第六十七話 アルカディア構想
世界中のトレンドが『ダンジョン教会』『独立宣言』『アルカディア』が席巻する中、俺と玲奈は、アメリカ海軍が所有する最新鋭空母〈ジェラルド・R・フォード〉の甲板にいた。
日本からの追撃をアストレリアで振り切り、逃げ込むようにこの空母に到着したのが昨夜のこと。
洋上にあって、日本政府の管轄が及ばないこの場所は、今や俺たちにとってもっとも安全な避難先だった。
そして、鋼鉄の甲板の先、海風の先に見えるのは、俺専用に設計された白銀の人型兵器。
エンジンを全て取り外し、エネルギーを全てパイロットから補うシステムになっている機体だ。
それだけでは無く、空いたエンジン部分のスペースには超巨大なACS(Arcane Calculation Script)魔道演算スクリプトを積んでいる。
これにより、空を飛行したり強力な防御フィールドを作り出す事が出来るのだ。
「これはMiss.スイキョウ。お目にかかれて光栄です」
俺がアストレリアの整備をしていると、低く渋い声が背後から聞こえた。
現れたのは艦長と思しき男。
威厳ある立ち姿と白髪の口髭、礼儀正しい所作。老練な軍人の気品が漂っている。
「こちらこそ、昨夜はお世話になりました。ご協力に深く感謝いたします」
俺はコックピットから降りて、穏やかに礼を返す。
そのやり取りの裏には、軍事・政治・そして未来が折り重なる複雑な駆け引きがあるが、今はそれを語る時ではない。
今日、この空母の上から世界へ発信する。
俺たちはこの空母から、新たな歴史の幕開けをするのだ。
〜〜〜
艦長との挨拶を終えると、俺は甲板に居る玲奈の所へ行き、配信の準備に取りかかった。
甲板の上に用意された高性能カメラ、照明、音響機材がずらりと並んでいる。
それらを丁寧にセットしていき、玲奈が座る椅子の後ろには、アストレリアの全体像が入るように遠近感を調整した最高の画角が、カメラのモニター越しに映し出される。
既に配信待機画面には500万人を超える視聴者が集まり、コメント欄は秒単位で流れ続けていた。
このままの勢いなら、配信が始まる頃には1000万人を超えるのは確実だ。
「セイント様、準備が完了しました」
玲奈に配信の準備が整ったことを報告する。
「分かりました。SNSはどのような反応ですか?」
「そうですね。独立賛成が7割程でしょうか。ただ、SNSのデータなので、実際の世論とはかけ離れている可能性がありますが……」
「それでも、声の大きい者たちが重要なのです。彼らを味方に着けられれば、有利に事を進められるでしょう」
今の時代、声の大きな者たちがメディアの雰囲気を作る。
ほとんどが 『人を叩くことでしか自己肯定感を得られないクズ』 ばかりだが、利用する分には都合がいい。
「さて、スイキョウ。始めましょうか」
「かしこまりました」
時計を見れば、配信時刻の5分前になっている。
「……『賽は投げられた』とはカエサルの言葉ですが、私たちはこれから賽を投げる訳ですね。楽しみです」
「セイント様がカエサルだとすれば、私はブルータスですか。私に毒殺されない様に気を付けてくださいね」
「フフ、そうね」
軽い雑談をしながらも、配信時刻になるのと同時にスタートボタンを押した。
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「世界の皆さん、こんにちは。私の名はセイントと申します。ダンジョン教会とアルカディアの創設者です」
静かに始まった配信。
その落ち着いた口調とは裏腹に、その声は全世界へと確かに届けられていた。
「先日の会見で、私たちは新たな国家『アルカディア』の建国を宣言しました。いまだ日本政府からの正式なコンタクトはありませんが、独立国家として日本政府の承認を得る必要はありません。したがって、私はここに新たな声明を発表します」
一瞬の静寂があった後、セイントははっきりと告げる。
「私は相模湾に新たな国を建設いたします」
そう宣言するのと同時にセイントは甲板の上を歩きだす。
それに伴いカメラもセイントを追う様に動いていく。
甲板を進んでいったセイントは、空母の先端に立つと、大きな声で宣言した。
「私の後ろには相模湾と日本列島が広がっています。ここに、私の国を創るのです!」
相模湾を背にそう言うセイントにコメント欄は大混乱に陥る。
『は?』『海にどうやって?』『セイント様…何言っているの?』『Holy shit, is this real!』と言ったコメントが散見される中でセイントは淡々と続けた。
「私は今から人工島を創ります」
そう断言するセイントにコメントは『???』で埋め尽くされる。
しかし、その瞬間だった。
小さな地鳴りのような振動が空母を襲う。
最初はわずかな揺れだったのが、やがて波のように広がり、カメラの映像が揺れ動く。
かろうじて安定している映像の向こうには、あり得ない光景が広がっていた。
それを何て表せばいいのだろうか?皆がそう思う中、一つのコメントが的を射た表現をしていた。
『まるで、現代のモーセだ』
確かにモーセの『海割り』と似ている。
ただ、モーセはエジプト軍から逃げるために海の道を作った。
俺たちは、 新たな道をこの手で創る。
その違いはあれど、『未来を得る為に道を作る』と言う本質は変わらない。
そして……。
振動がさらに激しくなり、徐々に海の底から『何か』が浮かび上がってくる。
水しぶきの向こうに現れたのは、 金属質の光沢を放つ巨大な人工島。
いくつもの都市ブロックが組み合わさったような構造を持ち、その中心には世界樹を模した巨大な塔が鈍銀色に輝いていた。
その光景はまるで、神話の世界が現実になったかのような光景だったと、この映像を見た者は言う。
「これが、新たなる国『神聖国家アルカディア』の始まりです!」
セイントの声が、空母の甲板から世界中へと響き渡った。
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配信を終えた俺たちは、機材を片付けながらも、海に浮かぶ人工島をじっと見つめていた。
静まり返った甲板の上で、空母のクルーたちも呆然とその光景を眺めている。
相模湾の深海から姿を現した、直径6キロにも及ぶ人工島『アルカディア』。
その中心には、金属と魔力で編み込まれた世界樹がそびえ立ち、青白い魔素の光を帯びながら静かに揺らめいていた。
俺はゆっくりと息を吐く。
「(……ついに、ここまで来たか)」
日本政府は、この出来事をどう受け止めるだろうか?
すでにSNSやニュースでは、『アルカディア建国』の話題がトップを独占している。
しかし、この島はまだ完成していない。ここからが本番なのだ。
俺たちが『アルカディア人工島』の建造を本格的に始めたのは、約2ヶ月前のことだった。
ディアノゴス-02の製作がひと段落し、アメリカでの実戦テストを待っていた頃、俺たちは次の一手を考え始めていた。
「涼太、ディアノゴスがひと段落ついた事だし、新しい事を頼んでもいいか?」
「なに?」
「俺たちダンジョン教会は、来年の2月に独立宣言を出そうと思っている」
「……は?独立?」
「そうだ。今の日本では、俺たちの活動に限界がある。いずれは日本の枠組みを超える時が必ずくる。だから、そのための準備を涼太に任せたい」
「……流石に僕にも出来る限界があるから、なんでもは出来ないけど……正吾が言うならやるよ」
「ありがとう」
毎度のことながら、涼太には無理をさせていると自覚している。だが、この仕事は彼にしかできない。
だからこそ、最大限の敬意と感謝を込めて、また涼太に一つ頼みごとをするのだ。
「涼太に作って欲しいものは2つある。一つが人工島。もう一つがマクロ経済モデルを用いた仮想通貨の作成だね」
「……人工島はなんとなく分かるけど。マクロ経済モデルを用いた仮想通貨ってなに?」
「詳しく話すとややこしくなるから、簡単に説明するな。まず、新国家『アルカディア』の社会システムのモデルを作った。この概要書を見てくれ」
「うん……」
涼太は手渡した資料を素早くめくっていく。
流石の速読力だ。10分ほどで読み終えると、顔を上げて呟いた。
「……なるほどね。これは面白い。……これに合う仮想通貨を作ればいいって事ね」
「ああ、その通りだ」
内心で『話が早くて助かる』と思いながらも説明を続ける。
「そして、人工島の方だけど、これに関しては俺よりも涼太の方がいい案を出してくれると思っている」
「……それって要するに丸投げって事でしょ?」
ジト目で睨んでくる涼太に、俺は悪びれもせず答えた。
「ああ、そうだ。お前を信頼しているからな」
「……なんか、そう言われると照れる」
涼太は気恥ずかしそうに頭を掻く。
男の照れ顔なんて需要はない……とは言い切れないのが、この世界の面白いところだ。
特に、涼太みたいな男の娘 なら、なおさらだろう。
「…ゴホン、それで、一応概要の資料は作っているから、目を通しておいてくれ」
「わかった」
こうして、建設計画は動き出した。
しかし、現実は思った以上に甘くない。
まず、第一に問題になったのが、人工島を造る位置だ。
『東京から離れすぎているとアクセスが悪くなり、工事期間に悪影響を及ぼす』や『東京湾などの推進が100メートルほどしかない地点だと、秘密裏に人工島を造れない』と言った事があり、作る場所を悩んでいた。
そこで、涼太が作ったAI『オーディン』に質問してみると、相模湾が適切だと回答を得た。
相模湾は北米プレートとフィリピン海プレートに挟まれており、相模トラフと言われる1000メートルにも達する深海が存在する。
この地なら、日本政府に気づかれることなく、計画を進められる。
しかし、次の問題は『圧力』だった。
相模湾の深海は水深1000メートルに達する場所もあり、通常の技術では100気圧に耐えられる構造物を作るのは困難だ。
ましてや、人間が直接作業するなど不可能に近い。
「……で、涼太。この問題、どうすれば良いと思う?」
設計図を見つめながら、俺は問いかける。
「そうだね。まずは………僕たちが深海で作業する方法を考えないとね」
その通りだ。
通常の潜水服では、高性能なものでも300メートルが限界だろう。
「一応スキューバダイビングスーツで332メートルってギネス記録があるけど、到底僕たちには無理だろうね」
「だろうな。だけども、俺たちはアレがあるじゃないか」
「あれって?」
「『ディアノゴス』だよ。人型ロボットを深海作業用に変更すれば、十分に実用化出来るんじゃないか?」
「……正吾、前から思っていたけど、天才だね」
「だろ?」
こうして、深海作業用の人型ロボット『ディープギア-1000』を開発。
ついに人工島の建設計画が本格的に動き出した。
まず俺たちは、深海探査艇『ディープギア-1000』に乗り、相模湾の海底へと潜った。
目指すは、アルカディア人工島の基礎を築くための作業現場だ。
海底に到達すると、涼太の〈物質創造〉によって、超高密度合金『オリハルコン・ネクサス合金』を次々と生み出していく。
この合金は直径10メートル、高さ3メートルの六角形の形状をしており、内部には魔力伝導性のある物質が挟まれている。これにより、強度と魔力の流れを確保した特殊な基礎ブロックとなる。
六角形の特性を活かし、ブロックを隙間なく組み合わせていくことで、均一な土台を形成できる。
1層あたり43万5000枚のオリハルコン・ネクサスを配置し、それを10層積み重ねる。
結果として、合計435万枚ものブロックを〈物質創造〉で作り出すという、前代未聞の作業となった。
その工程には1か月もの時間を要したが、ついに人工島の基礎部分が完成した。
しかし、土台ができたからといって、これで終わりではない。これはまだ第一段階に過ぎない。
次に取りかかったのは、人工島の中心となる『疑似世界樹』の建造だ。
これは俺の〈世界樹の翼〉の一部を切り取り、構造体として融合させることで、魔素を半永久的に供給する仕組みを持たせる計画だった。
疑似世界樹は、都市全体に防御魔法や強化魔法を付与し、さらには島の移動を可能にする……そのはずだった。
しかし、実際に完成した疑似世界樹の力は、計画よりも大幅に劣っていた。
防御魔法や強化魔法の効果は微弱で、島の移動機能に至っては、まるで機能しなかったのだ。
計画の見直しを余儀なくされたものの、最低限の基盤は完成した。
あとは改良を重ねながら、本格的な都市を築いていく予定だったのだ。
……そう、本来ならば。
今回の事件により、予定を繰り上げざるを得なくなった。
日本政府の介入を防ぐために、計画途中のまま独立宣言を行い、半ば強引に海底から浮上させたのだ。
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2カ月前から密かに準備を進めてきた『アルカディア人工島』が今、はじめて太陽の光を浴びていた。
朝焼けを受けて金属光沢が淡く輝き、海面から浮かび上がったその姿は、まるで未来都市そのもの。
俺と玲奈はアルカディア人工島を見に行くためにアストレリアに乗り込み、人工島へと向かう。
アストレリアから見下ろす光景は、想像を遥かに超えていた。
直径6キロに及ぶ六角形の人工島は、幾何学的な美しさと力強さを併せ持つ。
オリハルコン・ネクサスで構成されている金属の構造体は、SFのスペースコロニーと言った方が通じやすい見た目をしていた。
いまだ建物は一つも経っていないが、それが一種異様な雰囲気と統一感をもたらしている。
「涼太にも、この光景を見せてやりたいな」
俺は独り言のように呟きながら、アストレリアを滑らかに下降させていく。
ゆっくりと高度を下げ、島の中心部に設けた着陸ゾーンへと舞い降りるとそこには、現実世界とは思えない光景が広がっていた。
まず最初に目に入るのが、島の中央に聳え立つ巨大な『疑似世界樹』だ。
大量のミスリルと俺の世界樹の翼が計算されつくした場所に配置されている構造体は、まるで神話と科学が手を取り合ったような存在感を放っていた。
そんな現実世界と乖離した、荘厳な光景を見た俺たちは、ただただ綺麗な光景に見入ってしまう。
「……これが、私たちの国」
「ああ、まだ建設途中だけどな」
「でも、この規模なら大勢の人が住めるわね」
まだ何も建っていない。人の気配もない。けれど確かにここには、希望が、未来が、そして俺たちの意志が形になって存在している。
この地に街ができ、人が住み、暮らし、夢を見る。そんな未来を、俺たちは本気で描くのだ。
だが、その前に、乗り越えなければならない壁がいくつもある。
「……時間がないな」
日本政府が、この事態を黙って見過ごすはずがない。
おそらく、すでに緊急会議が開かれ、対策が練られているだろう。
こちらも急がなければならない。アルカディアはまだ始まったばかりなのだから。
20時に『デザイナーズメモ:アルカディア構想』を出します。
『賽は投げられた』とは、古代ローマの英雄であるユリウス・カエサルの名言。
ブルータスとは、カエサルの腹心でありながら、独裁政治を始めようとしたカエサルを危険視して、暗殺に加担した人物。




