賛同だった。


 私は、視聴者たちの反応を冷静に見つめながら、さらに問いを投げかける。


「本当に国家を転覆しようとしているのは、果たしてどちらでしょうか?本当に私たちアルカディアは日本国民を虐げようとしているでしょうか?」


 セイントの問いに民衆の心は誘導される。

 一つ一つは小さくとも、1000万人に届こうとしている人々の波は、一瞬にして大きくなっていく。


「この戦争は本当に『正義』でしょうか?」

「この戦争は本当に『正しい』でしょうか?」

「この戦争は本当に『起こしてもいい戦争』なのでしょうか?」


 国民一人一人に問う様に質問していく。


 誰一人として部外者ではいられないこの戦争において、一人一人の国民の意志が、日本と言う国の行く末を決める。


 それが分かっているからこそ、戦争の『正義』と『正しさ』を明確に問うのだ。


「この戦争で、いったい何人の犠牲者が出るのでしょうか?」

「この戦争で、いったい何人が泣くのでしょうか?」

「この戦争には、いったい何の意味があるのでしょうか?」


 投げかける問に、コメント欄はぽつぽつと流れる。


 そこには、強い意志と共に『戦争反対!』『日本政府を倒せ!』『これは正義の戦争では無い!』と言った声が聞こえてくる。


「日本国民の皆さん。私は再度問います。この戦争は本当に起こしてもいい戦争なのでしょうか?」


 次の瞬間、コメント欄は『ダメだ!』『絶対にダメだ!』と言うコメントであふれ返った。

 

「そう、戦争はいけないものです。人間である以上、話し合いで解決するべきだと私たちは思っています。しかし、政府は国民の声を聞くでしょうか?」


 その問いに、コメント欄の流れが一瞬止まる。

 そして、次の瞬間、『絶対に聞かない』『どうせ無視する』『政府は腐ってる』といったコメントが次々に流れ出した。


「私も、そう思います」


 私は、わずかに口元を歪めて悲しげな声を出す。


「政府はこれまでもそうでした。国民の声を無視し、現実を見ようとせず、ただ自分たちの権力を守るために動いてきました」


 その言葉に、多くの人が頷いたことだろう。


 アルカディアがインフラを支え、経済を回復させた事実は揺るがない。

 しかし、政府はそれを認めず、敵対勢力として排除しようとしている。


 だからこそ、嘘をつく必要はない。ただただ事実を切実に話せば、世論は勝手に誘導される。


「では、ここで私はもう一つ、皆さんに問いかけたいと思います」


 私は、まっすぐカメラを見つめたまま、言葉を紡ぐ。


「この戦争で、最前線に立つのは誰でしょうか?」


 静かに放たれた言葉が、視聴者の心を深く刺した。


「総理大臣でしょうか?防衛大臣でしょうか?……いいえ、違います。彼らは安全な場所で、ただ命令を下すだけです」


 セイントの声は冷え切っていた。


「戦場で命を賭けて戦うのは、私たちと同じ日本国民の自衛隊員です」


 自衛隊は、政府の命令により、悪役のようなポジションにいる。

 しかし、彼らは私たちと同じ日本国民であり、彼らも政府の被害者にすぎない。


「自衛隊の皆さん。あなた方は、この国を守るために誓いを立てました。その誓いは、国民を守るためのものであって、政府を守るためのものではないはずです」


 ……沈黙。


「今、政府があなた方に命じていることは、本当に『国を守る戦い』なのでしょうか?」


 コメント欄には、『違う』『政府のための戦争だ』『考え直した方がいい』といった言葉が並んでいく。


「この戦争で命を落とすのは……あなたの『仲間』たちであり、『家族』であり、同じ『日本国民』です」


 セイントの声は静かだったが、確実に心に響くものがあった。


「そして、あなたの家族が涙を流すことになる」


 視聴者の中には、家族を持つ自衛隊員もいる。

 子供のいる隊員、妻がいる隊員、年老いた親を支えている隊員。


 彼らの心に、セイントの言葉が確実に食い込んでいく。


「私は、自衛隊の皆様に命令をするつもりはありません。する権利がありません」


 私はゆっくりと首を振った。


「しかし、今一度考えてください。本当に、この戦いに身を投じるべきなのかを」


 ただただ日本国民の命を守りたいという気持ちが、全世界に届けられる。

 まるで、神に祈るように手を組み合わせる姿は、本当に聖女と言われるだけの神々しさを放っていた。


 そんな聖女が姿勢を上げ、カメラを見た時、先ほどまで国民を思っていた聖女の面影は……無くなっていた。


「……ここまで聞いてくれてありがとうございます。最後に、私から一つだけ警告をさせていただきます」


 急に鋭くなった声色は、二重人格のようにも思える。

 しかし、なぜかそれが人を惹きつけて離さない。


「アルカディアに攻め込んできた自衛隊、並びに日本政府に対して、私たちは自衛権を行使させていただきます。この際、私たちは、自衛隊を敵対組織として認定し、生死の一切を問わずに攻撃を敢行します」


 聖女セイントが放った言葉に、先ほどとは違う意味で全員が震え上がった。


「もう一度言いますが、これは最後警告です。この意味をしっかりと理解した上で判断をして下さい」


 私が、最後にそう言った瞬間、画面がゆっくりとフェードアウトし、配信は静かに終了した。




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