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第四十三話 涼太の初ダンジョン




 オークション関連の仕事がひと段落し、ようやくまとまった時間が取れるようになった。


 東京駅や、西東京の中心地である立川駅での出店の仕事はまだ残っているが、オークションで巨額の金が入ってくることが確定している今、銀行から低金利で融資を受けて、外注済みの作業を進めているところだ。


 あとは待つだけで仕事が片付いていく。この感覚、実に素晴らしい。


 そんな中、俺は涼太の家に来ていた。どうせまたゴミ屋敷に戻っているだろうと予想していたので、事前にホームキーパーを手配済みだ。


 さて、それはさておきとして、これまでオークションの構築に尽力してくれた涼太と打ち上げパーティーをすることになった。


 本当ならこんなゴミ屋敷でやりたくはなかったが、涼太が外でのパーティーが苦手だと言うので仕方がない。

 高級な酒とつまみを取り寄せ、家飲みで打ち上げをすることにした。


「じゃあ、涼太、お疲れ様」

「うん、お疲れ様」

「お二人ともお疲れ様です」

「「「カンパーイ!」」」


 玲奈は未成年なのでアルコールは飲めない。その代わり、1万円以上する高級ぶどうジュースを買っておいた。

 まあ、俺が飲んでいる酒は1本10万円を超える代物だし、昨日45億円×10本のポーションがオークションで落札されたことを考えれば、1万円どころか100万円単位の差額も誤差に思える。


 もっとも、その金の大半は次の事業の資金として消えていくのだが……金って儚いものだな。


「でも今回、オークションサイトの構築は本当にありがとう。報酬って決めてなかったけど、いくら欲しい?」

「……? ああ、お金のことね。そんなのいらないよ。正吾は知ってると思うけど、僕、これでも株で20億の資産持ってるんだよ? 毎年6000万くらい配当金が入ってくるから、正直お金には困ってないんだよね」


 そういえばそうだった。こんな港区に住んでるんだ、金には困ってる訳ないわな。


「じゃあ、欲しいものとかないの?」

「んー、そうだね……ダンジョンに行ってみたい、かな?」

「ダンジョン? ああ、そういえば昔も同じようなこと言ってたな。あの時は忙しすぎて無理だったけど、今なら行けるぞ」

「うん」

「じゃあ、明日ダンジョンに行こうか」

「え? 僕、ダンジョン武装探索許可証持ってないよ?」

「ふっふっふ、それは大丈夫だ。バレなきゃ犯罪じゃない!」

「……正吾、懲りてない?」

「まあ、それは冗談として、本当に大丈夫。俺たちには政府からもらったダンジョン許可証がある。この許可証、所有者が曖昧で誰に許可を与えるか明記されていないんだ。これを使えば、涼太でもダンジョンに入れる」


 スタンピードの影響で国会に呼ばれた際、俺たちが政府に要請したダンジョン許可証だ。


 これがかなり緩い内容で、俺たち以外でも使えてしまう代物だった。もちろん拾っただけでは使用できないが、玲奈が『OK』と言えば使用可能になるという、非常に危ないアイテムだ。


 あの時の国会はスタンピードの件で、大荒れだったんだよな。それもあって、こんな緩い許可証になったのは嬉しい誤算だ。


「じゃあ、明日の何時にダンジョン行く?」

「……そうだね、僕は午前中寝てると思うから、午後からがいいかな」

「OK。じゃあ午後3時に涼太の家に行くよ」

「うん、わかった」


 その後、酒を飲みに飲んだ俺は、意識を失い、そのまま涼太の家に泊まることになった。




 二日酔いで目を覚ました俺は、枯れた声を漏らしながらゾンビのように起き上がり、時計を見る。


「……1時か」


 ズキズキする頭を抱えながら冷蔵庫へ向かい、そこにあったジュースを一気に飲み干した。

 喉の渇きを癒した俺は、ふと玲奈が居ない事に気が付く。


「……そういえば、玲奈は?」


 あたりを見回すが、玲奈がいない。昨日の記憶を遡るが、途中で完全に途切れていた。

 唯一覚えているのは、〈神通力〉を使ってマジックの真似事をしたぐらいか……。


「……マジで記憶がない。連絡するか」


 ポケットからスマホを取り出し、連絡を取ろおとするが……。


「電池切れてるじゃん……」


 ただでさえ二日酔いで頭が痛いのに、反応が無いスマホにイライラする。

 しかし、携帯に当たっても仕方がないので、涼太のワイアレス充電器を借りて充電をした。


 それから、トイレと二日酔いの薬を飲んでいる間に少しばかり充電が戻ったようだ。


 俺はすぐさまメッセージアプリを開くと、玲奈に連絡を取る。


『玲奈、今どこにいる?』

『近くのホテルに泊まっています』


 どうやら玲奈は近くのホテルを取ったらしい。まあ、昨日の状況では賢明な判断だろう。


『涼太を起こして飯にでもするわ。こっちに来れるか?』

『はい、行きます』

『ついでに水を買ってきてくれ』

『わかりました』


 玲奈にも連絡が取れた事だし、少しゆっくりとしてからダンジョンに向かうか……。


「っと、その前に飯だな」


 腹が減っては戦は出来ぬとは誰の名言だったか?

 だが、確かにその通りだと思い、俺はウーバーで料理を注文した。



~~~



 その後、涼太を起こし、昼飯という名の朝飯を済ませた俺たちは、ダンジョンに行くための準備を始めた。

 準備といってもシンプルなもので、涼太に変装用の服を用意するだけ……のはずだった。


 港区という立地柄、近場に服屋はいくらでもある。

 そのうちの一つの店に入り、涼太の変装服を選び始めた。


 最初は男用の変装服を探していたのだが、玲奈が不意にこんなことを呟いた。


「涼太さんって、女の子みたいに顔が可愛いですし、女性の服も似合いそうですね」


 玲奈からすれば、ただの何気ない感想だったのだろう。

 しかし、俺の心に潜む悪魔がそれを見逃すはずがなかった。


 『涼太にイタズラしたい』という衝動が湧き上がり、俺はレディースの服を適当に持っていき、試着室に押し込んだ。


「な、なんだこれは!?」


 試着室の中から涼太の叫び声が聞こえる。

 次の瞬間、怒りを浮かべた涼太の顔がカーテンの隙間から覗いた。


「ねえ、この服を渡したのはどっち!……って、考えるまでもないね。玲奈さんがこんなことするとは思えないし、正吾、お前だろ!」

「はは、すまない。でも、変装ならいっそレディースの服でも行けるんじゃないかなって思ってさ」

「行けるわけないだろ! 僕、男だよ!」


 涼太が必死に抗議する中、さらに追い打ちをかけたのは……なんと玲奈の無自覚な一言だった。


「でも、涼太さんって顔が可愛いし、背も小さいし、私的には似合うと思うんですが……」

「……」


 その瞬間、涼太は無言で更衣室のカーテンの奥へと消えていった。


「ぷっ……ふふふっ……ははははは!」


 俺は笑いを堪えきれず爆笑したが、玲奈は数秒後、自分の男殺しな発言の破壊力に気づいたようだ。


「はっ! 涼太さん、違うんです。ただ私は似合うと思って……!」

「ぷふっ……玲奈、それ以上はやめてやれって……あははは!」


 そんな腹を抱えて笑う俺とは対照的に、玲奈は申し訳なさそうな表情で涼太を気遣っていた。


 それから数分後、試着室のカーテンがゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは……まるで間違った性別で生まれてきたかのような涼太だった。


「ど、どうかな?」


 涼太はスカートの裾を持ちながら、恥ずかしそうにこちらを見ている。


「ぷっ……ふふ……なあ涼太、お前それ、ちんこ生えてんのか?w」

「生えてるよ!」

「……などと本人は供述しており」

「俺は嘘ついてないし、犯人でもない!」


 冗談で茶化しながらも、じっくりと涼太の姿を見てみる。


「(これはヤバい。女にしか見えない)」


 顔はそこらの女より圧倒的に可愛いし、身長も女性の平均くらい。仕草や恥じらいまで完璧だ。

 女なのに男勝りな玲奈と、男なのに女より女らしい涼太を見て、俺はついつい口を滑らせてしまった。


「……玲奈、お前は少しは恥じらいを持ったらどうだ?」

「なんですか?」


 そう言った瞬間、玲奈の無言の圧を感じ、俺は言葉を飲み込んだ。


 それにしても、このままの服ではダンジョンに適さない。さすがにヒラヒラしたスカートは危険だ。

 せめてショートスカートか、できればパンツスタイルに変える必要がある。


「玲奈、悪いけど、涼太の服は任せるわ」

「はい、わかりました」


 その後、玲奈が次々と服を選び、涼太が無表情で着替える。この行為が何度も繰り返された。



~~~



 涼太の女装が完成し、準備が整った俺たちは、港区にあるダンジョンへ向かうことにした。


 港区には『東京タワーダンジョン』と『赤坂離宮ダンジョン』の2つのダンジョンがあるが、東京タワーの方が近いのでそちらを選んだ。


「ね、ねえ、しょ……スイキョウ。本当にこの格好で行くの?」

「当り前じゃないですか?何のために変装したと思っているのです?」

「で、でもぉ」


 東京タワーで賑わう観光地の一角。そこで、俺たちはダンジョンに行くための準備をしていた。

 いや、もう準備は終わっていて、後はダンジョンに行くだけなのだが、涼太が嫌がって動かないのだ。


 何故動かないかって?涼太いわく『女装している姿が恥ずかしい』かららしい。


 しかし、俺からしてみれば言っている意味が分からない。


 涼太の姿は、まるで女子バレー部のエースといった出で立ちだ。

 上は、通気性の良さそうな黒のフィットシャツに、スポーツブランドの白のウインドブレーカー。

 下は動きやすさを重視したスリムなネイビーのランニングタイツと、上に重ねたショート丈のスポーツパンツ。

 素足にはくるぶし丈のソックスとトレーニングシューズ。全体的にストリート寄りのスポーティーな女の子の格好だ。


 そして、髪は自然なブラウンのショートウィッグで、顔の輪郭がすっきりと見える。

 軽く整えられた眉とほんのり色づいたリップ、そして玲奈が手際よく仕上げたナチュラルメイクにより、見た目は完全にアイドル級の可愛い女子へと大変身していた。


 それなのに恥ずかしがる理由がよく分からない。

 しかし、涼太が言うには、論点はそこではないようだ。


 だが、ここに居ても何も始まらない。俺は強引に涼太を引っ張り出してダンジョンへと向かったのだ……が。


 その姿を目にした瞬間、通りがかった観光客たちがざわつき始めた。


 最初は玲奈の存在に気が付き、続いて俺たちへの方へと目線が向けられる。

 中には「あれってダンジョン教会のスイキョウと……え?あのめちゃくちゃ可愛い子だれ?」と言った声も聞こえてくる。


 パシャパシャとカメラの音が鳴り響く。

 涼太は取られているのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めて身を縮めていた。


「こ、こんな格好で人の多い所歩くとか無理だって……っ!」

「大丈夫ですよ、リョウさん。バッチリ可愛いですから」

「それが恥ずかしいって言ってるんだよ……っ」


 観光客のざわめきが徐々に大きくなる中、俺は玲奈に視線を送った。


「セイント様」


 その言葉だけで察した玲奈が一歩前に出ると、群衆の視線は一気に彼女へと集中した。

 それは、まるで、まき餌に群がる魚のように群衆が玲奈へと引き寄せられていく。


 そして、その隙に、俺たちは混雑の切れ目を縫うようにダンジョン入り口へ向かって歩き出した。




 ダンジョン内に入ると、外の喧騒とは一変して静けさが広がっていた。


 しかしながら、東京タワーダンジョンなだけはあり、1階層には数十パーティーは居る。


 そして、そんな彼らから不躾な目線を受けながら1階層を進んでいく。

 玲奈の陰に隠れてはいるが、こう見えても俺は有名人なのだ。


 だけども今日は涼太の為にダンジョンへ来ている。周りの視線を気にする必要もない。


「リョウ、行きますよ」


 女装している涼太は、ダンジョン内では『リョウ』という名前にしている。

 本人は嫌がっていたが、さすがに女装中に男の名前で呼ぶのは不自然だからだ。


「では、リョウ。早速ですが、ゴブリンと戦ってもらいます」

「う、うん。分かったけど……武器はどこにあるの?」


 リョウは手をそわそわとしながら、そんな事をほざく。

 涼太はダンジョンの情報収集も行っているので、素手でもゴブリンを倒せること自体は知っているだろう。


 しかし、まさか自分が素手でゴブリンと戦うとは思っていないらしい。


「……何を言っているんですか?素手で戦うに決まってるじゃないですか」

「え?え?……すで」

「そうです。素手でゴブリンも倒せない様であれば、ダンジョンで戦っていくことは出来ません」

「……マジで?」

「マジです」

「………分かった」


 困惑しながらも涼太はうなずき、前に出た。

 そのとき、〈半神〉でゴブリンが近づいてくるのを察知していた俺は、涼太に声をかけた。


「来ます、構えてください」


 そう言うのと同じタイミングで、奥からぴちゃぴちゃと不気味な足音が聞こえ始めた。


 涼太は、緊張した面持ちで素人丸出しの構えを取ると、暗闇の奥を見据える。

 そして、薄暗い中から、醜い顔のゴブリンが姿を現した。


「っ!」


 ゴブリンを目にした瞬間、涼太の体が硬直する。誰が見ても分かるほど強張り、完全に動きが止まっていた。

 俺たちの存在に気づいたゴブリンは、醜い顔に笑みを浮かべ、四肢に力を込めて突撃してくる。


 だが、涼太は回避するでもなく、ただそのタックルをじっと見つめるだけだった。まるで運命を受け入れるかのように。


「っ!ぁ」


 ゴブリンのタックルが、涼太に当たると思った瞬間、ゴブリンが世界から消えた。


 いや、文字通り消えたわけでは無い。よくよく見てみれば、地面に肉片で出来た丸い跡があった。

 そして、それはよく見なくてもゴブリンの肉と内臓で構成されている事が一目で分かる。


「う、うぉぇええ」


 そのグロテスクな光景をまじまじと見た涼太は、壁際へと駆け寄り、激しく嘔吐した。

 確かにあの光景は気分が悪くなる。だが、この程度で吐いているようではダンジョンには向いていない。


「大丈夫ですか、リョウ」

「う、うう。…だいじょうぶ」


 そう言うものの、全然大丈夫には見えない。


「リョウ、厳しいようですが、言っておきます。この程度で吐く様では、この先のダンジョンは進めません」


 これは友達だからこその忠告だ。これ以上先に行くには幾千体ものモンスターを殺して行かなければならない。

 もちろんの事、これ以上にグロい死体になる事なんて日常茶飯事だし、いちいち吐いていたらお話にもならない。

 

「リョウ、やめるなら今ですよ?」

「……確かに僕はダンジョンに向いていないと思う。それは来る前から薄々わかっていた」


 涼太の声は弱々しい。だが、次の瞬間、目に強い光が宿った。


「でも、それでも自分がダンジョンに行きたいと思ったから、僕は今ここにいるんだ。だから最後までやるよ」


 その言葉に俺は涼太の本気を感じた。


「……そうですか。リョウの覚悟は分かりました」


 これ以上言うのは、男としても友達としても良くない行為だ。

 だから、数歩後ろに下がると、涼太の戦いを見守る事にした。




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