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第六十一話 柳生雫




 私は、手に握っている『柳影雫』をそっと鞘に収めた。


 その動作だけで分かる。この刀は、ただの模造品ではない。

 見た目の美しさもさることながら、握った瞬間に伝わる重みとしなり。

 これは確かに、本物だ。


 正直、私はダンジョン教会の作る武器を信用していなかった。

 日本刀は西洋ナイフとは異なり、形だけ似せても意味がない。

 ただ刃が反っていれば日本刀になるわけではないのだ。


 一つ一つの工程に意味があり、丁寧に仕上げなければ包丁以下の鈍ら(なまくら)になってしまう。

 だから私は、ダンジョン教会の刀など信用できないと思っていた。


 だが……この刀は完璧と言わざるを得ない。


 確かに重量は増している。

 だが、重心の位置は私の愛刀と寸分違わず調整されている。そのおかげで、手に吸い付くような握りの感触。

 まるで長年使い慣らした相棒のように、この刀は私の手の一部になっていた。


「……では、雫様。試し切りをお願いします」


 隣に立つスイキョウが声をかけてきた。

 おそらく彼女がこの武器を作った人物なのだろう。


 従者としての動作は完璧で、逆に特徴がないとすら思える人物だが、どこか引っかかるものを感じる。


「雫様?」

「あ、ああ。すまない」


 考え事をしていたせいで、反応が遅れてしまった。

 刃物を持っている時に集中を欠いてはダメだな。


「では、切らせてもらおう」


 鯉口を握り、居合の構えを取る。

 極限まで脱力し、骨格と骨の位置を最適に整える。

 呼吸は一定に吐き……目を閉じた。


 長年の訓練で培った極限の集中状態。

 すべてを一点に集中し、周りの音や視界がぼやけ、遠のいていく。


 海淵の暗闇の中、ただ鉄筋と私だけが存在する。そして……その瞬間。


「っふ」


 鯉口から黒銀色の輝きが見えた瞬間、神速の一刀が鉄筋を切り裂いていた。

 即座に脇を締め、体を捻る。体重と刀のしなりを最大限生かし、二の太刀でさらに切り裂く。

 

 すべての動作を終えた私は、ゆっくりと刀を鞘に納め、静かに鯉口を閉じた。

 私は目を開けると、そこには相変わらず不安定に立つ鉄筋があった。


「「「「「「……」」」」」」


 誰もが声を失い、ただ見つめている。


 誰しもが『切れていない』と思うであろう。

 しかし私が鞘で鉄筋を軽く撫でると、支えを失った鉄筋は、三等分に崩れ落ちる。


 驚愕に包まれる中、私は鉄筋の滑らかな断面を見ながら心中で驚いていた。


「(まさか、鉄筋をバターのように切れるなんて……この刀、すごい切れ味ね)」


 普通の刀では鉄筋を切るどころか、逆に刀の方が耐えられない。


 だが、この刀は違う。

 鉄筋がまるでバターのような感触で切り裂かれていった。これは私の実力というよりかは、刀のおかげだ。


「…お見事です、雫様」


 スイキョウは拍手をしながら言った。

 にこやかな表情は完璧な笑顔で、どこにも隙がない。それが逆に、どこか胡散臭く感じさせる。


(……何か、引っかかる)


 その笑みの奥に、何かを知っている者の静けさがあった。

 けれど、私は21歳の大人だ。社交辞令は心得ている。


「そんなことはない。この刀が素晴らしいのだ」


 そう返すと、スイキョウはさらに深く頷いた。


「いえいえ。どんなに武器が優れていても、使い手によって鈍らにも名刀にもなります。それは、私が鉄筋を切れなかったことで証明されています」


 さらりと自分を引き合いに出すことで、私の技術を上手く持ち上げる。

 その手際があまりにも自然すぎて……だからこそ、胸の奥に引っかかる。


(この言い回し……どこかで……)


 既視感。どこかでこんな感じの雰囲気を感じた事がある。


 私が思い返そうと記憶の海に入ろうとした瞬間、興奮した親友4人が少年のような瞳で私に次々と話しかけてきた。


「ねぇねぇ雫ちゃん! 今のどうやったの!?」

「かっこよかったよ〜〜っ!」

「マジで切れてたの!? あれ演出じゃなくて!?」


 友人たちの興奮が、波のように押し寄せてきた。


「……うん、まあ……ありがとう」


 圧に押されつつも答えると、彼女たちはますます盛り上がる。

 そして私は、刀をそっと膝の上に置き、深く息を吐いた。


 楽しくないわけじゃない。だけど、こういうのは少し疲れる。



~~~



 試し斬りを終えてしばらくの後。

 私たち5人は、ふたたびソファーに腰を下ろしていた。


 気が付けば、武器の説明だけで1時間が過ぎている。

 私が言うのもなんだが、ダンジョン教会は時の人物で、大学生のように暇では無いだろう。

 それなのに、これだけ時間を取らせてしまっていると、多少の申し訳なさを覚える。


「……さて、武器の説明は以上となります。何かご質問はございますか?」


 そう問いかけてきたのはセイントだった。

 どこまでも整った口調で、こちらの目を順に見ていく。

 が、誰も口を開かなかった。


「ないようですね。では、前回ご署名いただいた契約書について、再確認を行います」


 そう言って、セイントは契約書のコピーを配ってきた。

 それを受け取り、私はざっと目を通す。正直、前回の時点では内容をちゃんと読めていなかった。


(……大学生なのに、契約書なんて初めてだったからな)


 そう言い訳しつつ、私は改めて内容を確認する。


ーーー


実験品テストおよび宣伝契約書

株式会社ダンジョン教会オークション(以下「甲」と言う)と、個人名「天光光輝」「鳴瀬怜美」「目野咲子」「柳生雫」「藥井俊介」(以下「乙」と言う)は、以下の条件に基づき契約を締結する。


第1条(契約の目的)

本契約は、甲が提供する実験品(以下「本製品」と言う)を乙がテストおよび宣伝する業務を行う事に関し、その条件を定めるものである。


第2条(契約期間)

本契約の有効期限は、令和11年11月16日から令和16年11月16日までの5年間とする。


第3条(甲の義務)

1.甲は乙に対し、本製品を無償で提供するものとする。

2.甲は本製品の維持費、修理費、その他のテストに必要な費用を負担するものとする。

3.甲は乙に対し、宣伝内容について適宜指示を行うものとする。


第4条(乙の義務)

1.乙は本製品を実際に使用してのフィードバックを甲に提供する形で、テストおよび宣伝業務を誠実に行うものとする。

2.乙は本製品に関する機密情報(第6条で定義)を厳守し、第三者に開示してはならない。

3.乙は本製品の売買を一切行わないものとする。


第5条(違反時の措置)

1.乙が機密保持義務に違反した場合、乙は甲に対して損害賠償として1億円を支払うものとする。

2.乙が本製品を売買した場合、乙は甲に対して損害賠償として10億円を支払うものとする。


第6条(機密保持)

機密情報は以下の内容を指すものとする。

・本製品の数値的情報(性能、仕様、テスト結果など)。

・本契約の内容に関する情報。

・乙は契約終了後も機密保持義務を継続するものとする。


第7条(契約解除)

1.甲は、理由の如何を問わず、乙に通知することで本契約を一方的に解除できるものとする。

2.乙は、甲の合意を得た上で、本契約を解除できるものとする。

3.甲が独断で契約を解除した場合、乙は甲に対しての損害賠償を請求することができず、本製品の返還義務も生じない。


第8条(準拠法および、裁判管轄)

本契約は日本法に準拠し、甲およに乙は東京地方裁判所を専属管轄裁判所とすることに合意する。


ーーー


 私自身、大学生と言う身もあって、契約書は始めて見る。

 流石に『甲』とか『乙』とかは分かるが、そこまで知識がある方ではない。


 しかし、バイトとかで見る契約書よりもしっかりとしており、より企業同士の契約書に近い内容である事は知識の浅い私でも一目で分かる。


 特に私たちが見るべきポイントは、第4条と第6条だ。

 第4条には私たちが行うべき義務が定められていて、第6条は機密保持の内容が書かれている。


 私たちが禁止されている事は、情報流出と武器の売買のみだ。逆に私たちが負うべき義務は、テスト品のフィードバックと宣伝だけ。


 逆にダンジョン教会側が負うべき義務は、多岐にわたる。


 通常乙を縛るための契約なのだが、何故か義務が甲の方が多い。

 優秀な武器と金銭的バックアップを、ほとんど無償に近い形で受け取れるのは、金欠の大学生からしてみればありがたい。


「……と、これらが契約の内容です」


 私が脳内で契約書の事を考えている最中に、セイントの解説が終わった様だ。

 契約内容をかみ砕いて説明してくれたおかげで、バカな俊介も理解できている。


「……ここまでで、質問などはございますでしょうか?」


 セイントが私たち5人それぞれに目線を向けてくる。

 しばらくの沈黙の後、セイントが『質問などは在りませんね。では、本日はこれみて終了とさせていただきます。ご足労ありがとうございました』と言い、2度目の会談は終了した。



〜〜〜



 高級ホテルを後にした私たちは、ダンジョン教会が手配してくれたキャラバンに乗り込んだ。


 荷物は全て後部トランクに詰め込み、私たち五人は順に乗り込む。

 ハンドルを握るのは、俊介。私たちの中で唯一の運転免許持ちだ。


 エンジンがかかると同時に、車内に静かな振動が広がった。


 誰も口を開かず、しばらく沈黙が続く。


 こうして会議の緊張感がほどけていく時間は、少し気だるく、心地いい。


 そして案の定、その空気を一番に破ったのは、やっぱり俊介だった。


「……にしてもさ。セイント様とスイキョウちゃん、めちゃくちゃ可愛くなかった?」


 この手の話題、何も考えずに口に出せるのは、ある意味で才能だろう。


「……確かに可愛かったのは否定しないが、言い方ってもんがあるだろう」


 助手席の光輝が、すぐさまツッコミを入れる。

 だが、トーンは怒っているというより呆れていた。


「いやでもさ、あの完璧超人な感じ……逆にちょっと怖くね? あれで突然冷たくされたら、心折れると思うんだよね、俺」

「それ、絶対自分の告白が玉砕する前提で話してるよね?」


 と、レミが明るく笑いながら口を挟む。


「うん、まあ……否定はしない」


 自虐で場を和ませるスキルだけは、俊介も一流だ。


 しかし、そんな俊介に毒舌を放ったのは咲子だった。


「だから俊介はモテないのよ」


 一切手加減の無い言葉に、ショックを受ける俊介。


 確かに俊介がモテないのは事実なのだが、あまりにストレートな言葉は、見ていて少し可哀そうだ。

 しかし、そんな事を歯牙にもかけず、咲子は追い打ちの言葉を放つ。


「下品でしょ。正直」


 言葉がグサグサと俊介に刺さる。


「……お、オブラートという概念は……?」


 ハンドルを握ったまま、俊介が悲痛な声を漏らす。その姿に、思わずレミが吹き出した。


「まぁまぁ、落ち込まない落ち込まない。ほら、そうやっていじられるうちが花って言うじゃん?」

「言わねぇよ、そんな花の定義!」


 車内に笑いが広がる。咲子ですら、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。


 笑いが収まり、少しばかりの静寂が場を支配する。

 エンジンの小さな振動に揺られながら、私はふと呟いた。


「……でも、なんだかんだで、あの人たち信用できそうね」


 その言葉に、一同が一瞬だけ静かになる。すぐに、光輝が頷いた。


「うん、俺もそう思う。もちろん警戒は必要だけど……少なくとも、俺たちを騙して利用するような感じはしなかった」

「……利益だけじゃなくて、思想がある感じだったわよね」


 咲子も、珍しく同意する形で言葉を繋いだ。


 車の外では街が流れていく。


 人々の暮らしがあり、学校があり、店があり、日常がある。

 その中で、自分たちが異質な存在になりつつあることを、誰もがうっすらと感じていた。


 けれど……。


「よし、じゃあ次のダンジョン攻略、そろそろ準備しないとな!」


 光輝の声に、私たちの視線が前を向く。

 そう、私たちの冒険は、ここからが本番だ。




この話で雫が鉄筋を切った技なのですが、抜刀からの片手燕返しです。

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