第三十五話 2度目の転生
自販機で買ったコーヒーと、玲奈に頼まれていたコーヒー牛乳を片手に自室へ戻ってきた。
「玲奈、ほれ」
「ありがとうございます」
椅子に座っていた玲奈にコーヒー牛乳を渡し、俺も向かいの椅子に腰を下ろす。
玲奈は既にステータスを確認していたようで、手元のノートには転生先らしき文字が反転して書かれていた。
ーーー
〈獣人(聖狼)〉
〈獣人(氷狼)〉
〈獣人〉
ーーー
「玲奈、この3つが転生先か?」
「はい、そうです。どちらにしようかと悩んではいるのですが、正吾さんにも聞きたくて……」
「なるほどな。その言い方だと、玲奈はどれにするか、大体決めているのだろ?」
「はい、一応ですが〈獣人〉にしようかと」
「いいんじゃないか。にわか知識だが、フェンリルって高貴そうなイメージもあるし、玲奈にはぴったりだと思うぞ」
「そうですね。そうします」
玲奈は俺に意見を求めてはいたものの、心の中ではほぼ答えが出ていたようだ。
俺の言葉で背中を押されたのか、玲奈は迷いなく転生を開始した。
次の瞬間、玲奈の全身が眩しい光に包まれる。その光は約1分ほどで収まり、そこには転生を終えた玲奈の姿があった。
「…変化は、無しか?」
人間姿のままの玲奈を見て、俺は疑問を抱いたが、すぐに〈姿変化の指輪〉の存在を思い出す。
案の定、玲奈もそれに気づいたようで、指輪を外した。その瞬間、隠されていたケモミミと尻尾が現れた。
黒色だった毛色が純白に変わり、黒髪だった髪も白に染まり、瞳は澄んだ青へと変化している。
その姿はまるで神話に登場する天使のようで、俺は思わず息を飲んだ。
「正吾さん、どうです?」
玲奈が尻尾を軽く撫でながら尋ねてくる。その仕草が妙に可愛らしく見え、俺はしばし言葉を失ってしまう。
「あれ?正吾さん?大丈夫ですか?」
俺の反応が無い事に気が付いた玲奈は、俺の方に近寄ってきて、下から覗き込んでくる。
この玲奈と言う女は、男心が分かっているのかは知らないが、間違いなく数百人の勘違い男を作り出して来た事だけは、この仕草で分かる。
「あ、ああ。大丈夫だ。それより、鏡で自分の姿を確認してみたらどうだ?」
「そうですね」
玲奈は『行ってきます』と言い、洗面台へ向かった。
その背中をぼんやりと眺めていた俺だったが、揺れる純白の尻尾に意識を奪われたことに気づき、慌てて正気を取り戻す。
「っは!」
あのふわふわの尻尾は破壊力が強すぎる!
NBC兵器に新たな頭文字Mを入れた方が良いな。
なんてくだらない事を考えながらも、俺は自分のステータスを確認することにした。
ーーー
種族:エルフ
名前:水橋 正吾
職業:半人半神(0/300)
カルマ:-304
レベル:500
スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定看破(0/10)〉〈偽神偽装(10/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配感知(3/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈半神(100/100)〉〈神通力(100/100)〉〈精神強化〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉〈一樹百穫〉〈輪廻転生〉〈一発必中〉〈信仰信者(使用不可)〉〈神の目〉〈黒幕〉〈瞑想〉〈帰還魔法〉〈十悪五逆〉
加護:〈アリシアの加護〉
ポイント:87
省略
ーーー
名前の横に『カルマ:-304』と表示されているのを確認する。どの程度の悪さかは分からないが、マイナス表記というだけであまりいい気はしない。
また、レベル500になった事と、ボスモンスターソロ討伐の報酬で〈帰還魔法〉〈十悪五逆〉〈瞑想〉を新たに獲得していた。
その効果は以下の通りだ。
ーーー
〈帰還魔法〉
・魔素を使用することで帰還門を作り出すことが出来る。
〈十悪五逆〉
・他者のカルマ値を見る事が出来る。
〈瞑想〉
・瞑想中、魔素を回復させる。
ーーー
どれもそこそこ有用なスキルだが、特に気になるのは〈十悪五逆〉だ。人のカルマ値を見ることができる、という効果には大きな可能性がある。
カルマ値が低いほど悪人で、高いほど善人。そういう単純な区別ができるのなら、ダンジョン攻略以外でも役立つかもしれない。
そして、目の前の『エルフ』の欄をタップし、転生可能な種族を確認する。
ーーー
転生:〈ハイエルフ〉〈ダークエルフ〉〈セレスティアルエルフ〉
ーーー
ーーー
〈ハイエルフ〉
・魔法に特段優れ、500年を生きる長寿。エルフよりも身体能力に優れている。
〈ダークエルフ〉
・魔法は劣るものの、身体能力に優れる。また、精神魔法だけはエルフよりも高い適性を誇る。
〈セレスティアルエルフ〉
・魔法、身体能力に優れ、世界樹と同じだけの時を生きるとされる伝説上のエルフ。
・自身の眷属に対して、強大な力を与えるとされ、過去多くの種族に敬われ、恐れられた。
・根源たる『>+?!%』の力と『*+・>&$#』の力の一端を使用することが出来る。
ーーー
と、玲奈と同じように3つの選択が出て来た。
これを見る限り〈ハイエルフ〉は〈エルフ〉の正統転生先なのだろう。エルフの弱点である〈肉体弱化〉のスキルが、取り除かれた形になる事が予想できる。
〈ダークエルフ〉は、〈ハイエルフ〉と正反対に位置する種族なのだろう。
そして、一番の問題である〈セレスティアルエルフ〉。多分英語ではcelestialと書くのだろう。これは『天の』『天空の』や『神聖な』『神々しい』と訳される。
魔法にも身体能力にも優れるらしいのだが、何より問題なのが『根源たる『>+?!%』の力と『*+・>&$#』の力の一端を使用することが出来る』の一文だ。
どう考えてもヤバい事がひしひしと伝わってくる。
しかしながら、ヤバい一文があろうとも、この3つの中で一番良さそうなのが、〈セレスティアルエルフ〉だ。
リスクを考えても、これ一択だろう。
「正吾さん、決まりましたか?」
俺が、一人で転生先を見ていると、洗面台から戻ってきた玲奈が目の前にいた。
「ああ、俺は〈セレスティアルエルフ〉に転生しようと思う」
「……中二っぽい名前ですね」
おま、……俺が思っても言わなかったことを。
はぁ、そうですね。中二病みたいな名前の種族ですね。でも、名前なんてどうでもいいのだ。大事なのは内容だ。
そう、俺は面食いでもルッキズムでも無いのだ。
そう自分に納得させると、俺は〈セレスティアルエルフ〉の欄をタップして転生した。
俺の体が眩い光で覆われ、同時に体が変革していくのが肌で感じられる。体組織が組み変わり、エルフからセレスティアルエルフへと書き換わっていく感覚は、決して不快では無く、心地よさすら感じる。
それから、いくばくかの時間が経つと、発光は収まっていった。
≪……転生を確認しました≫
≪……上位種族への転生を確認しました。βテストの進捗度が70%に到達した事を確認しました≫
≪確認しました。上位種族への転生を確認しました。……情報閲覧権限1レベルを付与します。……エラー、すでに情報閲覧権限1レベルを所持しています。…付与をキャンセルします≫
天の声が転生の終了を告げた。
前回の転生では耳の長さ以外ほとんど変わらなかったが、〈セレスティアルエルフ〉に転生した今回は、体の変化を肌で感じることができた。
俺は両掌を見下ろす。そこにあるのは、自分のものとは思えないほど白く滑らかな、まるで白魚のような肌だった。
視線を腕から肩へと移していくと、20センチ以上はあると思われる長い耳が目に入る。さらに後ろを振り返れば……禍々しくも美しい木の根のような翼が、羽ばたく準備をするかのように広がっていた。
完全に『禍々しい木の翼を生やした天使』へと変わってしまった。とはいえ、種族は間違いなくエルフだ。
「……正吾さん……いろいろ……変わりましたね……」
「…」
玲奈が驚いているのか、それとも同情しているのかは分からないが、その目線は妙に微妙だった。
同情するくらいなら金をくれ……なんてことを思いつつも、俺は少し悲しい気分になる。
「……はぁ。見た目のことは後で考えよう」
溜息を吐く。
ひとまずは見た目の事は忘れて、ステータスを確認しよう……。
ーーー
種族:セレスティアルエルフ
名前:水橋 正吾
職業:半人半神(0/300)
カルマ:-304
レベル:500
スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定看破(0/10)〉〈偽神偽装(10/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配感知(3/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈半神(100/100)〉〈神通力(100/100)〉〈精神強化〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉〈一樹百穫〉〈輪廻転生〉〈一発必中〉〈信仰信者(使用不可)〉〈神の目〉〈黒幕〉〈帰還魔法〉〈十悪五逆〉
加護:アリシアの加護
ポイント:87
パーティー(2/6):玲奈と忠実なワンちゃん
フレンド:〈一ノ瀬玲奈〉
種族特性:〈美形〉〈魔法適性〉〈肉体強化〉〈世界樹の翼〉〈眷属強化〉〈#>$%”〉
称号:〈ダンジョン教会教祖〉
情報閲覧権限:1
ーーー
ーーー
〈肉体強化〉
・全ての肉体能力を向上させる。
〈眷属強化〉
・自身の部下、または組織内での階級が下の者に対して、信者のステータスの1割をバフとして与える。
・自身の眷属がエルフの場合、信者のステータスの2割をバフとして与える。
〈世界樹の翼〉
・世界樹たる翼を生やし、空気中にあるエーテルを取り込み、急速に魔力に還元をする事ができる。
〈#>$%”〉
・エラー
ーーー
今回の転生で取得した種族特性は4つ。
〈肉体強化〉はそのままの効果だとして、〈眷属強化〉は〈流転回帰〉のバフ特化版だ。特に、眷属がエルフの場合、2割のバフを付与できる。
これに〈流転回帰〉を合わせれば、信者のステータスの3割分をバフとして与えられることになる。
言っては何だが、常時3割のバフなんて、ぶっ壊れスキルにも程がある。だが、唯一の問題点があるとするならば、これらのバフは、俺には効果が無いという事だろう。
次に〈世界樹の翼〉だが、これは背中に生えている木の翼のことだろう。ファンタジー感満載の名前だが、ざっくり言えば『魔素の急速回復』だ。
魔法スキルを持っていない俺にとって直接の恩恵は少ないが、スキル〈一樹百穫〉があるおかげで、魔力を他者に譲渡することができる。
つまり、俺は玲奈の『魔素タンク』になる訳だ。
6階層では、コイキング(跳ねるしか使用できない)状態から、魔素タンクへと進化できるのは上々と言えるだろう。
…………それでも魔素タンクなのが悲しい。急募、魔法スキル。
そして、最後のスキルが〈#>$%”〉だ。
内容もエラーだし、何もかもが分からない。なんだか地雷臭もするので、放置が妥当だろう。
「…………?あれ?」
今更になって俺はある事に気が付いた。
「世界樹の翼……樹精霊の巻物。そして、アリシアの加護……」
そう言う事だったのか。
俺が世界樹系統のエルフに転生したように、玲奈もフェンリルへと転生した。
俺が、〈樹精霊の巻物〉とアリシアの加護を持っていうように、玲奈も〈月狼のオーブ〉を使用していた。
つまるところ、5階層の特級宝箱からは、特殊進化のアイテムが出てくると言う訳か。
なんだか、世界のご都合主義に操られているようで気に入らないが、転生前に5階層をソロ攻略出来たのは大きい。
それでも……。
「っち、……気に入らんな」
それでも、操られているかのような状況は不快でしょうがない。
「はぁ……」
しかし、そんな事を考えても現状が良くなるわけでも悪くなる訳でも無い。
そもそも、ただの偶然と言う可能性だって十分にある。
「……」
いったん思考を隅に置きつつも、俺は現状の問題に目を向けた。
「しかし……この翼、どうしよう?」
俺は、背中に生えている翼を見た。
無駄に禍々しい翼は、はっきり言わなくても邪魔。
サイズはさほど大きくはないものの、これまで自分になかった器官が増えたせいで、歩くだけでいろんな所にぶつかる。
唯一、痛覚がないのが救いだが、だからといって邪魔なものは邪魔なのだ。
しかし、世の中はずいぶんとご都合主義で溢れているらしい。
先ほどの思考がぶり返されて気分は悪いが、都合がいいのは普通にありがたい。
「でも、俺には〈黒幕〉があるんだよな」
そう、今日5階層の突破報酬として獲得した〈黒幕〉だ。
効果は〈姿変化の指輪〉の上位互換で、姿やステータスを完全に変えることができる。
玲奈のように戦闘向けのスキルがもっと欲しいのだが、ご都合主義はそこまで面倒を見てくれないらしい。正直、やるなら徹底的にご都合的にしてほしかったわ。
そんな無駄な思考をしながらも、俺は〈黒幕〉を発動させ、世界樹の翼と長い耳を消す。
さらに、それだけではなく、転生前のビジュアルにまで姿を戻した。
鏡を見れば、そこに映るのは転生前の俺。目の下のクマまでそのままだ。
「これが一番落ち着くな……」
どれほど美形でも、21年間見慣れた自分の顔が一番安心する。
そう呟いた俺に、玲奈が鏡越しに話しかけてきた。
「正吾さん。前の顔に戻りましたね」
「玲奈、どっちがいいと思う?エルフの時の顔と今の顔」
「……なんですか、そのメンヘラみたいな質問は。でも、私は今の方が好きです」
「なんでだ?エルフの方が美形だぞ?」
「そんなの決まってるじゃないですか。私が好きになった正吾さんの顔だからですよ」
「……ヒュン」
やべ、不意打ちすぎて変な声が出た。
こういった恥ずかしいセリフを無表情で言えるのは、彼女がサイコパスだからか?それとも、言えるのが普通なのか?
「ふふ、正吾さん、顔真っ赤ですよ」
玲奈に笑われ、俺は慌てて顔を隠した。心臓の鼓動が異常に速くて落ち着かない。
NBC兵器
核兵器、生物兵器、化学兵器の大量破壊兵器を合わせた総称。
この3つに放射能兵器が加わりNBCR兵器とも言われる。
玲奈のステータス。
ーーー
種族:獣人
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:メシア(0/300)
カルマ:220
レベル:500
スキル〈再生(10/10)〉〈浄化(1/10)〉〈啓示(1/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配探知(1/10)〉〈神術魔法(10/10)〉〈神の加護(10/10)〉〈殺戮の病(10/10)〉〈死者蘇生(100/100)〉〈救世主(100/100)〉〈精神強化〉〈異端審問〉〈慈愛の抱擁〉〈神懸かり〉〈輪廻転生〉〈奇跡〉〈アイドル〉〈帰還魔法〉
ポイント:47
パーティー(2/6):玲奈と忠実なワンちゃん
フレンド:〈水橋正吾〉
種族特性:〈獣化〉〈神聖身体強化〉〈発情期〉〈壊生〉〈神体特化〉〈グレイプニルの呪い
〉
称号:〈ダンジョン教会幹部〉
ーーー
ーーー
〈獣化〉
・フェンリルの権能を有する狼。
〈神聖身体強化〉
・フェンリルの聖なる権能を有する身体。
・不浄なる攻撃でしかダメージを負わない。
〈壊生〉
・すべての攻撃に破壊の権能が付与される。
・すべての回復に再生の権能が付与される。
〈神体特化〉
・神に対する特攻を有する。
〈グレイプニルの呪い〉
・封印に対して抵抗力が著しく下がる
ーーー




