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第七十四話 物流回復への第一歩

この2日間PV数が倍近くに伸びたんだけど……何があったん?




 松田さんと豊洲で山丘社長を待つこと約1時間。


 松岡さんが持っていたカップラーメンを昼食として一つ貰い、青空を見ながら麺をすする。

 もう秋も終わるころだというのに、青空と眩しい太陽が目を刺すほどに強い。


 男としてはカップラーメン1つでは少々物足りなかったが、貴重な食料でもあるカップラーメンをもう一個貰う程でもない。


 5分目の胃袋をさすりながら、日陰で青空をぼーっと眺めていると、道路の向こうから、低く唸るようなエンジン音が近づいてくる。


 ここまで全く聞こえなかった車のエンジン音に顔を下げれば、真紅のトヨタ86GTが滑るように俺たちの前で停車した。


 車のドアが開き、品のある動作で初老の男が降りてくる。


「やあ、待たせてしまったようだね」


 低く落ち着いた声。電話越しに聞いたことのある声だ。


「お待ちしておりました、山丘社長」


 俺は丁寧に頭を下げる。

 人間関係もビジネスも、まずは挨拶が基本だ。


「君がスイキョウくん……か。食事中だったかい?」

「いえ、ちょうど食べ終わったところです」

「それは良かった。では、タイミングは悪くなかったようだね」


 そんな会話を交わしていると、後ろで松田さんが伸びをしながら言う。


「じゃあ、俺はここで帰るわ」

「ああ、世話になった。松田も気を付けてくれ」

「それはお互い様だろ!」


 2人は笑い合い、松田さんは軽く手を振りながら去っていく。

 老年になってもこうして気軽に笑い合える友がいるのは、正直羨ましく思える。


 松田さんの姿が見えなくなるまで見送った後、俺は山丘社長と一緒にトヨタ86GTの助手席に乗り込んだ。


 車に乗ってすぐにエンジンを点火すると、鈍い振動が心地よく体を揺らす。

 軽くエンジンを吹かせば、男なら興奮せざる負えない音が体に響き渡った。


「では出発しますね」


 山丘社長はそう言うと、エンジンパットを踏み込んだ。それだけでチューニングされたエンジンが動き、車を勢い良く加速させる。

 だがしかし、足回りのパーツが良いのか、まったく路面の振動が伝わってこない。


 エンジン良し、音良し、走行性良しの86GTはまさにロマンと言った感じだ。


 そんなロマンカーで、全く車通りの無い道路を走る。

 全くストレスの無い道に、俺がちょっとうらやましくなっていると、山丘社長が落ち着いた声で話し始めた。


「……さて、スイキョウさん。私は遠回しな話が嫌いなものでしてね。単刀直入に聞きます。……貴方はなぜ物流を回復させようと思ったのですか?」


 山丘社長の質問は単純にして根本の問題だ。

 だからこそ俺は、一切迷いなく答えた。


「簡単です。私たちダンジョン教会は日本を救いたいと思っているからです」


 俺が答えるのと同時に、信号機が赤に変わる。

 それを見た山丘社長がゆっくりとブレーキを押し込みながら停車した。


 感性の法則で軽く体が前に引っ張られるが、シートベルトが体を受け止める。


 一瞬の沈黙。車が停止してから5秒ほどの沈黙が車内に落ちた後、山丘社長が俺に視線を向け、じっと瞳を覗き込んできた。


「…………ふむ。…嘘では無いようだね。でも、真実でもない」


 俺の内心が分かっている様な言いぶりに、少しだけ腹が立つ。

 しかし、顔には出さずに答えた。


「確かに、善意だけで動いている訳ではありません。私たちはD.payを普及させたいと思っている事も事実です。しかし、結果として日本国民を救う事は事実です」


 そう、行動の理由などは些細な問題だ。

 物事で大事なのは『動機』では無く『結果』なのだ。


「……はぁ、まったくもってその通りだね。大事なのは結果だ。でもね、動機が素晴らしくないと、人は付いてこないんだよ?」

「……」


 諭すように言いながら、山丘社長は再び前を向き、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


「君たちダンジョン教会は、政府から『テロ組織』と報道されている。それは知っているね?」

「ええ。実際に、街の人々も我々のことをそう認識しているようです」

「ならば、君たちが物流を復活させようとする理由も、多くの者は『何か裏があるのでは?』と疑うだろう」

「……まあ、否定はしません」


 俺たちの目的が『D.payの普及』であることには、間違いはない。しかし、それが人々にとってどう映るかは別問題だ。


「だからこそ、俺は君が信用に足るかどうかを見極めに来たんだ」


 山丘社長は少しだけ速度を上げ、道路を滑るように走る。


「……それでだ。君はどうやって物流を回復させていくんだい?」

「シンプルです。まずは、小規模な物流を回復させ、D.payの決済が可能な事例を作っていきます。D.payと言う新たな通貨での物流網を構築できたのであれば、完全に物流は元通りになるでしょう」


 さらには、D.payで生活が出来る様になれば、信頼も獲得しうる。


「なるほどね。つまり、物流を牛耳ることで、D.payの使用を拡大するわけか」

「ええ。そして、この動きが成功すれば、全国に広げていきます」


 山丘社長はしばらく黙り込んだ。そして、次の交差点を右折し、大きな駐車場に車を止める。


「……悪くはない。悪くは無いが……」


 そこで山丘社長は言葉を詰まらせる。何かを言いかけて止めたような間の後、ため息とともに口を開いた。


「……いや、生き残るためには、変わるしかない……な」


 山丘社長は腕を組み、少し考え込んでから言葉を続けた。


「正直に言えば、私も最初はD.payに懐疑的でした。電子通貨なんて信用できるか、とね」

「当然の疑問だと思います」

「だが、もう現金は死んでいる。政府は何もしないどころか、国民の生活を人質に取っているようなものだ」

「ええ」

「そう考えると、もう試すしかないのかもしれません……ね」


 山丘社長はスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「すまない、私だ。……ああ、わかってる。急に悪いね」


 しばらく相手の言葉を聞きながら、山丘社長はチラリと俺に視線を向ける。


「例の件。あれを動かします。各自に連絡を入れておいてください。……ああ、頼みます」


 短く要件を伝えたあと、山丘社長は電話を切り、そのまま車を降りた。

 俺もそれに続く。そして、気がついた。

 ここは……。


「ようこそ、私の大規模倉庫へ」


 広さにして7万平方メートル。


 都市部から少し外れた場所にあるその倉庫は、東京ドーム1.5個分にも相当する巨大な敷地を有している。


「ここは私の城にして、物が集まる場所です」


 山丘社長が、誇らしげな声で言う。


 確かに、今はトラックの一台も動いていないが、床に残るタイヤ痕、フォークリフト用のレーン、所々に残された工具や作業着が、つい数日前までここが活気に満ちていたことを物語っていた。


「さて、もう準備は出来ている。行こうか」


 山丘社長の背に従って歩きながら、倉庫の奥へと進んでいく。


 天井が高く、歩くたびに靴音が微かに反響する。


 壁際には無数のパレットが積まれ、その上には、食品や生活必需品らしき梱包された荷物が山のように並べられていた。

 その光景に、俺は思わず言葉を漏らす。


「……これだけの物資があるとは……」


 感嘆の声が漏れた俺だが、すぐに疑問が脳裏に浮かんだ。


「……山丘社長、これらはなぜ国に買われていないのですか?豊洲の食料は買われていましたよ?」


 俺はそう問うと、山丘社長はこと無さげに答えた。


「ここにあるのは、うちが直接管理していた在庫です。政府は豊洲のような共有市場を押さえるのが精一杯だったのでしょう。こういう、外れにある中規模の私有倉庫までは手が回らなかったのでしょうね」


 なるほど。だが……。


「これだけの食料が倉庫に在りながら、各地に届けられないとは……」

「ええ、そうですね。物流企業の社長としても歯がゆくて仕方がないよ」

「やはり問題は……」

「運転手ですね」


 そう、どんなに食料があり、トラックが揃っていようと、それを動かす人間がいなければ意味がない。


「やはり、運転手の確保は難しそうですか?」

「……以前と同じ人数とはいかないでしょう。しかし、20人ほどならすでに集まっています。これだけいれば、1日に60店舗は回れるでしょう」


 ……60店舗。多いように聞こえるが、実際は目が眩むほどに少ない。


 東京の人口は1400万人。1日2食分の食料を各地に運ぶと考えると、1日あたり1万トンの食糧が必要だ。

 20人のドライバーが4トントラックで運べる最大重量は80トンから160トンが限界だろう。到底足りるわけが無い。


「……60店舗ですか。それはきついですね」

「ええ、そうですね。全然足りません。正直な話、関東を支えるには100倍の規模でも足りないでしょうね。ですが、これだけでも10万人ほどは支えられます」

「……10万人ですか」


 俺は呟くように言いながら、倉庫内に積まれた物資の山を見渡した。


 確かに、10万人を支えられるだけの食糧がここにはある。しかし、それは東京全体から見ればほんの一握り。とはいえ、何も動かないよりは遥かにマシだ。


「最初の一歩としては悪くない数字です。しかし、それをどう運用するかが問題ですね」


 俺の言葉に、山丘社長は小さく頷く。


「その通りです。物流というのはただモノを運ぶだけではない。届ける順番、供給のバランス、何より、安全に運行できるルートの確保が必要になります」

「やはり治安の問題ですか?」

「ええ。道路は以前よりも荒れていますし、物流の崩壊とともに増えたのは空腹と焦燥です。運転手が襲われるリスクは決して低くはない」


 俺は腕を組み、しばらく考え込む。


「……警備をつけるしかないですね」

「そこが問題点です。ただでさえ人を集めるだけでも大変なのに、さらに警備まで用意するとなると、単なる物流の話ではなくなります」


 山丘社長の言葉に俺は頷く。


 政府が機能しない今、法の支配は形骸化し、各地では自警団や武装集団が台頭し始めている有様だ。


 そんな状況だから、盗賊まがいの奴らが高速道路を縄張りとして活動している。

 そんな中、トラック運転手にリスクを負って届けろとは言えない。


「警備ですか。ダンジョン教会には人材がいません。警備を付ける事は現実的ではないでしょう。ですので……私から一つ案があります」

「案……ですか?」

「はい、我々ダンジョン教会が食料の全てを買い取ります」

「……すべて……買い取る?」

「はい、D.payでの支払いになりますが、言い値で買い取ります」

「それは助かりますね。ですが、買い取ってどうするというのですか?」


 山丘社長の質問に、俺は順序だてて説明した。


「まず、私が山丘社長にD.payを支払って物資を買います。次に山丘社長はD.payを使って社員を呼び戻してください。これである程度はドライバーや倉庫従業員が戻ってくるでしょう」

「……なるほど」


 俺はちゃんと山丘社長が理解しているのを確認して、話しを続ける。


「そして、従業員が戻ってきてある程度物流が回復したら、他の企業さんに実績を持って交渉しに行きます。こうすれば、多数の企業を巻き込んで物流を構築できるでしょう」

「……ハハハ、見事なまでの経営戦略だね。ぜひとも君を雇いたい気分だよ」


 冗談だと分かるように笑って言う山丘社長だが、目だけは全く笑っておらず半分本気で言っているように見えた。


「……ええ、もしも私が一人になったらお世話になろうと思います」

「そうか、なら期待しないで待っているよ」

「では、これで交渉成立と言う事でよろしいですか?」

「ええ」


 山丘社長は笑顔で手を差し出して来た。

 俺も手を差し出して握手をすると、大きく手を振られる。


 これで、物流回復の第一歩を踏み出せるな。



~~~



 翌日。俺たちはすぐに動き出した。


 まず最初に手を付けたのは、山丘社長が持つ物流ネットワークの配送対象となる店舗の選定だった。


 限られた人員と車両で最大の効果を出すため、配送先をエリアごとにグルーピングし、半径圏内で回れる店舗を優先する戦略を採った。


 それらの選定が終われば、限られたトラックの積載効率を最大化するために、1日3回の積み込みと配送サイクルを構築する。


 ドライバーたちは長時間の連続運転を余儀なくされたが、報酬はD.payで即時支払われる仕組みとし、これが大きな信頼に繋がった。


 その結果。初日は、1日あたり約200トンの食料を輸送することに成功した。


 そして、その配達先では店頭販売では無く、ボランティアを集め食料の提供と引き換えに『炊き出し』と言う形で、国民に無償提供をする体制を整えた。


 これらを実施してから数日。


 噂が人を呼び、さらに噂が広がっていくという形で、人が集まりだした。


 地域ごとの炊き出しを中心として、徐々に治安と秩序も回復していき、その地域が護衛無しでも通れるようになったのは行幸だったと言わざる負えない。


 そうして、物流回復に向けて動き出してから1週間後。


 徐々に人が集まり、ドライバーや倉庫作業員、炊き出しを担うボランティアの数も増えていった。

 その結果、1日あたりの輸送量は1000トンを超え、炊き出し会場も東京で100箇所を突破。


 最初の時から5倍の量を運べる。5倍の命を救える。しかし、日本人口の1%にも満たない。


 これが現実だ。


 いくらD.payで食料を買い取り、いくら物流を回復させても、供給量が絶対的に足りない。

 市場の人々も協力し始めた。運転手も少しずつ増えている。それでも……。


「何もかもが圧倒的に足りていない」


 俺は誰に言うでもなく、倉庫の隅でぽつりと呟いた。


 積み上がる段ボールの山、次の出荷を待つ食料。

 それらのすべてが、『焼け石に水』でしかない現実を、ただ静かに告げていた。


「そうですね」


 後ろから聞こえる声に振り返ると、山丘社長が腕を組んでこちらを見ていた。

 山丘社長の表情は平坦なものの、口元は歪み、何かを焦るかのように瞳孔が開いている。


 それだけで、俺と同じように焦っている事が見て取れた。


「物流が復活し始めたのは良い事です。ですが、需要には全く追いついていないのが、致命的なまでに問題です」

「そうですね。本当はもっと手を広げたい所ですが、これ以上の拡張は、現時点では現実的ではありません」


 物流と言っても、トラックとドライバー、倉庫従業員に護衛。さらには企業やボランティアとの連携と言った様々な問題がある。


 一つ一つに膨大なまでの人出と物資が必要であるのに加え、安全なルートの選定も必要。

 東京都内だけでも手が足りていないと言うのに、他県まで手を伸ばすのは現実的ではない。


 そして、ここは現実だ。物語のようにご都合的には進まないし、解決もしない。


 だから……。


「……ここから先は『損切』を行わなければ、日本の全てが沈みます」

「っ!」


 俺の口から放たれた『損切』と言う言葉。そこには冷徹で冷たい響きが纏わりついていた。

 



86GTが出て来たのは、MFゴーストを見てハマったのが原因。ちなみに、めちゃ面白かった。

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