閑話 緊急特番「ダンジョン教会独立宣言を徹底解説」
夜のテレビスタジオには、独特の緊張感が漂っていた。
普段ならゴールデンタイムのバラエティ番組が放送されているはずの時間帯に、急遽編成された緊急特番。
『ダンジョン教会独立宣言を徹底解説!』
番組のオープニングが流れ、カメラが広いセットを映し出す。
中央には、進行を務める司会者。彼は冷静沈着な表情でカメラを見据えていた。
その左右には、本日のゲストとして招かれた3人の論客が座っている。
1人は、保守派の論客で元政治家の右島隆司。国家安全保障に関する専門家であり、落ち着いた態度と的確な論理で政府の立場を擁護する姿勢を取る。
もう1人は、リベラル派の評論家左川純平。ジャーナリスト出身で、政府批判を軸にした発言が多い。
そして、彼らの間に座るのは、本日の特別解説者である山内信吾東京大学名誉教授。
彼は地政学の専門家として国際的にも評価されている学者であり、冷静な視点から情勢を分析する役割を担っている。
司会者は視聴者に向けて落ち着いた声で語りかける。
「皆さん、こんばんは。本日はダンジョン教会の独立宣言という前代未聞の出来事について議論していきます」
モニターには、セイントが記者会見を行う映像が映し出された。
白銀の人型兵器アストレリアの姿も映し出され、スタジオ内には緊張が走る。
「この映像が放送されて以来、日本国内、そして世界中で議論が巻き起こっています」
司会者が一通りの経緯を説明すると、右島がゆっくりと口を開いた。
「まず、落ち着いて状況を整理しましょう」
右島は腕を組み、低く穏やかな口調で語り始める。
「これは極めて重大な国家の危機です。独立を宣言するという行為は、国内秩序の根幹を揺るがすものです。これはもはや、日本国内の問題ではなく、国際問題として扱うべき事態に発展している」
『というと?』と司会者が促す。
「仮にこのまま彼らの独立を許した場合、日本国内で他の地域が同じ動きをする可能性が出てくる。これは単なる一団体の反乱ではなく、国家の統治権そのものが揺らぐ危険性を孕んでいるのです」
「では、日本政府はどのように対応すべきでしょうか?」
「本来ならば、即時に鎮圧すべきです。しかし、問題はアメリカが彼らを支持する姿勢を見せていること。この状況で強硬策を取れば、日米関係に深刻な影響を与えかねない」
右島は静かに言葉を区切りながら、慎重に語る。
「よって、日本政府は二つの選択肢を持つべきです。一つは、外交ルートを通じてアメリカと交渉し、アルカディア(ダンジョン教会)の動きを封じ込めること。
もう一つは、メディアを利用し、世論を味方につけること。今、重要なのは国内外の支持を確保することです」
右島の意見を受け、左川が皮肉な笑みを浮かべながら口を開いた。
「ふふ……結局、政府の都合の良い話ですね」
彼は軽く肩をすくめ、モニターに映るセイントの姿を指さした。
「彼女たちは何をした? ダンジョンの技術を発展させ、これまで政府が何もしなかったことをやってきたんですよ」
「しかし、軍事力を持ち、国家として独立を宣言する行為は看過できるものではありません」
そう右島が反論する。
だが、正反対の様な左川は皮肉的な顔で言った。
「では、聞きますが……もし政府がダンジョン教会に対し、もっと協力的な関係を築いていたら、このような事態になっていたでしょうか?」
左川はゆっくりと言葉を区切り、首を横に振る。
「政府が強制捜査という強硬策を取らず、彼らと適切な交渉をしていれば、ここまでの混乱はなかったはずです。問題の本質は、政府が変化を受け入れられないまま、時代の流れについていけなかったことなんですよ」
議論がヒートアップしそうになったところで、司会者が冷静に割って入った。
「ここで、東京大学名誉教授の山内先生にお伺いします。この問題を地政学的な視点から見ると、どのように分析できますか?」
「まずは、冷静に考える必要がありますね」
山内は腕を組み、一呼吸置いて語り始める。
「今回の件は見方が2つあります。一つは『国的な視点』です。そして、もう一つが『ダンジョン教会から見た視点』です」
山内の言った事が分からず、司会者は続きを促した。
「どういう事でしょうか?」
「……まず、『国的な視点』から解説しましょう。国的、と言っても抽象的なので、日本国内の視点と、国際的な視点を分けて考えましょうか。
日本国内では、ダンジョン教会の支持層は若年層を中心に増加している事は事実としてあります。これは単なる思想の問題ではなく、既存の政府に対する不満の表れでもあります」
司会者は『では、国際的な視点ではどうなりますか?』と話をスムーズに促す。
「国際的な視点で注目すべきは、アメリカが支持を表明した事です。
これは単に日本の内政問題ではなく、アメリカ、中国、ロシアがそれぞれの利益を考えながら動く地政学的な争いに発展する可能性があります」
「つまり、日本政府はどのように対応すべきでしょうか?」
「政府が最も避けるべきなのは、感情的な対応で無理に鎮圧しようとすることです。下手に動けば、国際社会の批判を浴びることになります」
山内は静かに言葉を続ける。
「そして、二つ目の視点『ダンジョン教会から見た視点』です。これはダンジョン教会が新たに国を作る場合、必ず通らなければならない道です」
「っと言いますと?」
「国…と言っても定義が曖昧です。なので、分解して考えてみましょうか。まず、国が国足りうる条件として以下の物が上げられます」
ーーー
1.明確な領土。
2.恒常的な住民。
3.政府の存在。
4.他国との外交関係を確立する能力。
ーーー
「これらは1933年の『国家の権利義務に関するモンテビデオ条約』に載っている条件です。また、これ以外にも…」
ーーー
5.主権。
6.経済基盤。
7.軍事・防衛能力。
8.法体系と司法制度。
9.自国通貨。(無くても可)
ーーー
「が必要となります。この時、今現在ダンジョン教会が持っているのは、4番の『他国との外交関係』と5番の『主権』そして、7番の『軍事』です」
山内は背景にある画像を見ながら言った。
「逆に言えば、そのほかの6個の課題があります。これをどのように解決していくのかは知りませんが、かなりの苦難がある事になるでしょう」
「……では、ダンジョン教会の独立は難しいと言う事ですか?」
「いえ、そうは言っていません。確かに課題は多いですが、難易度はさほど高くないと思われます」
山内の矛盾する言葉に、司会者を含めた3人は怪訝な顔になる。
「課題と言っても、様々な解決策があります。例えばですが、経済基盤や法体制、恒久的な住民に関しては、日本に元々ある物なので、それを流用すれば問題は解決します」
「……そうなりますと、ダンジョン教会の独立は可能と言うことでしょうか?」
「いや、それはまだ分かりません。ダンジョン教会の行動次第でどちらにも転ぶ事でしょう。ただ、忘れてはならないのは『選ぶのは日本国民である』と言う事です。日本国民の行動でアルカディアの未来が決まる事は確かでしょう」
司会者が議論をまとめ、エンディングへと向かう。
「今後の動きが、日本だけでなく世界に影響を及ぼすことは間違いありません。この後、日本政府がどの様に動くのか、ダンジョン教会がどの様に動くのかに注目です」
緊迫した空気の中、番組は幕を閉じた。




