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第六話 涼太




 横浜駅から電車に乗り、20分で品川駅に到着。そのまま山手線に乗り換え、渋谷に降り立った。


 さすが東京、平日の昼間だというのに人がごった返している。

 だが、すれ違う人々の表情や雰囲気がどこかおかしい。漠然とした警戒心や、不安が街全体に漂っているように感じられる。


「(なんだ、この空気……)」


 詐欺師として他人の感情を見抜くことには長けている俺には、この不自然さが気になって仕方がない。


 ただし、そんな中でも一部の人間は様子が異なる。

 特に若い男たちの多くが、そわそわと浮き足立ち、まるで何かを探しているかのように落ち着かない様子を見せている。


 一体、何が起きているのか?2年のブランクで見落としている時流があるのかもしれないが、俺には特に追及する理由もない。気にせず、久々の渋谷を散策することにした。


「……変わったな」


 通りを歩きながら思わず独りごちる。

 地雷メイクと呼ばれる奇抜な化粧をした女たちが目に留まる。


 お気に入りだった服屋は、いつの間にかゴスロリ専門店に様変わりしていた。時代の流れというものだろう。


 だが、散策を続けるうちに気づく。そもそも服をたくさん買ったところで、置いておく家がない。刑務所を出たばかりの俺には、帰る場所など無いのだ。


「(……渋谷よりも先に、不動産屋に行くべきだったかな)」


 そう思いつつも、今さら悩んでも仕方がない。まだ数日はホテル暮らしが確定しているのだ。軽く歩き回った末、Tシャツを2着だけ買って近くのベンチに腰を下ろす。


 案外、1人でぶらつく渋谷と言う物はつまらない。せっかく来たと言うのに、大して楽しむことが出来なかった。


 多分だが新宿でも同じ気分になる事は分かっていたのだが、2年間の変化を感じたくて、行くことにした。


 渋谷から山手線で2駅。あっという間に新宿に到着する。


 ホームを降り立つと、渋谷以上の人混みに圧倒される。

 かつてならば、人波をすいすいと避けて歩けたのだが、2年の刑務所生活でそのスキルも鈍ったらしい。


「さて、何をしようか……」


 特に目的も無いまま、新宿をぶらつくことにした俺は、ふと映画でも観るかと思い『TOYOシネマズ新宿』を目指す。


 TOYOシネマズのシンボル、巨大なゴジラヘッドが遠目からでも視界に入る。懐かしさを覚えながら人混みを避けて進む。だが、近づくにつれてある異変に気づいた。


「……やけに警察が多いな」


 TOYOシネマズ新宿の真下に着いた俺だが、あり得ないと言って良い程に警察官が多い。


 このTOYOシネマズ新宿は5年ほど前にトー横キッズが問題になった場所だ。あの一軒以来警察官が多くなった。それを加味しても警察官が多すぎる。


「あれは…」


 しかも、警察官の中に、黒い装備を着た連中が混じっている。

 防弾チョッキに『POLICE』と書かれているその姿――間違いない、SAT(特殊急襲部隊)だ。


『(何でSATなんかが出張ってきてるんだ?)』


 SATが動くのは凶悪犯罪やテロなど、相当に重大な事件が起きた時だけだ。気になった俺は、近くで警察の様子を見ていた若者に声をかけてみることにした。


「ちょっといいかな?」


 不安そうな顔をしていたロックバンドのベースマンみたいな男に声をかける。

 だが、彼はコミュニケーションが苦手なようで、目線をそらしながら体を引き気味に返事をする。


「……なんでしょう?」


 男の子の反応に、少し距離を取るようにして、柔らかく尋ねた。


「あの警察たちなんだけど、何があったか教えてもらえたりするかな?ここに来たばっかなんだ」

「……SNS見てないんですか?新宿にダンジョンができたって話ですけど」

「ダンジョン?」


 予想外の言葉に、俺は眉をひそめる。ダンジョンなんてまるでファンタジーのような言葉が飛び出してきた。


「ごめんだけど、ダンジョンって何?」

「……ニュースとか見てないんすか?今、テレビもSNSもその話で持ちきりですよ」


 どうやら、俺が朝からステータスに夢中になっていたせいで、完全に世間の動きに乗り遅れているらしい。


 何ともマヌケな事だ。これでは、おもちゃを買ってもらった子供の様ではないか。


 俺は自分の行為を内心恥じながらも、財布から5000円札を取り出し、若者に渡した。


「ありがとね。これで美味いもんでも食べて」

「いやいや、そんな……」

「いいから受け取っておけ。情報をくれた礼だよ」


 何だかんだと言いながらも、若者はしっかりと5000円札を受け取り、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべながらその場を去っていった。


 俺は少年の後姿が見えなくなると、懐からスマホを取り出して情報を見ていく。


 SNSをインストールさえしていなかった俺は、近くのフリーWi-Fiでインストールすると、トレンドの一番上にある『ダンジョン出現』と言う物を片っ端から見ていった。



~~~



 それから30分を情報収集だけに使った俺は、近くのファーストフード店に入っている。


 流石にトー横近くはうるさいし、集中して調べ物がしたかったからファーストフード店に入ったのだ。

 そして30分の情報収集をして、いくつかの有益な情報を入手できた。その情報を箇条書きで出すとこんな感じだ。


ーーー

・世界で一番最初に書き込みがあったのはアメリカ。時刻は日本時間で午前2時43分。

・日本での最初の目撃情報は、午前4時22分。東京駅前の広場で『不思議な穴がある』と言う投稿が話題に。

・トー横(新宿)のダンジョンがSNSで話題になったのは5時4分。

・午前7時には日本政府が緊急事態宣言を発令。

ーーー


 と、ここまでがダンジョン出現に関する情報だ。


 この情報事態に大した意味は無いが、俺がダンジョンらしき所に迷い込んだのは0時ほどだっただろうか。 

 正確な時間は覚えていないが、大祐をタクシーに乗せたのが12時前ぐらいだったはずだ。


 ちなみにだが、東京でダンジョンが発見された場所は、トー横の他に、皇居、東京駅、池袋、品川、上野、有楽町、中野、国分寺、立川昭和記念公園だ。

 どれも目立った場所にある様で、直ぐに人に見つけられたと言う。


 まあ、ここらは警察が警備していて入る事が出来なさそうだとネットには書いてあった。


 話が逸れた。ダンジョンの情報はこれだけでは無く、ステータスやダンジョン内などの情報も書き込みにはあった。


 その中で一番驚いたのが、魔法の動画だ。〈暗殺者〉で〈付与魔法(毒)〉があること自体は知っていたが、ファンタジーでよくある火球を手から出している映像は、恥ずかしながら心惹かれるものがある。


 どうやらその投稿主は〈魔法使い〉と言う職業に就いた様で、〈火魔法〉の他に〈魔素回復上昇〉と言うスキルを持っているようだ。


 二つのスキルしかないってことは『☆』が付いていない職業である事が分かる。


 そして、この投稿主のツイートの中で一番目を引いたのが、ダンジョン内の様子を描いたツイートだった。

 この投稿主はダンジョンの内部に入るとゴブリンに出会ったと言う。単体でしか出会っていない所からして投稿主はまだ2階層には行っていないようだった。


 それはともかく、このツイートで分かるのはダンジョンの1階層ではゴブリンが主に出てくると言う事だ。

 俺も最初に出会ったのはゴブリンだったし、ダンジョンの1階層では固定でゴブリンが出てくるのかもしれない。


 まあ、この一つのツイートだけでは分からない事だし、推測の域は出ないだろう。

 しかしながら、時間が経てば有志の人達が明らかにしてくれる事なので、ゆっくり待つことにした。


 思考をいったん切り、俺は机の上に置いてあるコーヒーカップを手に取り一口すする。

 入ってきた時よりも空いた店内を一望しながら、追加のコーヒーを店員に頼んだ。


 さて、ここまで一旦調べたが、これから俺の行動指針について考えるか。まず、俺の目標を何処にするかだ。


 まず第一に思いついた目標はお金だ。

 しかし、お金に関しては前の宗教詐欺で合法薬物(今は違法)を使用した結果、数百億ほどは稼いでしまった。


 大々的にやったからそれだけ稼げたと言う事もあるのだが、合法的にやっても100億ほどならば10年もあれば達成など余裕だと過去の経験から言える。

 と、考えればお金に関しては目標としてつまらない。必ずできる事を目標にしてしまってはやる気が沸かない。


 っとなれば、だ。お金とは正反対の目標にしてみるのもいいかもしれない。お金稼ぎの反対とは慈善団体だろうか?でも、俺が慈善など笑い話にもならない。っとなれば、お金は得ながらも社会に貢献するような宗教団体か?


 んー悪くは無い。悪くは無いのだが、もう一癖が欲しい。……そうだ!ダンジョンを攻略する宗教団体と言うのも悪くない。〈流転回帰〉のスキルも発動することだし、それならば面白くなりそうだ。


 よし、目標が決まった。ダンジョン攻略で世界1位の団体になる事。これが目標だ。

 さて、目標が決まれば、次は宗教団体の名前と戒律などを決めるか。


 まず名前なのだが、ダンジョン攻略を一番とする事から、ダンジョン真理教とか?なんだかサリンとか炭そ菌とかばら撒きそうな名前してるな。


 『その時私は、いつもの修行プログラムを終え、瞑想に入っていた。いつもと違う、何かが違う。目を閉じているのにもかかわらず額から眩いばかりの閃光が入ってきた。瞬間的に尾てい骨から頭頂に向かって、神秘のエネルギーが沸き上がったと思うや否や、ゴム毬の様に体が跳ねだした』だったっけ。

 友達にこれを言ったら爆笑された。ああ、懐かしい記憶だ。

 閑話休題。


 それはさておき、名前は何にしよう。ラビリンス教とかも良いのだろうけど、政府がダンジョンと呼称したぐらいだ。ダンジョンを使った名前の方がいいよな。

 ……そうだな『ダンジョン教会』とかはどうだろうか?馬鹿でも分かりやすいし、良い名前なのでは無いだろうか。


 さて、名前は決まった。次は戒律とかを考えていくか。


 まず、ダンジョンを攻略は絶対に外せない。

 そして、なるべく多くの信者を得る為に、ポピュラーにしなければならない。

 厳しい教えや罰則などは控えて、みんなに良い行いをしていると思わせなければならない。

 みんな大好きな『正義』と言うヤツだ。


 そして、社会貢献をすることで大衆を味方につけられれば、一気に信徒も増えるだろう。

 よし、これで大体の方針は着いたのだが、ここからが時間と労力のかかる作業だ。


 俺は席を立つと会計を済ませて店を出た。一応トー横のダンジョンの様子を見てみたが、変わらずの警察官たちで溢れている。


 そして、ゴジラオードを戻り、都道302号線に出ると、タクシーの大行列になっている脇道で、タクシーに乗った。



~~~



 タクシーで揺られる事30分で、目的地である港区に着いた。前にも言ったように、俺は捕まる前までここに住んでいた。もちろん知人も多くいて、そのうちの一人に用があってここまで来たのだ。


 1つのビルのエントランスでインターホンを鳴らす。流石は港区のマンションで殆どがエントランスに鍵が付いている。


 彼は何回もインターフォンから出ないので、何十回とインターフォン連打する。これも彼に会うためのいつもの行為で、デフォルトと言えば、デフォルトだ。


 1分ぐらいインターフォンを流し続けていると、やっと彼が出た。


『えーっと、どちらさんですか?』


 けだるげな声がインターフォン越しに聞こえてくる。相変わらずの調子にちょっと嬉しわらいしそうになるがグッと我慢する。


『涼太、水橋だ。開けてくれ』

『水橋…?えええ!、水橋!』


 どうやら思い出してくれたらしい。こいつは人の名前とか覚えるのが苦手なタイプだから、ワンチャン忘れているのかとドキドキしていた。


『正吾、入っていいよ』


 そう言われてガラスの扉が開いた。

 俺は直ぐに入るとエレベーターで6階まで行く。そして、604号室の扉の前に立つと、インターフォンを押した。


 ドタドタと足音に混じり缶の転がる音までもが聞こえている。ガチャと扉が開くと、懐かしの涼太の顔がそこにあった。


「久しぶりだな涼太」

「ああ、正吾は出所したんだね。おめでとう。まあ、まずは中に入ってくれ」


 そう言われて扉を大きく開けた涼太の後ろには、ゴミ袋やビール缶がとっ散らかっている。


 相変わらずのゴミ屋敷に俺は呆れながらも、変わっていない事に内心ほっとした。


 部屋の中に入ると、色々な臭いがする。床には、ペットボトルを始めとして、弁当用のプラスチックやカップらメーンがあった…………え?まって、このカップラーメン、汁残ってるじゃん!


 俺は後でハウスキーパーを勝手に呼ぶことを決意に、足の踏み場のない廊下を通る。


 最奥であり、彼のメイン生活スペースである場所に着いた。そこはベッドと6つのモニターが置いてある部屋だ。

 電気すらついていない部屋にモニターだけの光が部屋を煌々と照らす。しかし、流石に暗いので無許可で電気を点けた。

 つけた瞬間に涼太の『ギャ!』と言う浄化された時の様な声がしたが、俺は気にせずにベットに座る。


「それでさ、正吾は何しに来たの?」


 椅子に座った涼太はL座りをしている。昔は憧れで始めたとか言っていたが、今ではそれに迫るほどの実力を身につけている為に容易に笑えない。


「今回はお願いであり、依頼として持ってきた話があるんだけど……聞く?」

「…どうせ正吾が持ってくる話だったらなんでも請け負うよ。流石に犯罪とかは勘弁だけど」

「分かってるって。あんなへまはもう踏まないから。それで今回の依頼なんだけど……その前に涼太はダンジョンって分かる?」

「うん、今日の朝からネットではその話しか聞かないね」

「それでね、今回の話なんだけど、ダンジョンを使って新たな宗教を立ち上げようと思うんだ」

「…また宗教?」

「うん、と言っても前みたいに犯罪ギリギリ(アウト)の行為をする訳じゃない」

「じゃあ、どんなの?」

「…今回のさ、ダンジョンは俺にとっては起死回生のチャンスでもある。そして何より、世界のだれもが支配できていないブルーオーシャンでもあるんだ。こんなの金の生る木と等価と言っても差し支えは無い」

「確かに……」

「それに、なんといってもダンジョンなんて楽しそうじゃないか?」

「……」


 俺はチラリと涼太の顔色をうかがう。涼太は相変わらず表情や体のサインから心が読みやすい。

 今の感情は、期待とワクワク、それに少しの恐怖だろうか?でも、確実に涼太はダンジョンに興味を示している。


 あと一押しだな。


「俺たちがダンジョンを楽しむためには、まずダンジョンの解放を求めなければならない」

「確かに」

「今回は緊急事態宣言と共に、国が即座にダンジョンの規制法律を作っている事だろう。その内容がどんなものになるにせよ一般人は規制される」

「……」

「そこで、俺が涼太に頼みたいことは、SNSによる情報操作と認知戦だ」

「……なるほどね。正吾の言いたいことは分かったよ。確かに僕にお似合いの依頼と言って良い」

「それで、涼太はやってくれる?」

「うん、面白そうだし。僕もダンジョンに入ってみたい」


 よし!涼太を味方につける事が出来た。これは1万人以上の人間を味方につけたのと同義と言って良い。

 それから何時間か作戦会議をした俺は時間も遅くなることだし、涼太の家を後にした。それとハウスキーパーに明日家を片付ける様に依頼しておくことは忘れない。




オウム真理教

 みんなご存じのオウム真理教。地下鉄サリン事件は皆の知っている所だとは思うが、それ以外にもバイオ兵器である炭そ菌や、コピーAKを作ってたりしていた。


ブルーオーシャン

 ブルーオーシャンとは、ビジネス書で書かれた例え。競争が激しい市場を『レッドオーシャン』とし、まだ競争の無い未開拓市場を『ブルーオーシャン』と例えた。


認知戦

 認知戦とは、人の考え方にある『認知』を巡る戦争形態の総称。最近出て来た言葉として、テレビやネットニュースに多く取り上げられている。



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