第六十話 俺らダンジョン冒険隊の武器
あの、気まずさと古傷の詰まった『俺らダンジョン冒険隊』との会談から、3日が経った。
正直、精神的にはまだ回復していない。
顔を合わせただけで頭痛がする相手との接触。俺の中で『二度と関わりたくない人間ランキング』の不動のトップに君臨していた連中だ。
そんな連中に、笑顔を作って頭を下げるような真似をしていれば、誰だって心がすり減る。
できることなら1カ月、いやせめて3日間でも、静かな場所で魂を洗い直したい。
だが現実は非情だ。仕事は山積みで、休憩どころか深呼吸すらロスとみなされる状態が続いている。
連絡調整、アメリカとの追加交渉、涼太の武器制作の手伝い、武器性能の検証、試作の手配……挙げ出せばキリがない。
体力的にはまだまだ動ける。レベルが上がった今となっては、3日連続の徹夜も苦ではない。
けれど、精神はまるで別問題だ。
感情の起伏がどんどん平坦になり、最近では腹が減っても『へぇ』としか思わなくなった。
飯が不味いわけじゃない。ただ、味が頭に入ってこない。眠気も消え、喜怒哀楽も消え、欲望も刺激されない。
いよいよ、修行僧の域に入りかけているのかもしれない。
精神的に死にかけている俺だが、この後に『俺らダンジョン冒険隊』との再会談がある。
3日前の打ち合わせで武器のテストを依頼した手前、今回はその引き渡しと使用説明だ。
もはや逃げ道はない。引き渡さなければ実地テストが進まない。
「正吾さん、あと10分ですよ」
横から現実を突きつけてきたのは、玲奈だった。
俺はソファーに深く沈んだまま、時計をちらりと見る。
このまま時間が止まってくれたら、どれほど楽だろうか?
「……OK。わかった」
しかし、そんな現実逃避が現実になる事は決してない。
重力に逆らうように体を持ち上げると、軽く両頬を叩いた。
~~~
「すげー……これがダンジョン教会製の武器か……!」
そう言ったのは俊介だった。
目の前に並ぶ武器防具の数々に、子供みたいに目を輝かせている。
それに続いて、光輝や雫、咲子とレミも入室してくるが、俊介と同じように綺麗に並べられた武器防具に目を奪われているようだ。
「ようこそ、皆さま。武器も魅力的かとは思いますが……まずは少しだけ、お話をさせてください」
玲奈の声に、少し遅れて5人がソファーに戻ってきた。だが、心ここにあらずといった様子は明らかだ。
これではまともに話も出来ないだろう。
「……皆さんが落ち着かないようですので、先に武器のご説明をしましょうか」
玲奈は苦笑しながらそう告げると、俺の方に目配せをしてバトンを渡してくる。
「では、私から説明させていただきます」
俺は前に出て、整然と並んだ武器の前に立った。
「まずは、光輝様から説明したいと思います」
光輝に『様』を付けなければならない事に虫唾が走るが、ここは我慢だ。
「光輝様がご希望されたのは刀と鎖帷子でしたね?」
「はい」
「ご要望通り、切れ味を重視した刀を制作しました。全体的に重い金属を使用していて、耐久性と切れ味に特化しています」
この正義バカの刀には、外装にアダマンタイト、中芯には少量のミスリルを使用している。切れ味と硬度のバランスを狙った構造だ。
「切れ味の摩耗や刃こぼれはしにくいですが、横からの衝撃に弱い作りとなっています。刀の側面で防御した場合、刀が折れる可能性がありますので、十分注意して取り扱ってください」
とは言ったものの、この正義バカが昔から柳生新陰流を習っている事は知っている。
普通の刀以上の強度があるこの刀ならば、下手に折る事は無いだろう。
「続いて、鎖帷子ですが、こちらは刀と同じ金属を編み込んでいます。耐久性は抜群ですが、それなりに重さはありますので、動きに慣れるまでは、無理な運用は控えたほうがいいでしょう」
「わ、わかりました」
光輝は神妙な顔で頷いているが……本当に理解してるのかどうかは怪しい。
まあ、正直こっちとしてはテストのフィードバックさえ返ってくれば、それで十分だ。
壊れたとしても、どうせ修理は一瞬だしな。
「次は俊介様ですね。直剣と大盾、それから重鎧のご要望でしたね」
「ああ」
この筋肉バカは、どう見てもタンク職志望だろう。
材料の消費量だけでいえばダントツだが、構造的には一番シンプルだった。要するに、力任せ前提の設計でいいってことだ。
「直剣は、光輝様の刀と同様に、切れ味と耐摩耗性を重視しています。ただ、剣の構造上、あまりに無理な力を加えると折れるリスクがありますので、その点はご注意ください」
実際、刀と違って直剣の製法は驚くほど単純だった。
西洋の合理性と生産性重視の思想と、東洋の職人気質の国民性が、ここまで違うものかと感心したほどだ。
「大盾は対物理・対魔法性能共に高く、大抵の攻撃には耐えられる性能を誇ります」
実のところ、この盾は個人的にもかなりの自信作だ。
アダマンタイトとミスリルの複層構造になっており、耐久性と耐衝撃性に優れているだけでは無く、ミスリルをかなりの量使用した事で、対魔法性にも優れている一品となった。
正直な話、こんな良いモノをコイツにあげると思うだけで、ため息を吐きたくなる。
「ただし、大盾が耐えたとしても、使い手である俊介様が耐えられるかは別問題です。強烈な攻撃は極力受け流すか、角度をつけて逸らすようにしてください」
盾と言う物は思ったよりも万能じゃない。
いくら盾が良くても、それを使用する人間の体力と技術が前提になる。
「重鎧についても、防御性能は申し分ありません。ただし、関節部分の可動域が制限されるため、ある程度は動きに制限が出ます。装備に慣れてからの使用をお勧めします」
ちなみにこの装備、総重量が約100キロ。
内訳は直剣が10キロ、盾が50キロ、鎧が40キロ。
正直、今のレベルでは到底まともに扱えないだろう。
でもまあ、あれもこれも欲しいと言ったのは、このバカだ。
まさに豚に真珠、猫に小判、俊介に重鎧だな。
「次に、咲子様。ご依頼は杖とローブでしたね」
咲子は冷静に頷くだけ。光輝や俊介と違って、妙なテンションもなければ、いちいち感嘆の声を上げることもない。
昔からそういうやつだった。
頭が切れて、慎重で、常にひと呼吸おいてから行動するタイプの人間。
俺と思考プロセスが同じだが、致命的に本質の部分が真反対が為に、いつも衝突していた。
「杖については、全体を軽量化しつつ、魔素伝導性を最優先に設計しました。内部には魔素蓄積機構を搭載しており、事前に注ぎ込んだ魔素を戦闘中に即座に使用することが可能です」
これは、ディアノゴスに搭載されている魔石純エネルギー炉の応用技術だ。
咲子のような魔法職で最も致命的な持続戦を補助する役割がある。
「ただし、構造の大半が精密加工に依存しているため、物理的な衝撃には非常に弱いです。落下や打撃などにはくれぐれもお気をつけください」
重量は見た目以上に軽い。全長80センチほどの杖だが、片手でも無理なく扱える設計になっている。
だが内部にある魔石が脆く、強い衝撃を受けると割れる可能性があるのだ。
「次にローブですが、こちらも特殊な金属を繊維状に加工して仕立てたものになります。外見は一般的な布地に見えますが、対魔法耐性が非常に高く、ある程度の斬撃にも耐える構造です」
ミスリルの特性上、布にしても手触りは柔らかく、見た目もごく自然な風合いに仕上がった。
だが所詮は布だ。斬撃は防げても、殴打や転倒時の衝撃まではカバーしきれない。
「衝撃に関しては、身体にそのまま通ると考えてください。ダメージを相殺するのではなく、魔法と斬撃だけを制限するタイプです。その所は留意してくださいね」
咲子は何も言わず、ただ杖を軽く持ち上げ、質感と重さを確かめている。
その仕草は静かだが、判断は鋭い。きっと、もう頭の中では何十通りもの戦術を組み立てているのだろう。
「次は怜美様ですね」
「スイキョウちゃん、怜美じゃなくて、レミって呼んで」
「……了解しました、レミ様」
「ううん、様もいらないよ〜。レミでいいの」
う、うざい。なんだこの陽キャのノリは。あまりのコミュ力の高さに演技が剥がれかけたじゃないか。
「レミ……のご要望は短刀、杖、ローブでしたね」
「そうだよ」
この幅広い構成は、いかにも支援兼サブアタッカーといった感じだ。
「まず短刀についてですが、非常に軽量かつ魔素伝導性に優れた合金を使用しています。刃先には硬質素材を用いていますが、構造上、過度な衝撃には脆いため、刺突や斬撃以外の用途には使わないようにしてください」
乱暴に振り回せば、すぐに刃が欠ける。軽さと速さを最大化した分、耐久は犠牲になっている。
その特性を理解して扱えるなら、短刀は最も殺傷能力の高い武器になる。
しかし、使うのがレミだ。どうせ壊す事は分かり切っているので、強くは言わない。
「次に杖ですが、こちらは取り回しの良さを重視して、全長を短めに設計しています。軽く片手でも扱えますし、構造は咲子様のものと同様、魔素蓄積機構を搭載しております」
全長30センチと言うサイズ的に、咲子の杖よりかは魔素の蓄積量は少ない。
しかし、それを犠牲にしても取り回しの良さを重視することで、近接戦にも対応できる設計になっている。
「最後にローブですが、これは咲子様のローブと全く同じものになります」
なんて説明している間にも、レミはうんうんと頷きながら、それぞれの武器を手に取っていく。
杖を持ってみて、『わぁ、軽っ!』と素直に反応するあたり、咲子との温度差がすごい。
「さて、最後は雫様ですね。ご要望は……刀一本、で間違いありませんね?」
「そうね」
防具も補助装備も一切なし。潔すぎて、むしろ清々しい。
まさに男以上の男前だな。ほんと正義バカと筋肉バカは、雫を見習った方が良いぞ。
「では、まずはお預かりしていた日本刀をお返しします」
俺は壁際に立てかけていた刀をそっと手に取り、雫に渡した。
「……寸法と型を取らせていただいた以外、手は加えておりません。ご確認ください」
雫は受け取ると、一言も発さずに鞘から刃を数センチだけ抜き、じっと見つめる。
そして音も立てずに、すっと納刀した。
「……問題ないわ」
淡々とした言葉に、どこか満足の色が混じっていた。
「では、今回ご用意した新しい刀の説明に移ります」
俺はもう一本、そばにあった刀を手に取ると、彼女の前に差し出した。
「重量を除き、長さ、反り、刃渡り、柄の仕様まで、旧刀と完全に一致させています。刃材には高硬度金属を、峰には柔軟性の高い素材を使用し、切れ味と耐衝撃性を両立させました」
雫の視線が、刀に吸い込まれるように注がれる。その瞳は、猛獣が獲物を見極めるようで少し怖い。
「刃文には『互の目乱れ(ぐのめみだれ)』を採用しています。柄と鞘には特殊加工した木材を使用し、外観も自然な仕上がりにしています。ご要望通り、鍔は付けていません」
ここまでは刀としての基本仕様だ。
「次に、特別機能について。鞘には自己修復機能があります。軽度のヒビや刃こぼれであれば、納刀状態で徐々に再生していきます」
これは、魔法陣を精密に彫り込む事で、自己修復の能力を付与できるのでは?と言うコンセプトから生まれた試作品だ。
本来であれば、すべての武器に施してもいい技術だが、致命的なまでに生産性が悪い。
雫の鞘に再生の魔法陣を施すのに、丸1日かかったほどだ。
1日で終るなら早い方では?と思う人も居るだろうが、他4人の武器防具の全てが5時間で終わった事を考えれば、その異常性を分かってもらえるだろうか?
「……なるほど」
雫は頷いた。それだけで、言葉以上の理解を感じさせる。
「……雫様、試し切りができますが、いかがなさいますか?」
「……そうだな。お願いするよ」
「承知しました」
俺は太い鉄筋を準備し、無造作に立てた。
支えもなく、少し触れただけで倒れそうなほど不安定な鉄筋。
それを見て、雫は俺が何を求めているのか察したようだ。
「……これでよろしいでしょうか?」
挑発とも取れる言葉に、雫はニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ、構わない」
雫は鉄筋の前に立ち、ゆっくりと一呼吸おいた。
静寂の中、鞘に添えられた指先が、わずかに動く。
柄と鞘が音もなく離れた瞬間、空気が張りつめた。
刀身が露わになる。鋼の闇に似たアダマンタイトの黒銀、そこに微かに混じるミスリルの青が、柔らかく冷たい輝きを放つ。
刃先には、細やかで不規則な波紋『互の目乱れ(ぐのめみだれ)』が浮かび、その模様が光を受けてゆらめいた。
まるでそれは、一振りの芸術品だった。
鋼の殺意と、美術館に並ぶ工芸の繊細さが、奇跡的なバランスで両立している。
雫はその刀をじっと見つめたまま、ぽつりと漏らした。
「……美しい」
うっとりというより、打たれたような声音だった。
そのまま、視線を刀身から外さぬまま、低く問いかけてくる。
「スイキョウ……だったか。この日本刀の名は?」
俺は一歩前へ出て、静かに答えた。
「……その刀の名は、雫様のお名前から名をいただき、『柳影雫』とつけさせていただきました。名の意味合いとしては『柳の影に滴る雫』という意味です。黒く静かな刀身が、まるで揺れる柳の影のように見えたので……『影』と名付けました」
雫は黙って刀を見つめ続けていたが、やがて刀から目を離し、こちらを向いた。
その視線には、評価でも、言葉でもない、何か強いものが込められていた。
「……柳影雫、か。良い名前だ」
短く、だが深く。その言葉には嘘も飾りもなかった。
雫の瞳には、『柳影雫』以上の凛とした光が宿っていた。
ミスリルとアダマンタイトの説明。
『ミスリル』
・銀と魔石を高温高圧に晒す事で出来る合金。
・強度は低く、銀と同じ程度だが、それと同じ様に延性は銀同様優れている。
・電気伝達性と魔素伝達性が金属類の中で一番高い。
・こういった特性からディアノゴスの筋繊維として使用されている。
・色は青銀色。
『アダマンタイト』
・タングステンと魔石を超高温超高圧に晒す事で出来上がる合金。
・タングステン以上に重く強度も耐熱性も高い。
・電気伝達性と魔素伝達性はミスリルの3分の1以下だが、優れた強度からディアノゴスの骨格として使用されている。
・色は黒銀色。