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第七十六話 盗賊




 日本全国の物流会社に呼びかけた配信から、2週間が経った。


 2日後にはクリスマスだというのに、世間にはまったく浮ついた雰囲気はない。

 まあ、その原因を作ったのは俺たちだが、恋人どもがいちゃつくのを見るよりかは幾分かマシだろう。


 そんな今日この頃だが、物流の回復は順調と言っていい。


 日本を3つのエリアに分割したことで、効率的に物流を回復させることができ、思っていた以上にスムーズに機能し始めている。

 日本政府からの妨害もなく、今のところは計画通りに進んでいるのも幸いだ。


 加えて、企業が冒険者を雇ったことで、治安の回復と雇用の安定も進みつつある。

 『冒険者同士が諍いを起こした』なんてツイートをよく見かけるが、それでも以前と比べれば格段にマシな状態には違いない。


「しかし、問題は……」 


 物流の回復、治安の安定、雇用の改善。


 この2週間で、状況は確実に前進している。

 だが、すべてが順調というわけではない。


「……やっぱり、不供給エリアの問題が残るか」


 俺はスクリーンに映し出されたデータを睨みながら、ため息をつく。


 不供給エリアは元々切り捨てる事を前提にしている。しかし、農家を中心とする人々が多く居るのも不供給エリアだ。


 彼らは自足自給が可能なため、食料の確保に関しては問題が無い。

 だが、逆に言えば都市部の供給エリアがジリ貧になっていく。


 そこで、俺たちは農家を取り込む為に政策を打ち出そうとしたのだが……。


「……ここは中世じゃないんだぞ。なんで盗賊が居るんだよ」


 そう、不供給エリアでは、盗賊まがいの連中が跋扈していた。


 不供給エリアには、『物資は無いが食料はある』と言う歪な構造がある。

 そのため、生活用品が手に入らずともある程度生きていける人間が、畑や商店を荒らすという事例が多発していた。


 さらに最悪なことに、その盗賊団の中には冒険者もいる。

 武力的にも一般人では到底対抗できず、略奪が日常化しつつあった。


「さて、どうしたものか……」


 盗賊団を討伐するのは簡単だ。しかし、それをしてしまうと『非人道的』と責められかねない。


 俺たちは『政府組織』で良識ある存在だ。それが故、『法』の下で盗賊団を捌かねばならない。


 しかし、未だ日本政府を打倒できていない現在だと、色々と厄介な事になりかねない。


「……さて、どうしたものか」


 ここで盗賊を放置すれば、俺たちの責任になりかねない。


 それは俺たちの信頼低下に持つかがりかねない事態であり、即急な解決が必要だ。


「めんどくさいが、やるしかないな」


 俺はさっそく行動に移るため、1通の連絡を入れた。



~~~



 雨が降りそうな曇り空の下、奥多摩のとあるキャンプ地には、何十台ものバイクとスポーツカー、さらにはキャラバンが集結していた。


 そんな中、1人の男が小屋の屋根の上に立つ。

 男は周囲を一瞥し、皆の顔を見た後、声を張り上げた。


「いいか!今日は高速道路での襲撃だ!」


 彼の言葉と同時に、バイクのエンジンが一斉にふかされ、爆音が奥多摩に響き渡る。

 その音に満足げに頷いた男は、若きリーダーとして、改めて命令を下した。


「皆、しくじるんじゃねーぞ!1人でも死んだら俺らの負けだ!良いな、俺らは走り屋だ!レースでもねーのに死ぬなんてダサい事は俺が許さない!いいな!」


 男がそう言うと先ほどよりも大きな歓声があがる。

 何人かはバイクを空ぶかしし、タイヤを滑らせてアスファルトを焦がす。


「ルールはひとつだけだ。仲間は見捨てねぇ!それだけだ!」

「「「おおおおッ!!」」」


 若者たちの怒声と爆音が混ざり合う。


 その中には、スカーフを巻いた者、鉄パイプを背負った者、片手にクロスボウを持つ者すらいる。

 秩序も理性もない。ただ『力』と『速さ』が支配する無法の軍団。


 リーダーは最後に一言、笑いながら叫ぶ。


「今日は、クリスマス前のプレゼント回収だ。トナカイより早く運んでこい!」


 それが合図だった。

 数十台のバイクが一斉に咆哮を上げ、アスファルトを蹴り飛ばして走り出す。


 その後を、黒塗りのスポーツカーや、装甲を施したキャラバンが追いかけるように滑り出す。




 中央高速のアスファルトを、10台のバイクが風を裂くように走り抜ける。

 速度計はすでに150キロを超え、車体はうなりを上げていた。


 その後方を、黒塗りのスポーツカーと、改造されたキャラバンが続く。

 法定速度など無視。車線変更も合図なし。


 それは、まるで自分たちの縄張りを主張するかのような走りで、一般車は慌てて道を譲るしかなかった。


 そして、視界の先に一台の大型トラックを捉えた瞬間、バイクの速度がわずかに落ちる。


「いたな、あれだ」


 数台が左右に分かれ、トラックを包囲するように接近していく。

 その動きはあまりに手慣れていて、まるで訓練された特殊部隊のようですらあった。


「おい!止まれ!」


 先頭を走るYAMAHA VCAXのライダーが、片手用クロスボウを取り出し、運転席に向ける。

 それを見た瞬間、運転手は青ざめた顔で絶叫した。


「ひぃぃ! 撃たないでくれ!」


 慌てて窓を開け、降参の意志を伝えると同時にブレーキを踏む。

 トラックが徐々に減速していくのを見て、バイクとスポーツカーのライダーたちは歓声を上げた。


「よっしゃ!今日はご馳走だな!」

「何が入ってるか楽しみだぜ」


 騒ぎながらも、トラックの周囲を囲んで停車した。


「よし、荷台を開けろ!手早くいくぞ」


 リーダーの言葉を合図に、仲間たちが手際よく荷台に取り付き、鍵を破壊し、扉を開ける。


「うわ、大量の食料だ!それに燃料もあるぞ!」

「こりゃ当たりだな!」


AX

 歓声と笑い声が上がる。

 ダンボールが次々にキャラバンへと運び込まれていく。作業は手慣れており、無駄がない。

 この規模での襲撃も、すでに『日常』なのだろう。

BX


 しかし、その空気が崩れたのは、無線が割り込んできた瞬間だった。


『リーダー!今、冒険者が乗った車がそっち方面に向かってる!』

「なに?!今何処にいる?!」

『八王子料金所です!』

「なんだと?俺たちが多摩川の近くだから……20分そこらじゃねーか!」


 もしも全速力で来られたら、10分ほどで到着する可能性すらある。

 逃げる準備を急ぐべきだ。


「おい!お前ら!敵が10分で来る!詰め込むだけ詰め込んで、撤収するぞ!」

「「「おうよ!」」」


 リーダーの言葉に、仲間たちは一斉に動き出した。


 誰もが黙々とダンボールを抱え、キャラバンへと運び入れていく。

 いつもは騒がしい彼らも、今は淡々と積み込みを行っていた。


 それから5分。


 手慣れた手つきで積み込みを行った結果、積載率は限界近くに達した。

 それを確認したリーダーは声を張り上げて撤収を指示する。


「よし、終わりだ! 全車、撤収するぞ!」


 その合図で、バイクが一斉にエンジンを吹かし、次々と動き出す。

 キャラバンのドアが閉まり、スポーツカーのタイヤが鳴る。


 いつも通り順調に作業を終えて安心したその時、『ボンッ!!』と言う嫌な音が鳴り響いた。


「……今の音、どこからだ!?」


 リーダーの顔が険しくなる。

 周囲を見渡してみれば、1人の若い青年が載るバイクから黒い煙が上がっていた。


「おい!大丈夫か?!」

「す、すみませんリーダー!エンジンが付きません!どうしましょう?!」


 仲間の叫びに、リーダーは舌打ちする。


「っち、まずは落ち着け!」


 急ぎバイクの様子を見ると、完全にエンジンがイかれていた。


「……だめだ、コイツはメンテナンスしないと動かない」

「そんなぁ」


 涙目の仲間に、リーダーは即断する。


「バイクは置いてけ。命が優先だ。お前は他の奴の後ろに乗れ」

「でも……これは、親父の形見なんすよ……!」


 少年の手が震えていたが、それでもリーダーは非情に首を横に振った。


「気持ちはわかる。だがな、生きてりゃまた乗れる。死んだら、それこそ何にも残らねぇ」


 数秒間の沈黙後、少年は歯を食いしばってうなずいた。


「……わかりました。乗ります」


 後ろから来た先輩が無言で頷き、彼を自分のバイクの後部座席に乗せる。

 

 全員の出発準備が整い、リーダーがバイクに跨った瞬間…………だった。


「っチ! まずい!冒険者が来たぞ!!」


 警告の声が上がった瞬間、仲間たちの表情が一気に張り詰めた。


「どれくらいの数だ?!」

「今確認できるのは2台! でも、中にどれくらいいるかはわからねえ!」


 仲間の報告に、リーダーは歯を食いしばる。

 バイクのエンジン音が響く中、皆が一斉に視線をリーダーの方へ向けた。


「おい、リーダー! どうする?! もうすぐ奴らが来るぞ!」

「ここで戦うか、さっさと逃げるか、決めねえと!」


 リーダーは短く息を吐き出し、周囲を見渡す。


 こっちはバイクとスポーツカー合わせて15台。人数は20人だが、戦闘要員は半分にも満たない。

 対する冒険者どもはプロの戦闘集団だ。まともにやり合えば全滅する可能性もある。


 ……だが、こっちにも『戦える奴』がいる。


「……ケイ! シン! いけるか?!」


 リーダーがそう叫ぶと、仲間の中から2人の男が前に出た。


 1人は大柄な体格に鋭い眼光を持つ男、ケイ。元は喧嘩自慢の不良で、今ではリーダーらの中でも最も武力に秀でている。


 もう1人は細身の青年、シン。幼い時からボクサーをしていて、素手勝負ならばケイにも勝てる程の実力者だ。


 この2人以外にも冒険者が5人。リーダー含め8人この場に残った。


「お前ら!冒険者どもを蹴散らすぞ!他の者はさっさと逃げて奥多摩で集合だ!」

「「「はい!」」」


 非戦闘員の12名はすぐさまエンジンを鳴らし、逃げていった。

 そんな音をBGMに、高速道路の中央で仁王立ちするリーダーたち。


 目の前で、2台の車がギリギリの距離まで迫り、急ブレーキをかける。

 車体が揺れ、砂埃が舞う。


「じゃあ、ケイ、シン。やるぞ!」

「おうよ」

「まかせてよ」


 2人の返事に満足げにしながら、リーダーは剣を抜いて冒険者と対峙した。


 車から降りてきた人数は6人。こちらの方が数的には有利だが、冒険者同士の戦いでは単純な数の差はあまり意味をなさない。

 相手は剣や槍を持った前衛が4人、後方には魔法職と思われる女性2人が控えている。


「お前ら、半分に分かれるぞ。前衛は俺、ケイ、シン、それにゴウが抑える。残りの4人は魔法職を押さえろ!」

「「「おう!」」」


 仲間たちの返事とともに、一斉に駆け出した。


 高い身体能力に任せた素早い接近に、敵は一瞬怯む。その隙を見逃さず、リーダーは目の前の槍使いに向かって飛び込んだ。


 遅れて突き出された槍の勢いは弱く、手で簡単に押しのけることができる。


 そして、がら空きになった腹に拳を叩き込む。

 抉るように放った一撃は鳩尾にめり込み、槍使いは呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。


 周囲に目をやると、ケイは相手の冒険者をボコボコに殴りつけ、もはや見るに耐えない状態にしている。

 シンは巧みに剣を避けながら、鋭いパンチを腹と顔に叩き込んでいた。


 しかし、後輩のゴウは苦戦しているようで、敵の剣士と激しく刃を交えている。


「……ケイ!シン!さっさと片付けろ!俺はゴウの援護に入る」


 そう言いながら駆け出したリーダーは、ゴウと渡り合っている敵の冒険者に向かって思い切り飛び蹴りを叩き込んだ。

 勢いと体重が乗った一撃は、容易く敵を吹き飛ばし、そのまま高速道路の壁を越えて、多摩川へと落としてしまう。


「……これで終わったか」


 後方の魔法職を任せていた仲間たちの方を見ると、すでに全員制圧されていた。


 戦闘は、あっけなく終わった。


 ケイは『つまらねぇ』と言わんばかりに舌打ちしながら、不満げな表情を浮かべている。

 そんなケイの表情にリーダーは苦笑しながら、仲間たちを促してバイクに乗り込む。


「じゃあ帰る………ぞ」


 リーダーがそう言いかけたその瞬間……何かが見えた。

 視界の端に、何かが飛んでくるのが見えたのだ。


 いや、正確には『人』が浮いている。


「なんだ……あれ?」


 あまりにも異様な光景に、思考が停止する。


 この世界にはダンジョンというファンタジーな存在がある。

 だが、人間が宙に浮いているのは初めて見た。


 やがて、宙を舞っていた人物がふわりと着地する。

 高身長の黒髪女性……まさに大和撫子と呼ぶにふさわしい気品を持った女だ。


 彼女は静かにリーダーたちを見渡し、薄く微笑みながら口を開いた。


「こんな所で会えるなんて、運が良いですね」


 まるで、俺たちと『出会うべくして出会った』と言わんばかりに。

 



この時の冒険者は3階層のホブゴブリンをパーティーで倒せるぐらいの実力。4階層はギリギリ勝てるかな?ぐらい。

逆に盗賊のリーダーとケイとシンは1人でボスホブゴブリンを倒せる。4階層はパーティーで攻略できるぐらいの実力。

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