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第五十七話 2週間後




 密室の部屋。

 そこで俺と玲奈は、ベッドの上で2人絡まり合っていた。


「……正吾さん、良い感じです」

「んぁ、っ!……もうこれ以上は……っ!」

「まだです。我慢してください。あと少し……もう少しだけですから」

「ムリだ!決壊するっ!」

「ほら、踏ん張って。補助しますから」


 ギシギシとベッドがきしみ、響く音が密室の空間に広がる。

 だが、ここに俺たち以外の誰かがいるわけでもなく、聞いている者はいない。


「……ダメだ!玲奈!」

「っあ、…もう、正吾さん…あと30秒だったのに」


 玲奈はストップウォッチを押して時間を止めた。

 そこには『9分32秒』と表記されており、何かしらの時間を測っていたことが伺える。


「はぁ、はぁ……いやキツすぎだろ、これ。魔素だけでも結構しんどいのに、生命力まで一緒に硬質化させるなんて……10分ももたんぞ」

「それこそ練習ですよ。私は今、15分まで持続できますから」


 エッチな事をやっているかと思ったそこの君。そんな余裕は我らには無い!


 と、冗談はさておき、俺たちが何をやっていたのかと言うと、例のドラゴンが見せた、魔素と生命力の同時硬質化。

 あれを再現しようと、日夜訓練を続けているのだ。


 朝起きた時や夜寝る前の、仕事の合間やお風呂に入っている時でさえ練習を重ねた結果、10分弱まで硬質化の時間を延ばせていた。


 しかし、それでもなお難しい。

 どこが難しいのかと言うと、生命力と魔素を同時に硬質化するのが非常に難しいのだ。


 感覚としては『両手で別々の絵を描きながら、足でも同様に絵を描いている様な難しさ』と言えば伝わるだろうか。

 どちらか1つならば1時間以上持つのだが、2つとなると難易度が劇的に上がるのだ。


 そんな難しい生命力と魔素の硬質化なのだが、効果はピカイチと言っていい。

 生命力を硬質化すると、物理に対して極めて高い防御性能を示し、魔素を硬質化すれば、魔法に対して極めて高い防御性能を発揮した。


 その効力はすごく、物理ならばレベル700オーバーの一撃を耐え、魔法ならば、玲奈の〈神術魔法〉を余裕で耐え抜く。


 完全無敵にも思える硬質化。

 これだけの性能を持っていながら、あまりにも致命的な欠点がある。


 維持するだけでも、膨大な集中力と技術が求められるのだ。

 ただでさえ集中力を削られる戦闘中に、常時発動し続ける芸当など、俺たちには到底不可能。


 だからと言って諦める事は無い。要は使い方なのだ。

 2つの硬質化が難しいのであれば、攻撃に合わせて展開すれば良い。そうすれば欠点をなくせる。


 しかしながら、これにも欠点が存在する。

 物理攻撃と魔法攻撃を混ぜ合わせた攻撃は普通に貫通してしまう。


 結局は練習あるのみと言う結論に至った俺たちは、問題を克服するために、毎日の様に練習を重ねているのだ。


「だけども、玲奈はよく15分も持つな。10分でもかなり頑張っていると思うのだが…」

「それこそ慣れですよ。私は自由に使える時間が多い分、練習に割ける時間も多いですから」


 まあ、そうなんだよな。


 車の運転だって、ブレーキ、アクセル、ハンドル、ミラー、周囲確認と、一度にいくつもの動作をしている。

 それと同じように、訓練によって複雑な動作も感覚に落とし込めば、自然とできるようになる。


 だけども、仕事が忙しい俺からしてみれば、その時間が一番難しいのだけれど。

 金持ちは『時間を買う』と言うが、俺には金は在っても、時間は買えないようだ。


「はぁ、まあそうなのだろうな。俺も時間を見つけては、ちょくちょくやってるんだけども……」

「仕方がありませんよ。私が正吾さんの仕事を肩代わりできればいいのですけれど」


 玲奈はセイントと言うアイドルをやっている。

 そのため、仕事として移動するときも細心の注意が必要になるのだ。


 そんな事をするよりも、俺が出向いた方が楽だ。それに、玲奈には配信活動もある。役割分担と言う事だ。


「……まあ、そんなこと言っても仕方ないか。っと、そろそろ配信の時間だな。準備しようか」

「はい、すぐに着替えてきますね」


 俺たちはベッドから立ち上がり、それぞれの準備に取り掛かる。

 俺はPCとマイク、カメラを整え、玲奈は衣装とメイクを済ませて乱れたベッドを整える。

 そして時計の針が午前10時を指した瞬間、俺はOBSの配信開始ボタンを押した。



~~~



「皆さんこんにちは、あるいはこんばんは。セイントです」


 玲奈はいつも通りの挨拶で、静かに配信を開始した。

 一眼レフ越しに映る彼女の姿は、まるで磨き抜かれた彫像のように完璧で、画面越しであっても見る者を惹きつけてやまない。


「本日、緊急ながらも配信を始めた理由は、昨日、日本の探索者がついに5階層に初到達したからです」


 そのニュースを知ったのは、今日の朝の事。


 いつも通りにSNSをチェックしていると、『俺らダンジョン冒険隊』と言うダサい名前のパーティーが、4階層を突破し、日本で初めて1パーディーでの5階層に到達した、と報道されていた。


 その事を知った俺は、すぐに『俺らダンジョン冒険隊』に関する情報を探ろうと思ったのだが、すでに対応するべき仕事の連絡が山のように入っていたので、情報収集は玲奈に任せた。


 俺の仕事が終わり、玲奈に『俺らダンジョン冒険隊』の情報を聞いてみると、どうやら大学生で構成されたパーティーのようだ。


 ここ最近は、オークションにポーションが出品され始めていた事は知っていた。

 しかし、まだまだ5階層到達まで時間は掛かるだろうと思っていたのだ。だけども、俺の予想に反して、大学生のパーティーが攻略してのけた。


 あまりに攻略のスピードが早く、内心びっくりはしている。

 だが、今回の事態は俺たちにとってチャンスでもあるのだ。だから……。


「私たちダンジョン教会からは『俺らダンジョン冒険隊』に対して祝辞を述べさせていただきます。そして、彼らに私たちダンジョン教会からプレゼントを差し上げたいとおもいます」


 玲奈はそう言いながら懐から、とある物を取り出す。

 カメラに良く見えるように持っている物は、名刺ほどの大きさの白いカードだった。


 真珠光を帯びた地の中央に『DOS』の紋章が金糸でエンボスされ、縁取りも同じ金色で精緻に刺繍されている。

 このカードを一言で表すならば、『VIPアクセスパス』だろう。


 そしてそんなVIPパスをカメラの前へかざすと、カード表面の魔素封入ホログラムが七色に瞬き、視聴者のコメント欄が一気に湧いた。


「これは、5階層に『1パーティー』で到達した場合にのみ発行される特別な認証カードです。私たちが定めた基準を満たすことで、このような特典を得られるようになります」


 もちろんだが、このVIPパスはただの称号ではない。ちゃんとしたメリットも準備している。


「このVIPパスをお持ちの方には、DOSの手数料を5%に減額します。さらには、VIPパスを提示していただければ、鑑定を優先的に行えるように手配します」


 玲奈の説明に、視聴者のコメント欄はさらに盛り上がる。


 『えっ、5%!? やばすぎる』『マジでこのカード欲しい』『鑑定優先されるとかズル』『うちのパーティーも5階層目指すしかない』などの声が並ぶ。


「これらの施策は、すべてダンジョンの深層攻略を推進するためのものです。1階層、2階層までは収穫も限られており、魔石以外の価値はさほど高くありません。3階層では宝箱から貴重なアイテムが出るようになりますが、人が多い今の環境では、ボス戦を一日に何度もこなすのは難しいですよね?」


 玲奈は画面の向こうに問いかけるように微笑み、次の言葉へとつなぐ。


「そこで注目すべきは4階層。ここからはポーションに加えて魔石の総量も一気に増えます。経験値効率も格段に上がりますし、金銭的にも非常に旨味のある層です」


 しかし、と玲奈は軽く表情を引き締めた。


「ですが、その4階層に挑戦できるパーティーは、まだまだ限られています。理由は二つ。第一に、4階層の危険度。第二に、その情報が十分に伝わっていないことです」


 玲奈の言葉に合わせるように、俺は事前に作っていた画像を配信に載せる。


「4階層では、3階層のボスだった『ホブゴブリン』が複数体同時に出現します。これはソロではもちろん、通常のパーティーでも突破が難しく、現状ではレイド形式の複数パーティーの連携が主流となっています」


 図解と共に丁寧な説明が入ることで、コメント欄では『やっぱ4階層キツいんだな』『うちのパーティーじゃ無理だ』『でもレイドは分け前少ないんだよなあ』と現実的な声が目立ち始めた。


「そこで、私たちダンジョン教会は考えました。もっと多くのパーティーが自力で4階層を攻略できるようにするにはどうすれば良いか?その答えが、今回の優待カードと手数料減免です」


 玲奈は画面越しに視聴者を見つめ、宣言する。


「これから先、5階層に1パーティーで到達した方には、このVIPパスカードをお渡しします。ダンジョンオークションサイトの手数料は通常10%ですが、それを半分の5%に。さらに、DOS店舗での鑑定を優先的に受けられる優先権も付与されます」


 そして、玲奈は静かに続ける。


「なお、このカードの発行は本部か、全国各地の支部での来店が必要です。また、5階層に到達した事を偽造した場合や、複数パーティーでの到達にも関わらず虚偽の報告をした場合、永久的なVIPの剥奪の他に、ペナルティーとして1年間、手数料を30%に上げますので、ご注意くださいね」


 顔を覆うベールで、口元しか見えない唇が、ニコリと可愛らしく微笑む。

 しかし、誰しもが思った事だろう。『怖い』と。


「それでは最後にお知らせです」


 玲奈は怖い笑みを真顔に戻すと、次の話へと移った。


「私たちダンジョン教会は、新たに支部を開設いたします。数は全国に6カ所です。場所は……東京駅、立川駅、横浜駅、大阪駅、天王寺駅、そして名古屋駅です」


 コメント欄が再び湧き上がる。


 『おお、近くに来る!』『マジ助かる』『大阪きたー!』『やっと横浜支部だ』と、各地の冒険者たちが喜びの声を上げていた。


「これに伴い、ダンジョン教会では人材募集も開始します。アルバイトで必要なスキルは〈鑑定〉。業務は清掃や軽作業ですが、現場の対応も一部お願いする予定です。正社員では〈鑑定〉レベル10以上、加えてマネジメント能力を持つ方。そして経理枠として、日商簿記2級以上、もしくは公認会計士の資格をお持ちの方を募集いたします」


 玲奈は少しだけ微笑みながら締めに入る。


「バイトの時給は3,000円。正社員は月給80万円。公認会計士枠は、月給180万円。なお、会計士は1名限定の採用です。応募期間は本日11月16日午前10時から、11月20日午後10時までとなっております」


 玲奈は深く一礼し、語りかけるように言った。


「それでは本日の発表はここまでとしますね。ご視聴ありがとうございました」


 その言葉と共に、俺は配信を終わらせた。



~~~



 配信終了後、俺はペットボトルを玲奈に投げ渡した。


「お疲れ様。ネットでの反応は上々だ」


 ちゃんとトレンドの2位と3位は俺たちの話題で独占している。ちなみに1位は『俺らダンジョン冒険隊』だ。

 まあ、俺らダンジョン冒険隊は、昨日から盛り上がっていたし、タイミング的にこの順位なのは仕方がない。


 スマホの時計をちらりと見ると、もうすぐ正午。腹の虫も律儀に時間を知らせてくれる。


「玲奈、ちょうど昼時だから、どこか飯に行くか?」

「分かりました。私、高いお肉が食べたいです」


 図々しく聞こえるかもしれないが、個人的には『なんでもいい』が一番困る。これくらいハッキリしてくれた方が、むしろ助かるというものだ。


「OK。任せとけ」


 俺はスマホを取り出し、食べログと予約アプリを交互にチェックして、高評価の店を押さえる。

 無事に席が取れたことを確認すると、配信機材を片付けながら言った。


「よし、準備完了。さっさと食いに行こうぜ」

「はい」


 いつの間にか玲奈は着替えを済ませ、水で喉を潤していた。その一連の動きが妙に丁寧で、ふとした瞬間に色気さえ感じるが……いや、気のせいか。

 俺はそんな事を思いながらも、ホテルをチェックアウトした。




 東京は本当に便利な街だ。

 高級店がそこら中にあり、距離も近い。多少道が混んでいても、目的地にはすぐ着く。


「お客様、ご予約されていますか?」

「はい。『ミズハシ』で予約しています」

「ミズハシ様ですね。こちらの席へどうぞ」


 案内されたのは、和の趣が漂う個室だった。テーブルの中央には備長炭用の穴が設けられ、落ち着いた空間が広がっている。


「では正吾さん、早速注文しましょう」


 玲奈はQRコードを読み取り、スマホで手際よくメニューを選び始める。注文は彼女に任せ、俺はノートPCを広げて、空き時間にたまった仕事を片付ける。


 肉が運ばれてきた頃には、俺の仕事も一段落していた。


「来ましたね。では焼きますか」

「ああ、頼む」


 玲奈は相変わらず表情は控えめだが、どこか楽しそうな雰囲気を漂わせながら、黙々と肉を焼いていく。

 食に対する素直な喜びが、仕草の端々ににじみ出ていて、見ているこちらまで和んでしまう。


 そして、俺の皿にも焼き上がった肉が置かれる。


「焼けましたよ。どうぞ」


 なんだか恋人というより、娘に食事をよそってもらっているような気分になる。

 年齢差もあるが、仕事漬けの日々を送っているせいか、性欲というものがどこか遠いものに思えてくるのだ。


 まるで俗世を離れた僧侶のような境地だ。……と、そんなことを心の中で茶化しつつ、俺は肉にかぶりついた。


 転生後の体質なのか、油っこいものにも強くなっている気がする。

 しかも、いくら食べても体重が変動しないのだから、この上なくありがたい。気兼ねなく高級肉を堪能できるというものだ。




 それから30分後。

 食事を進めるうちに、腹がほどよく満たされてきた。


「……そろそろ、やめておくか」

「ですね。これ以上食べたら、せっかくの料理も無駄になりそうです」


 2人で箸を置き、畳に軽く背を預ける。天井の美しい柄を見上げながら、つかの間の休息を味わう。

 昼間のゆったりとした空気に包まれ、まぶたが重くなる。しかし、なんとか気持ちを引き締めて、玲奈を促す。

 

「……玲奈、寝たい気持ちはわかるが、そろそろ行こうか」

「……ふぁぁ……はい、分かりました」


 大きなあくびをして起きた玲奈は、眠い目を擦りながら上着を着る。


 そうして、満腹で満たされた俺たちは、個室から出た……その時だった。

 ちょうど廊下を歩いていた人物と体が当たりそうになる。


「すみません……て?あれ?」


 俺と当たりそうになった女が反射的に謝ってきた。

 しかし、それも途中で止まると、俺の顔をまじまじと見てくる。


「……水橋…くん、だよね?」


 そう俺の名前を呼んだ女の声を知っている。


 高校時代のクラスメイト。正直、あまり好きではなかった女。

 そして、彼女の顔を見て、確信する。大学生にもなってツインテールを続けている、あの女だ。


「あ? 水橋じゃねーか」


 別の声がして視線を向けると、彼女の後ろには見覚えのある顔ぶれが、4人並んでこちらを見ていた。


 


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