第五十四話 お話し合い
俺はトラックに積まれたディアノゴスを見ながら、背後から感じる2つの鋭い視線を無視しようとしていた。
もちろん視線の主は玲奈と涼太だ。彼らも人目を気にしてか何も言ってこないが、これからの展開が不安で仕方ない。
……どうか死なない程度で勘弁してほしいものだ。いや、死んだとしても玲奈の〈死者蘇生〉で蘇るから大丈夫かもしれないが、痛いものは痛いのだ。
「……はぁ、スイキョウ。そろそろ行きますよ」
玲奈の呆れたため息と共に促され、俺はしぶしぶ振り返る。
さすが玲奈、もう気持ちを切り替えて次のことに頭を回している。こういうところは本当にすごい。これで17歳だなんて信じられない。
「……セイント様、申し訳ありませんでした」
一応謝っておくが、玲奈には届いていないだろう。
俺が表面的な謝罪をしているだけだと、長年の付き合いで熟知しているに違いない。
「それはいいです。それよりもクリーチ空軍基地に戻りますよ」
「……はい。わかりました」
まるでお仕置きを恐れる子供のように萎れてしまった俺は、玲奈の後ろをおとなしく歩いた。
〜〜〜
舞い上がっている涼太とは対照的に、すっかり意気消沈している俺はクリーチ空軍基地の倉庫へと向かう。
そこにはボロボロになったディアノゴスが横たわっていた。
涼太は輝いた目でディアノゴスを舐めるように観察している。まるで魅惑の女性でも見つめるかのような勢いだ。
すっかり作業に没頭し、声も届かなくなった涼太を放置して、俺と玲奈はジョニーの対応に向かうことにした。
「いやー!すごかった!Miss.セイント!」
すっかり興奮状態のジョニーが、巨体を揺らしながら俺たちのもとへ駆け寄る。
「Mr.ジョニー、一度落ち着いてください。私たちは逃げませんから」
「おっと、すまない!……しかしこんな倉庫で話すのは失礼というものだ。高官室へ案内しよう」
そう言ってジョニーは俺たちを案内する。
涼太に声をかけようと思ったが、今の様子では当分正気には戻りそうにない。仕方なく、黙ってジョニーの後についていった。
ジョニーに案内された高官室に入ると、俺はアメリカらしい豪華な作りに驚かされた。
ミサイルや核攻撃に備え、地下に設けられたこの部屋は、堂々と掲げられたアメリカ国旗と立派な木製机が目を引く。
窓こそないが、地下室とは思えない工夫が施されており、閉塞感はまったくなかった。
「さあ、Miss.セイント。こちらへ」
ジョニーに案内されたソファーもふかふかで、見るからに高価なものだ。3桁万円は下らないだろう。
さすが軍事費が世界一の国だな、と心の中で呟きながら、俺は出されたコーヒーを一口すする。
「それでMiss.セイント。早速だが、ディアノゴスの件について話したい」
「わかりました。何からお話ししますか?」
「……今回の件は私の手に余る。申し訳ないが、電話で大統領と話をしていただきたい」
「大統領ですか……それはまた大物ですね」
アメリカの大統領。実質的にこの地球の頂点と言ってもいい存在だ。
そんな人物が、電話とはいえ時間を割いて話をするほど、この件は注目されているということか。
ジョニーは机の上に置いてあったノートパソコンを起動させ、通話アプリを開いた。
すでに接続準備は整っており、大統領からの通信が入るのを待つだけの状態だ。
〜〜〜
「レイモンド大統領、『例の件』から連絡がありました。通話準備が整ったそうです」
「ああ、わかった」
私は廊下を歩きながら秘書からの連絡を受ける。
大統領の時間は分刻みで管理されており、移動時間でさえも仕事が途絶えることはない。
特に今回の件は、アメリカの未来を左右しかねない重要な案件だ。慎重かつ迅速に対応しなければならない。
「……本当は直接会いたかったんだがな」
相手がアメリカに来ると決まったのは2週間前のことだった。
私のスケジュールはすでに3か月先まで埋まっており、出来る限り時間を作っても通話対応しかできなかった。
「愚痴ってる暇はありません。相手を待たせていますよ、大統領」
「お前が私をここまで急かすとはな、ソフィア」
私は執務室へと急いだ。
通話準備が整った執務室には、すでに大型ディスプレイが用意されていた。
事前に送られてきた資料で人物の情報も頭に入っている。
事前に送られてきた情報では3人。
1人目が、今の世界で一番注目されている人物であるセイント。
2人目が、セイントのお付きであるスイキョウ。
3人目が、情報が殆どなく、未だどんな人物なのか分かっていないリョウ。
他にもダンジョン教会の中心人物がいるかもしれないが、私の予想では、この3人が組織の中核であり、構成員の全貌だと思っている。
その理由は、ダンジョン教会の内部情報が全く見えてこないからだ。
通常、組織は規模と人員が増えるにつれて情報管理が難しくなり、機密性は失われる。アメリカでも情報漏洩は常に頭を悩ませている問題だ。
日本語には『人の口には戸が立てられない』ということわざがあると聞くが、まさにその通りだと思う。
「……レイモンド大統領、あちらの準備が整いました。今から通話を開始します」
「ああ、ありがとう」
私はモニターに映る自分の姿を見ながら、身だしなみをチェックする。
ネクタイが乱れていないことを確認すると、秘書のソフィアに開始の合図をアイコンタクトで送った。
ソフィアが通話開始ボタンを押すと、大型ディスプレイに資料で見た2人の姿が映し出された。
全身を白いローブで包み、顔をレースで隠した人物がセイントだ。その隣にいるのがお付のスイキョウだろう。
私は内心で人物を照合すると、にこやかに話し始めた。
「初めましてかな?私は第51代大統領のレイモンド・アンダーソンだ。よろしく頼む」
『こちらこそ。私の名前はセイントと申します』
軽く挨拶を交わしつつ、私はセイントの挙動を観察した。
その背筋は真っすぐと伸び、ただの挨拶にも気品が漂う。その仕草だけで、明らかに上流階級の出身だとわかる。
「よろしくMiss.セイント。残念ながら、私は自己紹介をしている時間がないのでね。申し訳ない」
『いえいえ、世界一の大統領ともなれば忙しいのは当然でしょう。お気になさらず』
「ハハ、そう言ってくれると助かるよ。では早速話に入ろうか。今日のテスト映像はすでに拝見した。素晴らしい成果だ」
『お気に召していただけたなら何よりです』
「それでだ……君たちの技術を、我々に売る気はないか?」
『……それはアメリカに来い、という意味でしょうか?』
「そう受け取ってくれて構わない」
『その話は前回もお断りしました。私たちは貴方がたアメリカと手を取り合うことはあっても、傘下に下るようなことは絶対にいたしません』
「おっと、これはひどい振られ方だな」
そう言いながらも、内心ではこうした反応は想定内だった。
どんなに魅力的な条件を提示しても、彼らがアメリカに来ることはない。
なぜなら、彼らは困っていないどころか、アメリカと同等、あるいはそれ以上の立場で交渉しているのだから。
「……君たちがアメリカに来ないのは理解した。しかし、その技術を我々に売るつもりはないか?」
『……別に我々は技術を売っても構いません。貴方たちが良ければ……ですが……』
意味深な言い方をするセイントの口元は、綺麗な弧を描いていた。
「……どういう意味かな?」
『単純な話です。研究という積み重ねがないまま技術だけを受け取った技術ほど、発展しないものはない。貴国がそれを一番理解しているはずです』
「………確かにその通りだな」
我々アメリカは研究開発に巨額の投資を続けてきた。
政府支出だけでも年間1000億ドルを超え、民間も含めれば5000億ドルを超える額だ。
その結果、世界一の技術大国としての地位を確立してきた。
単に技術を受け取るだけでは、新たな研究への投資意欲は削がれてしまう。
すでに高い技術を持っている状況では、基礎研究への資金投入は難しくなるのだ。
「ハハ、参ったな。お嬢ちゃんに言い負かされるとは。私も年を取りすぎたかな」
『そんなことはありませんよ。まだまだ現役でしょう』
「そうだな、まだ60代だ。……さて、話を戻そうか。ディアノゴスの生産について相談したい。サンベルトを活用すれば大量生産も可能だと思うが、エンジンやコックピット周りの部品がなければ、ただのデカいプラモデルだ。その点はどうなのか?」
『……コア技術の生産は大量にはできません。現状、月に10組が限界です』
「10か……少ないな。もう少し量産はできないのか?」
月に10機という数字は一見多そうに思えるが、アメリカでは全く足りない。
50州すべてに10機ずつ配布しようと思えば、50か月かかる。…つまり4年2か月もかかる計算だ。
『私たちもコア技術の生産だけにリソースを割くわけにはいきません。ですから、こちらの技術を分解して研究していただいて構いません。ただし、特許は私たちのものだという点をお忘れなく』
「ハハ、抜け目がないね。まあ、それでいいだろう。ただし、研究の成果が出るまでどれだけ時間がかかるかわからない」
『それは私たちも懸念しています。しかし、質問があれば可能な限り回答します』
「それはありがたいな。生産と研究は進めるとして……今回の実践テストで人型兵器の可能性を見いだせた。以前は断ったが、人型兵器の武器製造を引き受けたいと思う」
『……本当ですか?』
「ああ、話は通してある」
『ありがとうございます』
「こちらとしてもメリットが大きいからな。特にアメリカで人型兵器の生産をすると言うことが決め手となった」
この人型兵器を1つ作るには、膨大な数の部品が必要だ。
もちろん、部品を1つ作るだけでも、材料の調達から人件費に至るまで多くの資金と労力が動く。
それが数万点もの部品ともなれば、新たな産業と雇用が生まれるのも自然な流れだ。
近年のアメリカでは移民問題が深刻化しており、安価な移民労働力がアメリカ人の職を奪うことが問題視されている。
特に南部ではメキシコからの違法移民が多く、その影響で安価な人件費を背景にサンベルトと呼ばれる東西に伸びる工業地帯が発展した。
政府としても、移民問題と雇用確保は最優先課題だ。とはいえ、新たな大産業が突然誕生するわけもない。
しかし、この人型兵器の生産が雇用問題を解決する糸口になる可能性は大いにある。
政府が予算を投じて産業を育成できるのなら、まさに願ったり叶ったりだ。
「さて、これで私からの話は以上だが、そちらから何かあるか?」
『……そうですね。今回のような会談を円滑に行うためのパイプラインを整えていただきたいです。現在、CIA職員のキャサリンを含め、何人もの人を介さなければ大統領と話すことができません。緊急時の対応が遅れるのは避けたいので、せめて2人、できれば1人のみの連絡窓口を設けていただきたいのです』
「確かにそれは必要なことだ。わかった。秘書のソフィアの連絡先を教えよう」
私はカメラの外にいるソフィアへ視線を送った。
意図を察したソフィアは外交専用の電話番号をメモして、私の手元に差し出した。
「……011・XXX・YYY……だ。一応、電話は傍受される可能性があるから、留意して使ってくれ」
『承知しました。本日はお時間をいただきありがとうございました』
「こちらこそ、良い会談だった」
プツリ、と回線が切れた瞬間、私は何百万ドルもする椅子に深く背を預けた。
いつも仕事で疲れているが、今の一瞬の通話会談だけで、1日以上の気力を消耗した気がする。
特に、その原因となるのはセイントだ。
あの女、ヤバい。
その直感とも経験則とも言えない予感が私の中で渦巻いていた。
これまで何人もの狡猾な実業家や政治家たちと渡り合ってきたが、セイントとそのお付のスイキョウは異質だった。
表面上は丁寧で礼儀正しかったものの、内心ではアメリカ大統領をも、ただの商談相手としか見ていなかっただろう。
確かに、アメリカが彼らにとって最上の交渉相手であることは間違いない。
だが、仮に断られたとしても困らないという余裕すら感じさせた。
特にその感覚を強く持っていたのは、セイントではなくスイキョウだった。
彼女からはセイント以上に異質な雰囲気を感じた。
しかし、その不気味さが何から来るものなのか分からない。
その答えが見つからないせいで、私はもやもやした気持ちを抱えたまま仕事に戻る羽目になった。
『サンベルト』
サンベルトとはアメリカ合衆国の南部および南西部に広がる温暖な地域の事を言う。
この地域は、温暖な気候を活かした工業や農業が盛んであり、石油産業、航空産業、宇宙産業、電子産業と言った工業地帯でもある。
メキシコから移民してきた人々が安い人件費で働く事も、サンベルト発展の一因だったりする。
ちなみにだが、移民のせいで産業が発展したのは良いものの、そのせいでアメリカ人の雇用を奪っているという問題もある。
今回の話では、ここにディアノゴスの部品を製造することで、新たな雇用と市場を生み出せると考えたアメリカ側が、生産ラインを作る事に同意した。