第三十八話 ダンジョンオークションサイト2
涼太から逃げるように出て来た俺たちは、バイクに乗ってホテルに向かっていた。
もちろんのことだが、ホテルに行くのは玲奈の配信をするためだ。
バイクを走らせる事10分。ついたホテルは品川駅の近くに在るビジネスホテル。
このホテルを選んだ理由は、午前1時からのチェックインが可能だったからだ。
「セ、セイント様……!」
ホテルの受付に立っていた女性が、玲奈の姿を目にした瞬間、固まる。
あまりの驚きからか、手に持っていたペンを床に落とすほどだ。
本来、受付業務中に私情を挟むなど言語道断だが、玲奈はそんな受付嬢ににこやかに微笑みかけた。
場の空気を和ませる。
その立ち居振る舞いに、俺は改めて玲奈の器の大きさを感じた。
ちなみに、俺は〈黒幕〉で黒髪ロングのポニーテールの女性……スイキョウに変身している。
「森さん、しっかりしてください」
隣にいた男性の受付スタッフが、固まっていた受付嬢の肩を軽く揺らす。
それで正気を取り戻したのか、森と呼ばれた受付嬢は顔を赤くしながら何度も頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「大丈夫ですよ。これも有名税というものですから」
玲奈は17歳ながら、大人びた対応を見せた。
聖女として振る舞っているだけだとしても、普通なら有名人としての自尊心や優越感が出てもおかしくない。それを全く表に出さないのが彼女のすごいところだ。
俺もこの立場になってみると、優越感やら妙な自尊心が湧いてくるのを自覚するが、大人としてそれを押し隠している。
「ほ、本当に失礼しました。い、今すぐ受付をいたします!」
まだ少し緊張気味の受付嬢が、震える手でタブレットを差し出してきた。
玲奈はそのタブレットを受け取り、手際よく受付を済ませると、軽く挨拶をして部屋に向かった。
「ふふ、あの方、とても可愛らしい方でしたね」
玲奈の言葉に、思わず心の中で突っ込む。
『いや、それは年上が年下に言うセリフだろう』と。
玲奈の精神年齢は一体何歳なんだろうな……30代以上としか思えない。
~~~
部屋に入ると、早速配信の準備に取り掛かった。
涼太の家で配信枠はすでに立ててきたため、カメラの設置と配信ソフト(OBS)の準備だけで済む。
玲奈は涼太から聞いた内容をホワイトボードに書き出し、簡単な台本を作成している。
一方で俺は、カメラをセットし、配信の設定を最終確認した。
「玲奈、準備できたぞ」
「わかりました。私もすぐ始められます」
玲奈は櫛を机に置き、フードを深く被る。
顔が見えないことを鏡で確認すると、カメラの中央に位置するようベッドに座った。
現在の時刻は午後1時58分。配信開始まで後2分。
すでに待機人数は100万人を超えていて、この数字が世間からの期待値であると考えるだけで手が震える。
しかし、逆に言えば、成功すればそれ相応の成果が返ってくる。
ギャンブルと言うには運の要素が少ないが、盤上に乗ったチップならば、負けてないだろう。
「さて、玲奈。後は任せたぞ」
ここからは、玲奈の仕事。後は任せるしかないが、玲奈ならば安心してみていられる。
俺は最後に確認を済ませると、ついに配信をスタートさせた。
「皆さんこんにちは、あるいはこんばんは。私のことを見たことがある方も、ない方もいらっしゃると思うので、まず軽く自己紹介をしますね。私の名前はセイントと申します」
静かに始まった聖女セイントの配信。
コメント欄は配信開始と同時に、読めないほどの速さで流れていく。
「今日は大きく分けて3つ、お話したいことがあります」
いつの間にか、配信がダンジョン教会の報告ツールになりつつある。
最初は玲奈の活動を配信するために配信を始めた。
だが、報告することが多い事と、重大な報告が連続して続いたのが要因だ。
本来の目的とは外れているが、同接が100万人を超え、150万人に迫る勢いな所を見ると、あながち悪いという事もない。
「まず最初のお話しするのは、今回の本題でもある『ダンジョンオークションサイト』の公開についてです」
『ダンジョンオークションサイト』。前々から『いつかはやる』と言っていた事ではあるので、別に意外性はない。
しかし、この発表を待ちわびていた物は多く居るだろう。
そして、その反応はコメント欄とSNSの反応で分かる。
コメント欄の多くは『待ってました!』や『ついにか?!』と言ったコメントで溢れかえっている。
逆にSNSの方では、事前に登校していた予告ツイートが急速な勢いで拡散されて行く。
そして、トレンドを見てみれば、『セイント』が1位。『ダンジョンオークションサイト』が2位を独占していた。
「ダンジョンオークションは、本日から3日後の9月9日の12時からオープンしたいと思います」
今日から3日後の開店。
あまりにも、急速過ぎるが、今の俺たちには問題がある。
『金』だ。金が無いのだ。いくら資金を募ったとしても、設備投資にお金が消えて行く。それこそ、俺たちの手元に入ってくる金は、プラスどころかマイナスなのだ。
もしも1カ月後にオープンとなると、様々な出費で人を雇う金すらも無くなってしまう。銀行から借りようにも、即日借りれる訳でも無い。
だから、3日後にオープンと言う無茶なことをせざるおえなかったのだ。
「一応簡単に説明しますが、ダンジョンオークションサイト、通称『DOS』の利用には、ダンジョン武装探索許可書の所持が必須です。また、出品する場合は、東京都新宿区3丁目XXXにあるダンジョン教会本部に品物を持参、もしくは郵送してください」
コメント欄は早すぎて読めないが、SNSの投稿では『東京に住んでない人どうすんの?』『東京遠いな』といった声が多い。
中には『大島って東京都だけど、新宿までめっちゃ遠いんだがw』というボケかツッコミか分からないモノも見られた。
確かに、大島のような離島も東京都に含まれるが、アクセス面では明らかに不便だ。
「オークションに出品された商品は、WEBサイトに掲載されます。出品期間は1日から1か月の中で選択可能で、その間は入札が行えます。落札された商品は、ダンジョン教会の施設でのみ受け取り可能です」
玲奈が淡々と説明を続ける中、コメント欄は未だ流れるように埋め尽くされている。
その中には『直接受け取り限定?』『地方住みにはハードル高いな』といった意見も散見される。
「受け取りの際には、本人確認とダンジョン武装探索許可書の提示が必要です。これがない場合、落札は無効となり、出品者に権利が戻ります。また、オークション手数料は10%となりますので、その点もご留意ください」
玲奈の説明は一切詰まることがない。まるで長年アナウンサーでもやっていたかのような滑らかさだ。
ここまでスムーズに話せる人間が果たしてどれだけいるだろうか?
少なくとも、俺には到底無理だ。
「オークションの詳細説明は以上です。気になる方は、ダンジョン教会のホームページをご確認ください」
ここで一つ目の話題が終了。すかさず、玲奈は次の話題に移った。
「では次にお伝えするのは、少数の方には大きなニュースですが、多くの方には無関係な話かもしれません。それでもぜひ聞いていただきたい内容です」
玲奈のトーンが微妙に変わり、視聴者の注目をさらに引きつける。
「このたび、私たちダンジョン教会はオークションに特別な商品を出品します。その商品とは……〈ポーション〉です」
その言葉を聞いた瞬間、コメント欄がさらに加速した。『マジか!』『あの〈ポーション〉!?』『どんな効果なの?』など、興奮した視聴者たちの声が溢れ出す。
「以前、私の配信でも紹介したことがありますが、今回の出品では限定10個の先行販売を行います。スタート価格は1,000万円です。オークションの締切日は9月19日午後5時となります。落札者には、こちらから個別に連絡をさせていただきます」
ポーションがオークションに出品されるという情報は、ダンジョン武装探索許可書を持つ視聴者にとって衝撃的だろう。それに伴い、コメント欄やSNSの投稿もさらに過熱していく。
「今回のオークションでは、ダンジョン武装探索許可書をお持ちの方であれば、どなたでも参加可能です。入金方法は日本円での一括振込のみとなります事をご注意してください」
玲奈のこの言葉を翻訳すると『ダンジョン武装探索許可書さえ持っていれば、外国だろうとOK』と言っている。
「では、最後に3つ目のお知らせです。こちらはダンジョン教会からの人材募集についてです」
ここで再びコメント欄が活気を帯びる。『募集って何?』『俺でも入れる?』という声が目立つ。
「もしも〈鑑定〉のスキルをお持ちの方がいらっしゃいましたら、ダンジョン教会で正規社員として雇用したいと考えています。また、アルバイトも募集しています」
玲奈は、事前に作った台本を元に条件を伝えた。
「アルバイトは時給3,000円、正社員は月収80万円で完全週休2日制です。ただし、正社員の場合は〈鑑定〉スキルがレベル10であることが条件となります。18歳以上の方が対象ですのでご了承ください」
これを聞いて興味を持ったのか、コメント欄には『マジか、応募してみるか』『80万ってヤバくね?』といった声が溢れている。
金が無いのに月80万も出していいのか?と思う人も居るだろう。
しかし、金をケチって人が集まらなければ本末転倒だ。それに、ポーションのオークションで現金を集める算段はある。
……おい、そこのお前。捕らぬ狸の皮算用で自爆する未来が見えるって?うるさいわ!
「応募方法はダンジョン教会のホームページにて受け付けていますので、興味のある方はぜひご確認ください」
これで全ての話題が終わり、玲奈が小さく息をつく。
配信は成功だったと言えるだろう。視聴者数は200万人近くに達し、SNSでも次々と関連ワードがトレンド入りしており、1位から5位まで独占している。
「では、本日の配信はここまでとさせていただきます。ご視聴ありがとうございました」
玲奈が丁寧に頭を下げ、配信を終了した。
~~~
「セイント様、お疲れ様です」
「ありがとうございます。これで伝えるべきことは伝えられましたね」
玲奈は微笑みながらフードを外し、再び櫛を手に取り髪を整え始めた。
俺は配信機材を片付けつつ、玲奈の働きぶりに改めて感心していた。
「ですが、流石はセイント様です。あんなに滑らかに話せるなんて」
「スイキョウさんが後ろでサポートしてくれているおかげですよ」
玲奈は軽く微笑みながら答えたが、そこに余裕すら感じられるのが彼女のすごいところだ。
そして、なぜ俺の喋り方がスイキョウのモノになっているのかと言うと、それは、外から近づいてきている気配が原因だ。
〈半神〉で見えるスーツ姿の女性は、普通ならばただのホテルの従業員かと思うだろう。
しかし、スーツの下に隠しているオートマチックピストルを見れば、ただの従業員では無い事が分かる。
次の瞬間、コンコンとドアがノックされる。
「失礼します。少しお時間よろしいでしょうか?」
ドア越しに聞こえてきたのは、流暢な日本語で話す女性の声だった。
「はい、今開けますね」
ドアを開けた先に立っていたのは、予想通り金髪で青い瞳を持つアメリカ人女性だった。