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第三十九話 CIA職員との会談




 ドアを開けた先にいたアメリカ人女性は、礼儀正しく一礼すると、玲奈に向かって話しかけた。


「こんにちは。少しお時間をよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」


 彼女は俺には一切目を向けず、玲奈だけを見据えている。

 この対応からして、かなりのお偉いさん相手の交渉に慣れている人物なのが一目で分かる。


 俺は玲奈の部下らしく、無言で椅子と机をセットし、会談の場を整えた。


「こちらへどうぞ」


 俺が椅子を引きながらそう促すと、アメリカ人女性と玲奈は俺が準備した席へ移動した。

 配信機材が部屋の片隅に残ったままだが、そんなことはお構いなしに話が始まる。


「初めまして。私はCIAのキャサリンと申します」


 そう名乗りながら、キャサリンは懐からCIAの身分証を取り出した。


 その身分証には鷹のマークが掘られている。

 間違いなくCIAの身分証明書だ。


 玲奈は顔を隠すベール越しに、暗に『確認した』と伝えるよう、軽く首を動かして応じた。


 一方で俺は、配信機材を片付けながら、玲奈とキャサリンのやり取りを観察する。

 キャサリンの立ち居振る舞いからは、かなりの場数を踏んできたことが伺えた。


「キャサリンさんですね。私の名前はご存じかと思いますが、一応ご挨拶を。私はセイントと申します」

「ええ、セイントさん。お目にかかれて光栄です」


 キャサリンは玲奈を前にしても一切の緊張を見せず、軽く挨拶を交わした。

 さすがはCIA職員、肝の据わり方が違う。


「それで、キャサリンさんは、どのようなご用件で?」

「そうですね。まず最初に……聖女セイントさん。貴女はアメリカ合衆国に渡航されるご予定、あるいはその意思はおありでしょうか?」

「……」


 これはまた、随分とストレートな切り出し方だ。


 駆け引きや遠回しな話が出るかと思っていたが、キャサリンはそうした手間を省いたらしい。


 セイントの性格を考慮してなのか、それとも回りくどい話方が嫌いなのかは分からないが、ストレート勝負に出たのだろう。

 映画で見るCIAとは違うが、時間を無駄にしたくない俺たちからしてみれば、ありがたい限りだ。


「……私は今現在において、アメリカ合衆国への渡航、あるいは亡命を考えてはおりません」

「そうですか。いやー、元々ダメ元でしたが、上に説明するのが億劫ですね」


 アメリカ人らしくオーバーリアクションでそう言うキャサリン。

 普通ならばうざいようなリアクションだが、キャサリンからは不快な雰囲気を何故か感じない。


「……それで、キャサリンさんのお話は終わりでよろしいのでしょうか?」

「いやいや、そんな事はありませんよ。色々、聖女セイントさんには聞きたい事がありますからね」

「そうですか。私も時間的に余裕のある立場では無いので、お早めにお願いしますね」


 玲奈が暗に『帰れ』と言っているのだが、そんな事にもキャサリンは『いやー、すみませんね。私も仕事なもので』と言い、玲奈の嫌味を受け流す。


「ですが、お早めに済ませたいと思っています。まず、私がセイントさんに聞きたいことは大まかに分けて2つあります」


 キャサリンはそう言いながら、懐からノートとペンと録音機を取り出すと、玲奈の話を一言一句聞き逃さない様に準備をした。

 それはまるでゴシップ記者さながらだが、一応これでもCIA職員だ。


「まず一つ目に、私たちはダンジョンの情報を求めています。セイントさんにはダンジョンの事を教えていただきたい」


 まあ、これは聞くよな。今アメリカがどの程度ダンジョンを攻略できているのかは知らないが、確実に5階層を突破出来てはいないだろう。


 それに4階層の攻略ですら難航していそうな予感がする。その理由としてはアメリカがダンジョン5階層へ到達と言うニュースを見ないからだ。


 今やダンジョンの攻略は、冷戦時代の宇宙競争の体をなし始めている。大国と呼ばれる国々は、ダンジョンの攻略状況で軍事力を示し、競い争っている。

 現状では、アメリカ、ロシア、中国が4階層に到達と公的に言っている。だけども、一つとして5階層へ到達したと言うニュースを聞かない。


「……ダンジョンの話ですか。そう……ですね。私からあなた達に伝えるのもやぶさかではありませんが、それでは『不公平』です。もしも、私がダンジョンの事を説明するならば配信か……」

「……対価を支払った者だけ…と言う訳ですね」

「ええ」


 玲奈は薄く口元を緩ませ、聖女とは思えないほどの冷ややかな微笑を浮かべた。

 その表情に、キャサリンもわずかに動揺する。


「おお、怖い。聖女とは思えない顔をしますね」

「ふふ、聖女とはいっても、私も1人の人間です」

「……そうですか」


 キャサリンは微妙に引きつりながらも、玲奈の言葉を受け止めた。


「それで、聖女様はCIAに何を望んでらっしゃるので?お金ですか?」

「ふふ、お金なんてご冗談を。どうせ1週間後には、あなた方がオークションで大金を落としてくださるのですから」

「……は、はは。我々も落札できる様に頑張ります……よ」


 ……え?…いや、そうか。……あまりの口の上手さに驚いて声も出せない。


 玲奈は嫌味を言いながらも、相手に情報を吐かせた。


 ポーションを落札すると言う事は、アメリカはポーションを持っていないか、ごくごく少数な事が、この一言で分かってしまう。

 そこから分かるのが、アメリカのダンジョン攻略状況だ。

 今現在において、アメリカは4階層をまともに探索出来ていない。


 そして、CIA職員になれるほど優秀なキャサリンは、自分のミスに気が付いてしまう。

 その内心はきっと慌てふためいているだろうが、キャサリンは億面には一切出さず、冷静を保とうとしていた。


 しかし、そんな努力も玲奈の顔一つで崩されてしまう。

 たった一つの笑顔。ベールの隙間から見える笑顔で、暗にすべてを分かっていると示した。


「ふふ、キャサリンさん、迂闊ですね。ですが、心配なさらず。私はそれを利用するつもりはありません」

「……お気遣い、痛み入ります」


 キャサリンはうなだれながらも、形だけの礼を述べた。

 キャサリンが途中まで作り上げてきたペースも、一瞬にして玲奈に奪われた。


 だが、それでも彼女は目の奥に微かな意思を宿している。どんなに押し込まれても、情報を引き出す使命を果たそうという意志の現れだろう。


「さて、雑談はこの程度にしておいて、報酬の話をしましょう。キャサリンさんが望む情報はダンジョン4階層の情報でよろしいでしょうか?」

「……はい、そうです」

「では、私が望む対価をお伝えしましょう。それは、アメリカ合衆国全域でのダンジョン探索権です」

「……探索権……ですか?」

「そうです。私を含む1パーティー6人分の永続的なダンジョン探索権をいただきたいのです」


 キャサリンは、どんな無茶な要求が出てくるのか覚悟していたのだろう。だが、この意外な提案に、一瞬困惑した表情を浮かべる。


 アメリカの永続ダンジョン探索権。それもたった6人分。


 一見すると非常に控えめで貧相な条件だ。

 しかし、これは単なる個人の探索権ではない。アメリカでの活動を極秘裏に行う可能性を視野に入れている、計算ずくの提案だった。


「……わかりました。その程度であれば、私たちの権限内で対応できます」

「それはありがたいですね」


 玲奈は余裕たっぷりの笑みを浮かべると、静かに頷いた。

 しかし、玲奈の雰囲気は冷徹そのもので、笑顔の裏には隠しきれない威圧感が滲んでいる。


「では、確約が取れたところで、お話を進めましょう。キャサリンさん、どこから聞きたいですか?」

「どこから……と言いますと?」

「ダンジョンの話と一口に言っても、いろいろあります。例えば、4階層に出現するモンスターの情報などがそうですね」

「じゃ、じゃあ……その話からお願いします」


 キャサリンは、一瞬躊躇いながらも、聞きたかった情報に話を進めた。


「わかりました。ダンジョン4階層に出てくるモンスターは、3階層のボスモンスターであるホブゴブリンと同じ種類のものです。これはご存じですよね?」

「はい」

「4階層のホブゴブリンのレベルは50で、3階層のホブゴブリンの2倍のレベルです。ですが、4階層のホブゴブリンを、2倍程度の強さと侮るのはやめておいた方がいいでしょう。4階層のホブゴブリンは防御スキルを複数持っており、生半可な攻撃では倒せません」


 ここでおさらいしておくと、ホブゴブリンは〈痛覚耐性〉〈鉄壁の盾〉〈重量軽減〉〈防御力上昇〉と言う4つのスキルを持っている。

 特に厄介なのが〈鉄壁の盾〉と〈防御力上昇〉だ。これらのスキルがホブゴブリンを異常なまでに強くしている。


「……なるほど。では、どのようにホブゴブリンを倒せばいいのでしょうか?」


 キャサリンは、ごくごく簡単な質問をする。

 しかしながら、その裏に籠った意味は、決して簡単ではない。


 アメリカがここまで苦戦しているという事は、歩兵が携行する武器では4階層を攻略することが難しいという事を暗に言っている。


 例えばだが、対物ライフルや、無反動砲。中にはミニガンやM2機関砲を使用したかもしれない。

 しかし、それらを駆使してもダンジョン4階層を攻略するのが難航しているのだろう。


 こういった裏を即座に読んだ玲奈は、適切に回答を返した。


「その答えは、至って単純です。数を減らしてください」

「……え?数を……減らす?」

「はい、アメリカが一体何人でダンジョン攻略しているのかは知りませんが、大人数で攻略しているのではないですか?」

「…………それは」


 言いどもるキャサリン。

 機密情報だから言う訳にはいかないのだろうが、その反応だけで最低でも小隊(30人から50人)程度の規模なのだろう。


 確かにダンジョンが現れる前の世界ならば、それでよかった。しかし、もう世界は変わっている。


「軍隊として数の力に頼るのは悪い事ではありません。しかし、ダンジョンでは通用しないどころか逆効果と言えるでしょう」

「……」

「レベル1の人間が100人集まろうとも、3階層のボスモンスターを倒す事は困難です。逆に、レベル100の人間ならば3階層どころか、4階層を1人で攻略する事も可能でしょう」

「……」


 玲奈が言う事。それは、個人が力を持つ世界の到来。

 特殊部隊の一個小隊よりも、レベルを上げた1人の方が力を持つ世界。


 そんな恐ろしい世界が来ることを、玲奈は暗に伝えたのだ。


 そして、優秀なキャサリンは、その世界を想像できてしまう。

 個人が力を持った乱世の時代を。


「さて、キャサリンさん。ここからは私の独り言を話そうと思います」


 玲奈の急な言葉に、キャサリンは困惑を隠せない。

 しかし、そんなキャサリンを無視して、玲奈は続けた。


「世界はすでに変わっています。いや、まだ変わり続けているのかもしれません」


 世界の変革。

 それは、キャサリンどころか、世界中の人々が肌で感じている事だ。


 しかし、玲奈は一歩引いた目線から話をつづけた。それは、まるで神の様な目線で。


「適者生存こそがダーウィンが解いた進化論です。人間もホモ・サピエンスと言う動物である以上、対応しなければ絶滅するのは必至。これからの時代、強者では無く適用したモノが生き残る事でしょう」


 預言にも似た独り言。

 もしも、玲奈以外が言ったのであれば、鼻で笑われるような内容だが、セイントと言う存在から発せられた言葉には、世界を動かすだけの力があった。


「さて、独り言はここまでにして、話を戻しましょうか」


 玲奈が話を戻せば、怖い想像の中に居たキャサリンも、強制的に引き戻された。

 

「ダンジョンでは数の力は意味がなくなります。いくら数の力で突破しようとも、5階層で躓くのがオチです。それよりかは、1人1人のレベルを伸ばし、ステータスを伸ばした方が賢明と言えるでしょう」


 玲奈は、そこまで言うとペットボトルに入った水を飲む。

 その行為自体が、話しの終わりを告げていた。


「さて、これでダンジョンの話はおしまいです。それで、二つ目の質問とは?」


 空になったペットボトルをテーブルに置きながら、問いかける。


「……はい。ポーションについてです」

「ポーションですか」


 玲奈は一瞬、感情の読めない目を細めた。


「我々は、ポーションに関して強い関心があります。少しでもいいので、有益な情報があれば教えていただきたい。出来るのであれば……」

「譲って欲しい……と?」

「はい」


 玲奈の声は淡々としているが、言葉にはわずかな棘が混じっていた。


 それもそのはずで、オークションで出品しているのにも関わらず、裏取引でポーションをゲットしようとしているのだ。

 しかも、こちらが主催しているオークションが故に、決して気分が良いモノではない。


「……私としては、オークションに参加してくださいとしか言えませんね」

「そこを何とかなりませんかね?」


 食い下がってくるキャサリンも分かっているのだろう。これが無理筋な事は。

 しかし、彼女もまた仕事で来ている。給料分お仕事をしているに過ぎないので、彼女を怒るのもお門違いだろう。


「……そう……ですね。即金で100億円。その金額ならば、売っても構いません」


 1個、100億円でならば、取引をする。

 しかしそれは、現実的ではない金額だ。故に、キャサリンも値下げ交渉をしようとするが……。


「もっと……」

「先に言っておきますが、私たちはこの値段を下げるつもりはありません。もともと売る気では無かったのですから」

「……」


 重ねるように紡がれた言葉に、キャサリンは次の言葉を失ってしまった。


「さて、ポーションの話は終わりですかね。まだ、聞きたいことはありますか?」

「……いえ」

「では、話しは終わりですね。なんだかんだ30分ほど話し込んでしまいました。例の件をよろしくお願いしますね」

「……はい」


 玲奈は席を立つと、礼儀正しく頭を軽く下げて、部屋から出ていった。

 俺は、ひとまとめにしていた配信機材を持つと、玲奈の後ろについて行く。


「キャサリン様。失礼いたします」


 俺はお付としての身分からそう言い部屋を出ると、玲奈が部屋の外で待っていた。

 人目は無くとも、人目に着く場所である事から、一貫してお付としての立ち振る舞いで玲奈に接する。


「セイント様。タクシーはすでに準備しております」


 バイク出来たのにも関わらず、タクシーで帰るのはキャサリンが居るからだ。

 CIAとは言えど、1人行動をするとは思えない。絶対が外を見張っていることだろう。


 そんな彼らに、余計な情報を渡さないためにも、わざわざタクシーで帰る選択をしたのだ。


「分かりました。では、行きましょうかスイキョウ」

「はい」


 俺たちは、下で待機していたタクシーに乗り、近くの駐車場まで向かった。


 


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