第四十一話 久々のダンジョン
ダンジョンオークションが始まってから1週間後。ようやくオークション業務から解放された。
ここ毎日は鑑定、鑑定、鑑定、鑑定の毎日で、もうステータス画面を見るのが嫌になっていたころだ。
これでようやくひと段落着いた、と安堵しているが、まだ終わりではない。
次の仕事が残っているのだ。そう新たなダンジョン教会支部を設立すると言う仕事が……。
もちろんだが、休日などは無く、オークション業務から解放されたその足で、次の仕事に向かった。
千代田区の区役所まで行き、区長と直接会えるかを職員に訪ねたところ、幸運にも担当者が俺の事を知ってくれていた。
その事もあり、翌日には区長との面会が実現したのだ。
そして、3時間もの会議の後、露店出店の許可をもらえた。
あとは手続きや従業員確保、テントやノートパソコンなどの備品調達のみ。雑貨類の手配は外注に任せたため、自分の時間を確保することに成功した。
そうして、ようやくダンジョンに足を運ぶ時間的余裕ができた俺は、玲奈と共に久々のダンジョンへやって来たのだ。
俺たちはさらっと6階層まで進み、周囲を探索する。
この階層にはメガポイズンスライムというモンスターが出現するが、正直言って、レベル556の俺からすれば簡単に倒せる相手だ。
……嘘つきました。スライムはすべて玲奈の魔法で駆除してもらってます。
でも! 言い訳させてほしい。俺だって役には立っているのだ……魔素タンクとして。
ブラウザバックするそこの君、ちょっと待ってくれ。俺にも言い分と言う物がある。俺も戦えない訳では無い。
ただ何しろメガポイズンスライムとの相性が最悪に悪いのだ。そのメガポイズンスライムのステータスがこちら。
ーーー
種族:メガポイズンスライム
名前:未設定
職業:七毒術師
レベル:300
スキル:〈七毒術〉〈状態異常無効〉〈物理攻撃耐性〉〈痛覚無効〉〈物性変化〉〈融合〉〈再生〉〈魔法攻撃弱化〉
ーーー
そう、〈物理攻撃耐性〉持ちで、俺の〈蟲毒の短剣〉をあざ笑うように〈状態異常無効〉まで備えている。
さらに厄介なのが〈再生〉のスキルである。
その再生能力がどれほどのものか試すため、玲奈の魔法で約3分の1を吹き飛ばしてみた。
結果、完全再生にかかる時間はわずか20秒。
それを見た俺は、迷うことなく玲奈にすべて丸投げすることを決意した。
こういう経緯で、俺は魔素タンクとして就労しているわけだ。
しかし、ナメてもらっては困る。これでも、魔素タンクとしてはプロを自称している。
〈世界樹の翼〉と〈一樹百穫〉で、無尽蔵の魔素を玲奈に供給し続ける事が出来るのだ。
そして、笑える話だが、俺は魔法スキルを持っていない。
魔素を使う手段が無いのに無尽蔵の魔素を生産できる。まさに、魔素タンクの鏡だと言える。
これぞプロ意識と言う物だ。みんな見習う様に………うん、泣いて良いかな?
そんなことを考えている間にも、玲奈が魔法でメガポイズンスライムを光の雨で貫いた。
「……ナイスだ、玲奈」
俺が声をかけると、玲奈は魔素の急激な消耗で疲労の色を浮かべていた。
玲奈には申し訳ないが、俺がスライムを倒すより彼女に任せた方が圧倒的に早い。
と、言う訳で玲奈に全て丸投げしていたのだが……。
何体かメガポイズンスライムを倒した後、ドロップアイテムが出現した。
ガラスのフラスコに入った緑色の液体だ。
「正吾さん、鑑定してみてください」
「わかった。〈鑑定〉」
ーーー
〈解毒ポーション(中級)〉
・猛毒までの毒を解毒する。
ーーー
「解毒ポーション。猛毒までの毒を解毒する……か。……嫌な予感がするな」
この6階層で猛毒状態を見たことがないということは、7階層以降で猛毒の状態異常が出る可能性があるということだ。
もし〈状態異常耐性〉のレベルが10になっても猛毒を防ぎきれないとすれば、この解毒ポーションが大量に必要になるだろう。
「……正吾さん、猛毒があるなら私たち以外の冒険者にも必要になるでしょうね」
「ああ。もし5階層を突破するような人たちが増えれば、このポーションは高値で売れるはずだ」
色々な観点からこのアイテム、今のうちに集めておくべきかもしれないな……。
なんて考えていた矢先。
解毒ポーションが出てから1時間後、俺たちは7階層への階段を見つけた。
「……案外早く見つかりましたね」
どうやら6階層は4階層ほど広くなかったらしく、探索に手間取ることもなかった。
「玲奈、7階層に行くか?」
「そうですね。6階層でやり残したこともありませんし、様子見ということで行くのはアリだと思います」
と言う訳で、7階層の見学と下見を目的に階段を降り始めた。
〜〜〜
もう何回降りたのか分からないダンジョンの階段を順調に降りていく。
しかし、ここから先は未知の7階層だ。警戒心を緩める事は許されない。
心は緊張しながらも、体は弛緩させながら階段を降りる。
「……ん?」
そこで、俺は異変に気が付いた。そして、俺の後ろに居た玲奈も遅まきながら気が付く。
「……なんか、臭くないか?」
6階層の腐臭に慣れている鼻ですら、さらに強い臭いを感じる。
腐敗臭と死んだ水の臭いが混じり合ったような臭いが鼻につく。
鼻呼吸するのもやっとなほど臭いは、強制的に口呼吸させられる。
「……なあ、玲奈。おれ7階層に行きたくなくなってきたんだけど」
「それは同感ですが、さっさと行きますよ」
「……はい」
どうやら、玲奈は臭いよりも好奇心の方が勝っているらしく、俺を急かすように肩を押してくる。
そんな玲奈に呆れながらも、降りるのだが……。
「クサい」
それにしても、この悪臭……下に行くにつれて、どんどんと酷くなっていっている気がする。
しかし、後ろから急かされる俺は、酷い腐臭に耐えながら降り続けると、遂に7階層へと足を踏み入れた。
そして、そこに広がっていた光景とは……。
「「……6階層と変わらない?」」
そこに広がっていたのは、6階層とそっくりな湿地帯だった。
いや、よく見てみれば、所々違う部分がある。
6階層よりも水辺が多く、陸地が少ない。腐った木々は少なくなっているが、霧が濃くなっているせいで、見晴らしは悪くなっている。
正直こんなゾンビが出てくる世紀末か、核汚染されてミュータントでも出てきそうな湿地帯は、見ていて憂鬱になる。
6階層だけでもお腹いっぱいだったのに、7階層はさらにマシマシか……。
「なんだか憂鬱な気分。だけど、気を付けて進むぞ」
「はい」
なんて声をかけた瞬間、緑に煙る霧の奥からその大きな巨体を持つモンスターが現れた。
緑色にテカる柔らかそうなボディーに真ん丸の滴の様なフォルム。それは6階層のメガポイズンスライムなのだが……。
一見した瞬間に誰しもがこう思うだろう。
「「デカい」」
まだ20メートル以上離れているのに、頭を傾けて見上げなければその全貌が捉えられない。
一体何トンあるのかは分からないが、少し水辺を這いずるだけで、津波が起きたように水が押し寄せてくる。
そんなモンスターに圧倒されながらも〈鑑定〉を行った。
ーーー
種族:テラポイズンスライム
名前:未設定
職業:七大毒術師
レベル:500
スキル:〈七大毒術〉〈状態異常無効〉〈物理攻撃無効〉〈痛覚無効〉〈物性変化〉〈融合〉〈再生〉〈魔法攻撃弱化〉〈複核〉
ーーー
「……あ、俺、戦力外通告されました」
鑑定結果に思わず呟く。
なんだよ〈物理攻撃無効〉って……俺の攻撃手段、完全に消えてるじゃん。
それだけじゃない。〈七毒術〉は〈七大毒術〉に強化され、さらに〈複核〉なんて新しいスキルまで追加されている。
「なあ、玲奈。この〈複核〉って嫌な予感がするんだけど、どう思う?」
「……何とも聞きたくなかった情報ですね」
玲奈も同じ結論にたどり着いたようで、嫌な顔をする。
スライムには核が存在し、それを壊せば倒せる。しかし、複数の核があれば倒す難易度が跳ね上がる。
しかもご丁寧な事に、核は巨大な身体の中を自由に動き回る仕様だ。
「……撤退するか?」
「一度戦ってみるのもアリだと思います。勝てないと踏めばすぐに撤退しましょう」
玲奈は後ろの階段を指さしながら言った。
「OKだ。テラポイズンスライムは〈物理攻撃無効〉持ちだから、俺は戦闘に参加できない。……あとは任せた」
俺は良い笑顔とグッドマークを玲奈に送った。
玲奈が呆れた顔になっているのを無視して、俺は階段に腰を下ろすと、完全に観戦モードに入った。
野球観戦の様にビールでも一杯飲みたいが、ここはダンジョン。酒どころか飲み水ですら制限のある場所だ。
そのせいでお菓子すらないので、素直に玲奈の戦闘を観戦する事にする。
………。
観戦を開始して30秒……。
「……は?」
俺が啞然の瞳で見つめるその先には、直径10メートル以上はあるクレーターができ、周囲の湿地帯の水が水蒸気として立ち込めていた。
クレーターの目の前に立つ玲奈の後姿は、何とも言えない覇気を纏っている様にすら見える。
いや、それは、今の光景を見たから錯覚を起こしているのかもしれない。
何があったのか説明しよう。
俺が観戦モードに入るのと同時に、戦闘が開始した。
最初に動いたのはテラポイズンスライム。巨体に見合わないスピードで玲奈にタックルをかました。
ただのタックルといえど、その巨体から生み出されるエネルギーは相当なもので、当たればタダでは済まないダメージを負うだろう。
しかし、消えたと見紛うほどの速度で動ける玲奈からしたら、止まって見える程にのろまだ。
余裕をもって躱した玲奈は、テラポイズンスライムの真後ろに回り込むと、頭上に手を向ける。
そして、テラポイズンスライムの頭上に小さな光が生まれた。
最初は小さかったその光は、徐々に大きさと光が増していく。
それと同時に、俺の身体からバカみたいな量の魔素が吸い取られていく。一瞬、脱力感が襲い、倒れそうになるが、手をついて何とか耐えた。
未だバカみたいな量の魔素を吸われて苦しいが、その要因たる玲奈に目が離せないでいる。
膨張しようとする魔力と、それを抑え込むように眩い光が収束していく。太陽と見紛う程に強い光と熱を発するその球体は、直径5メートルを超えていた。
目を開けるのがやっとなほど明るい球体は、あまりの熱量に、テラポイズンスライムの周囲数メートルの水が蒸発していく。
そして、明かに体の殆どが水で構成されているテラポイズンスライムも、沸騰し始める。
一体どれぐらいの魔素を注ぎ込んだのか分からない光の玉が、テラポイズンスライムに向かって放たれた。
まるで隕石のようなエネルギーを放つ光の玉がテラポイズンスライムに触れた瞬間、スライムのジェルが一瞬にして蒸発した。
だが、その水蒸気でテラポイズンスライムの姿が見えなくなることは無い。なぜならば、あまりにも光の玉が熱すぎて、水蒸気が熱されているからだ。
すべてを喰らいつくすように落ちていく光の玉は、テラポイズンスライムの全てを蒸発させてなお、勢いが止まらず、地面に接触した。
次の瞬間、湿地帯ゆえに水分を多く含んだ土が熱によって蒸発する。
本来ならば、大気に拡散していく水蒸気が、土によって逃げ道を塞がれてしまう。
その結果、圧倒的な圧力が瞬時に発生し、上の土を吹き飛ばした。
凄まじい轟音が周囲に轟く。耳をつんざく音が通り過ぎたと思えば、飛び散った土が服を汚す。
しかし、それでもなおエネルギーを失っていないのか、光の玉は土を溶かしながら少しずつ地面に埋まっていく。
そして、それから20秒間ほど地面を侵食した後に、エネルギーを使い尽くしたのか、光の玉が消えた。
「……おい、玲奈…お前」
「…………それ以上先は言わないでください。分かっていますから」
玲奈は真っ赤な顔でそう言う。
どうやら、これは恥ずかしかったようだ。
まあ、人間はミスをするものだ。
玲奈が人間かどうかは置いておいて、玲奈はこれ以上言ってほしくなさそうなので、これ以上は言わない。
「……今回の戦闘で、どのくらい魔素を使った?」
「そうですね……ざっと250%ほどでしょうか」
なぜ100%を超えているのかと言うと、俺の〈世界樹の翼〉と〈一樹百穫〉のスキルで、魔素を渡す事が出来るからだ。
「250%か……オーバーキルだったにせよ、一体あたり150%は消費するな」
「そうですね。私もそれくらいだと思います」
「……だとすると、7階層はまだキツいな」
いくら〈世界樹の翼〉で魔素が無限でも、回復にはある程度時間がかかる。
複数連戦になれば、魔素切れで俺と玲奈が動けなくなる可能性もありえるのだ。
そして、それは即ち、死を意味する。
「最悪、3体同時でも対応できる手段がほしい。俺が参戦できればいいんだけどな……」
「……それで思ったんですけど、正吾さん。魔法は持ってませんけど、〈神通力〉を持ってますよね? 試してみました?」
「……それだ!」
完全に忘れていた。魔法スキルはないけど、俺には〈神通力〉があったんだ。
言い訳じゃないが、スライム相手にジェネラルゴブリンの様な攻撃をしても効果が無いと思っていた。
だけど、それに囚われる必要はない。
「はぁ……最近ダンジョン教会の仕事ばかりで脳みそが溶けたのかもな。でも、指摘してくれてありがとうな、玲奈」
「い、いえ……」
なぜか玲奈が少し照れているのを横目に、俺たちは6階層へ戻り、メガポイズンスライムで実験をすることにした。
結果は……驚くほど簡単な勝利だった。
「……なあ、玲奈。これまでの苦労は何だったんだろうな?」
「それ、私の言葉だと思うのですけど? 戦ってたの私ですし」
呆れ顔の玲奈に、俺は苦笑するしかなかった。
ーーー
〈神通力〉
・物質、エネルギーを操作する力を持つ。
・発動には魔素を消費する。
・レベル上昇により、出力と操作範囲が上昇する。
ーーー
これが〈神通力〉のスキル内容なのだが、俺がやったのは至って簡単だ。
スライムの核を〈神通力〉で引っこ抜くだけ。それだけだ。
魔素もほとんど使わず、エコで効率的。勝りに理想的な手段だ。
「……なんだこれ、今までの戦いって無駄だったのか?」
「無駄とは言いませんが……正吾さんのせいでゴブリン以下の存在になりましたね」
玲奈のため息交じりの声に、俺は頭を抱えた。
その後、俺たちは時間の許す限り7階層でレベル上げに励んだ。その結果として、1日で30レベルアップと言う快挙を成し遂げたのだった。
ちなみに、帰った後にお風呂に3回入り、洗濯も5回した。臭いが取れない……。