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閑話 アメリカの反応




『皆様、おはようございます。この飛行機はNNA航空、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港行き、125便でございます』


 私はビジネスクラスの座席に身を預け、提供されたコーヒーを一口含む。苦みが喉を滑り、わずかに神経を落ち着かせた。

 だが、これから12時間のフライトが控えているせいか、それとも、アメリカに持ち帰る話題の重さのせいなのか、ため息が漏れてしまう。



~~~



「で、緊急の話とは何だね、キャサリン・マリー・ミラー君」


 目の前にいるのは私の上司、局長だ。


 局長の声はいつもより低かった。眼鏡越しの視線が私を射抜く。

 脂ぎった額と不躾な目つきは相変わらずだが、今この瞬間だけは職業的な怪物としての顔をしていた。


「君には日本でダンジョン教会の監視任務を与えていた。どうやら、ただの宗教団体ではなかったらしいな?」


 私の急な帰国に嫌味を言ってくる局長だったが、私はその嫌味に耐えつつも報告をする。


「はい。そのダンジョン教会について、極秘かつ緊急の報告があります。私のレベルでは到底判断できない内容ですので、CIA長官かそれ以上に伝えるべきかと判断して一時帰国しました」


 私は、カバンからフライト中に作成した報告書を差し出す。

 報告書を受け取った局長は素早く目を通していくが、資料だけでは伝わらないこともある。念のため口頭でも補足説明する。


「昨日の午後、ダンジョン教会から接触がありました。当初は聖女セイントが話し相手だと思っていましたが、実際に交渉を持ちかけてきたのは、スイキョウという従者の女性でした」


 私はスイキョウの顔写真を出す。

 局長は一瞬写真を見たが、直ぐに報告書に目線を落とした。


「それで、スイキョウ?だったか?そいつが持つ出した交渉はなんだ?」

「はい、交渉の内容といたしましては、我々合衆国に対する武器の輸出です」


 私の言葉に、局長の顔つきが一変する。軽薄な笑みは消え、鋭い視線に変わった。


「武器の輸出、だと? たかが数人の宗教団体が、アメリカに何を売ろうというんだ?」

「報告書の4ページをご覧ください。これがダンジョン教会から提供された新兵器の設計図です」

「……これはなんだね? 日本製のガンプラでも持ち込んだのか?」

「いえ、実在する兵器です。まだテスト段階ではありますが、確実に存在しています」


 局長は、人型兵器の設計図に目を落とし、眉をひそめた。


「しかし、肝心なエンジンや電子制御の部分が抜けているではないか」

「そこがダンジョン教会側の条件です。エンジンとブラックボックスと呼ばれる電子機器は輸入品として扱いたいとのことです。それ以外の技術情報は全面開示されています」

「ふん、なんとも突拍子もない話だ。……こんな紙切れ一枚で信用しろと言われてもな」


 局長の言葉に同感のも思いを抱く。

 私ですら100%信じられていないのに、直接話しても居ない局長が信じるのは、到底無理なこと。

 しかし、信じられなくともスイキョウ側が、信じるに値する対価を差し出してくれている。


「そこで、もう一つの提案があります。報告書の6ページをご覧ください。ダンジョン教会側は、アメリカ国内での稼働テストを希望しています。その際、我々アメリカ側の見学も全面的に許可するとのことです」


 局長はじっと報告書を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。


「……分かった。これは大統領まで報告する案件だな」

「え? 大統領までですか?」


 CIA長官レベルの話で済むと思っていた私は、局長の言葉に驚いた。


「極東のダンジョン教会には大統領も興味津々だ。くだらない話なら論外だが、今回の件は十分価値がある」


 そう言って局長は電話を取り、ボタンを押した。


「CIA長官に繋いでくれ」



~~~


Bブロック


 資料を胸に抱え、私は緊張で強張った指先を無理やり動かす。

 午前中から準備に追われ、気づけば午後4時55分。会議開始はもう目の前だ。


 すでに国防長官や国務長官といったお偉いさんたちが席についている。場内には適度な冷房が効いているはずだが、緊張のせいで汗がじっとりと背中を伝う。


 そして……。

 SPと秘書を引き連れ、堂々と入室する人物。テレビでは何度も見た事のある人物、レイモンド大統領が姿を現した。その鋭い視線に射抜かれ、私は背筋を伸ばさざるを得ない。


 そして私は、深呼吸して会議の開始を宣言した。


「……では、レイモンド大統領も到着されましたので、プレゼンを始めさせていただきます」


 緊張からか、少し声が震えていた。

 しかし、彼らはそんな事を気にすることなく、私の次の言葉をただ静かに待っている。


「今回の議題は、日本における未確認技術、およびそれを有する組織との接触報告です。資料の1ページをご覧ください。まずは対象となる組織、通称『ダンジョン教会』について」


 私は指を走らせ、彼らの目の前に置かれた資料をページごとに辿る。


「ダンジョン教会は、突如日本に出現した異常空間『ダンジョン』に関与すると見られる新興勢力です。一見宗教団体に見えますが、実態は国家レベルのテクノロジーを有した独立技術組織です」


 数名の閣僚が顔を見合わせたのを確認し、私は次のページへ。


「続いて、ダンジョン教会が提示してきたのがこちらです」


 私はプロジェクターを切り替える。そして、そのプロジェクターには、巨大なシルエットが現れた。


「こちらの画像に映る人型兵器の名前は『ディアノゴス』と言います。全高10メートル、重量42トン。完全人型歩行兵器です」

「……なんだと?」


 重く静かなざわめきが広がる中、国防長官が資料を睨みつけるように見つめた。


「この兵器は、我々が日本で確認した起動試験の映像と共に、ダンジョン教会側から非正式に提供された技術情報に基づいています。では、こちらをご覧ください」


 私はリモコンを押し、動画を再生する。

 山奥をゆっくりと歩行する巨大なロボットの姿。各関節が自然に可動し、バランスを保ちながら一歩ずつ歩行していく姿に、誰もが言葉を失った。


「……CGじゃないのか?」


 誰かが溢れるように呟いた言葉に、私は頷く。


「その可能性も考慮しましたが、極めて現実的なノイズ・振動・接地反応が映像に含まれており、フェイクである可能性は低いと判断しています。3ページをご覧ください」


 私は、資料の3ページ目を見るように促す。


「映像の真偽は、彼らが提示したもう一つの条件『アメリカ国内での実践テスト』により、我々自身で検証可能です。しかも、視察と観察を全面的に認めています」


 その瞬間、大統領が小さく手を挙げた。

 しかし、その手は私が経験してきたどんな手よりも大きく感じる。


「その人型兵器……仮に実在するとして、我々に何を求めている?」

「はい。それは4ページに記載されています」


 全員がページをめくったことを確認した私は、説明を続ける。


「……ダンジョン教会の提案は、以下の3点に集約されます」


 プロジェクターの画面を変えて、4ページ目と同じものを表示させた。


「先ほど説明しましたが、一つ目の条件は、アメリカ国内でのディアノゴス実践テストによる稼働テストとデータ収集協力です」


 これは先ほど軽く触れたので、詳細説明を飛ばして次の説明に入る。


「二つ目ですが、エンジン・制御コア技術を除いた兵器本体の生産です。これに関しては、7ページ、8ページに設計図とカタログスペックが載ってあります」


 一応設計図は載せているものの、専門性が高すぎて私から詳細な説明はできない。なので、次の説明に移った。


「そして最後ですが、三つ目は人型兵器ディアノゴスに適合する兵器の開発です」


 私の言葉に、大統領は不可解な声で質問をしてきた。


「すまないが、この人型兵器に合う武器を作れ。そう言っていると認識していいんだな?」

「はい。ダンジョン教会からはそのように伺っています」

「……ふむ。もしもこれらに関して断った場合、どうなると思うかねキャサリン君?」


 大統領に名前を呼ばれた事に内心動揺しながらも、平然を装って回答した。


「もしも断った場合、彼らはこの技術を別の国に提供する可能性もあると示唆しています」

「……まさか中国やロシアに?」

「可能性は否定できません。現状、ダンジョン教会はどの国にも帰属せず、完全に独立しています。彼らの目的は国家間の軍事バランスではなく、未知の脅威への備えとのことです」


 私は、会議室全体に視線を配りながら締めくくった。


 大統領が腕を組んだまま、一瞬目を閉じる。そして一拍の後、重い口を開いた。


「……人型兵器。軍部では笑い話にもならんアイディアだったが、実在するなら見逃せん。よろしい、テストと生産に関しては協力しよう。ただし、兵装の開発には慎重を期すこと。それが条件だ」


 その言葉に私は深く頭を下げた。

 汗ばむ背中が、少しだけ冷えていくのを感じた。



~~~



 翌日の夜。アメリカ側からの回答を携えて、再び私は日本へ向かうことになった。


 メールでも済む話ではあったが、こういう重要な交渉はやはり対面の方が効果的だ。特に、ダンジョン教会のスイキョウは一筋縄ではいかなそうな人物なので、より重要度は高いだろう。


 予約しておいた高級レストランの個室に足を踏み入れると、すでにスイキョウが席についていた。


 相変わらず黒いジャージにポニーテールという無骨な姿。

 ここのドレスコードはどうやって突破したのだろうか? それとも、彼の存在感があまりにも異質すぎて誰も注意できなかったのだろうか?

 どちらかは分からないが、私は気にしない事にして、スイキョウの対面の席に座った。


「こんばんは、スイキョウさん」

「キャサリンさんもこんばんは」


 二人で簡単な挨拶を交わし、しっかりと握手をする。

 こういった地味な所作こそ、印象を良くするためには重要だ。銀行時代に叩き込まれた基本の一つである。


「それで、キャサリンさん。今日は例の件が受け入れられたと考えて良いのですか?」

「ええ、アメリカ側からの回答ですが……」


 私は一拍置いてから続ける。


「人型兵器の武器開発については見送りという決定です。しかし、それ以外の条件、つまり実践テストの承認とアメリカでの人型兵器の生産は受け入れるとの回答をいただきました」


 スイキョウは微かに口角を上げた。


「そうですか。それは良かったです。今日は良いご飯が食べられそうで」


 無表情で淡々と言う彼の言葉に、私は苦笑を漏らした。


「それにしても、やはりあなたは風変わりな方ですね」

「そうですか? 自覚はありませんが」


 一国を動かすような話なのに、あまりにも自然体でメニュー表を開いている。

 そんな人物がそうそう居てたまるか。と思うキャサリンだが、同族は引き合うのだろうか?驚いたことに、聖女セイントの他にも、もう1人居た。


 そんな事に驚きながらも私の中では少しだけ疑問がある。いや、違和感と言うべきであろうか?


「スイキョウさん、なぜそこまで人型兵器の実践テストにこだわったんですか? あなた方にとってリスクもあるはずでしょう」


 ダンジョン教会が人型兵器を作っているとバレること自体がリスクを孕んでいる。それこそ、国家間の問題にも発展しかねない様な代物でもあるのだ。

 故に、好奇心から聞きたくなってしまった。


 しかし、私の好奇心とは対照的に、スイキョウはメニューに視線を落としたまま、淡々と答えた。


「世界が変わりつつあるからです」

「……変わる?」

「ええ、ダンジョンが現れたことで、我々の常識は崩れつつあります。これから先、何が起こるか分からない。もしも何かが起こったとき、それに対応できる技術は多い方がいいでしょう」


 その言葉は重みを帯びていた。私たちが理解しきれていない未来を見据えているような、確信に満ちた声だった。




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