第九話 悪だくみ
これから話す内容は喫茶店では話しにくい内容なので、近くの個室のある店に玲奈を連れ込んだ。
もちろんいやらしい意味はこれっぽっちも無い。
「今回の話は他言無用で頼む。もっとも、お前みたいな性格の人間なら外に漏らすことはないだろうが、一応念のためにな」
「ええ、ご安心ください。それくらいは分かっています」
「よし。それで本題だが……最近、世界中で『ダンジョン』というファンタジーなものが現れているのは知ってるだろう?」
「もちろんです。私も興味があります」
「なら話が早い。俺はダンジョンを利用して新しい宗教を立ち上げようと考えている」
「ほう……前回のような宗教ですか?」
「いや、今回は合法で進める。さすがに二年間も檻の中で暇を持て余してたからな。さすがに同じミスは繰り返さないよ」
玲奈は何も言わず、ただ俺の話を静かに聞いている。その目は淡々としているようでいて、内心の好奇心が漏れているようだった。
「俺が目論んでいるのは『ダンジョン攻略』を旗印にした宗教だ。
ダンジョンは言わば巨大なブルーオーシャンだ。アメリカの実験では、ダンジョン内で採れる『魔石』が新たなエネルギー源として期待されている。
それだけじゃない。これからもダンジョンから得られるものの中に、もっと有用で金になるものが出てくる可能性は高い。だからこそ……俺はダンジョン市場の『独占』を狙う」
「独占、ですか?」
「ああ。多くの人間をダンジョンに送り込み、そこで集めたアイテムを俺の教会で高く買い取る。他のどこよりも高値で取引すれば、自然と市場のほとんどを握れるだろう。
確かに利益は減るかもしれないが、市場の支配率を高めることで結果的にリターンは大きくなる。俺には、それを実現する自信がある」
玲奈は静かに頷いていたが、ふと目を細め、俺の顔を覗き込むように見つめてきた。
「でも、正吾さん。……何か、隠していませんか?」
玲奈の瞳はまるで心の奥底を覗き込むような鋭さだった。一瞬、心臓が跳ね上がったが、表情には出さないよう努めた。
「……いや、隠していることなんてない」
「…………そうですか。では、私からいくつか質問しても良いですか?」
「ああ、どうぞ」
玲奈は指を一本立てると、まるで歌うような調子で質問を始めた。
「まず、一つ目。多くの人間をダンジョンに送り込むと仰いましたが、それを管理する規模はどの程度を想定しているんですか?」
「……初めは1000人程度だろうな。それが管理できる限界だと思う。市場がどれだけ拡大するかまだ予測できない以上、正確な数は言えないが、徐々に人員を増やして対応するつもりだ」
「なるほど。それでは二つ目。買い取ったアイテムはどこに売るつもりですか?」
「国、もしくは電力会社にだ。特にアメリカでは、魔石が新たなエネルギー源として注目されている。日本でも需要が高まるだろう」
「そうですか。それでは三つ目。どうしてダンジョン市場を狙うんですか? 確かにブルーオーシャンであることは間違いないですが、今のところ魔石以外にお金になりそうなものは発見されていません。
その魔石も、取引価格がまだ定まっていない不安定な状態です。それにも関わらず、なぜ正吾さんはダンジョン市場が成長すると確信しているのです?」
玲奈は顔を近づけ、じっと俺を見つめた。まるで心の中まで見透かそうとするかのように……。
「……そんなものは賭けだよ。成長すれば莫大な利益が得られるし、たとえ小さくてもそれなりの利益は出せる。それだけだ」
「なるほど。最後の質問です。なぜ、ダンジョン市場を『独占』できると断言できるんですか? 確かに高く買い取れば市場を握れるかもしれませんが、それは一時的なものに過ぎません。経団連や大企業と資金力で戦うことなど不可能です。それを理解した上で、なぜ独占できると自信を持っているんですか?」
玲奈は顎に指を当て、愛らしい仕草で問いかけてきたが、その言葉の鋭さは容赦がなかった。
……やはり、この女は、侮れない。
「……それは俺の経験があるからだ。それを活かせば成し遂げられると分かっている」
「ふふ、正吾さん、嘘をつくときに少し重心が上がる癖がありますよね」
玲奈の指摘に、一瞬、動揺が走る。
「ふふ、今『そんなの分かるの?』って考えませんでした?」
……こいつ、エスパーかよ。
「でも、嘘をつかれた事は悲しいです。悲しくて手足をチョキンとやっちゃうかもしれません」
玲奈は手でピースを作ると、ハサミの様にチョキチョキと動かした。
だから怖いんだよ。お前みたいなサイコパスに冗談でもそんなこと言われると、ガチになっちゃうから嫌なんだ。
でも、こいつに〈開祖〉や他の事を教えるべきか……。正直な所、こういった性格の奴は秘密ごとを洩らさない傾向にある。こいつがそうかは知らないが、感覚的に言えば洩らさない類の人間だろう。
だからと言って話すかどうかは別問題だ。
「そうですか……話してもらえませんか。残念ですが……お別れですね」
そう言いながらどこから取り出したのか分からないが、玲奈の手には小さなナイフが握られていた。
『どこから出したのか?』と言う疑問を抱くよりも先に、俺は反射で幻影を使ってしまった。そう、『使ってしまった』だ。
俺の幻影が玲奈の持つナイフに迫る。玲奈もまさか俺が襲ってくるとは思っていなかったらしく、人間の急所たる首に向かってナイフを一閃した。
もちろんの事幻影であるので、そのナイフは煙を切る様に何の抵抗も、感触も無く通り過ぎる。
そして俺の幻影がふわりと消えた。
「「……」」
2人無言の時間が流れる。俺はやってしまったと後悔の顔、玲奈は勝ち誇ったにこやかな顔だった。
まさか、俺がこの1週間で反射的に使えるまでに鍛えた幻影が裏目に出るとは……。ほんと今日は過去の行い全てが裏目に出る日だ。
「ふふ、ふは、ふはは!まさかとは思っていましたが、今のはスキルですね?!」
悪役の3段階笑いをうまく活用した玲奈に少し感心するが、俺はそれどころでは無かった。
狂ったように目を見開き、興味津々と言わんばかりに目がきらめいている。
頬はちょっと赤らんでおり、その興奮具合をうかがわせる。
外から見れば羨ましい光景に映るのだろうけど、そう思う人がいたならば今すぐ変わっていただきたい。
「やはり私の勘は捨てた物じゃありませんね!」
……もう何も言うまい。
「ねえ、教えてくれませんか!」
玲奈は、興奮のあまり机から乗り出して、俺の顔数センチの所に玲奈の顔がある。
あとちょっと近づけばキスしそうな距離感だが、こんなサイコ女にキスなどしたら、サイコが伝染しそうで嫌だ。
「…はぁ、仕方がない。ボロが出てしまったからには言うか。…まずは落ち着いて座り直してくれ」
「……ああ、すみません。ちょっと興奮しすぎていました」
「これは他言無用で頼む。で、話すとなればどこから話すべきか」
「最初からでお願いします」
「そうか、ならば出所したところから…」
「いえ、初めてのダンジョンの所からで」
「わがままな奴だな。まあいい、あれは幼馴染をタクシーで送った…」
俺は一息ついてから、出所してから今に至るまでの経緯をすべて玲奈に話した。
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「と、言う訳で今につながるわけだ」
すべてを話し終え、俺は一口水を飲む。
改めて振り返ると、出所してからの10日間は激動の日々だった。
「なるほど……これは面白いですね」
玲奈は満足げに頷いている。
腕時計を見てみれば話し始めてから1時間は経っているようで、そろそろ午後7時になりそうだった。
「ところで、もう7時になるし、そろそろ解散にしようか?」
「ええ? まだ7時ですよ。早すぎますって」
「お前、お嬢様だろう? 早めに帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「……私には帰る家なんてありませんよ」
顔を伏せながらそう言う玲奈は髪で顔は見えないものの、悲しそうだ。
しかし俺は知っている。こういう女は演技でそうしている。
地雷を踏んだようだが、俺にそんな事を気にかけてやる道理も無い。俺は今すぐこの地雷女と別れたいのだ。
なんて心の中で思っていると、玲奈が衝撃の一言を放ってきた。
「……ねえ、正吾さん。出来ればでいいんですが今日、泊めてもらえませんか?」
「…………は?」
……これはヤバい。法律的にもそうだが、何より俺の身が危ない。
コイツと一夜を共にしたら、きっと明日はバラバラ死体に大変身している事だろう。そんな未来は御免だ。
「…それは、玲奈の家族も心配しているだろうし、いったん帰った方が良いよ」
「……私に家族なんて居ません」
……どうやらまた地雷を踏んだらしい。玲奈に家族関係の話題は禁句だな。でも、それでも俺は玲奈を泊める気はない。
「正吾さんは私を泊める事が嫌なのですか」
「うん、嫌だね」
即答した。だって本心だから仕方がない。
しかし、その瞬間、玲奈が懐からナイフを取り出し……投げてきた。慌ててキャッチするが、ナイフのコースは俺の目玉を真っ直ぐ狙っていた。
もし反応が遅れていたら……間違いなく刺さっていただろう。
「……もう一度聞きます。正吾さんは私を泊める事が嫌なのですか?」
「うん、嫌だね」
その瞬間、どこに隠し持っていたかは知らないが、もう一本のナイフが飛んできた。これも先ほどと同じ目玉へと突き刺さるコースだ。
全く同じ軌道からして、わざと目玉を狙っているのだろう。やはりコイツを泊める事なんて無理だ。
「…ねえ、そんなに正吾さんは私を泊めるのが嫌なのですか?」
「…だって玲奈を泊めたら次の日、俺がバラバラ死体になってそうだから嫌なんだよ」
「そんな事は……しませんとも?」
「なんだよその間と疑問符は?!」
「はぁ、こんな美少女と一夜を共にできるのに、男としての根性は無いのですか?」
「無い、だってお前に女を感じてないんだもん」
そう言った瞬間にナイフがry。
「分かりました。妥協で隣の部屋でいいですよ」
「なんでお前が妥協しました感を出しているんだよ。そもそも泊まる許可を俺は出してないぞ?」
「じゃあ!私が!勝手に!止まりますとも!」
玲奈は半ギレで机を叩くと個室から出ていった。
あれ?どこ行くの?
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それから俺が会計を済ませて店を出ると、玲奈が外で待っていた。横顔を見るが……相変わらず顔だけはいい。
俺が出てきたのに気づいた玲奈は、無言で俺の腕に絡みついてきた。
絡みつき方はヘビそのもの。絶対に逃がさないという意志が伝わってくる。
「……離れてくれないか?セーラー服でそれをされると、色々アウトなんだが」
「警察に連れていかれたら『お金が欲しくて…』て言ってあげますよ」
「……じゃあな。また今度、機会があったら会おう」
「冗談ですって」
……こいつの冗談は、本当に冗談に聞こえない。
それにしても、こいつ……胸がないな。
腕を絡み付けてきて、胸を当ててきているのに、あまり弾力と言う弾力を感じない。
そんな事を思った瞬間だった。
「フン!」
「ぐふぉ!」
玲奈の拳が綺麗に俺の腹に突き刺さった。いいパンチだ。世界を狙えるぜ。
まあ、それはさておき。さすがに腕を絡められて歩いていると警察が来かねない。このままじゃ取り調べなんてクソイベントで時間を潰される羽目になる。そんなのは絶対に勘弁だ。
ただでさえ今日1日、こいつのせいで精神的に疲れているというのに……。
「はぁ……付いてくるのは構わないが、腕に引っ付くのはやめてくれ」
「まあ、いいでしょう」
玲奈はあっさりと俺の腕から手を離した。まるで背後霊が除霊されたかのように体が軽くなった気がする。
疲れ果てていた俺は、歩くのも面倒だったので、近くのタクシーを捕まえることにした。
住所を聞かれ、いつも泊まっているラブホテルの場所を素直に伝える。
運転手に怪訝そうな目で見られたが、正直、気にする余裕は無かった。
10分ほどタクシーに揺られ、ここ1週間の仮住まいであるラブホテルに到着。
隣にいた玲奈は俺を汚物を見るような目で見てきたが、完全にスルーしてそのままホテルに入った。
俺は玲奈を自分の部屋に泊める気なんて毛頭ないので、当然のように放置して自分の部屋へと戻る。
部屋に入ってからしばらくゴロゴロとベッドの上を転がる。ようやく1人になれたことで、疲れが津波のように押しかけて来た。
そんな疲れからか、ウトウトとしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「……誰だよ」
のぞき穴を覗いてみると、そこにはにこやかな笑顔の玲奈が立っていた。
いや、にこやかな玲奈ほど怖いものはない。
どんなに可愛いデリヘルだろうと、玲奈ならば扉を開ける気なんて微塵も湧いてこない。
俺は無視を決め込むことにし、ベッドに倒れ込む。あとで『寝てた』とでも言い訳すれば大丈夫だろう。
しかし、ノックの音がだんだん強くなり、最終的には扉がギシギシと悲鳴を上げ始めた。
流石に、扉を壊したあげく修理料金を請求されても嫌だ。仕方なく扉を開けることにする。
「……なんだよ」
「なんで出ないんですか!」
「いやだって、出たくないから出ないに決まってるじゃないか」
「制服を着た若い私がラブホテルの扉を必死に叩いている構図って、どう思います?」
「……それは……」
ヤバいな。もしその場面に遭遇したら、俺は全力で無視を決め込み、その場を走り去るだろう。
「ええ! 正吾さんが想像した通り、通りすがりの人に『ヤバい奴』を見る目で見られましたよ!」
「それはご愁傷様」
その瞬間、どこに隠し持っていたのか分からないが、ナイフが3本、同時に飛んできた。