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第五十一話 アメリカ合衆国との取引




 ディアノゴスの起動テストから3日後の午後。俺はスイキョウの姿をして、聖女セイントと共に高級ホテルの最上階に居た。


 フロアに優雅なティーセットが並び、壁一面のガラス窓からは短くなった日差しが差し込んでいる。

 聖女セイントが紅茶を口に運ぶその姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。


 そんな時、3回のノック音が室内に響いた。


 お付の役割を担う俺はドアを開ける。そこに立っていたのは、3度目の対面となるキャサリンだった。


「…キャサリンさん、こちらへどうぞ」


 俺は聖女セイントの向かい側の席を引き、彼女を案内する。


「ありがとうございます」


 緊張した面持ちで席に座ったキャサリンは、出された紅茶に目もくれず、聖女セイントを見つめている。


「今日は私からのお声がけに応じてくださり、ありがとうございます」

「いえいえ、貴方との関係は合衆国にとって最優先事項ですから」

「それは光栄ですね」


 形式的な挨拶に過ぎない言葉にも、完全に玲奈のペースに巻き込まれているのが分かる。


「ですが、本日の話は私からではありません」

「…? どういうことでしょうか?」


 キャサリンが不思議そうな顔をして室内を見渡す。どうやら話し相手となる『人物』を探しているようだ。

 だが、俺には一切目を向けない。完全に『従者』扱いされているのが見て取れた。


「ふふ、心配しないでください。マフィアでも出てくるわけではありませんよ。話があるのは、私の従者であるスイキョウです」

「えっ……スイキョウさん?」


 一瞬だけ驚いた表情を見せるキャサリン。

 だが、さすがはCIAの職員。すぐに顔を引き締めた。


 俺はセイントに頭を下げ、新たに椅子を持ってきて隣に座る。


「こんにちはキャサリンさん。あなたと会うのは3度目ですね。もっとも話をするのは初めてですが」

「ええ、スイキョウさん。よろしくお願いしますね」


 そう言って互いに握手を交わす。

 ここから、神『俺』と狐『キャサリン』との化かし合いが始まるのだ。


「それでスイキョウさん。お話とは何でしょうか?」

「キャサリンさん、少し焦りすぎではありませんか? もっと会話を楽しみましょう」


 俺がにこやかにそう言うと、キャサリンは露骨に嫌な顔をした。


 それも当然だ。以前、玲奈との話し合いでは、世間話を装いながら情報を引き出された経験があるキャサリンだ。

 同じ手を警戒しているのが見て取れる。さすがはCIA職員だ。


「……私とのお茶には、乗り気ではないようですね。仕方がありません。さっそく本題に入るとしましょう」

「ええ、それはありがたいですね」

「今回、キャサリンさんをお呼びしたのは、合衆国への商談と交渉のためです」

「商談と交渉……ですか?」

「ええ。……ところでキャサリンさんはアニメはお好きですか?」


 唐突な質問にキャサリンは言葉を詰まらせたが、すぐに警戒心をあらわにして答えた。


「……一応、日本の文化として触れてはいます」

「それは良かった。話がスムーズに進みそうですね」


 キャサリンは怪訝そうな顔をしたが、俺は気にせず懐からタブレットを取り出した。


「これを見てください」


 タブレットの画面をキャサリンの前に差し出し、1本の動画を再生する。

 そこには10メートルの人型ロボット『ディアノゴス』の起動テストと歩行テストの映像が映し出されていた。


「……っ! スイキョウさん、これは……」

「ええ。キャサリンさんもアニメを知っているなら理解できるでしょう。『人型ロボット』ですよ」


 キャサリンは目を見開き、ディアノゴスの動きに釘付けになっていた。

 再生された動画は約10分。すべて見終えたキャサリンは困惑と驚きの入り混じった表情で俺を見つめる。


「……スイキョウさん、これ、本物なんですか? フェイク映像ではないんですか?」

「はい、これは先日撮った映像です。フェイク映像かを証明する事は難しいですが、私からこの映像は本物であると言わせていただきます」


 この言葉は、ダンジョン教会が責任をもって保証すると言っているのに等しい。

 キャサリンもその言葉を聞いて、嘘ではないと確信した。


「……その言葉を信じましょう。ですが、分かりませんね。なぜこんな映像を私に見せたのですか?人型兵器などフィクションでの話。合理性を考えれば戦闘機や戦車の方が良い。それに今の時代にはミサイルだってあります。なぜ人型兵器なのですか?」


 なかなか鋭い質問をする。

 ロマンたる『人型ロボットを作りたかった』と言えばそれで終了だが、合理的な理由がない訳でも無い。


「良い質問ですね。その理由といたしましてはひとえに『目的』が違うからです」

「…?目的が違う?」

「既存の兵器は大きく2つの目的に分けられます。ひとつは……」

「人を殺すため、ですね」

「ええ、そうです。武器というのは本来、誰かを殺すために作られます。そしてもう一つの目的、兵器や建造物といった物質を壊すために存在している。これまでの世界では、それで十分だった。しかし……」


 俺は意味ありげに言葉を切る。


「世界はもう変わりつつある。我々も兵器もその変化に適応する必要がある」

「それが『人型ロボット』ということですか?」

「はい。その通りです。人型ロボットは変化の一つの形だと思います」


 キャサリンの眉が動く。納得できないという表情だ。


「でもそれでは説明が足りません。なぜ『人型』である必要があるのですか? 戦車と何が違うというのです?」

「それを説明するには、モンスターという存在について話す必要があります」


 俺は再びタブレットを操作し、5階層のボスモンスターであるジェネラルゴブリンの画像を映した。


「現在確認されているモンスターの多くは、既存の兵器で対抗することが難しい。特に、ダンジョン3階層以降では、通常火器類が全く通用しません。それこそ、5階層のボスモンスターともなれば、戦車の主砲でさえ、効き目が薄い事でしょう。

 考えてみてください。人ほどのモンスター相手に戦車の主砲を当てる事が如何に難しいか」


 どんなに優れた最新鋭の戦車でも、時速にして100キロを余裕で突破してくる様なモンスター相手では、狙いが定まるはずがない。

 感覚的には、高速で走るバイクに主砲を当てろと言っているのと同義だ。


「そこで、新たな構想の兵器が必要になる訳です。高速に動く相手に照準をして、高い攻撃力を与える。これらの条件が必須となります。そこで我々が作り出した『ディアノゴス』が有用になる可能性があると言う事です」

「……可能性…ですか」

「ええ、そうです。まだ起動テストが終了した段階で、実戦投入は先のお話になります。それに武装なども日本の法律のせいで、作る事が出来ていません」

「……つまりはアメリカにロボットの銃器類を作って欲しい、そう言う事ですか?」

「ええ、それも1つの事です。ですが、話しはもう少し続きます」


 これだけでは話は終わらない。それではキャサリンを呼んだ意味が無い。


「アメリカには主に3つのことをお願いしたいと思っています」


 俺は指を3本立てた。


「まず一つ目ですが、先ほどキャサリンさんが言ったロボット用の火器類の開発です。これをお願いしたい」

「火器というと……ロボットサイズのアサルトライフルとかですか?」

「はい、それで問題ありません。具体的に何を開発するかはそちらにお任せします」


 俺は説明を終えると、指を1本折り畳んだ。


「次に、このディアノゴスの実践テスト場所の提供と、それに伴う航空機での輸送です。まだテスト段階の機体ですので、日本では十分な試験ができません。そのため、アメリカでのテストを希望しています」


 日本では広大な平地自体が貴重だ。多くの平地はすでに住宅地や都市として利用されている。

 仮に平地が見つかっても、10メートル級の人型ロボットを動かすには相当な広さが必要だ。それこそ、富士演習場ほどの敷地がなければ話にならない。


 さらに日本では法規制が厳しい。兵器のテストなど到底許可されるはずがなかった。アメリカへの依頼は、その現実的な制約を打破するためでもある。


「そして最後ですが……」


 俺は指をもう1本折り畳み、最後の要求を強調した。


「アメリカ合衆国での人型ロボットの生産です」

「……人型ロボットの生産、ですか?」

「ええ。残念ながら、私たちダンジョン教会は資金も知名度もありますが、それに見合う施設や人員が不足しています。どんなに優秀な技術者がいても、限界はありますから」

「……つまり、私たち合衆国に、人型ロボットの生産ラインを担ってほしいと?」

「正確に言うならば、ロボットの生産権を付与するということです」

「生産権の付与?」

「そうです。具体的には設計図を提供します。ただし、ブラックボックスに当たる部分は除外します。とはいえ、その技術もいずれはアメリカに優先的に提供することを検討しています」


 俺の説明に、キャサリンは考え込むように顔を伏せた。強く握りしめた手が緊張を物語っている。


 一方の俺は内心余裕だった。アメリカ側が断れば、中国やロシアに話を持ち込めばいいだけの話だ。

 つまるところ、俺は交渉相手に困っていないが、アメリカはこの話を断わった結果、仮想敵国に技術を売られる事を恐れる。


 もちろんキャサリンもそのことは重々承知。そのうえで話を検討しているのだろう。


「……1つお伺いしても?」

「どうぞ」

「この話におけるスイキョウさんのメリットは何ですか? 技術を売るというのは、一種の営業活動に見えますが、営業であるならば利益を最大化するのが当然です。それに反しているように思えます」

「ブラックボックスを売ることで利益が出せますよ」

「……それは嘘ですね。利益を最大化するなら、ブラックボックスだけではなくすべての部品をまとめて売ったほうが合理的です」


 確かにその通りだ。利益を追求するのであれば、今回の話には矛盾が多い。

 だが、俺にはそもそも利益を得る意図がなかったのだ。


「……確かにそうですね。しかし、私たちには人員が不足していて……」


 俺が言い訳を始めると、キャサリンが鋭く遮った。


「それも嘘ですね。ダンジョン教会が人型ロボットの研究を始めたのがいつかは分かりませんが、ダンジョンが現れてからわずか6カ月しか経っていません。それだけの短期間でこれだけのものを作れる技術があるのなら、大量生産も容易でしょう」


 確かに、俺と涼太が全力で取り組めばそれは可能だ。しかし、事情をすべて話すわけにはいかない。


「……そんなにキャサリンさんは私たちの本音を聞きたいのですか?」

「ええ、それが私の仕事ですから」

「そうですか。分かりました」


 一息ついて、言葉に間を挟む。

 わずかな沈黙だったが、キャサリンの背筋がさらに伸びたのが分かった。


「キャサリンさん。お金はお好きですか?」

「……突然ですね。まあ、好きか嫌いかで言えば好きです」

「そうですか。では、金は命より重いと思いますか?」


 俺の問いに、キャサリンは『何を言っているんだ?』という顔をした。


「当然です。金は命よりも重い」


 さすがはウォール街に近い人物だ。一切迷いのない回答だった。


 『金は命よりも重い』。カイジの利根川の言葉としても有名だが、俺の価値観は全く違っている。


「そうですか。残念ながら私は逆の考えです。金は命よりも圧倒的に軽い」


 俺の言葉にキャサリンは不思議そうな目を向けた。彼女にとっては到底理解できない発想なのだろう。

 だが、俺からすれば、彼女たちウォール街の人々のほうが理解できなかった。


「キャサリンさん、なぜ命より金のほうが大事だと思うのですか?」

「……金がなければ生きていくことすら困難だからです。何をするにも金は必要です」


 キャサリンの言葉は確かに正しい。しかし、それは一方面から見た正しさに過ぎない。


「確かにその意見には賛成できる部分もあります。金がなければ生きることが困難なのは事実です」


 しかし……。


「例えばインドでは年間2億人以上が飢餓に苦しんでいます。世界中で見れば、8億人以上の人々が飢餓に苦しんでいる。そして、その多くが子供で、何の罪もない命が次々と奪われ続けています」


 どれだけ技術が発展し、食料生産率が上がろうとも、どれだけグローバル化が進んだ世界であろうとも、世界の飢餓を失くす事が出来ていない。


 そして飢餓が無くならない理由は……。


「その要因は、物資の流通を握る側が金というフィルターで供給を制限しているからです。本来必要なものが行き届かないのは、金の有無が命よりも優先されている世界の仕組みに他なりません」


 資本家どもの脳みそは、金に支配されている。

 もちろん人格者の金持ちもいる。しかし、そんな聖人は絶滅危惧種並みに少ない。


「ですが、金を正しく使わねば、この人たちを救う事は出来ません。もしも均等にお金を配ったとしても、起こるのは局地的なインフレーションです。お金があっても食料の総数が増える訳ではないのですから……」


 そう、もしも金を彼らに配っても、屋台や行商人が持っている食べ物の量は変わらない。

 それどころか、僅かな食料を取り合ってインフレーションが起こるだろう。最悪の場合、食べ物の取り合いになりかねない。


「しかし、重要なのはお金を配る事でも、食料を渡す事でもありません。私たちから見れば、所詮は外国の惨事に過ぎず、それを支援し続けるのは現実的では無いからです。で、あるならば、彼らには農業や漁業、畜産業などのやり方を教えるべきなのです。彼らを長期的な搾取相手や支援相手にするのではなく、自立を促す事こそが大事なのです」


 俺は言葉を区切り、キャサリンをじっと見つめた。彼女は真剣な表情のまま俺の話に耳を傾けている。


「今回の話は貧困の視点で説明しましたが、これはキャサリンさんのような富裕層にも当てはまります」

「……どういうことでしょうか?」


 彼女の眉が微かに動いた。


「あなた方、資本主義者たちは、金そのものに価値を置き、資産の有無でステータスが決まると考えていますよね。それは金の総量こそが正義だという価値観に基づいています。金を持つ者が偉く、持たざる者には価値がない……それがウォール街の理論ではありませんか?」


 キャサリンは言葉を返さない。だが、その沈黙は否定ではない。


「人間の価値は金で決まるものではありません。所詮は『ツール』に過ぎない紙切れや数字が人の価値を決めてしまっている」


 俺はわざと間を空けた。キャサリンの表情が硬くなっていくのが分かる。


「だから私は言いたい。『人間はどれだけ金を持っているかではなく、何を成し遂げたかで評価されるべきだ』と。もちろん、何かを成すためには金が必要なことも事実です。しかし、金のために何かを成すというのは本末転倒だと言えるでしょう」

「……」


 キャサリンは腕を組み、考え込むような仕草を見せた。その目には、これまでの信念に微かな疑念が差し込んでいるように見えた。


「私たちはこの考えに基づいて行動しています。より多くの人を助けるために、必要なものを提供しているんです」


 金など所詮はただのツールに過ぎない。それなのに、生きていく為ではなく、金のために生きている人間を哀れに思う。

 だから俺は、金の為に金を得るためじゃなく、何かを成すために金を得るのだ。


「だから私は、アメリカに利益を度外視して技術を提供するのです」

「……スイキョウさんの考えは分かりました。この件は、私の独断で決定できる範囲を超えています。ですが、上層部には肯定的な意見として報告することを約束します」

「ありがとうございます。これが良い話になることを願っていますよ」


 俺は手を差し出した。キャサリンも少しの躊躇の後、握手に応じた。

 



インフレーション


インフレーションとは、物価が上昇することを言います。起こる原因は主に2つあり、金の価値が下がるか、物の価値が上がるかです。

今回の場合ですと、お金を持った人々が食料を求める事で、食料自体が無くなり、物価が上昇する(インフレーションが起こる)と言った事になります。


身近で言えば、減反政策でコメ自体の総量が減った令和の米騒動がこれに当たる。

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