第七十八話 盗賊団との話し合い
「今の攻撃は良かったですよ。頑張りましたね」
俺の〈疾風乱刃〉を軽々と受け止めたスイキョウは、聖母のような微笑みを浮かべて言った。
悪魔のような強さに、道化師のような態度。そして今、浮かべている表情はまるで聖母のようだ。訳が分からなくなりそうだった。
「……お前は、何者なんだ」
俺は自分が世界一強いとは思わない。
だが、これまで見てきた冒険者の中で、俺が劣っていると感じた者はいなかった。
間違いなく、日本の冒険者のトップに入る俺が負ける相手が、この国にいるなんて……。
「……待てよ?スイキョウって名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、セイントのお付の……」
そう呟いた瞬間、スイキョウの笑顔が弧を描く様に吊り上がる。
「フフフ、よく思い出しましたね」
確かに、あのセイントの従者ならば、この強さも納得がいく。しかし、疑問点はいくつもある。
「……スイキョウ、俺には分からない事がある」
「なんでしょうか?」
「なぜ俺の名前を知っていたんだ?それに、こんな高速道路の真ん中で出会うなんて偶然もおかしい」
「一気に2つの質問とは、せっかちですね。ですが、その質問に答えましょう」
スイキョウは答えを事も無げに言った。
「まず、貴方を知っている理由でしたね。それは元々会いに行く予定があったからですよ」
「……なに?俺に会いに来る予定?」
「ええ、貴方がた『Nocturne』が奥多摩で力を振るっていたのは知っていました。貴方たちは厄介でしたからね」
スイキョウは厄介と言う言葉を発しながらも、その顔には嫌う様な雰囲気は無い。
「厄介?」
「ええ。厄介でした。貴方がたの様に物資を略奪する反グレグループは何個もありました。しかし、奪う事は出来ても、逃げる『足』を持っていなかったのです」
「……なるほど、だから『厄介』か」
俺たちノクターンは、走り屋と暴走族を中心に形成されたグループだ。
その機動力は、そこらの警察官にだってそう簡単に捕まることはない。
「そうです。他のグループは皆、捕まり、リンチに遭い、今頃は病院のベッドの上でしょう」
「……そうか」
リンチとは過激にも聞こえる。
だが、今の物資は命と言えるほどに大事な物だ。それを不当に奪っていく連中をリンチしても不思議ではない。
「私たちが動いてノクターンを潰しても良かったのですが、それはコチラも不都合でしたので……」
ん?言っている事がおかしいぞ?
「不都合だと?それならば何故に俺たちと戦った?」
力で潰すのが不都合ならば、俺たちとの戦いは避けたいハズ…。
そんな俺の疑問に、スイキョウは可愛い顔で答える。
「そんなの簡単なことです。上下関係を先に分からせた方が、貴方たちのような知能の足りない連中に、手っ取り早く理解してもらえるからですよ」
その言葉にムカついたが、心のどこかでは『確かに』と思ってしまったのも事実だ。
しかし、一応、仲間の尊厳を守るために反論しておこう。
「……分からせるにしても、少し強引過ぎないか?」
「それは……」
スイキョウが何か言おうとした瞬間、遠くから『ピーポーピーポー』というサイレンが聞こえてきた。
白黒の車が渋滞の先に見える。俺たちが原因で生まれた混雑に紛れてやってきたらしい。
俺はスイキョウの表情を見た。
「……いや、何その顔?」
スイキョウの顔を端的に表すのであれば『楽しみを妨害された猫』と言った感じだろうか?
「迅さん、捕まると厄介です。さっさと逃げましょう」
「逃げるって言っても、シンはは拳痛めてバイク乗れないし、ケイは多摩川に落ちている」
「……そうでしたね。では、シンは誰かの後ろに乗せてください。私はケイを引っ張ってきますから」
スイキョウはそう言うと、事も無げに高速道路から飛び降りた。
「ちょ!」
静止する暇も無く飛び降りたと思えば、10秒後にはケイを宙に浮かせたまま高速道路に戻ってきていた。
「近くまで警察官が来ています。私も対向車線にバイクがありますので、先に行ってください」
「あ、ああ。分かった」
俺は言われるがままにバイクに跨り、仲間たちを率いてエンジンを回した。
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警察から逃げるように撤退し、奥多摩の拠点に帰ってきた。
すでにキャラバンからの荷物の積み下ろし作業は、半分以上終わっている。
「よし!お前ら!物資を倉庫に搬入し終わった後は飯にするぞ!早く食いたいなら急げ!」
「「「おうよ!」」」
今回はスイキョウに負けたものの、人的損害は無い。物資も無事に回収することができて、みんなの士気も十分に高い。
真冬だと言うのに半袖で積み下ろし作業をしている仲間たちを見ていると、山の奥からバイクの音が響いてきた。
「……随分と早かった」
ヘルメットを脱げば、そこには先ほどのスイキョウが居た。
しかし、随分と早いな。俺たちが拠点に到着してから3分も経っていない。
俺たちは走り屋だ。そこらの一般人が、俺たちのスピードについて来られるはずがないのだが……。
俺がジロジロとバイクを見ていたせいか、俺の考えていたことがスイキョウにも分かったらしい。
「ズルしましたからね。私にはあなたのような技術はありません。しかし、それを補う『スキル』がありますのでね」
「なるほどな」
このスイキョウは俺たちよりも格上の冒険者だ。どんなスキルを持っているのかなんて、到底予想もできない。
「さて、迅さん」
スイキョウはバイクを降りながら言った。
「そろそろ、『本題』に入りましょうか」
「……分かった」
些か急速にも感じるが、物事は早いに越した事はない。
「一応だが、俺以外にもケイやシンを話に混ぜてもいいな?」
「ええ、構いません」
「ここで話すのもなんだな。キャンプ内を案内してやる。ついてこい」
スイキョウに興味津々な様子の仲間たちを避けるように、俺はキャンプ地の奥へと案内する。
この女は、いろんな意味で刺激が強すぎる。
誰かが大怪我を負ってからでは遅い。
「しかし、男がほとんどの割に綺麗ですね」
スイキョウは、まるで観光客のように周囲を見渡してそう言った。
確かに男だけの集団にしては、ここまで綺麗なキャンプ地も珍しいだろう。
だが、俺が元々綺麗好きということもあり、しっかりと躾けてある。
「まあな。奴らは馬鹿だが素直だ。言った事はしっかりと守る」
「なるほど。迅さんは素晴らしい方なのですね」
「は?どう言うことだ?」
なにを言っているんだ?こいつは?なんで今の話で俺が素晴らしいことになるんだよ?
「いえ、あなたの言葉だから、彼らは言う事を聞くんですよ。あなたは信頼あるリーダーなのですね」
ニコニコで褒めてくるスイキョウが怖い。
先ほどまでは悪魔か何かだと思っていたのに、雰囲気がいきなり変わって戸惑う。
「なんか、気持ち悪いな」
俺が思った事をそのまま口に出した瞬間、固い何かが顔面に直撃した。
「痛った!」
顔面を押さえながらスイキョウの方を見れば、『私は関係ありません』なんて顔をしながらそっぽを向いている。
「っチ!さっさと行くぞ」
自分も余計な一言を言ってしまった。
その事を自覚している迅は、急足で小屋に向かった。
キャンプ地と言っても、広さはそこまでない。
1分ほど歩けば、小屋に着く。
「ここだ。土足でいいから上がってくれ」
この小屋は、ノクターンの先輩方が使っていた場所だ。
俺にも思い入れのある場所なので、綺麗に整えてある。
「…ソファーにテレビ。…ゲーム機までありますね。…ここネット通っているんですか?」
「ネットはねーよ。オフラインで遊ぶんだ」
そんな雑談をしながらも、1人に電話をして、お茶と菓子、それからケイとシンを連れてくるよう頼んだ。
「じゃあスイキョウ、座って待って……」
言うより先にソファーに座り込んでいるスイキョウを見て、俺はやっぱり女の図太さは規格外だと確信した。
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数分後。
右手に包帯を巻いたシンと、まだ不機嫌そうな顔をしたケイが部屋に入ってきた。
それと共に、簡単な茶菓子と温かいお茶がテーブルに並べられる。
「では、俺はこれで」
お茶を運んできた仲間が、そっと部屋の扉を閉める。
こういう気遣いができる人間はノクターンには少ないので、いつも助かっている。
「では、いただきますね」
スイキョウは静かに湯飲みを手に取り、一口含むと、満足そうに微笑んだ。
「いいお茶ですね。迅さんはこういうものにこだわるタイプですか?」
「まあな。こういうのは落ち着くからな」
俺もお茶を啜りながら返事をする。
軽く場が落ち着いたところで、スイキョウが本題を話し始めた。
「さて、さっそくですが本題に入りましょう」
その一言で、部屋の空気が引き締まる。
「結論から申し上げます。私たちアルカディア政府は、ノクターンに協力を要請します」
……来たか。
そういう話になるのは分かっていたが、思っていたよりも直線的だ。
でも、俺たちの様な無法者に協力を求めてくるなんて、違和感がある。
「……俺たちに何をさせたいんだ?」
「簡単な事です。奥多摩地域、不供給エリアの管理です」
「なに?」
不供給エリアの管理だと?意味が分からない。
隣を見てみれば、ケイは理解していなさそうだけど、シンは考え込んでいる。
「……意味が分からないな。そんな重要な事をなぜ俺たちに任せる?」
「理由はいくつかありますが、ノクターンが奥多摩の広い範囲で活動しているからです」
「……確かに俺たちは奥多摩を拠点に活動している。しかし、俺たちはどこまで行っても半グレの組織でしかない。そんな俺たちに任せる理由が思いつかないな」
「その通りですね。貴方たちは、所詮は社会のドロップアウト者ばかりの集団です。言うなれば負け組の集団と言うわけですね」
「んだと!」
スイキョウのあまりに率直な物言いに、ケイが立ち上がる。
190センチの巨体がスイキョウを睨みつけるが、彼女はまったく意に介さず、ただ俺を見つめたまま続けた。
「社会のドロップアウトが集まる集団。……社会のゴミや底辺と呼ばれる彼らですが、そんな人でも適材適所だと私は思っています」
スイキョウは初めて見る真顔で続けた。
「私はこの世界に有能な人間はいれど、無能な人間はいないと思っています。例えばですがケイさん。貴方はうるさくて頭が悪い」
急な罵倒に面食らうケイだったが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「なんだと!」
怒鳴り声が小屋に響くが、スイキョウは一切顔を動かす事なく続けた。
「ですが、仲間思いで、後輩や仲間を惹きつける魅力があります。馬鹿な点だって、逆にいえば考えずに行動できると言う事でもあります。物事には裏表が存在し、人には適材適所がある」
スイキョウの哲学的な話に引き込まれる俺たちだったが、次の言葉で全てを壊した。
「…まあ、これらは理想論です。全てが結果論で語られる世の中において、無能な人間はいます。貴方たちは結果論的な視点で言えば、無能な分類に入る人間でしょう。
しかし、貴方たちは運がいい。大富豪の革命のように強者は敗者に敗者は強者へと変わっている」
「……つまり俺たちは今の日本では使える人間と言いたいのか?」
俺の問いに、スイキョウはゆっくりと頷いた。
「ええ、そうです。少なくとも、この混乱した日本において、貴方たちノクターンは『使える』存在です」
俺はスイキョウの言葉を噛み締めながら、拳を強く握り込んだ。
確かに、今の日本では力が全てだ。
法も秩序も崩れかけたこの国で、俺たちのようなアウトローが生き残っていられるのは、それなりに力があるからだ。しかし……。
「スイキョウ、お前の言いたいことはわかった。だが、俺たちにとって、お前らアルカディアと組むメリットは何だ?」
これでも俺は、ノクターン60人の命を預かるリーダーだ。タダで協力する事はできない。
「俺たちは今まで通り略奪してりゃ生きていける。わざわざお前らの言うことを聞く理由が無い」
確かにスイキョウが言いたい事は分かる。
しかし、俺たちは好き勝手やってきた自由な集団だ。
わざわざアルカディアの『駒』になるつもりはない。
睨みながらも考える俺に対して、スイキョウは考える時間を与えるようにお茶を飲む。持ってきたお菓子にも手をつけ、余裕な顔で『この煎餅、美味しいですね』とか言っている。
一向に返答が無いことにイラつく俺らだが、スイキョウは湯呑みを置くと答えた。
「……確かにこの話では貴方が呑めない理由もわかります。誰かの下につくと言うのは、思っている以上に士気に関わりますからね」
「分かってるじゃないか」
「では、一つ、新たな条件を足させていただきます。『アルカディア政府は、ノクターンに対しての物資供給を保証します』」
「「「!!」」?」
ケイだけ理解していないようだが、俺とシンはスイキョウが言ったことに言葉が出なかった。
今や日本の新たな政府と言われているアルカディアが、ノクターンに対しての物資供給を行う。それの意味するところは大きい。
「……スイキョウ、一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか、迅さん」
「なぜ無法者である俺たちにそこまでする?いっその事、俺たちを奥多摩から追い出せば終わる話じゃ無いのか?」
そう、アルカディアは日本政府とも渡り合っている組織だ。そんな連中が、俺たちを無理やり追い出すことなんて簡単だろう。
そんな疑問を持つ俺に、スイキョウは軽い様子で答えた。
「随分と乱暴な考えをしていますね。私たちアルカディア政府は非暴力団体ですよ?」
……どの口が言うんだ?小一時間前に俺たちを凹したじゃないか……。
「出来れば本音で答えて欲しいんだが……」
「本音とは難しいことを言いますね。世の中は綺麗事で流した方がいい事もあるのですよ?」
「それでも、俺は聞く義務がある」
ただただ真っ直ぐスイキョウの目を見る。
数秒見つめ合った後、スイキョウは俺が折れないと悟ったのか、肩をすくめながらも話し始めた。
「はぁ、まあいいでしょう。……コストとリスクの問題ですよ。私たちが貴方たちを倒すのは簡単です。それこそ、30分もあれば、全員殺す事も可能でしょう。しかし、それを行うと『人殺し』と言うレッテルを貼られてしまう。それに比べたら、物資を融通した方が、明らかにリスクが少ない。ただそれだけの話ですよ」
嘘……は無いようだな。理屈も通ってるし、ある程度信じても良さそうだ。
「……それで、迅さん。私も忙しい身の上ですので、早めに答えを出してくださいね」
煎餅をもう一袋開けながら言ってくるスイキョウ。
彼女を見ながらも、内心では迷っていた。
確かに物資の安定的な供給があるのは嬉しい。
しかし、ノクターンのみんなが、アルカディアの下につくことを納得するだろうか?
俺やケイ、シンなどは構わないだろうが、ほとんどの人間は自由を求めて逃げていくだろう。
言っては何だが、ノクターンの9割は社会のはみ出しものだ。他でうまくやっていけるとは思えない。
「……なあ、一つ聞いてもいいか?」
「何でしょうか?」
「もしも俺たちが協力した場合、アルカディアはどの程度干渉してくる?」
真剣な顔でスイキョウに問えば、3枚目の煎餅に手を伸ばしながらも答えてくれた。
「そうですね。旧日本の法律を逸脱しなければ自由にしてくれて構いません。たまに頼み事をするかもしれませんが、強制はしませんよ」
その言葉を聞いて、俺は肩の力を抜いた。
こちらが自由に動けるのであれば、仲間の納得も得られやすい。物資も安定的になれば、精神的不安からも解放されて、組織が安定するだろう。
様々考えた俺は、お茶で軽く唇を湿らすと、スイキョウに向き直って答えた。
「……分かりました。その話、受け入れます」
そう言った瞬間、スイキョウは漫勉の笑みで言う。
その一言は、ここに居る俺たち3人の鳥肌を立たせるのに、あまりに十分すぎる言葉だった。
「良かったです。なるべく犠牲者は出したくないですからね」
この時、俺たちは思ったのだ。『選択肢を間違えないですんだ』と。




