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第七十五話 損切

今『俺らダンジョン冒険隊』の閑話を書いていて、この話を見返したんですけど、相変わらず誤字が多い事。そこで、みな様がよろしければですが、コメントで教えていただけると助かります。


……マジでお願いします。m(_ _)m


ちなみに、過去の話の誤字脱字を教えていただけると、なお嬉しいです。




 時は少し遡る。


 物流を動かし始めてから、3日が経った頃。

 俺と涼太は、暗がりの作戦室で、巨大なスクリーンに映し出されたAI『オーディン』の解析結果を見つめていた。


「……1000万人か」


 この数字は、現在のペースで物流を回復させた場合に発生する犠牲者の推定数だった。


「……かなり厳しい数字だな」

「そうだね。でも、これはあくまで概算だよ。これよりもっと良くなる可能性だって十分ある。まあ、逆もしかりだけど……」


 涼太の言葉に思わず歯噛みする。


 このままでは日本人口の1割弱が死ぬ。それは、コロナの世界死亡者数と同等と言えば、そのヤバさが分かってもらえるだろうか?


 そんな死傷者数が、たかだか1億2000万人しかいない日本で起これば、大惨事以外の何物でもない事は火を見るよりも明らかだろう。


 しかし、適正な対策を講じれば、犠牲者数をもっと減らせる可能性は十分にある。


 だが、問題は解決が難しいから問題なのだ。

 そして、規模が大きくなればなるほど、問題の致命性も上がっていく。


 今回の問題も例にもれず、単純な事実が俺たちを追い詰めていた。


『物流の復旧には時間がかかる』


 たったこれだけの事実が、対応をより一層難しくしている。


 では、何が難しいのかを、分かりやすく要素に分けて説明しよう。

 まず、『物流』と言っても4つの要素に分けることが出来る。それが……。


ーーー

 一つが『モノ(物資)』だ。輸送車や燃料。食料、医薬品などの輸送手段と物資を指す。

 一つが『ヒト(労働力)』だ。運転手や倉庫従業員、警備員などを指す。

 一つが『カネ(決済手段)』だ。すべての潤滑油となる金は、より効率的に物流を動かす。

 一つが『インフラ(輸送網)』だ。鉄道、港湾、幹線道路、空港と言った物を指す。

ーーー


 このうち『カネ』はD.payによってある程度の問題は解決されている。


 問題は残る3つ。


 『モノ』は、全然足りない。倉庫にある保存のきく穀物などには2、3カ月分の余裕はあるが、半年後には枯渇してしまう。

 食料に関してはまだ余裕があるものの、医療品や燃料と言った、外部依存が高い製品になればなるほど不足しているのが現状だ。


 また、トラックと言った輸送手段はあるものの、大規模な輸送が可能な、『列車』や『船』と言った輸送手段は政府に握られている。

 このせいで、何千万トンと言う大規模な輸送が出来ないのだ。


 次に『ヒト』なのだが、コチラも全然足りていない。ドライバーはもとより、倉庫従業員もボランティアも全く足りていない。


 そして『ヒト』で何よりも致命的に足りていないのが、警備員だ。

 治安が悪化してしまい、盗賊まがいのチンピラが高速道路を中心に暴れまわっている現在において、護衛は必須と言える。


 しかし、俺たちがすべてを担う事など出来るわけも無く、必然的に大多数の手が必要になる訳だ。

 だけども、俺たちには大量の護衛は所有しておらず、動かす手駒がまったくと言っていいほどに無い。


 最後に『インフラ』なのだが、これも酷い状況には変わりない。


 日本は元GDP2位を誇った経済大国である。高度経済成長期の60年代70年代の時に『道路』や『鉄道』と言った主要インフラを高度に整えていた。


 特に鉄道インフラの発達具合はすさまじく、1分単位でダイヤ(運行予定)が組まれている。

 さらには、東京を中心として新幹線が各地を繋いでおり、人の輸送の要と言える。


 そして、忘れてはいけないのが、『港』だ。

 世界の物資輸送の9割ほどを海上輸送が占めると言えば、その重要性が分かってもらえるだろうか?


 特に日本なんて島国である以上、海外からの輸送は約99%が海上輸送だ。

 実質食料自給率が、20%前後である事を考えれば、港を政府に抑えられている事がいかにまずいかを分かってもらえるだろう。

 

 こんな複雑な問題が何重にも絡み合っているのが、今の現状なのだ。


 これで、即座に物流を回復させる事がいかに困難かを分かってもらえただろうか?


「……やはり、ある程度は力ずく にならざるを得ないか」


 しかし、いくら困難だからと言って投げだす事は出来ない。

 それは、主権を放棄している事と同義であり、国民の信頼を失う事だからだ。


「そうだね。でも、あまりに派手なことはできないよ」

「もちろんだ。政府の崩壊を決定的にするには、認知戦とD.payを利用した大規模な物流統制を進める必要がある」

「認知戦か……具体的には?」


 俺はスクリーンを指しながら説明する。


「まず大前提だけど、今の俺たちはイメージ戦略上、武力的な行動は出来ない。そして、D.payを普及させる為に、俺達だけの力で解決する事も望ましくない」

「うん。それは分かってる」

「今回の山丘社長のように、できるだけ多くの企業に協力してもらう必要がある。しかし、現在、大手の会社のほとんどが国側に抑えられているのが現状だ」


 そう、政府は物流を管理するために、企業協力要請という名の実効支配をしている。

 もちろんだが、企業側にも反感を持つものが多いが、逆らうほどの力を持っていないのが実情だ。


「そこで、政府への反感を持つ企業に対して、支援を行う」

「……なるほどね。でも、支援ってどんな支援をするの?政府を押し除けるほどの支援ってかなりきついと思うけど」

「いや、直接政府を押しのける必要はない」


 俺はスクリーンを見ながら続けた。


「政府の影響力を削ぐために、企業が安全に物流を維持できる仕組みを作る。具体的には、D.payを活用して企業が『冒険者』を護衛として雇えるようにするんだ」


 涼太が少し驚いた表情を見せた。


「冒険者を? 物流企業が?」

「ああ。護衛を雇うことで、安全な物流網を確立する。政府が提供する『公的な警備』ではなく、独自の護衛網を作ることで、企業は政府の管理から脱することができる」

「なるほど……でも、企業がそんな簡単に冒険者を雇うかな?」

「そこは金で解決する」


 俺はAI『オーディン』の2対のカラスが戯れるエンブレムを見ながら続けた。


「冒険者を1人雇うごとに、企業には100万円の補助金を支給する。さらに、3カ月間継続して雇った場合、追加で200万円を支給する」


 涼太は呆れたように笑った。


「……ハハハ、何とも大盤振る舞いだね」

「ああ、そうだな。でも、それだけの金をかける価値はある。政府の影響下にある物流企業が、D.payと冒険者を利用することで独立性を持つ。つまり、政府の管理を抜けた物流網を構築できると言う訳だ」


 俺が説明し終わったところで、涼太が問題点を言ってきた。


「政府の管理を抜けた物流網は分かった。でも、それだと冒険者を雇うだけ雇って、物流をしないって企業が出てこない?」

「ハハハ、涼太がD.payを作ったのに、もう内容を忘れたのかい?D.payは『仮想通貨』なんだぞ。現金とは違い、その透明性が常に担保されている」


 素晴らしきかな『ブロックチェーン』技術。


「……正吾の言うとおりだね。……僕、疲れているのかな?」

「休みを与えてやりたいが、当分は無理だ。すまないな」

「いや、いいんだよ。それより話を戻そう」

「そうだな。冒険者を雇った企業は、D.payを使用して物流を再開する義務を負う。さらに、1カ月間の物資をダンジョン教会が買い取り、民間に支援物資として配給する事で、企業側の資金繰りを回復させる」


 ここまですれば、物流企業はある程度の息は吹き返すだろう。まだまだ他の企業は死んだままだが、これを機に経済が復活し始めることを願おう。


「でも、それでも政府側は黙っていないだろう?」

「まあ、当然邪魔してくるだろうな。だけど、円は崩壊してるから、大したことは出来ないよ。せいぜいが武力的な支配だが、それをすれば俺たちが動く正当性を得る。そうなれば、今度こそ政府は崩壊するだろう」

「だね。そうなれば、僕が準備した『あれ』が役に立つよ」


 涼太はワクワクとした顔で言った。



〜〜〜



 時は戻り、4日後。


 山丘社長に概要的な説明だけした俺は、玲奈にことを動かす連絡を入れた。


「玲奈、準備はできているか?」

『はい、もう告知も済んでいますし、全て終わっています』


 頼もしい返答に電話越しで頷くと、開始の言葉を言う。


「では玲奈、後のことは任せた」

『はい、分かりました。正吾さんは休んでくださいね』

「ああ、そうさせてもらうよ」


 電話を切り、背伸びをする。

 今日は帰って一休みしますか。



〜〜〜



 電話の切れた『ツーツー』と言う音を聞きながら、私は腕時計を確認する。

 時刻は16時55分で、配信開始時刻まであと5分を切っていた。


「さてと、……やりますか」


 洗面台で最後の身だしなみをチェックし終えると、ノートパソコンを開く。


 そして、そのノートパソコンには、配信待機者数が300万人を越えており、トレンドも1位を独占していた。


 目の前の私自身を映すカメラの先には、何百万人、何千万人と言う人々が配信を待っている。

 その世間からの期待と言う名の重圧は、人を押しつぶす…………のだろうが、私は全くと言っていいほど緊張はしていない。


 こんなリスクが無いただの『作業』に緊張する余地などあるはずもない。


 故に、私は一切の迷いなく『配信開始』ボタンを押す。

 その瞬間、全世界に向けて私の配信が開始された。 


「みなさんこんにちは、こんばんわ。私の名前はセイントです」


 私の声がマイクに乗り、電波として全世界に発信されれば、それに呼応してコメント欄が物凄いスピードで流れていく。

 それはフレームレートを越えて、まともにコメントを読む事など不可能と思えるほどだ。


「本日お話しするのは『物流』についてです」


 ここでひと呼吸おいてから、言葉を続ける。


「これは、企業の皆様にとっても、国民お一人お一人にとっても、極めて重要な話です。ですから、どうか集中して聞いてください」


 私は頭の中に入っている台本の通り、話を進めた。


「現在、日本は円が止まった事で、全ての経済活動が停止しています。それに伴い、物流が停止したのは、皆さまも生活の中で実感している事でしょう」


 そう言うと、コメント欄では『助けてくれ』『何とかして!』『マジで死にそう』と言った悲痛の声が書き込まれていた。


「そこで、私は新しく物流網を復活させたいと思っております」


 私は一息間を置くことで、人が集中する様に誘導する。


「『D.pay経済圏の確立』と『安全な物流網の構築』です」


 なるべく多くの人に理解してもらうため、2つに分けて話す。


「この2つの柱を軸に、私は物流を再構築します」


 画面を切り替え、『物流企業支援政策』と言うタイトルが映し出される。


ーーー

1.D.payを活用した冒険者の護衛雇用。

2.アルカディア政府による物流支援と物資支援。

3.旧日本公務員に対する雇用政策。

ーーー


「これは、私たちアルカディア政府が、旧日本企業および国民に対する政策です」


 私はあえて『旧日本』という表現を繰り返す。これは、日本政府の権威を失わせるための戦略的な言葉選びだ。


「1.『D.payを活用した冒険者の護衛雇用』に関して説明します。

 企業がD.payを利用し、冒険者(ダンジョン武装探索許可書の所持者)を護衛として雇用した場合、1人の冒険者ごとに100万円相当のダンジョンコインを補助金として支給します。

 さらに、3カ月継続雇用した場合、追加で200万円を支給いたします」


 これは治安対策であると同時に、冒険者に『安定した雇用先がある』と印象づける狙いもあった。


 現在、日本には約300万人の冒険者がいる。それを全員3カ月間雇用したとしても9兆円程度のコストに収まる。

 D.pay経済圏の拡大とダンジョンコインの普及を考えれば、十分に投資価値のある施策だった。


「2.『アルカディア政府による物流支援と物資支援』に関して説明します。

 物流企業がD.payを利用して冒険者補助金を受け取った場合、アルカディア政府の要請に従い、物流を行う地域の指定を行わせてもらいます。

 また、物資支援としてアルカディア政府は食料、燃料、医療物資、生活必需品を買い取ります。買取の金額に関しては、ダンジョン教会ホームページの『物流企業支援政策』をご覧ください」


 アルカディア政府が積極的に物資を買い取ることで、企業の資金繰りを改善する狙いがある。

 さらに、D.payによる決済が広まれば、D.payこそが新たな通貨であるという認識が自然と広がっていくだろう。


「3.『旧日本公務員に対する雇用政策』に関して説明します。

 旧日本政府公務員の『警察官』と『自衛官』を治安機関として一時的に雇いたいと思います。

 アルカディア治安機関として応募するときは、ダンジョン教会のホームページから、アルカディア国民として登録した後に、『アルカディア治安機関』から応募してください。

 アルカディア治安機関の契約内容や給料などは、ホームページから閲覧できます」


 ここまでで、企業向けの説明は終了した。


 玲奈は一息つき、次のスライドへと画面を切り替える。

 そこには、大きく『日本全国に対する物流網の構築』と書かれていた。


「次にお話するのは、物流網に関してです。現在、ほぼ全ての物流が停止してしまったことにより、以前の様な物流網を復活させるまで時間を要してしまいます。ですので、物流をより効率的に再構築するため、日本を3つの地域に区分します」


 玲奈はそう言いながら、次のスライドへと切り替えた。

 スライドには説明の他、3色に塗り分けられた日本地図が載ってある。


ーーー

『物資供給エリア』

・安定した物流が確保され、物資が優先的に供給される地域。

『限定的供給エリア』

・供給量には制限があるものの、一定の物流がある地域。

『不供給エリア』

・物流の確保が困難なため、物資供給が行われない地域。

ーーー


 掲載されている日本地図のほとんどが赤で塗られていて、緑色に塗られているのは大都市と呼ばれる人口密集地に限られていた。


「地図にも表示されている通り、緑色のエリアは物資供給エリア、黄色は限定的供給エリア、赤色は不供給エリアとなっています」


 このマップは非常に合理的な地図であるのと同時に、非人道的な地図でもある。

 それは多くの視聴者も分かっている様で、『赤が多すぎる』『うちの町、完全に赤じゃん!』『マジか…おれ埼玉だけど、ギリギリ黄色なんだけど』と言ったコメントが多く寄せられている。


 視聴者の焦りや不安と言った感情が、コメントの波と共に広がっていくのが分かるが、それも想定内の反応だ。


「皆様の不安は、私も痛いほど理解しています。しかし、現在の物流状況では、日本全体が沈んでしまうこともまた事実なのです。だからこそ、皆様のご協力が必要です」


 私が悲しそうな声色で紳士的に訴える。それだけで、コメント欄は賛成派によって押し流されて行く。

 何も考えずにパクパクと情報を飲み込むバカな国民に呆れつつも、都合がいい事には変わりない。


 そんな事を脳裏で考えているとはつゆ知らず、コメントは速さを増す。

 しばらくの間、コメントが落ち着くまで黙って待つと、目で追えるほどまでスピードが落ちた。


「……では皆さま。どうか生きるための選択を選ぶ事を私は心より願っております」


 綺麗なお辞儀と共に、画面がフェードアウトし、配信は終了した。




『仮想通貨』と『ブロックチェーン』


数年前からよく耳にする『仮想通貨』ですが、その根幹技術となるのが『ブロックチェーン』です。


これの何が核心的かと言いますと、全ての取引情報が分散的に記録し続ける事で、改竄を実質的に不可能としている点でしょう。


誰もが、『いつ』『何に』『いくら使った』と言う経歴を、中央集権的なサーバーを介さずに検証・保存ができるので、高い透明性と信頼性を保っているのです。


それ故に、仮想通貨を用いた闇取引があったとしても、全てのデータを辿れるために現金に換えた瞬間特定されて捕まります。


ちなみにですが、この話の中で、正吾が涼太のうっかりを笑ったシーンがあると思います。

これは、企業が冒険者を雇用して補助金を受け取った場合、ブロックチェーンによって『本当に雇用したのか』『何に使われたのか』が検証可能であり、不正が困難な仕組みになっています。


そして、最後に細くの補足の無駄な話ですが、ブロックチェーンを改ざんしたい場合、この世界にある演算能力の半分以上があれば可能です。……まあ、そんなの実質無理なんだけどね。


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