第五十話 魔道騎士ディアノゴス
「ついに……ついに出来た!」
両手を高く上げ、歓喜の声を上げる涼太。
ここ3日間、彼は一睡もしていない。目の下には大きなクマができ、ボサボサの髪からはお風呂に入っていないせいで油の匂いが漂ってくる。
ロボットの語源はチェコ語の『ロボタ』から来ていて、『労働』や『強制労働』と言った意味を持つそうだ。
まさしくロボットを作る為に、俺たちは『ロボタ』状態になっていたと言う訳だ。
……マジで、笑うに笑えん話だ。
だが、目の前にそびえる人型ロボットを見上げると、そんな過酷な日々すら報われたように感じられる。
涼太も同じ思いなのだろう。念願のロボットを前に涙を流していた。
「……正吾、僕たちやったよな」
感極まった声でそうつぶやく涼太。その涙は男泣きというよりも、純粋な達成感から来るものだ。
目の前に立つ人型ロボットは、まさに技術とロマンの結晶だった。
青黒い仮塗装が全身を覆い、ガンダ〇のように力強さを持ちながらも、エヴァンゲ〇オンのような流麗なデザインも併せ持つ。
全体的にはスリムなシルエットだが、その立ち姿には威風堂々たる風格があった。
俺は手元のアイパッドからロボットのカタログスペックを確認した。
全高は10メートル、総重量は42トン。前回の設計から18トンの減量に成功している。
エンジンには『魔石純エネルギー炉』と言う新エンジンを採用していて、魔素的にエネルギーを伝達する。
そんな魔石純エネルギー炉を腹部と頭部に搭載していて、デュアルエンジンとなっている。
エンジンを2つにすることで、安定的なエネルギー供給を実現し、2万5千馬力で1時間を超える稼働に成功している。
胸部に設置されたコックピットも一級品だ。
万一エネルギー炉が停止した場合、パイロットから魔素を吸収して稼働を続けられる仕組みになっている。
さらに、生存性も考慮されており、コックピット自体が丸ごと脱出可能だ。
骨格には涼太の〈物質創造〉で生み出された『ミスリル』が使われている。
これがファンタジーのミスリルと同じものかどうかは不明だが、魔素の通りが他の金属と比べて非常に良い。
分かりやすく言えば、電気回路の導電性が魔素に置き換わった『魔導回路』と言ったところだろう。
骨格素材として使用されるだけでなく、ロボット各部に魔素と魔法を行き届かせるための導管としても機能する。
さらに、細く編み込まれたミスリル繊維が『擬似筋肉』の役割を果たしており、柔軟かつ強力な動きを実現している。
そして、エンジンの付いをなすロボットの『脳』は、コックピットの後方に設置されている。
この装置には通常の演算機と、特別な魔道演算処理装置が組み込まれている。
演算機はコックピットへの映像送信や情報処理を担当し、PCのような役割を果たす。
一方、魔道演算処理装置はロボットを動かすためのコア技術であり、欠かせない存在だ。
魔石純エネルギー炉から魔素を受け取り、魔道演算処理装置は主に以下の3つの魔法を発動する。
ーーー
1.重量軽減魔法
ロボットの総重量42トンを20トンに軽減する魔法。
2.制御・強化魔法
涼太曰く『ミスリル筋肉を精密に動かし、強度と耐久性も高める魔法』とのこと。
詳しい説明もあったが、専門用語が多すぎて理解できなかった。
3.思念操作魔法
『パイロットのイメージをロボットの動きに反映する魔法』。
涼太は『ガン〇ムの鉄血のオルフェンズに出てくるアラヤシキシステムに近い』と言っていた。
何となくイメージは湧いたが、具体的な原理についてはさっぱり理解できなかった。
ーーー
この3つがロボットを支える魔法なのだが、まだまだ実装したい魔法は在ったらしい。しかし、今の魔石純エネルギー炉で生成される魔素量では、この3つが限界だったとのこと。
これだけでも素晴らしいと思うのだが、オタクと言う生き物は恐ろしい。
それはともあれとして、計300パーツを超える人型ロボットだが、本番はこれからである。
まだ起動すらしていないロボットは、今現在だとデカくて精密なプラモデルに過ぎない。
「……涼太。ついに完成したけど、このロボットの名前は決めてるのか?」
俺が尋ねると、涼太はタブレットを取り出して、ある文字を表示した。
『魔道騎士ディアノゴス』
「ディアノゴス?……聞いたことのない単語だな」
「古代ギリシャ語で『奉仕者』『使いの者』『助ける者』って意味だよ。まさにピッタリじゃないか」
「確かにいい名前だな」
さすが涼太。自分のAIにも『フギン』と『ムニン』という北欧神話から取った名前をつけるだけあって、中二病全開の命名センスだ。
「涼太…これから起動テストを行う訳だが、……」
「何?正吾?そんな重々しい顔をして?」
俺は言うか迷っていた事を涼太に伝えた。
「…一度風呂に入ろう。言っちゃ悪いが、俺たちはここ1週間風呂に入っていない。もう鼻は臭いに慣れてしまっただろうが、俺たちは相当臭い。そんな状態で初めての起動テストをしたくない」
俺の言葉に涼太はそっと同意した。
「………そうだね。…そうしよっか」
~~~
シャワーを浴びてさっぱりした俺は、疲れを労う意味も込めてノンアルコールビールを開けた。
これから試験があるためアルコールはNGだが、ノンアルなら問題ない。
俺がゴクゴクとビールを胃に流し込んでいると、涼太もお風呂から上がってきた。
俺が出てから30分は経っている。シャワーにしては長いが、俺はそれを一切不思議には思わなかった。
なぜならば、あまりに汚れすぎていて、シャンプーがまともに泡立たなかったからだ。それだけじゃなく、ボディーソープで体を洗う時も、1回では汚れを落とし切る事が出来なかった。
特に靴をずっと履いていたせいで、足の汚れはすごかった。
「涼太も飲むか?」
俺はノンアルコールと書かれている部分を見せながら涼太にそう問うた。
「…飲もうかな」
涼太に缶ビールを投げると、綺麗にキャッチした。そして、プシュと心地よい音を奏でてビールを開けると、腰に手を当てて喉に流し込んでいった。
「ぷぅはぁー。…あまりビールは飲まないけど、疲れ切った体には最高だね」
それには心の底から同意する。
しばらくの間、ノンアルコールの晩餐会を楽しんだが、つまみが無いので長くは続かない。
これから起動テストもある事だし、30分で切り上げて、作業に取り掛かることにした。
しかし、俺のやる事は少ない。事前準備は全部涼太が行うからだ。
では、俺は今何をしているのかと言うと、パイロットとしてディアノゴスの中に乗り込んでいた。
涼太には『涼太が作ったロボットなのだから、涼太が最初のテストパイロットになるべきだ』と言ったのだが、涼太には正論パンチで打ち返された。
「それは2つの観点から駄目だね。まず一つ目に、魔素量の違いがある。もしも、不具合であり得ない量の魔素が吸われた場合、正吾には〈世界樹の翼〉があるから安全性が高い。二つ目に、正吾の方が肉体的能力に優れていて、万が一暴走したとき、僕よりも正吾の方が生存確率が高い」
この説明に納得してしまう。
感情的には涼太が乗るべきだとは思っているが、涼太がこう言っている以上、駄々をこねたってしょうがない。
「OK、分かった」
俺は渋々ヘルメットをかぶるとコックピットに乗り込んだ。
『ザ…ザザ、…聞こえるかい?』
ヘルメットに内蔵されているスピーカーから涼太の声が聞こえてきた。
ノイズ混じりの音声は音質が著しく悪い。
このコックピットは密閉性を重視したため、電波の通りが悪くなってしまっているらしい。
「ああ、聞こえている」
『ザ…うん、OKだね。じゃあ、テストを開始するよ。手順通りにお願いね』
「わかった」
資料通りに電源ボタンを押す。続いて電源スイッチを3つ上げると、第一電源が起動した。
この時点では魔石純エネルギー炉はまだ稼働しておらず、小型バッテリーのみが作動している状態だ。
第一電源の起動を確認した俺は、指紋認証、網膜認証、そしてパスワード入力を行いシステムロックを解除する。
次に、起動エネルギーとしてパイロットから魔素の吸引が始まった。
体から魔力が微かに吸い取られる感覚があるが、すぐに〈世界樹の翼〉で魔素が補充されるため問題はない。
ちなみに、この際吸引された魔素は俺からすれば微量だが、レベル100の人間だと魔素量の2〜3割に相当する。
魔素を確保したディアノゴスは、サブエンジンである頭部の魔石純エネルギー炉を点火した。
振動は一切ないが、サブモニターには正常起動の表示が出ている。続いて腹部のメインエンジンである魔石純エネルギー炉を起動。
2基のエンジンが正常に動作していることを確認すると、俺は涼太に報告した。
「…2つの魔石純エネルギー炉の起動を確認。続いて魔道演算スクリプトを起動する」
『了解』
ディアノゴスを起動した事で内線の回線が繋がり、通信がクリアになった。
魔石純エネルギー炉の稼働によりディアノゴス全体に十分な魔素が供給され、魔道演算スクリプトが動作を開始する。
膨大な魔素の60%を占有するスクリプトは、以下の3つの魔法をプログラム通りに発動させた。
最初に重量軽減魔法が発動される。
コックピットに居る俺は、実感として何も感じないが、モニターに移る表示では魔法は起動されたようだ。
次に制御・強化魔法が発動される。
ディアノゴスを動かすための筋肉であるミスリルに魔法が走り、『より強く』『より頑丈』に『より精密』
に魔素が流れるようになる。
最後に思念操作魔法が起動した。
その瞬間、自分とディアノゴスが同一化したような感覚に襲われる。
モニター越しに見えていた景色が、まるで自分の視界そのものになったかのようだ。
しかしながら、10メートルからの視界や、まるで全身の感覚器官を全て切ったかのような感覚が、非常に気持ちが悪い。
それでも3つの魔法は無事に起動された様だ。
「……3つの魔法は正常に発動された。……だけど、3つ目の魔法は気持ちが悪い。これ、何とかならないのか?」
『ああ、それね。仕方がないんだよ。感覚を完全にオンにすると、ロボットの腕がもげた時に痛みを感じるんだ。それじゃ本末転倒だから、泣く泣く感覚器を切ったんだ』
「なるほど……」
未だ感覚に慣れず、気持ちが悪いが、耐えるしかなさそうだ。
「でも、起動テストはすべてクリアだな」
『そうだね。良かったよ。これで致命的な不備があったら、1から作り直しだったから』
「それは本当に笑えないな。またあの2週間の地獄は嫌だよ」
『だよね。1から作り直しは精神的にキツイからね。じゃあ、幸いにも不備がなかったし、次は移動テストをやってみよっか』
起動テストが問題なく進んだ場合、移動テストを行うのは予定通りだった。
俺はコックピットの座席に背中を預け、集中する。このテストでは、コックピットにある操作レバーは使わない。
「それじゃあ、イメージコントロールによるディアノゴス制御を行う」
『了解。気を付けてね』
目を閉じても、ディアノゴスの視界が共有され、周囲がはっきりと見える。
俺は右手を動かすイメージを固めた。その瞬間、魔法がイメージを検知し、ディアノゴスに動きを伝達する。
コンマ1秒の間に行われたイメージコントロールは想像以上だった。
「す、スゲェ」
人間の反応速度よりも速いロボットの動きに思わず感嘆の声が漏れる。
理論値通りの結果に涼太も嬉しそうな表情を浮かべているが、まだテストは続く。俺も気を引き締めた。
『正吾、次お願い』
「りょ、了解」
涼太の指示で、コックピットのレバーを握る。
このレバーは大まかな動作を指示するためのもので、手先のような細かい動きには対応していない。
しかし、歩行やバランスを取る動作はイメージコントロールよりもシステム制御の方が適している。
俺はレバーを少し倒し、ディアノゴスを前進させた。軋む音とともに、ディアノゴスが重い足音を立てて動き出す。
ドスン、と22トンの一歩が地面を揺らした。
たった一歩。だがその一歩は、俺たちにとって大きな意味を持つものだった。
俺たちは確信する。これが俺たちが作った『本物の人型ロボット』だと。
〜〜〜
初めてのテストから翌々日。ここ2週間の疲れを癒すように丸一日寝ていた俺たちは、一本の電話で目を覚ました。
「おはようございます、正吾さん」
寝過ぎて体がだるくなった俺は、重い身体を引きずりながら電話に出た。だが、声の主を聞いた瞬間、俺の眠気は吹き飛ぶ。
その電話の主は、玲奈だったからだ。
何故こんなにも慌てているのかと言うと、玲奈とは毎日連絡を取る約束をしていたのだ。
まるでメンヘラの彼女みたいな行動だが、これにはれっきとした理由がある。情報共有のためだ。
最近では海外からの接触が増えており、特に情報のやり取りが重要になっていた。
どの国とどういった態度で接するか、慎重に見極めなければならない状況なのだ。
そのため毎日連絡を取っていたのだが、昨日は疲れがピークで、丸1日寝てしまった。
「…ごめん!マジで寝てた!」
『怒ってませんよ。それより、そちらの進捗はどうなっています?』
「いや、ほんと悪かった。えっと、進捗か?昨日……いや、一昨日か、起動テストが終わった。無事成功して、第一段階突破といったところだ」
『それは…おめでとうございます。まさか2週間で作り上げるとは思いませんでした。最初は3カ月とか言ってませんでした?』
「ああ、そうだったな。でも〈神通力〉がロボットの組み立てに驚くほど相性が良くてな。まあ、それでも俺たちは毎日20時間労働っていう労基も悲鳴を上げるレベルだったけどな」
『…良かったですね。もし雇っていたら、今頃何百万の損害賠償問題になっていたところですよ』
「フフ、確かにな」
こうやって、朝に軽い雑談をするのも日課になっている。
地下室では日光がないが、これが一種の『朝』のようなものだ。
「それで、話を戻すけど、第二段階の計画に移行する。あのFBI職員にコンタクトを取っておいてくれ」
『分かりました。いつにします?』
「そうだな…明日の午後で」
『了解しました』
プツリと電話が切れた。
毎度のことだが、玲奈は電話を切るのが早い。もう少し話していたいんだけどな…。




