表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/45

第四話 世界の変革




 ラブホで色々な疲れから爆睡している水橋正吾を置いて、世界は劇的に動き出していた。

 時は少し遡る。



~~~



 事の始まりはアメリカ・ジョージア州に住む一人の農家からの通報だった。

 

『何か不審な穴がある』


 そう通報を受けた警察官2名が駆け付けた。


 警察官2人は通報をした男性に事情を聞くと、『もともとここには洞窟なんてなかった』と言う。

 しかしながら、どう見ても一日で出来るような洞窟では無い事は明らかで、警察官2人は男の薬物使用を最初に疑った。


 もちろんだが、通報した男は心外だと怒って押し問答になる。男の怒号と警察官の落ち着かせる声が、あたり一帯に響き渡る。


 そんな押し問答をしていると、片方の警察官が、洞窟の奥から微かな気配と音を感じ取った。

 その水滴が垂れる音と酷似した不気味な足音が、暗い洞窟の奥から聞こえている事に気が付く。


 徐々に足音らしき音が迫ってきている事に気が付いた警察官は、ホルスターに手をかけながら、真っ暗な先に目を向けた。


 まだ昼前の時刻と言う事もあり、日差しが光と影の明暗を作り出している。

 そんな光の幕から飛び出して来たのは、明かに小さな手だった。


 サイズとしては子供ほどだろうか。

 今にも倒れてしまいそうなほどに細くか弱く見える腕だが、警察官たちは、すぐさまホルスターから拳銃を取り出して構えた。


 徐々にスポットライトが当たっていき、細く弱々しい腕の持ち主が露となる。


 身長は1メートルほどで、全身の皮膚が見たことの無いような緑色だ。

 異様なまでに大きな顔と、大きくて真っ黒な目。鼻と耳は長いが、何故か異様に醜く見える。


 この世では見たことの無い生物を目にした警察官は、ホルスターから抜いた銃をパニックながらに発砲した。


 パン!パン!と、乾いた音が何回も、何十回も聞こえた。

 男は恐怖からか、その場に蹲っている。


 何発撃っただろうか?

 銃に入っている弾を打ち尽くしたのか、カチカチと引き金を引いても弾が出る事は無い。

 しかし、それが分かっていても、警察官たちは引き金を引き続けていた。


 ゴブリンは何十発もの弾丸を生身で受けた事により、汚いちを流しながらその場に立っている。

 驚いたことに、致命傷を受けているハズなのに、ゴブリンは即死せず、警察官たちの方へと1歩歩いた。

 が、そこで力尽きたのか、ゴブリンは1歩目と同時に崩れ去り絶命する。


「……なんだったんだ?」


 警察官たちは倒れ伏したゴブリンを見ながら、何が起こっているのかを理解しようと必死だった。


 通報者の男も、地面に伏せたまま、呆然とその光景を見つめている。

 そこには普段の生活では決して見ることの無い、異様で非現実的な存在の死体が横たわっていた。


「……コイツ、子供か?……それとも……サルとかの動物か?」


 警察官は空になったマガジンを再装填しながら、ゴブリンの死体へ近づく。

 うつ伏せで倒れている死体をひっくり返してみれば、生気の無くなった顔が、警察官たちを見つめた。


「ひぃ」


 死体をひっくり返した警察官は、恐怖から身体を硬直させる。だが、上官であるもう1人の警察官は車へ戻り、無線を手に取った。


「こちら2-3。応援を要請する。不審な生命体を発見、射殺した。これから状況を報告する。繰り返す、応援を要請する……」


 必死な思いで無線を握る警察官とは違い、無線の向こう側からは、疑問と疑念の入り混じった声が返ってきた。


「…不審な生命体を射殺……?もっと状況を詳しく説明してくれ。どんな生命体だ?」


 警察官は迷うようにゴブリンの死体を見おろして、言葉を選んで喋った。


「……なんて説明すればいいんだ?小さい。人型をした生物だ。でも、人間じゃない……。緑色の肌に異様なまでに大きな顔と手足がある」


 その説明を聞いてもなお、無線の向こうの担当者は事態を飲み込めていない様子だった。

 それもそのはずで、実際に体験している警察官ですら、未だ現状を飲み込めていないのだから。


「…分かった、待機しろ。こちらから増援を送る。……ああ、それと念のために周辺を封鎖しておけ」

「了解」


 警察官は無線をキルと、倒れ伏したゴブリンに目を戻した。


「……いったい何がどうなっているんだ……」



~~~



 最初はデマ情報だと思った警察本部は、現場からの報告を軽く流していた。

 だが、その後も同様の通報が立て続けに入り始め、事態は次第に無視できないものへと膨れ上がっていく。


 特に『緑色の子供の様な生物を射殺した』『洞窟が突然現れた』と言う、一連の奇妙な報告が増えるにつれ、警察はようやく事態の異常性を認識し始めた。


 現場での映像や写真が本部に送られると、その不可解な光景に警察幹部たちは顔をこわばらせる。

 通常の法執行では対応できない事態だと判断され、速やかに連邦調査局(FBI)や国防総省に通報が入った。

 大統領にも直ちにこの情報が知らされたが、事態はその時点で既に半歩早かった。


 ダンジョンの出現はネット上で急速に拡散し、奇妙な生物や不可解な洞窟の写真がSNSを通じて瞬く間に広がっていく。

 『アメリカ全土で異常事態発生』という見出しを掲げたニュース記事がメディアを賑わせ、全国的なパニックの火種が着火されたのだ。


 さらに悪いことに、拡散された情報を拾ったマスコミが現場取材を試み、大々的に報じ始めた。

 連邦政府は慌ててダンジョン周辺地域の封鎖や情報規制を試みたが、SNSでの拡散力はその対応を遥かに上回っていた。 

 情報は無秩序に広がり続け、もはや収拾不可能な状態となっていく。


 それだけでは終わらない。


 異常な事態に興味本位で近づく一般市民たちが現れ始めたのである。

 『洞窟探検』『未知の冒険』といったキャッチーな言葉に煽られた若者たちが、SNS上で自らの『冒険』を生配信し始めた。

 最初のうちは『1階層には拳銃で倒せる程度の敵しかいない』と軽視されていたが、そんな油断がやがて悲劇を招くことになる。


 2階層以降では、ゴブリンが複数体で出現するだけでなく、明らかに身体能力が1階層のものより高いことが次第に明らかになった。

 拳銃程度の武器では、ゴブリンに致命傷を与える事が難しくなり、侵入者は次々と返り討ちに遭う。

 遊び感覚の若者らは、2階層で殆どが命を落とすか、大けがの重傷を負って返ってくる事態が相次いで報告され始める。


 その動画がSNSによって拡散され始めた事で、やっと危険な事が周知されて行ったが、その代償に支払ったのは、何千人と言う若者の命だった。


 しかし、バカな人間とは世の中に多いもので、好奇心や冒険心に駆られた若者らがダンジョンに入っていくのは止められない。


 特に、非日常的な事態にSNSの一部の層は熱狂的に盛り上がり、結果として一種のトレンドとなって行った。

 SNSをスクロールすれば、『#ダンジョンチャレンジ』『#リアルRPG』といったタグが貼られた動画が流れてくる。

 その中には、モンスターとの戦闘や『生還動画』と言った企画モノの動画があるのは、何とも皮肉的な事だろう。


 しかし、熱狂的な勢いは止められず、ダンジョン動画は競うように投稿されるようになった。


 政府は事態を収束させようと規制を強化する策を講じたが、ここでも障害が立ちはだかる。


 アメリカ憲法修正第一条で保障された『出版の自由』によって、法律的に規制を強行することが難しかったのだ。


 こうして、様々な要因が重なり、一種のブームになったダンジョン探索は、ますます死傷者を増やしていく結果となっていった。

 


~~~



 そんなアメリカとは違い、日本では、ダンジョン出現の情報が届いてから各大臣が招集されるまでに4時間もの時間を要した。

 これは、彼らを擁護するわけでは無いのだが、深夜帯だったことが要因だ。


 空が白み始めている時刻。対応の遅れは『流石の日本』と皮肉られても仕方がないほど遅い。

 だが、深夜帯であった事が幸いし、アメリカのようにダンジョン情報の拡散と混乱は、何とか抑えられていた。


「総理、こんなにも早朝に臨時招集をかけるとは、一体どういう理由でしょうか?」


 会議の冒頭、厚労大臣の一人が不機嫌そうに声を上げた。

 朝早く叩き起こされたことに対する不満を隠そうともしない態度だ。


 総理大臣・犬塚茂は軽く頷いたが、場を和らげる言葉を挟むこともせず、淡々と指示を出した。


「総務大臣、現状の説明を頼む」


 犬塚総理の言葉を受け、総務大臣が席を立つ。手にした資料を一瞥しながら、きっちりとした調子で話し始めた。


「まずは現状をご報告いたします。本日午前3時、アメリカ合衆国より極秘のルートで、特殊な地下構造物:通称『ダンジョン』が出現したとの情報がもたらされました」


 この発言に、会議室内は一瞬ざわついた。


「ダンジョン?」

「それはどういう意味だ?」


 各大臣たちが困惑の表情を浮かべる中、総務大臣は手を挙げて静粛を促し、続けた。


「米国からの連絡を受けた直後、警察庁長官と警視総監に緊急指示を出し、国内での同様の現象を確認するよう指示しました。そして午前4時13分、我が国でも『ダンジョン』とみられる構造物が複数箇所で確認されました。

 現在までに確認されたダンジョンは全国で9箇所。すべての現場は既に警察によって封鎖されています」


 淡々とした報告に、再び会議室がざわめく。


「どういう仕組みなんだ?」

「そんなものが一夜にして現れるなんて……」


 総務大臣は一息つき、資料を置いてから付け加えた。


「現時点では、ダンジョン内に出現する『モンスター』とみられる存在が報告されています。幸い、これまでに国内で市民が被害を受けた事例は確認されておりません。しかし、これが長引けば、事態はさらに深刻になるでしょう」


 総務大臣が着席すると、会議室内はしばし静まり返った。だがその沈黙は長くは続かない。次第に各大臣が口々に意見や疑問を述べ始め、会場は一気に騒然となる。


「落ち着いてください!」


 犬塚総理の一声でようやく場が静まり返ると、彼は毅然とした表情で口を開いた。


「では話を続ける。このダンジョンの出現だが、すでにアメリカやEUでも報告されている。他の国々とも連絡を取る予定だが、現時点では詳細な状況は不明だ。いずれにしても、この現象は世界規模で起きていると考えて間違いないだろう」


 犬塚総理が言葉を切ると、防衛大臣が手を挙げた。


「総理、よろしいでしょうか? 現状では警察が封鎖に当たっているようですが、これは国民の命を脅かす緊急事態です。自衛隊を派遣するべきではないでしょうか?」


 毅然とした防衛大臣の主張に、法務大臣が冷静な口調で反論した。


「防衛大臣、それは現時点では難しいでしょう。自衛隊の派遣には、適切な法的根拠が必要です。防衛出動や治安出動には国会の承認が不可欠であり、災害派遣についても、現状では被害報告が一切ないため都道府県知事からの要請を得ることが困難です」


 国家公安委員会委員長も深く頷き、同意を示す。


「その通りです。現状、ダンジョン封鎖は警察が行っており、特に問題は発生していません。しかし、これが長期化し、被害が出始めれば別の対応が必要になるでしょう」


 犬塚総理は二人の意見を聞き終えると、やや困惑した様子の防衛大臣に向き直り、なだめるように言った。


「今すぐ自衛隊を動かすのは法的に難しい。ただし、警察だけで対応しきれない場合には、国会での議論を速やかに進める」


 防衛大臣は渋々頷いたが、その表情から不満が読み取れる。


 こうして議論は続き、最終的に、早朝の臨時政府放送で国民にダンジョン出現の報告を行い、注意を喚起するという結論に至った。

 ダンジョン周辺の封鎖は引き続き警察が担当し、状況次第では速やかに国会でさらなる対応を協議することがこの会議にて決定された。


「それでは、速やかに対応を進める。各自の役割を再確認し、全力で対策に当たってくれ」


 犬塚総理が議論を締めくくると、眠気を堪えた大臣たちがそれぞれの職務に戻っていった。



~~~



ホワイトハウス:執務室


 真昼のホワイトハウス。静まり返った執務室で、一人の壮年の男がコーヒーカップを一気に傾けていた。

 ブラックコーヒーの苦味を味わう余裕もなく、彼の表情には疲労の色が滲んでいる。


 今日は快晴なのに、天気の事など気にする余裕もなく、ただただ書類に埋もれていた。

 執務机の上にカップを置くと、扉がノックされる音が響く。


「入れ」


 低く短い言葉に応え、静かに扉が開く。そこに現れたのは、一目で目を奪われるほどの美貌を持つ女性だった。

 しかし、壮年の男は一切表情を変えないどころか、眉間に皺を寄せる。


「また、問題かね?」


 女性は毅然とした態度で「はい」と答え、抱えていた分厚い書類の束を男の前に置いた。


 男は渋々と書類を手に取り、読み始める。ページをめくる手は次第に早くなり、読み終えた彼は深いため息をついた。


「コーヒーをもう一杯頼む」


 彼はそう言いながら、電話機に手を伸ばし、短い操作で相手につなげると低い声で一言だけ命じた。


「各長官を至急集めてくれ」


 受話器を置いた男がふと顔を上げると、先ほどの女性が新たなコーヒーをカップに注ぎ机の端に置いた。


「ああ、ありがとう」


 だが、男は味わう間もなく一気に飲み干し、無言で席を立った。




 ホワイトハウス:会議室


 壮年の男は女性を伴って廊下を歩き、会議室の扉の前で足を止める。


「各長官はもう集まっております」


 女性の報告を受けると、男は無言で扉を押し開けた。

 部屋の中には、すでに何人もの政府高官が集まっており、全員が彼の登場に注目する。緊張感が場を支配する中、彼は一番奥の席に腰を下ろした。


「それでは会議を始める」


 会議室に響く男の低い声。

 大統領の一言で、全員が息を呑んだ。


「まず、現状を整理する。国防長官、報告を頼む」

「はい、大統領」


 国防長官は席を立ち、手元の資料を確認しながら説明を始めた。


「現在、第一次ダンジョン探索隊を派遣し、ダンジョン内での調査を進めています。しかし、戦果は芳しくありません。特に2階層の探索において、大きな課題が浮き彫りになりました」

「課題?具体的にたのむ」


 大統領が眉をひそめる。国防長官はスクリーンを操作し、映像を映し出した。


「まず、こちらをご覧ください。これは第1階層のマッピング図です。そして次が、第2階層のマッピング図になります」


 映し出された2枚の図。

 第1階層のマップは細かく作り込まれていたが、第2階層のマップはほとんど白紙に近い。


「なぜ、第2階層の情報がこれほど少ない?」

「2階層での戦闘が激化し、やむなく撤退したためです」

「その戦闘の詳細を教えてくれ」

「はい、分かりました。……ですが、その前に隊員たちのボディーカメラの映像をご覧ください」


 国防長官が再生ボタンを押すと、スクリーンには隊員の視点映像が映し出された。

 緊張感が漂う洞窟内を、熟練した兵士たちが無言で進む様子が確認できる。やがて、前方にモンスターが現れた。


「5.56ミリ弾を胴体に複数発撃ち込みましたが、モンスターは止まらず、頭部への射撃でようやく止めを刺すことができました」


 スクリーンには続けて、2階層での戦闘映像が映し出される。

 そこでは、1階層とは異なり、モンスターの数が大幅に増え、攻撃に苦戦している隊員たちの姿が確認できた。モンスターは皮膚が硬化しており、9ミリパラベラム弾ではまったく通用しない。

 最終的に小銃の連射で撃破したが、隊員の腕を噛まれるなどの被害が発生していた。


「つまり、弾薬の選定や戦術を改める必要があるということか」

「その通りです。加えて、モンスターを倒しても即座に動きを止めるとは限らず、慎重な対応が求められます」

「他に分かったことは?」


大統領が問いかけると、国防長官は新たな資料を取り出した。


「ダンジョン内で、モンスターを倒すと『レベルアップ』と呼ばれる現象が確認されています。音声がどこからともなく響き、同時に個人のステータスが表示される仕組みです」

「レベルアップ?ステータス?それはどういうことだ?」

「ステータスの詳細や、職業の選択が可能になると言われています。現時点で確認された職業には〈ウォーリアー〉〈ソルジャー〉〈スナイパー〉……さらには〈シェフ〉なども含まれていました」

「職業に就くとどうなる?」

「職業ごとにスキルと呼ばれる特殊能力が付与されるようです。たとえば〈ソルジャー〉では、銃の威力が向上することが確認されています」

「それは有用な情報だな。同盟国にもこの情報を共有しよう」

「……よろしいのですか?」

「どうせ数日もすれば広まる。それならば先手を打って恩を売る方が良い。……次に、国土安全保障長官。現在の治安状況は?」


 国土安全保障長官は立ち上がると、資料をもって話し始めた。


「都市部では、個人資産の高い地域で比較的早く混乱が収束しています。一方、農村部でも暴動はほとんど発生しておりません。自己防衛意識の強さが要因と考えられます」

「なるほど。それで……暴動が発生している地域への対応は?」

「警察を重点的に配置していますが、広範囲の対応には限界があります」


 大統領は一瞬目を閉じて考え込み、静かに言った。


「引き続き情報の収集と、秩序維持に向けた対策を強化してくれ」

「承知しました」


こうして、アメリカ政府の会議は夜明けまで続けられた。ホワイトハウスの灯りが消えることはなかった。



~~~



 午前7時。いつもは明るい笑顔で始まる朝のニュース番組が、そのすべての放送予定を急遽変更し、特別映像を流していた。


「お伝えします。政府の緊急臨時速報です。お忙しい時間帯かと存じますが、一度手を止め、画面にご注目ください」


 画面に映るアナウンサーは、いつもの柔和な笑顔を完全に消し去り、張り詰めた表情でそう告げた。


 真剣なその声に、視聴者は思わず手を止め、画面に集中する。

 だが、これがただのニュースではなく、日本中を震撼させる内容であることに気づくのは、ほんの数分後のことだった。


 突如、アナウンサーの顔から別の映像に切り替わる。

 それは政府の公式会見の中継であり、どの地上波チャンネルに変えても同じ映像が映し出されていた。


 この異常な事態に、視聴者の多くが混乱し、ざわついたに違いない。しかし、次の瞬間、すべての雑念が吹き飛ぶ。


 壇上に現れたのは、犬塚茂総理大臣。その姿は、日頃の記者会見で見せるどこか温厚な印象とは一線を画していた。

 映像越しにも伝わるほどの重圧と緊張感が彼を包んでいる。背筋を正し、厳しい顔つきでカメラをまっすぐに見つめたその瞬間、日本中の人々が画面に釘付けになった。


「えー、これより政府からの重大な発表を行います」


 短く静かな言葉から始まる総理大臣の会見。その声には、計り知れない重みが宿っていた。


「本日未明、国内外で新たな特殊地下構造物:通称『ダンジョン』と呼ばれるものが発見されました。この事態を受け、本日午前中に基本的対応方針諮問委員会および臨時官僚会議を開催し、以下の結論に至りました」


 犬塚総理の声は落ち着いている。だが、その口から出る言葉はあまりにも衝撃的だった。


「ダンジョンは、国民の生命および健康に重大な被害を与える恐れがあると同時に、その出現が無差別かつ全国的に拡大する可能性があります。このような状況を鑑み、政府はダンジョンを国家的な危機と判断しました」


 犬塚総理の視線がカメラを通じて国民一人一人に突き刺さるかのように強くなる。


「つきましては、対策特別措置法第三十二条第一項の規定に基づき、本日、『緊急事態宣言』を発令します」


 壇上の総理の声が一瞬、部屋全体の空気を凍らせたかのようだった。画面越しの日本国民も、次に続く言葉を息を呑んで待ち構えている。


「緊急事態措置の実施期間は、本日令和11年4月9日から6月9日までの2か月間とします。そして、実施すべき区域は……日本全土です」


 この一言がどれほどの影響を持つか、多くの人々はこの時点で完全に理解していなかった。しかし、その異常性は彼らの胸に重くのしかかる。


「緊急事態措置の実効性を高めるため、本日改定した基本的対応方針に基づき、各都道府県に対し、ダンジョンの報告および該当土地の管理に全面的なご協力をお願いいたします」


 続く説明は、冷静かつ具体的だった。


「社会機能維持のための事業継続など、各機関による十分な協力も不可欠です。そして何より重要なのは……国民の皆様の安全です。これは政府だけの力では成し遂げられません。皆様一人一人の努力と協力が必要です」


 犬塚総理は一瞬だけ言葉を切り、全体を見渡すように視線を上げた。


「現在、ダンジョン内では非常に強力なモンスターの出現が確認されております。危険を伴う状況ですので、国民の皆様におかれましては、決してダンジョンに近づかないよう、強くお願いいたします」


 犬塚総理の言葉が響き渡る中、会見は終盤へと進んでいく。


「政府は、国家的な危機に直面している現状において、最優先事項として国民の命と健康を守ることを掲げております。都道府県とも緊密に連携し、ダンジョン被害の防止および財産保護に向けた取り組みを全力で進めてまいります」


 最後に犬塚総理は、固く噛みしめるように言葉を繋げた。


「この緊急事態において、国民の皆様の冷静な判断と協力が鍵となります。我々政府も、基本的対応方針に基づき、最大限の対策を講じる所存です。どうかご理解とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます」


 深々と頭を下げる犬塚総理の姿が映し出される。

 それを最後に会見の映像は終わりを告げた。




この最後の総理大臣の放送は、安倍元総理の緊急事態宣言を丸々パクった物だったり…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ