第三十七話 ダンジョンオークションサイト
翌日。
東京から横浜へと戻り、朝を迎えた。時刻は午前7時、なんとも健康的な朝だ。
いつも通り隣で寝ている玲奈をそっとしておいて、朝ごはんの買い出しへ向かう。
もちろん手を出したことはない……いや、ここだけの話、そろそろ我慢するのが限界に近い。だが、玲奈と四六時中一緒にいるため、1人でどうこうするのも難しい。
……まあ、男の性事情なんてどうでもいいか。俺は寝癖のついたままの髪でコンビニへ行き、適当に朝食を2人分買ってラブホテルに戻った。
最近ふと思う。ラブホテルに泊まっているのに、そっち系のことをしないって、なんだか不思議だ。
〜〜〜
部屋に帰ると、玲奈はすでに起きていて、近くのコインランドリーに行く準備をしていた。
こうして家事を分担してくれるおかげで、俺の負担もかなり軽くなっている。本当にありがたい。
「玲奈、コインランドリーに行く前に朝食だけ済ませちゃおうか」
「はい」
この4ヶ月間で、玲奈の好きなものはだいぶ把握している。
玲奈はサンドイッチとコーヒー牛乳を手に取り、上品にもぐもぐと食べ始めた。その姿がまた綺麗で可愛い。背筋はピンと伸び、一口ごとに程よい量を食べている。
玲奈以上に食べ方が綺麗で可愛い人間なんて、この世にいるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺たちは朝食を済ませ、それぞれの作業に取り掛かるため別々の行動を取ることにした。
玲奈は洗濯物を抱えてコインランドリーへと向かい、俺は情報収集と連絡事項の返信を始める。
スマホを確認すると、涼太から連絡が来ていた。内容は……。
『ダンジョンオークションサイトできたけど……どうする』AM3:23
……送信時刻がバカだな。だが、涼太の生活リズムなら仕方がない。彼にとってはこれが昼間なのだろう。
それはさておき、このメッセージはここ数ヶ月待ち続けた報告だ。
涼太への感謝と呆れを胸に、俺は返信を打ち始める。
『涼太、おはよう。ダンジョンオークションの件、本当にありがとう』
『どういたしまして。それで、どうするの?』
『今日そっちに行くから、その時に話す。大体10時くらいだけど、大丈夫か?』
『OK、大丈夫』
『じゃあまた後で』
メッセージを送信し終えると、俺はパソコンを取り出し、ネットニュースを調べ始めた。
スマホでもニュースは見られるが、パソコンだとタブを複数開いて情報を一気にチェックできる。だから俺はニュースは断然パソコン派だ。
そんなことをしながら一通りニュースを読み進める。
最近のニュースは相変わらずダンジョン関連が大半を占めている。
日本でも聖女セイント以外のダンジョン配信者が増え、多くの動画がアップされているようだ。
中には10万人以上の登録者を抱える者も少なくない。
だが、その配信内容を見る限り、ダンジョンへの慣れはまだまだといった印象だった。
「ただいま」
パソコンを閉じたタイミングで、玲奈が洗濯から戻ってきた。
長い髪をポニーテールにまとめ、猫のプリントされた可愛らしいシャツを着た姿は、まるで若妻のようだ。
「玲奈、涼太から連絡があった。ついにダンジョンオークションサイトが完成したらしい」
「ついに……ですか。思えば長かったですね」
「いや、長くはないさ。あれだけのプログラミングを一人でこなしたんだ。2ヶ月で作ったのは異常なほど早いと言える。仮に涼太以外に依頼していたら、どんなに早くても3ヶ月から5ヶ月はかかっていただろうな」
「そう聞くと、涼太さんは本当にすごいですね」
そう、涼太はすごい奴だ。AIを駆使してプログラミングのほとんどを自動化し、仕上げを自分で行う。さらに、各分野でAIを活用することで、まさに100人力の働きを見せるのだ。
「で、今日は10時に涼太の家に行くことになった。玲奈は聖女としての配信を行ってくれ」
「そこでダンジョンオークションサイトを宣伝しろ、と言う事ですね」
「そうだ。まだ詳細や売買のやり方を聞いていないから、涼太の家で講習を受けた後、玲奈の配信をする」
「と、なると、午後2時頃から配信、となりそうですね」
そうだな、2時間を涼太からの講義で使用し、準備時間や復讐の時間で2時間ほどは必要になるだろう。
「そうだ。だからここを9時前には出る意識でいてくれ」
「分かりました」
玲奈は了承しながら、洗濯物を干していった。
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「2人とも上がって」
「お邪魔するぞ」
「失礼します」
時刻は午前10時5分。予定より5分の遅刻だが、この程度は誤差の範囲だろう。
そう思いながら涼太の家に上がると、目の前には足の踏み場もないゴミ屋敷が広がっていた。
以前ハウスキーパーを呼んで綺麗にしたはずだが、半年もしないうちに元通り、いや、それ以上に荒れている。
鼻をつく異臭が漂い、ゴキブリが潜んでいそうな気配もする。正直、今すぐ帰りたかったが、理性を総動員して耐え、涼太の部屋までたどり着いた。
彼の部屋だけはかろうじて床が見える。だが、机の上にはカップラーメンの空容器がいくつも散乱しており、汁が残ったままの容器もある。
「正吾さん、あとでハウスキーパー呼びましょう」
「ああ、そうしよう」
俺たちは意見が完全に一致し、部屋の中で唯一清潔と言えるベッドの上に腰を下ろした。
「それじゃあ早速なんだけど」
涼太はゲーミングチェアに座ると、キーボードをいくつか操作して、ある物をモニターに映した。
それは一つのロゴで、『DOS』と書かれており、その文字の後ろには、ヤクザが持つドスの絵柄が書いてあった。
なるほど『DOS』でドスか。多分だが、ダンジョン・オークション・サイトの頭文字を取って『DOS』になったのだろう。オークションは『Auction』でAから始まるんだけど、日本人ならば、Oでも問題は無いだろう。
「涼太、それがダンジョンオークションサイトか?」
「そうだよ。その名前が長いからこれからDOSって呼ぶけどいい?」
「ああ、構わない。そのDOSの操作方法とセキュリティー面を重点的に教えて欲しい」
「分かった。じゃあ、見せながら説明するから」
涼太は複数枚ある内で一番大きいディスプレイに画像を表示させた。
「じゃあ、最初から説明するよ。まずなんだけど、このオークションサイトは芸術品とかを扱うオークション方式にした。メ〇カリとかの、一般人が気軽に使えるようにする事も考えたんだけど、出品する物が高額になる事が予想された。それと、個人が出品できてしまうと、ダンジョンに関係ない物も取引されかねない。そう言った理由で芸術品とかを扱う方式にした」
なるほどな。オークションサイトは涼太に丸投げしていたから知らなかったけど、そう言う事もあるのか。
でも、そうなると問題がある。
「それは分かったけど、個人が出品出来ないのであれば、どうやって出品するんだ?」
「正吾は新宿にダンジョン教会のフロアを借りたでしょ。ああいう場所で審査してオークションサイトに出品する。もちろんだけど、こちらで一度審査するから、責任はこちら側になってしまう。しかし、個人間が行うオークションでダンジョン製品を取り扱うのは、法的に厳しい所がある。ナイフ一本売るのだって『ダンジョン武装探索許可書』が無いと駄目だ」
確かにそうだな。
で、あるならば、……。
「確かにそうだな。それに、鑑定する人もこちらで雇う目途はある。ただ問題があるとすれば、今現在では新宿にしか拠点が無い事だ」
「そうだね。でも、それは時間が解決してくれるとは、思うけど」
「時間……な」
その時間が今一番欲しい。
なによりもダンジョンオークションは、誰もビジネスに参入できていない。それにも関わらず、需要は日に日に増して行っているのが現状だ。
もちろんの事、ダンジョンは日本全土にある。
そのため、シェアを獲得するには、日本全土か最低でも5大都市には設置しなければならない。
しかしながら、今現在それを行えるだけの資金能力は無い。
出せたとしても大阪に1店舗が限界ラインだろう。
「……まあ、お金と店舗はこちら側で解決する。正直な話、金の当てならば、無いことは無い」
「じゃあ、解決だね。で、次なんだけど。オークション品を出品するとき、WEB上での落札システムを取り入れた。これは後々の為なんだけど、もしも日本全国になった場合、こちらで郵送して近くの店舗で受け取れるようにする為だね」
流石は涼太だ。今では無く未来を見ているのが素晴らしい。
「でも、店舗受け取りにするんだな」
「それはね。ダンジョン武装探索許可書を持っていない人に売ったら、こっち側が犯罪者になっちゃうからね。そうなったら大問題でしょ?」
「……大問題だな」
「だから店舗受け取りにしたんだ。で、次なんだけど、オークションの手数料だね。他社の場合だと、大体が10%から15%だね」
「……まあ、最初は10%だな。店舗とシェアが拡大すれば5%に下げても問題は無いだろう」
「5%だと、あんまり利益出ないけど、…いいの?」
「もともと利益を出す事が目的じゃないからね」
「じゃあ何が目的なの?」
「それは……世界一のダンジョン攻略団体にする。それが俺の目標だ」
この目標は最初からブレずに、俺の中に存在する。
その目標を達成するために、この4ヶ月と少しを頑張ってきたのだ。
「ふふ、なんだか変わったね正吾は」
涼太はクスクスと笑いながらも、長年過ごしてきた友達として、そう言った。
「変わった?」
「うん、正吾は変わった。昔なら、金って躊躇なく言っていた。……何か心変わりでもあったの?」
「別に心変わりって訳じゃないんだけど。捕まる前に溢れるほど金があっても、何も面白くなかった……からかな?」
「楽しくなかったんだ」
「ああ、いくら金があっても、いくら物を買っても、一時の快楽だけで、達成感とか全くないんだよね。それよりも、前の宗教を拡大させてた時の方が、充実していて楽しかった。まあ、結局は捕まったんだけどね」
どんなに金があっても、結局は使い道なんだと知った。
一着500万程の服を買ってみた事もあるが、嬉しかったのはその時だけで、1週間後にはタンスの奥にしまわれていた。
そんな物とは違い、友達に軽く奢ったときの方が、自分的には嬉しかったのを覚えている。
たかだか2万円と500万円。250倍もの差がある金額だが、明かに奢ったときの方が良い使い道だった。
それと同じように、いくらお金があっても意味がない。大事なのは目的とお金の使い方だ。
「お金は目的あっての物だ。いわば『お金=ツール』と言って良い。俺にとってお金とはそう言った感じだ」
「なるほどね。正吾はいい意味で変われたんだね」
「ああ、そうかもな」
なんて、良い話をしているが、そんな時間的猶予を許してくれないのが、目的であり夢である。
1分1秒でも早く動く事で他者との差を広げられる。……それに、こんな話は気恥ずかしくて、長く話していたら羞恥で死にそうだ。
「それよりもさ、オークションサイトの話なんだけど、入金はどういう形にしてるの?」
「ああ、入金ね。それはWEBからログインしてもらって、そこで銀行口座かクレジットの登録をしてもらう」
「……そうなると、こちらに入金されるまで数ヶ月かかるな」
「それは仕方がないよ。必要経費としか言いようがないね」
まあ、これに関しては仕方がない。黒字倒産だけはしない様に気をつけよう。
「それと、セキュリティー面の話も頼む」
「そうそう、セキュリティーね。話そうと思ってた。一応言っておくけど、クラッキングとかウィルスに感染する可能性はある。これは政府にクラッキング事件が起きるように、完璧なセキュリティーは存在しない。でも、出来る限り強固には作っている。そこらのハッカーには抜かれない自信はあるよ」
「それは頼もしいな」
ITやAIと言ったことに強い涼太がここまで言うのだ。相当な物なのだろう。心配する必要はないな。
「で、このセキュリティーシステムなんだけど、高度なAIを使う事で、自動検知と迎撃を行う事ができるんだよ!それに、もしもAIが検知できなくても、刻一刻と変わっていくセキュリティーシステムは突破する事は不可能……」
おっと、涼太のスイッチが入っちゃった。
もう正直何を言っているのかは分からないが、なんとなく凄い事だけは伝わってくる。
それから、涼太の言うことを右から左えと聞き流す時間が10分以上続いた。




