第五十二話 アメリカでの実践テスト
キャサリンとの商談から2週間後。
前回の会談で、アメリカは3分の2の条件を受け入れてくれた。
さすがに武器の開発は断られてしまったものの、俺としては上々の成果だ。
もともとアメリカでの実践テストができれば良いと思っていたが、生産まで許可が下りるとは予想外だった。
もしこれが日本なら、生産どころか実践テストさえ許可されなかっただろう。
自由の国サイコー!
なんて心の中で叫んでいるが、俺が今いるのは上空30,000フィート。
真下にはその自由の国……アメリカの大地が広がっている。
「セイント様、スイキョウ様、リョウ様。そろそろ着陸しますので、シートベルトの着用をお願いします」
軍服を着た軍人が、流暢な日本語で話しかけてきた。
見た目は完全な白人のアメリカ人だが、これほどきれいな日本語を話せるのには驚かされる。
「分かりました」
玲奈が優しく返事をすると、軍人は頬を赤く染めた。
流石は玲奈。外国人だろうが関係なく虜にするとは……罪な女だぜ。
そんな冗談を頭の中で思い浮かべているうちに、飛行機は高度をどんどん下げていく。
「ね、ねえスイキョウ。この飛行機落ちたりしないよね?」
不安そうに小声で聞いてきたのは、リョウこと涼太だ。
ちゃんと女装していて見た目は可愛い。
涼太の地声はもともと高いので、ちょっと低めの女越えとして十分に通る。
そんな涼太だが、飛行機に乗るのは初めてのようで、知識では安全だと分かっていても恐怖は拭えないらしい。
びくびくと怯える様子はまるで小動物のようだ。
「大丈夫でしょう。ここに居る人たちは全員プロですから」
それに、もし墜落しても俺と玲奈は生き残れる。もしも死んだとしても玲奈の〈死者蘇生〉で涼太を蘇らせることもできる。
『これから着陸態勢に入ります。シートベルトをお締めください』
英語でアナウンスが流れた直後、飛行機の揺れが増し、高度がぐんぐんと下がっていく。
やがて、俺たちはついに人生初めてのアメリカの地を踏んだ。
~~~
飛行機は無事に着陸し、俺たちは軍空港のクリーチ空軍基地に到着した。
ここはネバダ州にある空軍基地で、かの有名なエリア51からたった70キロしか離れていない。
背丈ほどの草は一切なく、乾いた土が舞い上がる荒涼とした土地だ。冬とはいえ、熱気が肌を刺す。
「もう秋だというのに暑いな」
太陽の容赦ない照りつけが水分を奪っていく。こんな場所に人が住めるのかと思うが、現実にここに住む人々がいる。
まったく人間のたくましさには、頭が下がる気分だ。
乾いた土ぼこりを巻き上げながら、1台の車が俺たちの前で停車する。
車は軍用ではなく、高級感漂う長い黒塗りのセダンだ。
運転手が後部座席のドアを開けると、中からがっちりとした男が姿を現した。年齢は60を超えているだろう。
白髪に白い口ひげをたくわえ、鋭い目つきからは軍人たる矜持がうかがえる。
アメリカの階級章は分からないが、最低でも士官クラス。最大で将軍クラスの人間だろう。
「Welcome to America! I'm johnny hawkins, Lieutenant General of the Army. Nice to meet you」
ジョニーと名乗る男は、見た目とは裏腹にフレンドリーな口調だった。
「Same here. I'm Saint. Great to meet you」
玲奈もナチュラルな英語で応じる。日本人が英語を苦手とするのは世界的にも有名だ。
そんな玲奈が流暢に返事をしたことに、ジョニーは驚き、さらに笑顔を見せた。
「いやー、驚いたよ。Miss.セイントは日本人だろ?それなのに流暢な英語だ」
「いえいえ、まだまだですよ。日常会話程度が限界です」
そんな会話の応酬をしながらも、ジョニーは1人1人と握手をしていく。
「私はスイキョウです。今回は聖女セイント様の従者兼、今回の人型兵器の解説をさせていただきます」
「Miss.スイキョウか。よろしくな」
挨拶を交わした直後、ジョニーの視線が俺たちの後方に釘付けになる。
そこには飛行機から降ろされているディアノゴスの姿があった。
「おお!あれが例の人型兵器か!」
前回の起動テストからいくつか改良を施したため、若干デザインが変わっている。
アメリカに持ち込むことを考慮して白いカラーリングも施し、以前よりもかっこよくなった。
「こちらは我々ダンジョン教会が開発した人型兵器です。何か質問があれば私にお聞きください」
俺は一歩前に出て説明役を務める。玲奈にはディアノゴスの技術的な説明は難しいし、涼太は人見知りが激しすぎて話にならない。
だから俺が前に出るしかないのだ。
「…そうか!では…」
「閣下、それより前に」
「ああ、そうだったな。Missセイント、こちらへ」
ジョニーは車のドアを開け、俺たちをエスコートした。
こう言ったエスコートは日本にはなくて新鮮だ。さすがは異民族国家なだけはある。紳士の血は少なからずとも流れているようだ。
俺たちは車に乗り込み、ディアノゴスを運ぶトラックと共に移動を開始した。
〜〜〜
舗装もされていない道をサスペンションに任せて10分ほど走ると、車がガタンと揺れて停車した。
ドアを開けたジョニーが、俺たちを見回しながら言う。
「ここだ」
そうジョニーから言われて車から降ろされると、そこには空港の姿すら見えないただの平原が広がっていた。
アメリカとは世界一の経済大国ではあるが、流石に全てが全て発展している訳じゃない。
中には今いる場所の様に、核戦争で焼け野原になった場所か、それとも火星か見分けがつかない様な場所もある。
「(何もねぇ……)」
ここまで来る道中もひどい砂ぼこりだったが、これほど何もない場所は初めて見た。
俺たちが下車すると、トラックからディアノゴスも慎重に降ろされる。
周囲には車のエンジン音以外は何も聞こえず、ただ静寂が支配していた。
「Missセイント、早速で悪いが人型兵器の準備を頼む」
「分かりました。……スイキョウ、リョウ。準備をお願い」
玲奈が俺たちに声をかける。俺はその指示を受け、無言でうなずいた。
もっとも、ディアノゴスの準備自体はほとんど完了している。
輸送時にはすでに待機姿勢で固定されていたため、起動するだけの状態だ。
唯一の作業といえば、俺が『パイロットスーツ』に着替えることぐらい。
俺は車の陰に移動して、スーツに着替える準備をする。
完全に女体の姿になっているが、別に見られても困るわけじゃない。
だけども、普通の女子ならば、着替えは隠れて行うだろう。なるべく男とバレたくない俺は、普通の女子として見えるように、普通の女子を演じる。
「……やれやれ、……しかし、涼太の趣味も分からん」
このパイロットスーツは涼太が設計し、ミスリル繊維を織り込んだ特注品だ。
涼太曰く『魔素の伝導性が向上し、金属製だからそれなりに防御力もある』とのことだが、俺からすれば過剰装備にしか見えない。
スイキョウ専用に作られているパイロットスーツは黒色をベースとしていて、男ならかっこいいと感じるが、涼太から『それを男の状態できたらキリトだねw』って言われた。
ちなみに、玲奈がもしもパイロットスーツを着るとするならば、白色になる事だろう。そうなると、玲奈はアスナになる訳だ。
そのことを考えたら内心笑ってしまった事は内緒である。
俺は一人でその光景を想像し、内心で笑いを堪えながらスーツを着終えた。
フィット感は抜群だし、妙に動きやすい。デザインがどうであれ、着心地の良さは評価できる。
「スイキョウ、準備できた?」
通信機越しに涼太の声が入る。
「ええ、いつでも行けます」
「よし、システムも準備完了したからいつでも行けるよ」
「分かりました」
俺は準備が出来たことを玲奈に耳打ちをする。
「セイント様、準備が出来ました」
「分かりました。…Mr.ジョニー。準備が出来た様です」
「おお、そうか!では早速お願いできるか?ああ、それとコチラで実践テストの録画をしたい。構わないか?」
「はい、構いません。私たちの方でもデータを撮っていますので、よろしければ後日送りましょうか?」
「それはありがたい!」
「では、そういう事で。……スイキョウ、後は宜しくね」
「はい。仰せのままに」
恭しく頭を下げると、俺はディアノゴスの方に向かっていき、待機状態にあるディアノゴスの背中に飛び乗った。
そこからコックピットを露出させ乗り込んでいく。
まだ電源がついていないせいで真っ暗なコックピットに乗り込んだ俺は、イヤホン型通信機に話しかけた。
「……こちらスイキョウ。現在において異常なし」
『分かりました。Mr.ジョニー開始してもよろしいでしょうか?………ではリョウ、開始してください』
『うん、分かった。……スイキョウ、今から実践テストを開始するね。ディアノゴスの起動まで進めて』
「分かりました。ディアノゴスを起動します」
俺は言われた通りにディアノゴスを起動させる準備に移る。
最初に電源スイッチを押し、続いて3つのスイッチを上げる。すると、ディスプレイに電源が付き、第一電源が付いたことを確認した。
次に、システムにアクセスするために生体認証をする。指紋認証、網膜認証、パスワード。すべてクリアすると、システムにやっとログインできた。
システムがオンラインになると、続けて初期動力として俺の魔素が少し吸われる。
始動エネルギーを確保した事で、サブエンジンである頭部の魔石純エネルギー炉を点火した。
振動などは一切ないが、サブモニターで軌道を確認すると、続いて腹部にある魔石純エネルギー炉を稼働させた。
2つのエンジンが正常に作動した事を確認した俺は、涼太に報告する。
「…こちらスイキョウ。無事2つのエンジンが起動しました。続いてACSを起動します」
俺はACS(Arcane Calculation Script)魔道演算スクリプトを起動させる。
魔石純エネルギー炉の60%のエネルギーを使用するACSは3つの魔法から構築されている。
まず一つ目の重量魔法が作動し、42トンの機体重量が20トン前後にまで軽減される。
次に二つ目の魔法がミスリル素材の強度、耐久力、そして魔素伝導性を高めた。
最後に三つ目の魔法が作動した瞬間、俺とディアノゴスがリンクするような感覚が体を包む。
自分とディアノゴスが交わっていき、まるで一体化したかのような感覚になった。
最初の起動テストから3つ目の魔法には改良が施した様で、よりリンク率が上がって違和感が軽減されている。
すべての起動が終わった事を確認した俺は、涼太に報告する。
「……こちらスイキョウ。すべての起動が終了しました」
『分かった。一度そのまま待機ね』
~~~
僕は正吾から起動完了の連絡を受け、玲奈さんのもとに報告に向かった。
「セイントさん、起動が完了しました」
「報告ありがとうね、リョウ。…Mr.ジョニー、ディアノゴスの起動が完了しました。次に実践テストに移りたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「…これが本当に…、ああ頼む」
「分かりました。リョウ、続けて実践テストに移ってください」
玲奈さんからGOサインをもらい、僕はイヤホン型通信機で正吾に『セイントさんからOKが出た。実践テストに移っていいよ』と伝えた。
すぐに簡潔な返事が返ってきたあと、ディアノゴスが待機姿勢から立ち上がる。
僕はタブレットに映るデータを確認しながら、実際の目でもディアノゴスの動きを観察する。
データでは問題がなくとも、実際に稼働させると見えない不具合が発生することは少なくない。
『事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きている』と言うのはよく聞く言葉だが、それはこういう場面にも当てはまる。
『では、これから歩行テスト、走行テストを行います』
正吾の声が通信機から響いた。
ディアノゴスの各所に魔素が流れ込み、ミスリル繊維が稼働する。一歩踏み出した瞬間、地面がドシンと揺れる。
だが、10メートルもの鉄の塊にしては揺れが少ない。さらに2歩、3歩と歩き出したディアノゴスは、巨大な人型機動兵器であることを忘れるほど安定した動きを見せていた。
「うん、バランサーシステムはしっかり機能しているね。ミスリル金繊維も正常稼働しているし……今のところ問題なし」
各センサーから送られる情報もすべて正常値。
しかし、まだ実践テストの第一段階だ。なにごとにも油断は禁物。
『こちらスイキョウ。歩行に問題なし。魔石純エネルギー炉も安定しています』
「了解。じゃあ次は走行テストに移って」
『分かりました。走行テストに移行します』
ディアノゴスが一時停止する。
一見するとただ止まっているだけのように見えるが、実際には魔石純エネルギー炉がフル稼働して、各部に魔素を送り込んでいる。
そして、魔石純エネルギー炉の稼働率が100%に到達した瞬間、ディアノゴスは地面を強く蹴り出した。
轟音とともに地面がへこみ、振動が周囲に伝わる。わずか3歩で時速40キロを突破し、その後も加速を続ける。5歩目で60キロ、10歩目には80キロに到達した。だが、それ以上のスピードは急激に伸び悩む。
「……これは80キロが限界か」
10メートル20トンの物体が時速80キロで走るのは、速い部類ではある。しかし、戦車の速度と大差ない。
『こちらスイキョウ。一時停止する』
「了解。何か不具合は?」
『……ミスリル金繊維の消耗が激しいです。それと魔石純エネルギー炉の残量が70%を切りました』
「予想通りだな。やっぱりそこがネックか」
ミスリル金繊維には油圧システムより優れた素早さと精密な反応能力があるが、耐久性には課題がある。
激しい動作を繰り返すとダメージを受けるのだ。魔道演算スクリプトである程度補強しているものの、それでも限界がある。
さらに魔石純エネルギー炉にも問題があった。
歩行のような低出力運用では3時間程度持つが、激しい動作ではエネルギー消耗が激しい。
たった1分走っただけで、2割以上のエネルギーを消費してしまった。
そして、もう一つはトップスピードの問題だ。
理論上は時速120キロの出力が可能なはずだったが、実際には空気抵抗が大きく効率が悪い。
特に人型兵器は車や飛行機とは異なり、空気抵抗を受けやすい形状だ。
「分かっていたけど、改善が必要だな」
問題は浮き彫りになったが、良かった点もある。それがバランサーシステムの完成度だ。
あれだけ激しく動いても転倒の気配すらなかった。
「まあ、実践テストは問題を炙り出すのが目的だからな。ポジティブに考えよう」
自分をそう励ましつつ、僕は正吾に次の命令を送る。
「スイキョウ、歩行テストと走行テストは終了。次は耐久テストに移る。魔石純エネルギー炉を切って、パイロット魔素吸気システムに切り替えて」
『了解。魔石純エネルギー炉を停止します。……パイロット魔素吸気システムに自動切り替え完了。すべて正常です』
「じゃあ少し待機してて。セイントさんに伝えてくる」
少し離れた場所でジョニーと話している玲奈さんのところへ向かい、現状を報告する。
「セイントさん、歩行テストと走行テストが終了しました。これから耐久テストに移りたいと思いますが、よろしいですか?」
「分かりました。良いでしょう。……Mr.ジョニー、少しこの場から離れてください」
耐久テストには当然、危険が伴う。最悪の場合、爆発の可能性も否定できない。
玲奈さんなら耐えられるだろうが、ジョニーや周囲の軍関係者たちには無理だ。
「Miss.セイント、了解だ。どこまで離れればいい?」
「そうですね。車の後ろぐらいですかね」
「OKだ。全員そこまで下がらせる」
「ありがとうございます」
ジョニーが軍人に指示を出し、全員が車の後ろに退避する。
全員が安全な場所に下がったことを確認し、僕は正吾に伝えた。
「スイキョウ、全員退避完了」
『了解。これから耐久テストを開始します』
通信の後、何かに阻まれるように通信が途切れ、リアルタイムで計測していた計器が一瞬にして振り切れた。