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第五十九話 俺らダンジョン冒険隊とのお話し合い




 昨日の夜。アメリカ大使館で行われた会談は、極秘裏に開催された。


 会談の内容としては、涼太から受け取ったUSBを手渡し、輸送手段や実験環境の確保について話し合い、滞りなく次回の実践テストの開催を合意、と言う流れだった。

 あまりにもスムーズすぎて逆に拍子抜けするほど早く会談は終了。


 ディアノゴス改は、4日後には横田基地から『C-17グローブマスターⅢ』に搭載され、太平洋を横断する。空中給油を一度挟み、アメリカ本土に着く計画だ。


「……はぁ。でも、アメリカに行く前にやらなきゃいけないことがあるんだよな」


 俺は仕事で現実逃避をしていたが、流石に現実に戻ってこなければならない。


 なぜならば、あと15分で『俺らダンジョン冒険隊』との初会談が始まる。


 昨日、玲奈に任せていた交渉は即日で返答があり、『すぐに会いたい』とのことだったらしい。


 さすが『勇者様御一行』なだけはある。何事にも全力とは見上げた物だ。バカと天才は紙一重と言うが、はてさて奴らはどっちなのだろうか?

 ……俺としてはバカの方に1億円ベッドしてもいい。


「逃げられないなら、やるしかない」


 俺は気持ちを切り替え、〈黒幕〉で姿を変える。

 もう会談の準備は全て整え終っており、後は彼らが到着するのを待つだけだ。


 そして、予定時刻になるのと同時に、スイートホテルのドアがノックされた。



~~~



「お待ちしておりました『俺らダンジョン冒険隊』の皆さま。どうぞこちらへ」


 俺がドアを開けると、あの5人組が姿を現す。

 できるのであれば一生見たくなかった顔ぶれに、本能がパンチを繰り出そうとするが、理性がギリギリで抑え込んだ。


「……ノリでつけた名前だけど、様付けされると余計に恥ずかしいな」


 せめてもの抵抗に、わざわざダサいように呼んでいるのだ。もっと気恥しい思いをしてほしいものである。

 なんて心では思っているものの、表情には一切出さず、スイキョウとしての役割を淡々とこなしていく。


「ねえ……やっぱりこの名前変えない?」


 俺の後を続いてきているレミが、小声で光輝に話しかけているのが聞こえてくる。


 誰が付けた名前なのかは知らないが、俺でもこの名前はダサいと思う。


 そんな小声で話し合っている彼らを無視しながらも、〈半神〉のスキルで背後に居る彼らの様子を伺う。


 光輝と俊介とレミは、場違いな観光客みたいに周囲をキョロキョロとしていて、落ち着きがない。

 咲子はいつもの仏頂面で沈黙しつつ、周囲の動線や監視カメラの位置まで目に収めている。

 雫はというと、一瞥もくれずに俺と玲奈のもとへ直進。まっすぐ、無駄がない。機械のような正確さすら感じさせる足取りだ。


 男と女でここまで落ち着きに差があって、よくもまあパーティ崩壊しなかったもんだ。

 いや、この組み合わせだから崩壊しなかったのだろうか?


 なんて無駄な考えで、ストレスを紛らわしながら案内をする。

 そして、商談の席に着くと、玲奈はすでに席に着いていた。


 玲奈は浮ついている彼らを笑顔で迎えながら、目の前にある巨大なソファーに5人を促す。


「ようこそ、『俺らダンジョン冒険隊』様。お時間を割いていただき、感謝いたします」


 17歳の玲奈が21歳の元同級生たちを迎え入れる構図は、傍から見れば滑稽かもしれない。

 けれど、玲奈の一挙手一投足には、決して軽んじられない風格がある。口調も表情も完璧。まるで国家元首の応対だ。


「……セイントさん、でよかったんですよね?」


 光輝が確認するように口を開く。

 彼なりに礼を尽くしているつもりなのだろうが、どこか上から目線の雰囲気が抜けない。


 もう21歳だというのにその対応とは……とも思うが、まだ社会に出ていない大学生だと考えれば、平均的なのだろう。

 しかし、それでもセイントを目の前にしてその態度を取れる度胸は、光輝の地なのか、それとも昔のクセか……判断に迷うところだ。


「はい。『セイント』とお呼びいただければ結構です、光輝様」


 玲奈はにこやかに頷く。だがその笑顔には微塵の油断もない。

 その鋼のような柔らかさに、光輝は一瞬だけ表情を固めた。


「本日は、日本初の民間による5階層到達に関する件でお越しいただきました。改めてですが、感謝を申し上げます」


 玲奈は社交辞令的に話を進めるが、大学生の5人は鳴れない様子でソワソワしている。

 そんな彼らを玲奈は微笑まし気に見ながらも、淡々と本題に入った。


 ……いや、17歳。ちょっと大人び過ぎじゃね?


「まず、DOSの件からお話させていただきます。……皆さまは、ダンジョンオークションについてはご存じですよね?」

「はい、何度か利用させてもらっています」


 光輝が頷きながら答える。


「ありがとうございます。……ご存じの通り、DOSは通常のオークションと同様に、出品物には手数料がかかります」

「それは理解しています」

「この手数料は一律10%になっている事もご存じでしょう。しかしながら、私たちは営利目的でDOSを運営している訳ではありません」

「……では、なぜ」


 では、なぜ手数料を取っているのか?

 そんな疑問を口に出そうとする前に、玲奈は言葉をつづけた。


「私たちが手数料を取る理由。それは運営資金の確保にあります。それだけが手数料を徴収している理由なのです。それこそ、理想を言えば手数料を0%にしても構わないと考えています」

「……なんて高潔な……っ!」


 バンッ、と光輝が勢いよく机に身を乗り出す。

 どうやら正義バカの琴線に触れたらしい。


「本物の善意とは、こういうことを言うんだな……!」


 なんて言いながら、目が潤んでいる。なんだその感動の仕方は。鬱陶しいわ。


 そう俺が思ったのと同様に、俊介を除く他の3人も光輝に何とも言えない目を向けた。


「落ち着きなさい、光輝。はしたないわ」


 そして、そんな俺たちの気持ちを代弁してか、雫の冷静な一喝でようやく席に戻される。


 光輝が席に座り直した所で、玲奈は小さく息を整えてから、再び言葉を続けた。


「……ごほん。ですが現実問題として、仲介料を0%にすることは困難です。なぜなら、DOSの維持には膨大なコストがかかるからです」

「コスト……というと?」


 コストと言う言葉に食いついたのは咲子だ。

 彼女は頭が良く、警戒心も高い。それあってか、こっちの内情を探ろうと先ほどから鋭い目線を送ってきている。


「例えば、DOSは一日に数十万アクセスがあります。それに耐えうるサーバー環境を構築・維持するには、月額何万円掛かっていると思いますか?」

「「「「「…………」」」」」


 玲奈の問いに、5人は瞬間的に答える事が出来ない。

 しかしながら、唯一答えらしき答えを出せたのは咲子だけだった。


「……500万円程度でしょうか?」


 その答えに、玲奈は紅茶を一口すすって、言葉を区切る。そして、静かに告げた。


「……1000万円です」


 玲奈が発した『1000万円』を聞いた彼らは、あんぐりと口を開けて驚いている。

 しかし、そんな彼らを意識的に無視しながら、玲奈は話を続けた。


「月額1000万円。年間に直せば1億2000万円もかかります。しかも、これはあくまでサーバー代だけの話であり、店舗の人件費や維持費などは一切含まれていません。また、DOSの店舗は現在、全国に7店舗所有しています。まだ概算程度ですが、人件費だけで月々3000万円ほど出費しています。サーバー代と人件費や維持費。全てを足したら年間5億円から10億円ほどが必要になる計算ですね」


 その金額に、さすがのバカの俊介もぽかんと口を開けて固まっている。

 それもそのはずで、5億から10億の出費とは、会社としても中堅に入るほどの規模なのだ。


「これらを維持していくためには、最低限の利益を出さなければなりません。ですが、先ほども言いました通り、私たちはお金儲けがしたい訳ではありません」


 玲奈は10億と言う金額を提示しておきながら、お金稼ぎがしたい訳じゃないと言う。

 その矛盾に咲子は眉をしかめるが、直ぐに答えに行きついたようだ。


「……つまりは、5階層に到達すれば『手数料を5%に引き下げる』と言う餌な訳ね」

「はい、その通りです。私たちはダンジョンを広める為に行動しています。それに最も適した行動が、DOSの手数料5%の減額だと思っています」

「確かに手数料5%は魅力的だと思うわ。しかし、私には分からないわ。何故あなた達はダンジョンを広めたいと思っているのかしら?」


 咲子の視線が、鋭く俺たちに向けられる。無言の圧力だ。

 だが、そんなものが玲奈に通じるはずもない。


 玲奈はティーカップを軽く傾け、紅茶の香りを楽しんだ後、上品に一口含んだ。


「咲子さん。貴方の疑問はもっともです。ですが、私はその答えを明確に示すことはできません」

「……理由を聞いても?」


 咲子が低い声で食い下がるが、玲奈は彼女を真っすぐに見返し、静かに首を横に振った。


「『まだ』時期ではないのです。いずれ分かる時が来るでしょう。ただ、今言えることは『世界は常に変化している』ということ。その変化に対応するために、私たちは動いているのです」


 玲奈の意味深な言葉に、5人は困惑した表情を浮かべる。

 咲子が何か言おうと口を開いたが、それを止めたのは意外にも雫だった。


「咲子、これ以上聞くのは野暮だわ。彼らには彼らなりの理由があるのでしょう」

「……そう…ね」


 場の雰囲気が少し張り詰める中、玲奈はまるで意に介さず話を進めた。


「もうよろしいでしょうか?……話を戻しますね。DOSの手数料が5%に引き下げられると同時に、『優先権』を発行させていただきます。……これに関してご存じでしょうか?」

「ええ、配信を見ました」

「では、詳細な説明は省かせていただきますね」


 DOSの話がひと区切りついたことで、場の空気がわずかに緩んだ。光輝は背もたれに体を預け、レミはそっと脚を組み直す。

 だが、その隙を狙ったように、玲奈は静かに言葉を投げた。


「では、これにてDOSに関してのお話は以上となります。……さて、DOSに関して話は終わりましたが、ここで一つ私たちからお願いしたいことがございます」


 わざわざ『お願いしたいこと』と前置きを置いた玲奈の様子に、咲子は警戒心を露にする。

 しかしながら、そんな反応も想定の範囲内であった玲奈は、気にせずに話を続けた。


「皆さん、ダンジョン5階層のボスであるジェネラルゴブリンを、直接見たことはありますか?」


 唐突な質問に、咲子がわずかに目を細める。


「……姿だけなら。部屋の手前までで、交戦はしていません」

「なるほど。では、咲子さん。あなたは〈鑑定〉をお持ちですよね?」

「……一応、持っています」

「なら、あのボスがいかに強いのかも、把握されているはずです。……現在のあなた方のレベルは72。日本の冒険者を見れば強い方ですが、それでは到底ジェネラルゴブリンには届かない」


 玲奈の声は落ち着いていたが、その内容は明確な宣告だった。


「……何が言いたいんですか?」


 咲子は自身のステータスを見られたことが気に食わないのか、眉を寄せる。

 俊介を除いた3人も同じなのか、決して気分のいい表情は浮かべていない。


 しかし、そんな彼らを気にせずに、玲奈は今回の本題へと話を進めた。


「なに、簡単な事ですよ。『今』勝てないのであれば、近い将来に勝てる力を与えようと言う事だけの話です」


 玲奈の胡散臭い一言に、俊介も含めて怪訝な顔になる。

 だけども、そんな彼らの反応が面白いのか、玲奈は少し笑った。


「フフ、そんなに警戒しないでください。悪魔みたいに魂と引き換えに力を与えるように見えますか?」

「……見えますね」


 見えるな。

 おっと、最悪な事に、咲子と俺の心の声がハモってしまったじゃないか。


「それは酷いです。……まあ、冗談はさておき、私たちダンジョン教会は皆さんに『武器のテスト』を依頼したいと考えています」

「武器の…テスト……ですか?」

「はい。私たちはDOSの完成後、様々な武器と防具の開発に取り組んできました。ですが、様々な問題から実戦テストが十分に行われていません。そこで、現時点で最も実力のある民間探索者である貴方がたに武器のテストをお願いしたいのです」


 個人携帯用の武器を作る計画は前からあったが、ディアノゴスが忙しかったせいで保留となっていた。

 しかし、ディアノゴスの件が一段落し、余裕が出来た事で、この計画が再度浮上してきたのだ。


 本来であれば、アメリカでディアノゴスの実践テストが終了した後に行う予定だったが、今回の件はいい機会と言うこともあり、前倒しすることにした。


「今回はあくまでテストですので、装備は無償で提供いたします。使用中のメンテナンスや修理もすべて私たちが対応します。その代わり……」

「性能のフィードバックをよこせ、ってことね」


 咲子が先に言い切った。

 玲奈は『さすがです』と微笑みながら頷く。


「ええ、その通りです。あなた方の戦闘力と判断力なら、私たちが求めるデータが得られると考えています」

「……なるほど、確かに私たちにも、貴方がたにもメリットのある話だと思うわ。でも一つ聞かせてくれないかしら?なぜ私たちに頼むのかしら?武器のテストなら自分たちで行えばいいじゃないの?」


 確かに咲子が言う事も分かる。しかし、考えても見てほしい。レベル700オーバーの人間が使えば、拳だけで5階層のジェネラルゴブリンを殺すことだってできる。

 到底、そんなのでは、武器のテストには向いていない。


 そんな俺たちとは違い、『俺らダンジョン冒険隊』には武器のスペシャリストである柳生雫が居る。

 テスト要員としては十分すぎると言えるだろう。


「確かに私たちが武器のテストを行う事も可能です。しかし……」


 玲奈が言葉を切った瞬間、フッと姿が消える。


「へ……?」


 あまりにも唐突過ぎて、一瞬理解できなかった5人は、数拍の後に驚きの声と共に周囲を確認した。


「ど、どこに……」


 首を左右に回して玲奈の姿を探す。

 そして、気が付いた。玲奈が5人が座るソファーの後ろ側に立っている事を。


「……っ!」


 気が付いた瞬間、雫が驚きながらも反射的に蹴りを繰り出していた。

 それは理性では無く、長年積み重ねられた訓練と、本能からの一撃だったのだろう。


 全く重心のズレていない蹴りは、確実に玲奈の後頭部を捉えていた。だが、しかし、当たる直前に蹴りが止まる。


「……」


 途中で気が付いた雫が自ら蹴りを止めていたのだ。


「……すみません」


 雫は申し訳なさそうに席に着き直すが、玲奈は『気にしていませんよ』と言いながら、自身も席に座った。


「分かっていただけたと思いますが、私たちと貴方がたとでは、あまりにも実力が乖離しています。私たちが武器のテストを行えば、どんな鈍らであろうとも、ジェネラルゴブリンを倒すことが出来てしまうのです」

「……だから私たちに実践テストをしてほしい。そう言う事ですか……」

「ええ」


 言葉よりも行動で理由を示した結果、堅物な咲子も納得せざる負えなかった。

 そして、数秒悩み込んだ咲子は、代表して回答を出した。


「……分かりました。お受けします」

「それは良かったです」


 玲奈は、両手を合わせて上品に喜んでいる仕草をする。

 顔が見えないハズなのに、仕草だけで感情を表す事がどれ程難しいのかを知っている身からしてみれば、エグイ技術だと驚かざる負えない。


「ではさっそく……と言いたい所なのですが、残念ながら、まだ物を準備できていません。ですので、物の受け渡しは後日と言うことになります。もしも、武器防具の詳細な要望がございましたら、おっしゃってください。ご要望通りにお作りしますので……」


 玲奈が促すと、案の定、雫が真っ先に手を挙げた。


「……雫さんでしたね。ご要望は何でしょうか?」

「この武器と同じ重量、同じ長さの刀をお願いしたい」

 

 雫は竹刀袋を背中から降ろすと、中から日本刀を取り出した。


 模様も無く、ただの木の鞘に、つばの無い持ちてなのだが、歴史の重みを塗り込んだかの様な雰囲気を感じる。

 そこらで売っている日本刀とは違う事を、誰しもが一目で分かるだろう。それほどまでの重厚な雰囲気を放っている。


「…これと同じ重量で同じ長さ…ですか。…どうです?スイキョウ出来ますか?」


 玲奈は武器関係に全く関わっていないので、俺に聞いてきた。


「そうですね。同じ重量と言うのは無理でしょう。しかし、それは問題ない事だと私は思います。なぜならば、レベルが上がれば身体能力も向上するからです」

「っとの事ですが、雫さん。どういたしますか?」

「……では、形と長さを同じにしてください」


 雫は俺の方を真っすぐと見て要望を伝えてくる。

 その瞳は何かを貫くかの様に見えたのは、俺の見間違いなのだろうか。


「……承知しました。では、こちらの日本刀を一時お預かりします。よろしいでしょうか?」

「はい。…っあ、いつほどに戻ってきますか?」


 そうだな。明日は仕事で埋め尽くされている。明後日の午後が空いているから、そこで涼太の所へ行き武器を作る。…と、なると…。


「そうですね3日後には返却とプロトタイプをお渡しすることが出来るでしょう」

「分かりました。では、武器の方をよろしくお願いします」

「はい、承りました。……さて、他の皆様は武器防具などのご要望はございますでしょうか?……」


 他のメンバーもそれぞれ希望を伝え、会談は1時間ほどで終了した。




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