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第四十話 オークション開始




 9月9日。この日、世界中の注目は、ある一点に集中していた。


 『ダンジョン教会オークション』……そう、各国がテロップにその名を表示し、主要ニュースとして報じている中、日本・新宿には各国メディアのカメラマンやリポーターが集結していた。


 一個何百万もする高価なカメラが並ぶ光景は、異様としか言いようがない。そんな熱気を湛えた様子を、俺と玲奈はビルの上から眺めていた。


「スイキョウ」

「何でしょうか? セイント様」

「まるで人がゴミのようですね」

「……(言わないでおいたことを言いやがった)」


 玲奈が放ったのは、まさかのムスカの名言。とはいえ、その言葉が思わず口をつくのも理解できる。


 ビルの上から見下ろす光景は、確かにそう言いたくなるようなもので、多くの人々がこちらにカメラを向け、注目を集めている。

 その視線の全てが自分たちに集まっていると思うと、ゾクゾクするような高揚感があった。


 だが、俺も玲奈も、ここで調子に乗るようなバカではない。調子に乗りすぎて失敗した事例など、歴史を振り返らなくても誰もが経験している。

 まあ、過去にそれをやらかして捕まった俺が言えることではないが……。


 そんなくだらない話をしていると、開店まで1時間を切ろうとしていた。


「セイント様。そろそろお時間になるので、私は準備に向かいます」

「ええ、スイキョウ、後は任せましたよ」


 玲奈がスイキョウと呼んだように、〈黒幕〉を使用して、女の姿に変装している。

 今回は、威厳を見せる為にスーツを着込んでおり、ジャージ姿ではない。


 流石に、人の上に立つ人間が、ジャージだと色々支障があるからね。

 おしゃれとは、他人のためにする。とは誰が言った言葉なのだろうか?

 俺はその人物を知らないが、良い事を言うと思ったものだ。


 閑話休題。


 それは兎も角、俺はドア一つ向こうの部屋へと行くと、昨日雇ったバイト達が待機していた。


 本日は出勤してくれたバイトは3人。その中には岸辺さんもいる。

 現在雇っている中で一番年上の彼女をバイトリーダーとした。


 今日の業務では、俺も〈鑑定〉を使い現場で指揮を執れるが、1週間もすればほとんどをバイトたちに任せることになるだろう。


 岸辺さんには正社員希望の意思もあるようだから、経験を積ませることで、即戦力として育てる狙いもある。


「では、バイトの皆さんこんにちは。昨日もお会いしましたが、改めて自己紹介を。私はスイキョウと申します。セイント様のお付として今日から1週間はここにいますが、それ以降は皆さんが主体で回していくことになります。……ここまでで、質問はありますか?」


 俺がそう尋ねると、岸辺さんが手を挙げた。


「岸辺さん、どうぞ」

「……はい。バイト主体で回すとおっしゃいましたが、責任の所在について伺いたいです」


 ほう、なかなか鋭い質問だ。責任の所在を明確にしたがるその姿勢は、評価に値する。


「……これは後で話すつもりでしたが、責任の所在は私にあります。何か問題が起きた時、バイトリーダーが対応できないと判断した場合には、私に連絡をしてください。もしも連絡がつかない場合は、再度試みてください。それでもつながらなければ、以降の連絡は不要です。

 なお、警察が必要な案件の場合には、私の判断を待たず、速やかに通報してください。これでよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます」


 責任問題については早めに解決したいところだが、ダンジョンの探索中に連絡対応ができないことも考えられる。

 こうした状況に対応できる人材が必要だ。とはいえ、現在の最年長である岸辺さんはまだ大学生で、卒業まで1年半もある。


 『大学を辞めて入社しろ』と言えるわけもなく、別の手を考える必要があるだろう。


「さて、次に鑑定の手順をお話しします。事前にお渡しした資料にも記載がありますが、一応口頭でも説明しますね。

 まず、お客様からアイテムを預かります。そして、それがダンジョン産のアイテムであることを〈鑑定〉で確認します。

 ダンジョン産と判定された場合は、その名前と効果を紙に記載してください。逆にダンジョン産でない場合は、お客様に物品を返還し、速やかにお帰りいただくよう伝えてください」


 ここで岸辺さんが再び質問を挙げた。


「少しよろしいでしょうか? もしお客様が暴れた場合は、どのように対応すれば良いでしょうか?」

「その場合は、警察に通報した後、近くにいるSDT(Special Dungeon Team)が対応してくれると思います」


 SDTは、SATと同様の経緯で設立された治安部隊だ。

 ダンジョン関連の凶悪犯罪に迅速に対処するために編成されており、東京都内だけでも500名が配属されていると聞いている。


「一応、暴れるお客様に対しては反撃せず、まずは逃げることを最優先にしてください」

「「「はい」」」


 その後、細かな業務手順について説明を続けた。


 ……説明は長かったが、事前に手順を記載したマニュアルも配布してある。さらに俺が1週間ヘルプでつくので、徐々に慣れていけば問題ないだろう。


 腕時計を見ると、開店まであと10分。

 窓の外を確認すると、すでに長蛇の列ができていた。あの列が、オークションに出品したい人たちなのだろう。


「さて、ここから忙しくなりますから、各自気を引き締めてください」


 こうして、ついにダンジョン教会のオークションがスタートした。



~~~



 ……つ、疲れた。12時の開店から8時間が経過し、時刻は午後8時。


 押し寄せる客に対応しっぱなしで、休憩もままならず働き通しだった。


 そんな中、〈鑑定〉スキルを持つ俺たちとは異なり、玲奈は奥でにこやかにこちらを見ているだけの『マスコット』状態だった。


 いや、玲奈が〈鑑定〉を持っていない以上、仕方がないとはわかっているが、それでも憎まれ口のひとつも叩きたくなる。


 しかし、ここは人前。俺は『スイキョウ』として、玲奈は『セイント』としての振る舞いを徹底しなければならない。


「スイキョウ、お疲れ様ね。バイトの皆さんも本当にお疲れ様でした。今日は特段忙しかったと思うし、これは私からのプレゼントよ」


 玲奈は懐から1万円札を3枚取り出し、それぞれのバイトに渡していった。


「これで美味しいものでも食べてきてくださいね」


 玲奈の気遣いの一言に、バイトたちは目を丸くしてから嬉しそうに受け取った。


「あ、ありがとうございます!」


 彼らはそれぞれ1万円札を大事そうに財布にしまい込む。


 一応、大人になればこうした『渡し物』は賄賂扱いにされかねないこともあるが、大学生ならば問題ないだろう。


「皆さま、本当にお疲れさまでした。片付けは私がしておきますので、今日は早めに上がって結構ですよ」

「えっ、よろしいんですか?」

「ええ。鍵を閉めるのは私の役目ですし、あとは戸締りを確認するだけですから、気にせず帰ってください」


 とはいえ、日本人特有の勤勉さか、先に上がることに罪悪感を抱いているのか、彼らは申し訳なさそうな顔をして帰っていった。

 実際、大した作業は残っていないのだが、こういった部分で『真面目な国民性』が出るのは面白いものだ。


 まあ、雇う側としては都合が良いので、わざわざ突っ込むつもりもない。


「さて、スイキョウ。今日は本当にお疲れ様」

「いえ、大したことではありません。ただ、これがあと1週間続くと考えると、少し憂鬱です」

「ふふ、そうでしたね」


 そんな軽口を叩きながらも、窓や扉の戸締りを確認する。

 最後にパソコンの電源を落とし、部屋を出て鍵を閉めたところで、やっとすべての仕事が終わった。


 腕時計を見ると、時刻は午後8時半。予定より少し遅れたが、この時間ならまだ夕食に間に合いそうだ。


「セイント様、夕食は私が取っています」

「そうですか。ならスイキョウにエスコートしてもらいましょうか」


 玲奈は軽く手を差し出す。それを受け取る形で、俺は彼女をエスコートしながらオフィスを後にした。



~~~



 新宿通りには無数のタクシーが停まっている。それこそタクシーだけで列ができるほどだ。

 その中の一台に乗り込み、運転手に行き先を告げると、しばらくして目的地に到着した。


 向かった先は皇居の隣、東京駅前。そこには、トー横ダンジョンと同じく『東京ダンジョン』と呼ばれるダンジョンが存在している。


 そのせいもあり、午後9時を回っているのにも関わらず、冒険者と一目で分かる格好をした若者らが散見された。

 その中には、返り血が付いた人までもいるのにも関わらず、誰一人として気にしていないのが不思議だ。


 そんな光景をタクシーに出ながら思う。

 本当に日本……いや、世界が変わったんだな、と。


 そんな事を思っていると、近くに居る若者が俺たちの存在に気が付いた。


「……まって、あれってセイントじゃね!」


 周囲どころか、遠くまで聞こえるほど張り上げられた声は、瞬時にして俺たちの存在を知らしめた。

 瞬間、大勢の人々が一目見ようと押しかけてくる。


 しかし、それでも日本人と言うのは素晴らしい。どんなに人が押しかけようと、一定以上は近づかないよう気遣ってくれる。


 8時間の激務の後に、これだけの量の人に押しかけられたら、全員殺していたところだ。

 そうしなくて済んだ『日本人』と言うモノに感謝しよう。


「さて、セイント様。行きましょうか」


 俺は玲奈の手を引いてエスコートをする。


 優雅に歩く俺たちだが、わざわざ人目の付く東京駅前まで来たわけじゃない。

 ここには下見に来たのだ。


 この日本には発見済みのダンジョンが900以上ある。

 未だ発見され続けるところを見れば、未発見の物も合わせ、2000に届くと唱える人も居るぐらいダンジョンの数は多い。


 しかしながら、その中でアクセスの良いダンジョンは驚くほどに少ない。200箇所。それが、この日本において、ダンジョン探索が可能と言われる数だ。


 しかも、この数は片田舎などにある物も合わせての数で、より大規模な人数がアクセス可能なダンジョンとなると、もっと少なくなる。


 例えばだが、東京23区内にあるダンジョンは25個存在する。

 だが、その中で、鉄道を主とするアクセスが容易なダンジョンとなると、6つしかない。


 一つ目が、西武新宿線、中央線、総武線などが通る要所。新宿『トー横ダンジョン』。

 二つ目が、東海道線が走り、乗り換えの中継点として重要。『品川ダンジョン』。

 三つ目が、東海道新幹線をはじめとする全国の新幹線のターミナル駅。『東京ダンジョン』。


 この三つが、遠くからもアクセスが容易なダンジョンだ。そして……。


 四つ目が、東京メトロ、JR、東急線、京王線の頭線が交差する。『明治神宮ダンジョン』。

 五つ目が、JR埼京線、東武東上線、西武池袋線と言った関東平野の北側に伸びる線路の中心。『池袋ダンジョン』。

 六つ目が、東北、北陸方面への新幹線が発着し、京成線で成田空港へのアクセスも可能な『上野動物園ダンジョン』。


 これらが、鉄道でのアクセスが容易で、より人の集まるダンジョンたちだ。


 そんな中でも特に東京駅は、新幹線だけでも10路線を抱える交通の要所。その前にダンジョンがあるとなれば、盛り上がらないはずがない。

 

 俺たちも当初、この東京駅前にダンジョン教会の第2支部を構える計画を立てていた。しかし、不動産業者の都合か、謎の相手にテナントを奪われてしまったのだ。


 それを今更嘆いても仕方がない。東京駅周辺の好景気が続く限り、テナントが空く気配はないだろう。


 そこで考えたのが、露店を出すという案だ。

 東京駅から皇居へと続く道は綺麗に整備されており、人の流れも多い。この場所を借りて露店を開くのは、理にかなった選択だろう。

 食料品ではないため、食品衛生法にも縛られない。千代田区の許可さえ取れれば実現可能だ。


「……ここに露店、ですか。かなり良いアイデアですね」

「はい。露店の出店には千代田区の許諾が必要ですが、条件を満たせば実現できる見込みは高いです」

「そうですか。ちなみに、その許諾を取るまでにどのくらい時間がかかりそうですか?」

「そうですね。申請してから、短くて1カ月。長ければ3カ月ほどかかるでしょう」

「最低1カ月ですか。少し長いですね」

「仕方がありません。行政の対応が遅いのは、どの時代でも同じですから」


 とはいえ、手がないわけではない。

 通常の窓口では時間がかかるが、上層部……たとえば千代田区の区長に直接掛け合えば、許可を早められる可能性がある。

 ただし、アポイントメントがすぐ取れるわけでもない。試しに明日の午前中、区役所に赴いてみることにしよう。


「セイント様、そろそろ夕食の時間になります。予約しているレストランが近くに在りますので、向かいましょう」

「ええ」


 俺たちは、徒歩のままビル街を歩く。

 時の人であるセイントが現れたことで、周囲が騒然としていたが、ぶしつけな目線とカメラを無視しながらも、目的地であるレストランに向かった。


 ちなみに夕食を食べたレストランでも、視線が集まりすぎて落ち着かなかったのは言うまでもない。




これにて二章が終わりました。閑話の次の第三章からは1日1話投稿に切り替えます。


ダンジョンオークションの流れ。


ダンジョン産アイテムを確認。→アイテムの名前と効果を記入。→ダンジョン教会アカウントにある個人QLコードをスキャン。→お客様にオークション開始金額と、期限を聞く。→お客様が利用規約にチェックを入れたら終わり。

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