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第七話 再度のダンジョン




 翌日。

 俺は涼太の家からほど近いビジネスホテルで目を覚ました。


 もちろんと言っては何だが、流石に涼太の部屋に止まる事はしない。なぜならば……。


「(あんなゴミ屋敷じゃさすがに寝る気になれん)」


 刑務所生活を耐え抜いた俺ですら、涼太の部屋で一夜を過ごすのは無理だ。あの部屋にはゴキブリが棲みついているに違いないし、夜中に体を這われるなんて考えただけでゾッとする。


 涼太にはダンジョン開放のための情報操作を任せたが、俺自身は手持ち無沙汰だ。

 彼の依頼が実を結ぶのは、どんなに早くても5カ月後。経団連がダンジョンというブルーオーシャンに目をつけ、政府に圧力をかけてくれれば3カ月程度で済む可能性もあるが、それでもまだ先の話だ。


「(さて、何をすればいいか……)」


 待つだけの生活なんて退屈すぎて耐えられない俺は、今自分にできることを探して動くことにした。

 まずは、ダンジョン攻略に適した装備を整えよう。


 港区にあるスポーツショップで、戦闘に適した服装を物色する。

 防弾チョッキなども検討したが、結局のところゴブリン相手には効果が薄い。あれは銃弾を防ぐためのものだが、ダンジョンでは動きの邪魔になるだけだ。


 そこで俺が選んだのは……スポーツ用のジャージだった。


「結局、ジャージなんだよな」


 動きやすく、服が破れても気軽に買い替えができ、街中でも目立たない。この条件をすべて満たすのがジャージだった。

 同じデザインのジャージを3セットと、バックパックを購入し、それを片手に電車に乗る。六本木から電車に揺られること40分、俺は再び横浜に戻ってきた。


 横浜に戻ってきた理由はただ一つ……昨日見つけたダンジョンだ。

 ラブホテルに荷物を置き、早速ダンジョンの様子を見に行く。

 だが……。


「まあ、そうですよねー」


 現場には案の定、警察官たちが配置されていた。

 路地裏の入り口には黄色い規制テープと赤いコーンが設置され、完全に封鎖されている。


「(まあ、人目につきやすい場所だしな……)」


 横浜のような人通りの多い街では、発見される可能性は高い。必然と言えば必然だ。


 俺は仕方なくラブホテルに戻り、カバンから〈亡霊のローブ〉を取り出した。


 〈亡霊のローブ〉を身に着け、〈夢幻泡影〉を発動する。

 このスキルによって、俺の姿は完全に消えるはずだ。だが万が一のために、気配を薄める効果があるローブを併用している。


 ラブホテルを出ると、通行人の前で手を振るが誰一人反応しない。本当に姿が見えないのだろう。


 そのまま路地裏へ向かい、警察官のすぐそばを慎重に通り抜ける。黄色いテープをくぐり抜け、いよいよダンジョンの入り口に到達した。


「(さて……行くか)」


 前回は落とされるようにしてダンジョンに来たが、今回は自分の意志で挑むことになる。

 覚悟を決め、俺はダンジョンの階段を降り始めた。



~~~



 2日ぶりの洞窟に足を踏み入れると、独特のジメッとした空気感が懐かしく感じられる。

 気温は暑くも寒くもなく、淡い青色に発光するコケが、辺りをぼんやりと照らしている。


「(さて、やるか)」


 足音を立てるゴブリンが目の前を通り過ぎようとしている。

 〈夢幻泡影〉を発動中の俺は気づかれていない。すれ違いざま、俺は〈蟲毒の短剣〉を軽く振り、その喉元を一閃した。

 ボトリと頭が落ち、ゴブリンは即死。あまりに手応えがないその感覚に、俺は短剣を見つめる。

 薄い紫色をした綺麗な刃には、血の一滴ついていない。どうやらこれは相当な代物らしい。


「さて、今日はどこまで進めるかな」


 俺はそうつぶやきながらダンジョンを進んでいった。




 1階層、2階層を順調に突破し、俺は3階層のボス部屋にたどり着いた。


 前回訪れたときの記憶が鮮明に蘇る。


 死闘と言ってもいい戦いをしたホブゴブリンの姿が脳裏をよぎる。しかし、今回は状況が違う。

 装備は整っているし、スキルも使いこなせてきた。

 何より、この間とは違って恐怖よりも冷静さが 勝っている。


 目の前にそびえる岩の門。重厚な門を軽く押すと、ゴゴゴ……と低い音を立てて開き、ボス部屋が露わになる。

 そこにいたのは、前回と同じホブゴブリンだ。

 部屋の中央で仁王立ちするその巨体。濃い緑色の皮膚に浮き出る筋肉が異様な存在感を放っている。


 俺は〈鑑定〉を発動させ、そのステータスを確認する。


ーーー

種族:ホブゴブリン(ボス)

名前:未設定

職業:戦士

レベル:25

スキル:鑑定不可

ーーー

 

 やはり前回と同じだ。レベルもスキルも変わっていない。

 どうやらこの階層のボスは固定のようだな。


 俺はスキル〈夢幻泡影〉を発動したまま、ホブゴブリンに近づく。完全に姿が消えているはずの俺にホブゴブリンは気づくことなく、ただ仁王立ちを続けている。


 俺が1メートルほどの距離まで接近しても、その巨大な目はぼんやりと前方を見つめたままだった。


「(まずは試してみるか)」


 俺は〈蟲毒の短剣〉をそっと鞘から抜き、ホブゴブリンの腕に皮一枚分だけ傷をつけた。

 ほんの小さな切り傷だ。


 だが、この短剣には毒の効果がある。どれほどの効力があるのか試してみたかったのだ。


 ホブゴブリンは突然腕に傷が入ったことに驚いたのか、声を上げながら後ろへ飛び退く。その巨体の割には、素早い動きだ。


「(さて、毒の効き目を見せてもらおう)」


 俺は姿を消したままホブゴブリンの周囲を回り込む。短剣を構えながら、さらに皮膚を浅く切りつけた。

 動揺しているのか、ホブゴブリンは無防備だ。


 1回、2回、3回……徐々に傷を増やしていく。皮膚に細かい傷が増えていくたびに、ホブゴブリンの動きがわずかに鈍くなる。呼吸も荒くなり、肩が上下に揺れ始めた。


 10回切りつけたあたりで、ホブゴブリンの動きに明らかな異変が現れた。脚がもつれるように揺れ、振り下ろされる拳のスピードも大幅に落ちている。


「(……やはり効果があるな)」


 毒の進行は確実だ。しかし、ホブゴブリンはまだ立っている。俺はさらに短剣で軽く切りつけ続けた。20回、30回……それでも動きは止まらない。


 50回目の切りつけ。ようやくホブゴブリンはその巨体を支えきれなくなり、膝から崩れ落ちた。

 ゼェゼェと荒い息を切らし、動けないまま地面に伏せている。毒が全身に回り切ったのだろう。


「(どれくらいで死ぬか確認してみるか)」


 俺は攻撃を止め、少し距離を取った。

 短剣を構えたまま、ホブゴブリンが完全に息絶えるまで観察する。


 腕時計の秒針をじっと見つめる。1分、2分、3分……7分ほどが経過したところで、ホブゴブリンは完全に動かなくなった。


「(なるほど。50回の攻撃と7分か。意外と時間がかかるな)」


 俺は毒の効果に満足しながらも、その致死性の低さを実感した。

 確かに便利ではあるが、即効性には欠ける。この短剣だけに頼る戦術は危険だな。



≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫

≪確認しました。ダンジョンボス討伐により下級宝箱を出現させます≫



 部屋の中央にボロボロの宝箱が出現している。俺は短剣を鞘に収めると、そっとその宝箱を開けた。


ーーー

〈サファイアの指輪〉

・何の効果も無いただの指輪。

ーーー


 おお!おお?これは、当たりなのか?…確かに現実世界では高く売れそうな指輪だが、効果が無いのか。


 俺はサファイアの指輪なんて着けないし、この指輪を売ろうにも、こんな高い物が元犯罪者から出てきたら盗品を疑われる。


「……うん、無理だな。今度涼太にでもあげるか」


 俺は適当にバックパックにサファイアの指輪を詰め込むと、次はステータスの確認に入った。


ーーー

種族:人

名前:水橋 正吾

職業:教祖(0/50)

レベル:30

スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定(2/10)〉〈偽装(5/10)〉〈身体強化(0/10)〉〈気配感知(0/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉

ポイント:3

ーーー


 レベル30に上がったか。一気にレベルが3も上がるとなると、雑魚狩りよりもボス討伐の方が楽そうだ。


 でも、3ポイントをどこに振ろうかな?〈身体強化〉はもちろんとして、〈気配感知〉にも振ろうかな。


 俺は〈身体強化〉に2ポイント、〈気配感知〉に1ポイントを振った。


 するとどうだ。〈身体強化〉に振った瞬間に体から力があふれ出てくるのを肌として認識で来た。

 そして、〈気配感知〉は……何も変わらなかった。


 え?と思ったが、すぐに理解した。確かにこの部屋には俺以外の生物が居ない。つまりは気配が俺以外に存在しない。

 そう考えれば何も感じないのは納得か。


 でも、身体強化はすさまじいな。軽くジャンプしただけでも高く飛ぶことができ、走るとこれまでに経験が無い程のスピードが出た。


 レベルアップでも多少の身体能力の向上が在るが、このスキルは一気に10レベル分が上がったかのような能力向上だ。


 俺は走ったり飛んだりを繰り返して、脳内の動きと身体の動きをリンクさせていく。確かに身体能力が上がったのは嬉しいが、このまま戦闘に行くような間抜けはしない。




 それから休憩と身体の慣らしをすること1時間。目の前に広がる4階層への階段を見下ろしていた。


 毎回思うことだが、この先がほとんど見えない階段は本当に不気味だ。

 暗闇の向こうに何が待ち構えているのか、想像するだけで嫌な汗が出てくる。


「もうちょっと光があればな……」


 俺は口でぼやきつつも、誰に届くわけでもないこの願いがかなうはずもなく、目の前の階段をじっと見据えた。


「さて、どうする……このまま4階層に降りるか。それとも引き返すか」


 正直、このまま引き返してもいい。無理に進んで命を落とすような真似をするつもりはない。だが……やはり、この先が気になるのも事実だ。


「……まあ、見るだけならいいだろう。何かあればすぐ逃げればいいだけだしな」


 俺は軽く自分に言い聞かせ、覚悟を決めて階段を降り始めた。


 これまでの階段よりも長く感じる通路をゆっくりと降りていく。

 洞窟内の冷たい空気が徐々に変わっていくのを肌で感じながら、少しずつ足を進める。


 しばらく降りると、ようやく先に光が見えてきた。しかし、その光を見た瞬間、全身に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。


「……嫌な予感がする」


 光に誘われる虫のように、その光源へと足を向ける俺。

 しかし、その先に広がっていた光景を見たとき、俺は……言葉を失った。


「ここは……大草原?」


 目の前には広大な草原が広がっていた。

 足元には短い草が一面に生い茂り、風が右から左へと心地よく吹き抜けていく。


 空を見上げれば、太陽のような光源が洞窟内を照らし、澄み渡った青空が広がっている。


 雲ひとつないその空は美しく、地下にいるはずなのに不自然なほどの開放感があった。どこからか草の青い香りが漂い、耳をすませば風が草をなびかせる音が聞こえてくる。


「……地下でこれかよ。まさかこんな場所がダンジョンの中にあるとはな」


 だが、ここはダンジョン。決して安全な場所ではない。

 そう考えた瞬間、遠くから無数の視線を感じ、全身に緊張が走った。


 視線の先にいたのは、ホブゴブリンの群れだった。

 それぞれが何らかの武器を手にしており、戦闘態勢を整えている。


「……これは、やばいな」


 即座に鑑定を発動する。だが、その結果に俺はさらに息を呑んだ。


ーーー

種族:ホブゴブリン

名前:未設定

職業:重戦士

レベル:50

スキル:鑑定不可

ーーー


 「レベル……50……だと……」


 頭の中で状況を整理する間もなく、俺は本能的に理解した。勝てない。絶対に勝てない。


 俺のレベルは30……1体でさえ手も足も出ないのに、それが3体同時に襲いかかってくるのだ。


「これは……無理だ、」


 こんな所に居たら、1分も持たずに肉塊へ変わっている。


 俺は全身に力を込め、踵を返して一目散に走り出した。

 幸い、ホブゴブリンたちはその場から追ってくる気配はない。

 だが、だからといって安心はできない。心臓がバクバクと音を立て、汗が背中を流れていく。


 階段を駆け上りながら、ただひたすらに生還だけを願った。




 何とか3階層まで戻ってきた俺は、壁にもたれかかりながら息を整えた。全身が冷や汗でべったりと濡れており、まだ心臓の鼓動が速いままだ。


「……危なかった。もし鑑定がなければ、あのまま突っ込んで死んでたな……」


 あの一瞬で鑑定を発動し、適切な判断を下せたのは奇跡だ。

 もしも何もせずに突っ込んでいれば、今頃ホブゴブリンたちの餌になっていたに違いない。


 冷静さを取り戻すと、次に考えるべきはどうやってあいつらに勝つかだ。


「レベル50……いや、3体同時なら最低でもレベル70は必要だろうな。それに〈身体強化〉はマックスまで上げなきゃ話にならない……」


 俺は頭を整理しながら、自分の現状と必要な準備を見比べていく。戦略的に考えるなら、まずは〈身体強化〉をレベルマックスにし、戦闘能力を底上げする必要がある。そして〈偽装〉を高め、〈夢幻泡影〉の幻影操作をさらに磨かなければならない。

 さらに、鑑定の精度も上げておきたい。あれはただの補助スキルではなく、命を救う鍵になるスキルだ。


「……そう考えると、今やるべきことは一つだな」


 俺は息を整え、立ち上がった。


「3階層でレベル上げだ」




 それからはボス部屋に戻り、10分ごとに復活するホブゴブリンを狩る作業を繰り返した。

 これまでの戦闘で〈蟲毒の短剣〉の毒効果にも慣れてきたし、幻影を使った戦術も徐々に精度は上がっていった。


 時間の許す限り鍛錬を続けた俺は、限界まで3階層でレベル上げを行い、最後に帰還門をくぐって地上へと戻っていった。


 外の空気が肌に触れると、ようやく生還した実感が湧いてくる。


「ふぅ……少しずつでもいい。地道にやっていくしかないな」


 深く息を吐き出しながら、俺は夜の街へと歩き出した。




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